16.妖精女王
エルフとダークエルフの里で、精霊術の研究を始めることには成功した。
しかし、奴隷狩り撲滅への協力を取り付けるには、やはり妖精女王の後ろ盾が必要だ。
俺は妖精迷宮攻略の準備を整えると、バルカンに乗って旅立った。
同行するのはガルド迷宮を攻略した1軍メンバーだが、ドラゴだけは外して獅子人のジードに入れ替えた。
彼は魔大陸から攫われて、セイスで奴隷として売られていた男だ。
実力的には進化したドラゴの方が上なのだが、飛行箱に収まらないので連れていけなかった。
バルカンはチャッピーの案内を受け、大陸中央部に向けて飛び続ける。
チャッピーは妖精女王と会ったことはないものの、なんとなくその場所が分かるんだそうだ。
しかしその地は決して近い場所ではなく、バルカンの飛行能力で4刻も掛かってしまった。
すっかり日が暮れてから降り立ったその地は、森の中にある泉だった。
少し開けた場所にあるその泉の水は深く澄み、なんとなく神聖な雰囲気が漂っている。
その泉の前に立ってしばらく待っていると、ふいに1人の男が現れた。
突然の出現に仲間たちが色めき立つが、チャッピーが彼らを押し留める。
「騒ぐな。おそらく女王の使いじゃろう。そうではないか? 戦鬼妖精殿」
スプリガンってのは、たしか戦闘に特化した妖精だったかな。
俺より少し小柄なその男は全身黒ずくめの鎧をまとい、黒い短髪に緑色の瞳、そして少し尖った耳という容貌だった。
その隙の無い様子は、たしかに歴戦の勇士を思わせる。
スプリガンが俺に向かって話しかけてきた。
「お前がこのフェアリー種の契約者か。その者を伴ってここを訪れるということは、妖精女王への謁見を望むのか?」
「はい、人族の冒険者デイル。女王に折り入ってお願いがあって参りました」
そう言うと、しばし間を置いてから彼が再び口を開いた。
「女王がお会いになるそうだ。付いてこい」
そう言うやいなや、目の前に人が通れるくらいの黒い穴が出現し、彼がその中に消えていった。
俺も仲間を促して彼に続く。
何やら正体の定まらない薄暗い道を10歩ほど進むと、急に明るい部屋に出た。
そこは落ち着いたリビングといった感じの部屋で、目の前のソファーには1人の女性が座っていた。
上品にお茶を飲むその女性は、とても美しかった。
腰まで流れる豊かな金色の髪に、透き通るような青い瞳を持ち、上品な緑色のドレスをまとっている。
「ようこそ皆さん、私が妖精女王ティターニアです」
「初めまして、冒険者のデイルと申します。妖精女王自らのお出迎え、痛み入ります」
「あら、あなたが噂のデイルさん? まずはお掛けになって」
なぜか彼女は俺を知ってるようだ。
とりあえずお言葉に甘え、女王の向かい側に座らせてもらう。
「それでは失礼をして。ところで私のことをご存知のようですが、どなたから伺いましたか?」
「ミレーニアさんよ」
ケレスのかーちゃんだった。
「ああ、サキュバスクイーンですか」
「ええ、彼女とはたまにお喋りをする仲なの。この間はいろいろと自慢話を聞かされて困ったわ」
「ハハハ、つなぎ石をもらうために歓待させてもらったので、その話ですね」
「ええ、いろいろ新鮮だったと言っていたわ」
「それは何より。もしご興味があれば、女王も我が家へお越しください。精一杯おもてなしさせていただきますよ」
「そうね、あなたのお願いの内容と、その結果によってはお邪魔するかもしれないわ」
「なるほど。それでは、その件についてお話させていただきます」
俺は人族による奴隷狩りの現状を話し、それをやめさせたいと強く願っていることを伝えた。
そのため、魔大陸の各種族に協力をお願いして回っているが、いくつかの種族が判断を保留していること。
その種族を同意させるには妖精女王の後ろ盾が有効であり、可能であれば監視網構築にも手を貸して欲しいことを説明した。
「……そうですか。奴隷狩りはそこまでひどいことになっているのですね」
「はい、今日ここに連れてきている中の4人もこちらで攫われ、魔素の薄い地で死にかけていました。他にも何人か救い出していますが、今この時にも、海の向こうで苦しんでいる子供たちがいることでしょう」
女王は特に、子供たちが海の向こうで死にかけているという話に興味を示し、その美しい顔を憂いに曇らせた。
「この大陸の住民は元々、妖精や魔族から分かれた者たちですから、私とも無関係ではありません。力を貸したいのはやまやまですが……」
「何か問題がおありですか?」
「基本的に妖精や精霊は自由な存在なので、ただ私が命じるだけでは従わない者が多いのです。ですから、あなたには何か分かりやすい成果か、代償を払ってもらう必要があります」
「成果や代償というと、具体的にどのようなことが?」
「最も分かりやすくて確実なのは、迷宮攻略ですね」
「噂には聞いていましたが、やはりそうなりますか?」
「ええ、迷宮の攻略は強者の証ですし、その観戦は娯楽として人気がありますから」
やはりそうきたか。
女王自身は協力的なようだが、やはりタダでってわけにはいかないようだ。
「なるほど、しかし迷宮と言ってもいろいろです。あまり人間離れした迷宮を攻略しろと言われても困りますが」
「それは大丈夫です。妖精迷宮は挑む者の実力によって調整されますから」
「挑む者によって変わるということは、いろいろな存在が挑むんですか?」
「ええ、魔族やドラゴンが挑むこともありますよ」
「なんでそんな物がここに……そもそも迷宮って、なんなんですかね?」
「私も伝え聞いた話ですが、迷宮とは太古の神々が作った訓練場であり、娯楽施設でもあるらしいの。だから中の魔物は何回も再生するし、獲物を引き寄せる宝物なんかもあるわ。そして遥か大昔、ここは多くの神々が憩う場所だったそうよ」
「なるほど、私が迷宮を攻略した経験からしても、納得がいく話ですね……分かりました。いずれにしろ迷宮に挑戦させてもらいますが、メンバーは何人まで許されますか?」
「一応、10人までは入れるのだけど、そちらの使役獣さんたちは遠慮してね。彼らは規格外過ぎて試練にならないわ」
「分かりました。チャッピーはいいんですよね」
「その子なら問題ないわ」
キョロ、シルヴァ、バルカンを外されるのは痛いが、仕方ない。
まあ、俺たちだって強くなってるから、なんとかなるだろう。
その後、女王に夕食をご馳走になっていたら、例のあの人が加わってきた。
「まあ、さすがデイル様。ティターニアさんの協力を取り付けにきたのですね」
「……ミレーニアさん。なんでここにいるんですか?」
「あら、彼女とはよい茶飲み友達だから、たまに来ているんですのよ」
「あー……そうですか」
するとミレーニアは強引に俺の隣に割り込んで、食事を始めてしまう。
「この間のつなぎ石はお役に立っていて?」
「はい、その節はお世話になりました」
「あらん、私とデイル様の仲ではありませんか。今後も何かあったらおっしゃってくださいね」
そう言って手を絡めてくる彼女を見て、レミリアが殺気を放っている。
また後で機嫌取らなきゃいけないな。
そういえば、ちょうどいいのであのことを聞いてみよう。
「あっ、そういえば聞きたいんですけど、一部の魔族が奴隷狩りに協力してるみたいなんですが、何か知りませんか?」
何気なく聞いたら、ミレーニアではなくティターニアが反応してきた。
「デイルさん、その話はどこで聞いたのですか?」
「えーと、3週間ほど前に私の仲間が攫われたので、犯人をとっちめてやったんですよ。その犯人の1人が人族に化けた悪魔族で、どうやら奴隷狩りを陰で煽ってたらしいんです。長距離の移動に転移の魔法陣を提供したり、帝国の役所にも潜り込んでるようですね」
「……なんてこと……ミレーニアさん、あなたは関係していませんよね?」
「私がそんな面倒なこと、するわけないでしょう。でもさっき、デーモン族って言いましたわよね。ひょっとして、あいつらかしら?」
「何か知ってるんですか? ミレーニアさん」
「知ってるってほどじゃないんだけど、魔族こそがこの大陸を支配するべきだって言ってる馬鹿がいるらしいの。それがデーモン族で、私に協力しないかって打診もあったわ。もちろん無視したけど」
どうでもよさそうに言うミレーニアの言葉を聞いて、ティターニアと顔を見合わせた。
「必ずしも関係があるとは限らないけど、怪しいわね、それは」
「そうですね、魔大陸を混乱させるために奴隷狩りを煽ってるのかな……ミレーニアさん、そいつらの居場所って分かりますか?」
「下っ端が私の娘の1人に接触してきただけだから、分からないわあ。気になるなら調べましょうか?」
そう言いながら、彼女が艶然と微笑む。
あの顔はまた搾り取る気だな。
レミリアの機嫌が悪くなるから、今は見送りにしとこう。
「い、いえ、今はけっこうです。でも、また接触してきたら教えてもらえますか?」
「あら残念。まあいいわ、何かあったら教えてあげる」
そんな話の横でティターニアが何かを考え込んでいた。
やがて顔を上げた彼女が口を開く。
「この件、最初に考えていたよりも根が深そうですね。デイルさんにはしっかりと迷宮を攻略してもらって、態勢を整えましょう」
「はい、よろしくお願いします」
思った以上に妖精女王が協力的なのは嬉しい誤算だ。
あとはしっかりと迷宮を攻略しないとね。
参考までに、バルカンの飛行速度は200km/h程度を想定しています。