14.エルフの壁
竜人族の里でも奴隷狩り撲滅への協力を取り付けた俺たちは、リュート、リューナを残してカガチへ戻った。
そしてほとんど休む間もなく、翌日にはセシルとレーネ、チェインを連れて出発する。
1刻ほどで獅子人族の村に到着すると、そこから案内人を伴ってダークエルフの里を目指した。
5日も歩いてようやく到着した先は、ただの森に見えた。
しかし案内人がその場で狼煙を上げてしばらく待つと、目の前にダークエルフの男が現れる。
「アンタか、今日は何の用だ?」
「長に頼まれて客人を連れてきた。彼らの話を聞いてやって欲しい」
「お前たちが人族の肩を持つとは、珍しいな」
「一応、村の恩人でな。精霊を従えている者だから、そっちも話を聞くぐらいの価値はあるだろ?」
「……分かった、付いてこい」
ダークエルフの案内で森に分け入り、しばらく進むと集落が見えてきた。
聞けば、この森には魔法が掛かっていて、よそ者だけでは里までたどり着けないそうだ。
俺たちは無事に里へ入り込み、ある家で落ち着いた感じのダークエルフの男と引き合わされる。
「私がこの里の長 ダインだ。獅子人族からの紹介だと聞くが、何用かな?」
「初めまして。冒険者のデイルと申します。まずはここにいるレーネとチェインに、里帰りさせてやることが目的のひとつです」
「レーネ、レーネ……ひょっとして、10年前に出ていったカイルとレイナの娘かな?」
「はい、そのとおりです。あいにくと2人とも、5年前に流行病で亡くなってしまいましたが……」
「ふーむ、1度村を出た者は受け入れない方針なのだが、子供に罪はないからな。よかろう、親族に会っていきなさい」
「ありがとうございます」
とりあえずレーネの里帰りは許されたが、チェインについてはなぜか無視されている。
すると、チェインが嫌そうに口を開いた。
「久しぶりに会ったんだから何か言ったらどうだい? 兄さん」
そう言われたダインが、嫌そうに顔をしかめる。
「勝手に駆け落ちをして里を出ていった奴となど、口をききたくないな。あの時、どれだけ迷惑を掛けたと思っているんだ」
「そっちが勝手に決めた婚約じゃないか。あたしは自分の幸せを求めただけだよ」
「それが勝手だと言うのだ。駆け落ちしたアベルはどうした?」
「5年ほど前に迷宮で命を落としたよ。すまないね、デイルさん。内輪揉めに巻き込んじまって」
実はチェインの家族の縁が期待できないってのは、あらかじめ聞いていた。
さすがに兄さんが里長になってるってのは予想外だったが。
「アハハハハ……まあ、時が解決することもあるんじゃないですか。ところでダインさん、もうひとつお話があるんですが」
「フンッ、別に解決する必要もないがな。それで、別の話とは?」
「実はこの大陸で、奴隷狩りを撲滅できないかと考えています。それについて、この里でもご協力いただきたいと思いまして」
「協力というと、具体的にはどんなことかね?」
それから人族への抗議文への署名や、監視網構築について説明した。
しかし予想どおり、反応は芳しいものではなかった。
「たしかに我々も、たまに奴隷狩りの被害は受けている。しかし里ごと隠れられる我々にとって、あえて人族と敵対してまでどうこうする話ではないな」
「しかしただ隠れるだけでは、限定的な対策にしかならないじゃないですか? この先、人族が勢いを増せば、もっと被害が増えるかもしれませんよ」
「人族の勢いが少々強まったとして、これほど山奥に影響があるとは思えないな」
あーあ、引き籠る気満々だ。
実際は魔族が絡んでるから、山奥でも安全じゃないんだけどなあ。
とりあえずレーネの親類にも会って、情報を集めるか。
「そうですか。ちなみにもし私に妖精女王の後ろ盾があれば、皆さんの協力は得られるでしょうか?」
「妖精女王? そんな伝説級の後ろ盾があるのなら、興味を持つ者は多いだろうな。もし可能であれば、だが」
「なるほど、また出直させてもらいます。レーネ、君の親類に会いにいこう」
そのまま長の家を辞去し、レーネの実家に向かった。
しばらく歩くと、目的の家にたどり着く。
長の家もそうだったが、ダークエルフの家は森の木をうまく利用して作られている。
生きた大木に一体化したような作りで、けっこう上の方まで居住区が伸びているようだ。
その一角のドアを叩くと、ダークエルフの女性が出てきた。
エルフ系は誰も若く見えるが、それでも年配の落ち着きを感じさせる人だ。
「どちらさんです?」
「おばあさん。私、レーネです。帰ってきました」
「……レーネって、あのレーネかい?……まあ、綺麗になって。カイルたちはどうしてるんだい?」
「実は……お父さんたち、病気でだいぶ前に死んじゃって……」
「……そうかい。運がなかったんだろうねえ。とりあえず中にお入りな」
感動の再会も、すぐに家族の死を伝えられては半減だ。
しかしおばあさんは快く俺たちを家の中に入れてくれた。
レーネの両親は10年前にこの里を出たらしいが、同じ様に里を出る者は増えているらしい。
やはり閉鎖的な里に飽き飽きしての結果だが、人族の進出もそれを助長しているそうだ。
主に物質的な分野で技術革新を続ける人族の文化が、ダークエルフの若者を惹きつけるんだろうって話だ。
「ところでアイナさん、身近に精霊術師はいませんか? できればレーネに手解きをしてやって欲しいんですが」
「うーん、精霊術師はこの里でもほんの十数人しかいないんですよ。精霊と交信できる人間が最近減ってましてね。レーネに教えてもらうにしても、まず精霊と交信できなきゃ無理ですよ」
「おばあさん、私はもう土精霊と契約しているのよ」
「ええっ! あんた、そんな才能があったのかい? この里では、もう何年も契約者が出てないってのに」
実際にその場でレーネが簡単な土魔法を披露すると、アイナさんもようやく信用してくれた。
そして彼女と比較的親しい、ガナフという精霊術師を紹介してもらうことになった。
「ガナフさんや、聞いておくれよ。孫娘のレーネが、ノームと契約したってんだよ」
「なんじゃ、騒がしいぞ、アイナ。お前の子供は里を出て久しいと思ったが?」
「それが、子供たちは流行病で死んじまったらしいんだけど、孫のレーネが今日戻ってきたのさ」
「ほー、その孫がノームと契約してるってのか? どれ嬢ちゃん、こっちに来てみな」
ガナフはしばらくレーネと話をし、彼女がノームと契約していることを確認できたようだ。
「ほほう、本当に精霊と契約しとるな。どうやって契約したんじゃ?」
「えーと、それは……」
レーネがこちらを見てきたので、俺が後を引き取る。
「私の仲間に精霊の加護を受けた者がいまして、その者からレーネに紹介してもらいました。あ、私はデイルといって、レーネの雇い主です」
「精霊の紹介? そんな話、聞いたことがないぞ……しかしもしそんなことが可能なら、この里の術師が増やせるやもしれん」
「やっぱりもっと増やしたいんですか?」
「当たり前じゃ。肉体的に貧弱な我らがこの森で生き残るには、精霊術が必要なんじゃ。しかし最近では森の結界の維持にすら苦労するほどに、って何を言わすんじゃ!」
勝手に結界の秘密を喋って怒ってるよ。
でもそれって引き籠ってれば済む話じゃないよね。
それなら、交渉の材料に使わせてもらいましょうか。
「それだったら、我々がお役に立てるかもしれませんね。もちろん条件がありますが」
「ふーむ、やはりタダというわけにもいかんじゃろうな。何が望みじゃ?」
「まずはここにいるレーネに、正統な精霊術を教えてやって欲しいんです。彼女は独自に契約して我流で魔法を使ってますから、基本を学んだ方がいいと思いまして」
「同族の者を鍛え上げるのなら、なんの問題もないぞ。しばらく儂に預けていけ」
「ありがとうございます。それともう1点、奴隷狩りについてなんですが――」
俺は先ほどの長との会談内容を、ガナフさんにも話した。
「あえて人族と敵対するようなことに、皆さんの拒否感が強いのも分かるんです。しかし結界の維持に苦労している状態で引き籠もっていても、先行きは暗いですよね」
「うむ、下手に取り残されでもしたら、我らだけ被害に遭う可能性もあるな」
「そこで、もし妖精女王の後ろ盾が得られたなら、長たちに協力するよう説得して欲しいんです。もし成功すれば、精霊術師の育成には協力させてもらいます」
彼はしばらく目を瞑って考えていた。
「……そこまでお膳立てされていれば、説き伏せるのは容易いじゃろう。しかし妖精女王の説得なぞ、本当にできるのか?」
「それこそ会ってもないので、分かりません。しかし、奴隷狩りの監視網を作るためにも女王には会おうと思ってます。その上でまた相談させてください」
「とんでもないことを簡単なように言うのう。しかしそれくらいやらんと、我らダークエルフ族は動かせんのかもしれん。儂に協力できることがあれば、なんでも言ってくれ」
こうしてダークエルフの一部を味方に付けることには成功した。
彼らの引き籠り性は厄介だが、なんとかしてやろうじゃないか。