12.サキュバスクイーン
「あー、かーちゃん! 大陸最古の夢魔のくせに、何がお姉さまだよ~」
「あらあら、ケレスちゃん。乙女の秘密をペラペラ喋っちゃ駄目よう。これはちょっとお仕置きが必要ねえ」
「ひぃっ、ごめんなさい。そ、そんなことより、今日はかーちゃんに会いたいって人を連れてきたんだよぅ」
クイーンの金色の瞳で睨まれたケレスが、脅えて俺の後ろに隠れる。
お仕置きと言われて、過去の折檻でも思い出したのだろうか?
「あらぁ、けっこういい男じゃない。あなた、私と子作りなさらない?」
そう言いながら、ふいに彼女が抱きついてきた。
ほとんどむき出しのスイカップが胸に押しつけられ、理性が吹っ飛びそうになる。
さらに蠱惑的な瞳で見つめられ、その場に押し倒す衝動に駆られたが、なんとかそれを押さえ込んだ。
「は、初めまして、デイルと言います。一応、ケレスさんの雇い主になります。今日は少々お願いがあって来たんですが」
「まあ、妹の雇い主様ですか? いつもこの子がお世話になってますぅ」
ああ、姉設定は継続なのね。
「いえ、こちらこそ彼女にはよく働いてもらってます。それでお願いなんですが――」
「あらん、立ち話もなんですから、我が家へお越しになってえ。お茶でも飲みながらお話しましょ」
ということで、彼女の拠点に招かれることになった。
岩山に偽装された拠点に入ると、なかなか豪華なリビングに通される。
しばらく椅子に座って待っていると、やはりサキュバスらしき姉ちゃんがお茶を持ってきてくれた。
ケレスのかーちゃんほどではないが、魅力的な美女だ。
お茶を出す時にウィンクされたので、基本的に気が多い種族なんだと思う、サキュバスって。
「さあ、粗茶ですがどうぞ」
「あ、頂きます……美味しいですね…………ところで、いいかげん手を放してもらえませんかね?」
実は俺は、さっきから彼女に手を握られっぱなしだった。
しかも顔の位置が凄く近い。
おかげでさっきから、レミリアの殺気がダダ漏れだ。
ちゃんと後でフォローしておかねば。
「あら、ごめんなさい。久しぶりのお客様だから私、興奮しちゃって」
「いえ、それであなたへのお願いなのですが――」
「嫌ですわ、私のことはミレーニアとお呼びになって、デイル様」
「はあ、それではミレーニアさん。私は最近、この大陸にやって来たのですが、ある目的のために遠距離での通信手段が欲しいんです。それでもしよければ、つなぎ石を少々譲っていただけないかと……」
「まあ、そういうことでしたの。ちなみにある目的とは、なんでしょう?」
「人族の奴隷狩りを阻止することです」
「……それはデイル様にとって、なんの得があるのかしら?」
「別に利益は求めてません。ただ許せないから、私の仲間の家族を不幸にしたくないから、やろうと思います」
そう言うと、彼女が正面から俺を見つめてきた。
なんとなく魔力の干渉を感じるので、俺の考えを読んだりしているんだろうか?
「驚いた。本気で言ってるのね、あなた。ただの大馬鹿か、よほどの大物のどちらかしら?」
「大物ってことはないですね。むしろ、いろんな人に助けてもらわないと実現できないでしょう」
「ふーん、身のほどは弁えているってこと? それで、つなぎ石を譲る代償には何がいただけるのかしら?」
「金貨や宝石の原石を持っているので、それでいかがでしょうか?」
「そんな物、今さら私が欲しがると?」
「やはり難しいですか……それでは、我が家へお招きして、食事をしながらお話をさせていただく、というのは?」
すると彼女が意表を突かれたような顔をした。
そして急に笑い始める。
「アハハハハハハッ、可笑しい。この私に物を要求する見返りが、ただのお食事だなんて。アハハハハッ……私を馬鹿にしてらっしゃるの?」
そう言いながら、俺をキッと睨んできた。
「とんでもない。真剣にあなたの望むものを考えた結果ですよ。もちろん粗末な食事だけで、あなたを満足させられるは思っていません。しかし、人族の孤児が迷宮に挑み、それを完全攻略した話などは、多少なりとあなたの退屈を紛らわせられるのではありませんか?」
それまでキツイ目で睨んでいた彼女の表情が、少し和らいだ。
そして、いかにも珍しい物を見るような顔で問う。
「なぜそのようにお考えになって?」
「偉大なるサキュバスクイーンにとって、生半可な財宝や強さなど意味はないでしょう。それならば我ら庶民の下世話な話の方が、むしろ新鮮ではないかと思いまして」
この目の前の妖艶な美女は千年以上を生きた魔族であり、その強大な実力からサキュバスクイーンと呼ばれる存在だ。
実際は全てのサキュバスを束ねてはいないので、厳密な意味での女王ではないのだが、それに近い存在として認められているらしい。
そんな彼女に下手な条件を提示しても、興味はひけないだろう。
彼女の意表を突きつつ、多少なりと喜ばせられるような提案。
それが普通のおもてなしだ。
おそらく彼女も長い人生で、人間の世界を覗いたことはあるだろう。
人間に成りすまし、一緒に生活すらしていたかもしれない。
しかしさすがに彼女をサキュバスクイーンと知りながら、庶民のもてなしをした者はいないはずだ。
彼女を俺たちの客としてもてなし、冒険譚を聞かせる。
そんなことの方が、彼女にとって新鮮なのではないかと俺には思えたのだ。
ミレーニアはしばらく考えてから口を開いた。
「分かったわ、1度試してみましょう。それで私が満足できたなら、つなぎ石をあげるわ」
「ありがとうございます。それでは、いつがいいですか?」
「明日の晩にでもいかが?」
「問題ありません。こちらへは夕刻にお迎えに上がればいいですか?」
「いいえ、ケレスちゃんだけ残してくれれば、勝手に伺いますわ」
「そうですか……ところで、できればなのですが、明日はもっと肌を隠した服装で来てもらえないでしょうか?」
「あらん、これではお気に召さなくて?」
「いいえ、とても素敵ですよ。でもこちらには10歳程度の子供もいて、刺激が強すぎると思うんです」
「なるほど。それなら適当なドレスを着ていきますわ」
「よろしくお願いします」
無事、接待の約束を取りつけたので、俺はお暇させてもらう。
バルカンに乗って飛び去る時に、ケレスが連れていけと騒いでいたが置いてきた。
すまんケレス、観念して折檻でもなんでも受けてくれ。
カガチに戻ると、翌日にケレスの母親を接待することを皆に伝えた。
「そんな、サキュバスクイーンの接待なんてどうするんですか? 私たちは高級な料理なんて作れませんよ」
「安心しろ、セシル。ちゃんと庶民的なもてなしをすると言ってある。普段の食事より少し豪華なぐらいでいいんだ」
「ふむ、さすが我が君じゃ。背伸びをしてもいいことはないからのう。しかしこの辺で採れる美味い物というと……」
サンドラがそう呟くと、ドワーフのガルが発言した。
「それだったら針猪がオススメだ」
「よし、それじゃあそのボアをメインにして、他にもいくつか料理を作るか。ガルはシルヴァと一緒に狩りを頼む」
「分かっただ」
「何人かはガルと一緒に行ってもらうとして、残りは会場作りに酒や食品の買い出しだ。明日は忙しくなるぞ」
翌日は狩りや買い物やらで、あっという間に過ぎた。
夕暮れまでに準備を終えて待っていると、拠点のドアがノックされる。
出迎えると、そこにはミレーニアとケレスが立っていた。
お願いしたとおり、2人ともドレスを着ている。
たとえドレスを着ていても超絶にエロいミレーニアだが、昨日の恰好に比べれば千倍もマシだ。
ちなみにケレスも今日は着飾っていて、なかなかの美女っぷりだ。
「お待ちしていました、ミレーニアさん。ようこそ我が家へ」
「お邪魔しますわ」
俺が彼女の手を取ってテーブルまでエスコートする横で、彼女を始めて見た男性陣が立ちすくんでいた。
そのあまりの美貌と色気に圧倒されているのだろう。
「さあ、みんな席について飲み物を準備しろ。ミレーニアさんをお待たせするな」
号令を掛けると、ようやく彼らが我に返って動き始めた。
すぐに乾杯の準備が整い、俺が音頭を取る。
「それでは今日の主賓、ミレーニアさんに乾杯だ」
「「かんぱーい!」」
それからささやかな宴が始まった。
俺はミレーニアに酒と食事を勧めながら、俺たちの冒険譚を話して聞かせた。
しがない使役師が妖精と出会い、迷宮を攻略する話だ。
もちろん俺だけが喋るのではなく、所々でメンバーに話を振っていく。
そんな俺たちの話を彼女は、面白そうに聞いてくれた。
本当に楽しんでくれたかどうかは分からないが、満更でもなかったと思っている。
その話の中で、数人のメンバーが奴隷として人族の大陸に送られ、衰弱して死にかけていた話もする。
俺が買い取って魔力を注いだ者はこうして生きているが、おそらく多くの魔大陸人が命を落としているだろうことも話した。
「なかなかに興味深いお話ね。強い魔物ほど魔素の濃い所にしか住めないのは知ってたけど、獣人や鬼人にも当てはまるのね。たしかに、ここにいる人たちは強い子が多いわ」
「やっぱり、分かりますか?」
「ええ、種族的に強い虎人や獅子人は当然だけど、そっちの孤人やエルフだって捨てたものじゃないわ。おまけに上位精霊クラスの使役獣が4体もいるなんて、まるで冗談みたい」
「彼らは迷宮の中でそれぞれ進化したんですよ。昔は普通の魔物だったって言ったら、信じます?」
「ウフフッ、ますます興味深いお話ね。魔物の進化なんてこの大陸でもめったに起きないのよ。参考までに、どうやったか教えてもらえます?」
「そうですね、いろいろと条件が重なった結果なんですが……簡単に言うと、たっぷり戦闘経験を蓄えたうえで、全滅の危機に瀕した際に、ある呪文を唱えたら進化したんです」
俺があっさりとバラしたら、ミレーニアがちょっと意外そうな顔をした。
「……そんな大事なことを、さも何でもないようにおっしゃるのね」
「大切なゲストに隠すほどのことでもありませんよ」
そう言ってのけると、彼女が嬉しそうに抱きついてきた。
「もう、本当に可愛い子。合格よ、つなぎ石をあなたにあげるわ。それでは皆さん、少しデイル様をお借りしますわね。明日の朝には送り返すから安心して~」
そう言いながら彼女が指を鳴らすと視界が暗転し、次の瞬間には違う場所にいた。
そこは豪勢な内装の施された部屋で、中央に大きなベッドが置いてある。
「……ミレーニアさん、ここって、あなたの家ですか? ひょっとして転移魔法?」
「そうよ、ここは私の寝室。今日はもう少し私に付き合ってね」
「あの~、俺はすでに嫁が3人いるんで、このまま返してもらいたいんですけど」
「あら、邪悪で淫乱なサキュバスが、そんなこと許すはずないでしょぅ?」
本当に邪悪そうな笑顔を浮かべる彼女に、俺は蹂躙された。
しかしそれは一方的な蹂躙ではなく、意外に愛のある行為だった。
帰ってからレミリアたちをどうなだめるか考えつつ、俺はその快楽に身を委ねたのだ。