9.ミント、無情
「グハッ!」
突然、俺の頭の中に何かのイメージ、いや記憶が流れ込んできた。
そのショックで俺はひっくり返り、しばらく動けなくなったほどだ。
落ち着いて頭の中を整理してみると、いくらか事態が飲み込めてくる。
頭の中に流れ込んできた記憶は、仲間内で一番幼いミントのものだった。
しかし、おそらく使役リンクを介して飛んできたであろうそれが、なぜ届いたのかが分からない。
いくら念話が使える仲とはいえ、それはせいぜい肉眼で視認できる範囲内でのことだ。
今はカガチにいるはずのミントとは、交信できるはずがないのだ。
「旦那様っ! 大丈夫ですか?」
「グウウッ……だ、大丈夫だ」
椅子に座り直した俺は改めて心を落ち着かせ、流れ込んできた情報に意識を集中してみた。
それは、ミントの記憶の一部だった。
最初は彼女がトンガの町で、買い物をしているところから始まっている。
たぶん行きつけの雑貨屋だろう。
ふいに店の前で、ケンカ騒ぎが始まった。
一緒にいたシュウたちの注意がそちらに逸れた隙に、店員の1人がミントに話しかける。
店の裏に特別な品があるから見ていけと言われ、ミントは後に付いていった。
そうして着いた先には見知らぬ男が2人いて、いきなり襲われて彼女の意識は途絶えた。
次に彼女が目覚めると、知らない部屋の中だった。
しかも両手両足を縛られている。
ミントはパニックになりつつも、なんとかこらえて状況を整理した。
そしてどうやら彼女は攫われたらしいと認識する。
それだったらなんとか抜け出す努力をするしかない。
それから彼女は長い時間を掛けて縄抜けをした。
彼女の柔らかい体と、いざという時に伸ばせる爪を駆使して、少しずつ少しずつ縄を解いた。
狂いそうになるほどの恐怖とプレッシャーに打ち勝ち、彼女は見事にやってのけたのだ。
その後、ミントはじっと待って機会を窺っていた。
やがて朝になり、誰かが部屋まで歩いてくる気配がした。
扉の横に隠れて様子を窺っていると扉が開き、彼女がいないことに気づいた男が慌てる気配。
すかさずミントは扉の陰から飛び出し、そこにいた男の股間に蹴りを入れた。
変な声を上げて崩れ落ちる男を後に残し、彼女は逃げ出した。
自分がどこにいるか分からないため、適当に当たりを付けて走り回る。
いくつかの扉を抜け、外へ続きそうな扉に駆け寄ろうとしたその瞬間、背中に冷たいものが突き刺さった。
こらえ切れず、崩れ落ちるミント。
懸命に振り返ると、自分を攫った男の1人が、ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
そしてその手に握られたナイフが振り下ろされると、彼女の意識は途絶えた。
「グウッ、グオオオオッ!」
「どうしたのじゃ、我が君?」
「……ミントが殺された」
「何を言っておるのじゃ、そんなことあるはずがなかろう」
「いや、使役リンクを通じて今、彼女の記憶が流れ込んできた。ミントはゲッコー商会のバダムに……奴に殺された」
そう、彼女を攫ったうえ、最後にとどめを刺したのはバダムだったのだ。
どういう経緯かは分からないが、奴はミントを狙っていたらしい。
ひょっとしたら、俺たちがジャミルを殺った報復なのかもしれない。
いずれにしても、こうしてはいられない。
「レミリア、サンドラ、すぐに拠点に戻るぞ。カインたちを叩き起こせ」
すぐにカインに水をぶっ掛けて叩き起こし、最低限のあいさつだけをして村を発った。
メンバー全員がバルカンの背に乗って飛び、狼人族の村では飛行箱を回収してから、カガチへ向かう。
バルカンには悪いが、全速力で飛び続けてもらった。
おかげで1刻足らずでカガチに到着し、拠点に駆け込んだ。
「シュウ、ミントはいるか?」
「っ! デイルさん、なんでそれを知ってるんだ? ミントは、彼女は昨日から行方不明なんだ。買い物の途中でいなくなっちまって。すまねえ、俺が付いていながら」
そう言うシュウの顔は、疲れ果てていた。
シュウは路頭に迷っていたミントを引き取り、一緒に暮らしていた仲だ。
彼女のことが心配で、昨夜は寝ていないのだろう。
「チッ、やっぱりそうか……さっき、使役リンクを通じて、ミントの記憶が俺に流れ込んできた」
「本当かい? それじゃあミントの居場所が分かるんだね……は~、よかったぁ~」
「よくねえっ! ミントは殺されたんだ。ゲッコー商会のバダムにな!」
俺に怒鳴られたシュウが、しばし言葉を失う。
やがて泣きだしそうな顔で、近寄ってきた。
「う、嘘だろ、デイルさん。そんな訳ねえよ。ミントは昨日まであんなに元気だったんだ」
「嘘じゃねえ……ミントは今朝、逃げ出そうとしてバダムに殺された」
「……う、わあああ、俺のせいだ。俺が油断してたから、ミントから目を離したから。俺のせいだ、俺の……」
シュウがその場に泣き崩れる。
誰も何も言えず、しばしシュウの慟哭だけが鳴り響く。
やがて俺も涙をこらえながら、彼の肩に手を掛けた。
「お前だけじゃない、俺も油断していた。でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。すぐにでもミントの亡骸を取り戻して、弔ってやるんだ。ついでにゲッコー商会のクソ野郎どもには思い知らせてやる。誰にケンカを売ったのかをな」
それを聞いたシュウが顔を上げた。
「……そうだ、そうだよね、デイルさん。やるべきことをやろう。だけど、どうしたらいい?」
「確実を期すには夜まで待つべきだけど、とても待ってなんていられない。チャッピー、以前ゲッコー商会を偵察してもらったけど、昼間でも忍び込めそうな所はなかったかな?」
「ふむ…………よせといいたいところじゃが、言っても聞かんか。あそこは海沿いの倉庫とつながっておるから、船で近づけば忍び込めるじゃろう」
「ありがとう、チャッピー。それじゃあトンガの港で小舟を買って、海から忍び込もう。それとチャッピーの幻惑魔法で、舟ごと見えにくくできないかな?」
「なんとかしよう」
「頼むぞ。よしみんな、馬車に乗れ」
俺はそこにいるメンバー全員を馬車に乗せて、トンガへ向かった。
トンガに入ると港へ行き、適当な小舟を買う。
舟に乗るのは俺の他にレミリア、ケレス、シュウ、キョロ、シルヴァ、バルカン、チャッピーだ。
残りはゲッコー商会の周辺に潜ませ、商会から逃げ出した奴がいれば捕らえてもらう。
1人も逃がしはしない。
小舟で少し沖に出てから、チャッピーの幻惑魔法で見えにくくしてもらった。
この幻惑魔法は、迷宮で鍛えているうちに使えるようになったものだ。
なんでも、光をねじ曲げて対象を見えにくくするらしい。
そしてレミリアが水精霊の力を借りて舟を動かし、ゲッコー商会へ向かう。
商会に近づくと、たしかに海沿いの倉庫があった。
陸から見えないようにギリギリまで近寄り、倉庫の陰に上陸した。
「レミリア、頼む」
俺の指示で彼女が双剣を振るうと、倉庫の壁が紙のように切り裂かれた。
そのまま倉庫に入り、商会の建物に通じるドアも同様に破壊する。
シルヴァに人間の所在を探らせたら、1階に10人、2階に5人いた。
そして1階のある部屋に、ミントの亡骸があることも判明した。
念のため確認したが、やはり彼女は事切れていた。
改めて復讐を誓い、手近な部屋から掃討に掛かる。
手近で人間のいる部屋の扉を開けると、まずキョロを放り込んだ。
部屋の中からバリバリッという音と閃光が発生すると、そこには6人の男が倒れていた。
キョロの雷撃で麻痺させられたのだ。
今度はケレスの出番だ。
彼女は精神操作系の魔法に長けており、人間の記憶を読み取るという特技を持つ。
彼女が1人ずつ頭に手を当てて記憶を読んでいくと、全て奴隷狩りに関与していることが分かった。
どいつもこいつも真っ黒けの悪党ばかりだ。
生かす価値がないと分かった奴から、シュウが短剣で始末していく。
1階の残りの奴らも同様に始末してから、2階に移る。
2階では1部屋に人間が集まっていた。
無造作にその部屋のドアを蹴り開け、またキョロを放り込んだ。
さっき以上の閃光と音が漏れてきた部屋に踏み入ると、男が4人倒れていた。
しかし、なぜか1人だけ倒れてない奴がいる。
「バダム、お前、なんで気絶してねーんだ?」
「ヘッ、鍛え方が違うんだよ。それにしても白昼堂々殴り込みとは、やってくれるじゃねーか、グウッ」
たしかに雷撃を食らったはずなのに、バダムは自分の足で立ち、減らず口まで叩いていた。
通常の人間ではあり得ないタフさだ。
するとシルヴァから念話が入る。
(主よ、その男、おかしな臭いがする。おそらく人間ではない)
(人間じゃないって、なんだよ?……まあいい、とりあえず捕まえるぞ。キョロの雷撃と同時にレミリアが拘束してくれ)
((了解))
次の瞬間、またもやキョロの雷撃が迸り、バダムを硬直させた。
さらにレミリアが奴の後に回り、うつ伏せに押し倒して後ろ手を取る。
「は、離しやがれ、てめ――グバッ」
なおも暴れようとするバダムに駆け寄り、顔に蹴りを入れてやった。
さて、こいつは一体、なんなんだ?