フルカバディヌスチート・デ・ムソー
俺は来た。……どこって、異世界にだ。
どうやって? なぜ? そんな事は俺だけが知っていれば良い。
さて、せっかくの異世界だ。
神にチート能力も貰ったし、男としてこの世界で何かを成したい。
冒険者として名を馳せるか? 勇者として魔王を倒すか? それもいいな。
現代知識で政治とかダンジョン経営なんかは無理だな。俺には向いていない。
まったりスローライフも悪くないが、最初に思った通り俺は何かを成したいんだ。
俺が神に貰った能力――。
それは、『手で触れた相手を自分の支配下に置ける』というものだ。
何とも凶悪なチートだが、使い方如何によっては最強にもなり得る。
そしてこんな能力を授けられたら、考える事は誰でも同じはずだよな? 俺もそうだ。
――よし、この世界をカバディ天国にしよう。
カバディ。
現代人なら一度くらいは耳にしたことがあるはずだ。
詳しいルールは知らなくても、ガキの頃に「カバディカバディ」と言いながら友達を通せんぼした思い出くらいあるだろう。反論は受け付けない。
重大な使命を背負った俺は、神によって放り出された草原を歩き出した。
ただ無双するだけというのも面白くないから、何か自分ルールを作りたいな。
1つくらい縛りが無くては、世界中の人間を支配下に置いても達成感が無い。
う~ん……そうだな……。
この世界では「カバディ」としか話さないと言うのはどうだろう。
そしてチート能力を使う際は、必ずそれを口にしていなくてはならない。
カバディと言いながらタッチした相手を自分の支配下に置くという訳だ。
俺の使命と能力が上手くマッチングした良いルールだな。冴えてるだろ?
しばらく歩いていると、前方から冒険者風の美女が歩いて来た。
うむ、そのグラマラスな体つきはカバディ国民の第一号に相応しい。
いずれは貧乳幼女やエルフも支配下に置いてハーレムを作るのも悪くないが、まずは手始め。
「あら、旅の人?」
「カバディ!」
「え?」
にこやかに話し掛けて来た美女にカバディ語で挨拶をしながら、俺は彼女にタッチした。
先手必勝も立派な戦略……何も最初から頭を使う必要は無い。
触れた胸当てはちっとも柔らかくなかったが、これで1人目だ。
「カバディ?」
「カバディ!」
俺の問い掛けに、一号が敬礼する。
王国への第一歩を踏み出した俺は、一号を伴って再度草原を歩き始めた。――目的は町だ。
更に行くと、目の前にゴブリンが飛び出して来た。
小さな斧を持った小男みたいな魔物だ。緑色に近い肌に、尖った耳をしている。
俺はすかさず戦いの構えをとる。俺が知るカバディの基本姿勢であり、最強の型だ。
足は肩幅に広げて少しだけ膝を曲げ、いつでもタッチ出来るよう腕は常に広げておく。
「ギャ! ギャギャ!」
俺が動く前に、ゴブリンが動いた。手に持った斧を振り回しながら突進してくる。
知能が低いと言うのは現代のゲーム知識で知っていたが、警戒もしないとはな……。
飛んで火にいる夏の虫とはこのことかと、俺はヤツが斧を振り下ろす前に胴へと腕を伸ばす。
スパァン! という乾いた音と共に、俺の手の平にヒリヒリした痛みが走った。
ゴブリンは斧を振り上げた態勢のまましばらく固まっていたが、やがて憑き物が落ちた様に腕を下ろす。
「カバディ?」
「ガバディ!」
違う! 俺はゴブリンに向かって首を横に振る。
こういうのは最初が肝心だ。国民になりたいのなら、正確に発音しろ。
「カバディ?」
「ガ、カ……カバディ!」
よし、いいだろう。俺は大きく頷いた。
一号と二号を両側に据え、俺は前方に見え始めた町を目指す。
そして町へやってきた。
ここへ来るまでの間にも、我が国の勢力は格段に上がっている。
途中、何匹かのゴブリンやオークを通り掛けにタッチして来たからな。
魔物を引き連れた俺に恐れをなした門番が逃げ込んだ為、門はがら空きだ。
……さあ、始めよう。
「て、敵襲だ―! 魔物使いが攻めて来たぞー!!」
「カバディカバディカバディカバディ……」
「怪しい呪文を唱えながらこっちへ来る! 逃げろぉ!!」
「カバディカバディカバディカバディ……」
悲鳴と共に逃げ惑う町民を、走って追いかけたりはしない。
ゆっくり追い込んだ方が精神的ダメージは大きいし、息切れしたら能力が使い難くなるからな。
「カバディカバディカバディカバディ……」
「ひぃ!? 来たぁ!!」
この町は、全体を高い城壁で囲んでいたのが仇になったな。
入口は既に占拠している為、町民達は魔物達の包囲網によってじわじわと壁際に追い詰められている。
恐怖に歪んだ顔で俺を見る町民達に向かって、俺は教祖の様に両手を広げた――カバディ!
こうして俺は1つの拠点を手に入れた。
俺の異世界無双は、ここから始まるのだ。
異世界へ来て1ヶ月が経過し、カバディの勢力圏はこの世界のほぼ全域に広がっていた。
言い忘れてたが、俺の能力は伝染する。支配下に置かれた者がタッチすれば、更に国民を増やすことが出来るのだ。
もちろん支配者はオリジナル能力者の俺であり、国民達はカバディウイルスを持っているに過ぎないのだが。
たった1人の国民を潜り込ませるだけで、一夜にして国の首都を支配する事も可能な為、俺はこうして座っているだけで良い。
……しかし、間接的な無双というのはなかなか暇だな。
「カバディ! カバディカバディ!」
「カバディ?」
ある日、俺の右腕である1号が王の間に飛び込んできた。
勇者と名乗る男が、聖剣の浄化作用で次々と国民の洗脳を解いているらしい。
おのれ勇者! 折角完成しかけていた俺のカバディワールドを! ……いいだろう。ならば戦争だ。
勇者一行が王の間に乗り込んできた。
俺は王座に座したまま、余裕の表情でそれを見下ろす。
「魔王め!」とか「世界の平和の為!」とかの口上をしばらく言わせてやり、俺はゆっくりと立ち上がった。
玉座の階段を降り始めた俺を見て、勇者一行が警戒するように後退る……ふっ、その程度の覚悟では、世界の半分はやれんな。
「魔王! 覚悟! はぁぁ!!」
勇者が聖剣を手に、俺に向かって突進してくる……やはりこの程度か。
ゴブリンと同じ程度の浅知恵では、俺に勝つ事など出来ん。俺は戦いの構えをとった。
「カバディカバディカバディカバディ……」
「!? なんだ……?」
俺の醸し出すオーラに、勇者がその足を止めた。ほう、少しは冷静なようだな。
前後左右どこにでも飛び出せるようバネみたいに体を揺らしながら、俺はじりじりと近付く。
しかし勇者は、寄せては返す波の様に、近付けば引き、引けば近付く……なるほど、持久戦か。
ならばこちらも本気を出さなくてはな。俺は少しでも息が続く様に声量を小さくし、勇者へ向かって跳んだ。
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
「うわ!? クソッ……一体これは……!?」
勇者は見た事のない動きに動揺している様だ。
当然だろう? 魔王が雑魚と同じ動きをする訳がない。……あれ? 俺魔王だっけ?
……まぁいい。
とにかくそんな感じで、俺と勇者の戦いはしばらく膠着状態が続いていたのが……。
「ぶっ、くくっ……何この動き!」
「ちょっとよしなさいよ……ぷっ」
その内、勇者一行の1人が俺の動きを真似し始めた。
あの笑顔はバカにしている? いいや違うな、楽しんでいるんだ。
魔法使い、剣士、弓使い……勇者一行の緊張感がどんどん薄れていく。
ふっ、かかったな……ヤツらはもうカバディの虜だ。
「おいみんな! どうしたんだ!」
仲間達の緩み切った態度に喝を入れようと、勇者が振り返った――バカめ、敵に背を見せるとは!
俺は勇者の懐に飛び込み、溜め込んでいた息を一気に放出する……これで終わりだ!
「カァァバァァディィィィ!」
「な――!?」
慌てて俺に意識を戻す勇者。
俺の伸ばした腕と、振り下ろされる聖剣の残像が交差する。
その結末は――
「カバディ~!」
「カバディカバディ」
「カバディ? カバディ~」
我が王国は、今日も平和だ。
眼下では令嬢達が楽しそうに談話している。
仲間になった勇者に国の政治を、半分と言わず全て任せた俺は、今日も美女幼女を侍らせて異世界を満喫していた。
――俺は、ついに成し遂げたのだ。
「カバディ! カバディ……カバディカバディ」
「カバディ?」
世界が安定してしばらくして、大臣となった勇者がカバディを国技にしたいと言って来た。
「て言うか元々競技ですよね」と。そういや勇者は、俺を倒すために日本から召喚されたんだったな。
だが、カバディの競技だと?
ははっ、バカな。そんなものある訳が無いだろう。
え? あるの?
作者は初めて知りました。
カバディがインドの歴とした国技だったなんて。
だから(?)書いてみたのですが、今は後悔していますorz