第8話 「異界の旅人」
契約を終え、正式な旅人となった奏多。 そんな旅人初心者の奏多のためにテュフォンとアスカは――
追記:セリフを少し修正しました。
追記:少し加筆しました。
「……特に変わった様子はないけれど」
「見た目じゃ分からないよ」
自分の身体を見て、見た目は特に変わったところのない奏多。内心では、魔女との契約の代償としてどこか持っていかれるのではないかとハラハラしていた奏多だったが、そんなことはなかったようだ。
「じゃあ、説明タイムといきますか。長い話になりそうなのはなんとな~く想像がつくけど」
契約も終わったところで、先ほど言っていた奏多が一人で旅ができない理由やその他諸々の話を聞かせてもらおうと、テュフォンの方に向き直る。
「今の奏多くんが置かれている状況の整理も含めて、ね。じゃあ、せっかく後輩もできたことだし……。先輩、後は任せた」
「……誰が先輩ですか」
嫌そうな顔をしながらアスカはテュフォンを見る。
「僕も説明のサポートはするからさ」
テュフォンはアスカに説明を任して、キッチンの方へと向かった。奏多は説明を聞こうと再びアスカの隣に座りなおす。
「はぁ……一から説明すんの怠いなぁ」
気怠そうにするアスカは、テーブルに紙とペンを用意した。長い話になりそうだ。
「いい? 順を追って説明するわよ? 最初に魔力の有無についてだけど、魔力のある世界と無い世界との二種類に分かれるわ。そして魔力のある世界に生まれたものは、己の中に魔力を貯める為の『器』のようなものができるのよ。『器』の大きさは様々だけど、貯める『器』が大きいほど強大な魔法が使えるわ。『器』の大きさは親の遺伝によって決まるけれど、鍛えたり修行したりすることである程度まで大きくすることも可能なの」
アスカは今の話を分かりやすいように図にしながら説明する。魔力の有無、魔力の器。
「逆に、魔力のない世界では魔力を貯める『器』ができないから魔法が使えないって訳。ここまでは理解できた?」
「そこまで理解できないほど馬鹿ではないぞ」
アスカは自分の話にキチンとついてきているか心配になる。が、奏多もそれを理解できないほど物わかりが悪い訳ではなかった。
「次に魔女と旅人の存在についてなんだけど、そもそも魔女っていうのは奏多がいた魔力のない世界には存在しないの。それは、何処の異界も共通のことなのよ。逆に、魔力のある世界には必ず一人、魔女は存在する。そして、世界の均衡を保っているの」
世界の均衡を保つ魔女たち。この場にいるテュフォンもその中の一人ということだった。
(……とてもそうは見えないが)
そう思いながら奏多はキッチンにいるテュフォンを横目で見る。
「でね、時々だけど異界と異界の間で問題が起きることがあって、それを解決するのが魔女たちの役割なの。だけど、魔女がいる世界で問題が起きるならまだしも、魔力のない世界は別。誰がその問題を解決するのって話」
「そんなの、魔女が魔力のない世界へ行って解決すればいい話じゃんか」
「それができればいいんだけど、ボクたち魔女は自分自身では異界へは移動してはいけない。それは世界の掟であり、規則であり、破ってはいけないルールなんだよ」
テュフォンがティーポットと人数分のカップ、クッキーなどのお茶菓子を持ってきながら話の輪に加わる。キッチンの方でお茶の準備をしてくれていたらしい。
アスカは動かしていた手を一旦止めて、ペンをテーブルの上に置いた。
「魔女は世界の均衡を守らなければならない。でも、魔力のない世界に魔女はいないし、魔女も異界へは移動できない。そこで、魔女たちは自分以外の人に異界へ行ってもらって問題を解決してもらおうと考えた。それが旅人の始まり」
テュフォンはお茶菓子をテーブルの中央に置き、奏多とアスカ、自分が座っているところにそれぞれカップを置くと、ティーポットの中の液体をカップに注ぐ。湯気を立てて香ばしい香りを漂わせているそれは、どうやらミルクティーのようだ。
「魔女たちは旅人に恩恵と異界を移動する力を与えて、旅人は恩恵と力とを引き換えに異界の問題を解決する契約を結んだんだ」
説明を続けつつ、テュフォンは自分で注いだミルクティーを口元へと運ぶ。
それを見届けたアスカも同じようにしてミルクティーを飲んだ。奏多は一緒に運ばれてきたクッキーなどのお茶菓子に手を付ける。
「でも、それは昔の話で、今じゃほとんど問題は起きなくなったよ。代わりに、噂を聞きつけた人たちが、自分も異界を旅したいと言って訪ねてくることが多くなったけど」
今は単に異界の旅がしたいという人の方が多いよ、と付け加えながらテュフォンはミルクティーを飲み干した。
「まぁ、ほとんど問題が起きなくなったとはいえ、必ずしも起きないとは限らないからね。そういう私欲を持った人たちも含めて、異界に旅人を送ることは続けているよ。」
テュフォンはおかわりのミルクティーを注ぎつつ、自分で持ってきたお茶菓子に手を伸ばす。
「んで、その問題っていうのが、奏多がいた世界で起きたアレって訳。奏多も見たでしょ?」
アスカが言ったアレというのは、奏多たちが見た化け物の事だろう。化け物が問題の原因らしい。
「自分がいた世界とは異なる世界の存在。それを取り除くこと。奏多が見たようなやつは本当に稀なの。普段なら、物とかの回収が多いかな」
奏多がいた世界は、低確率で起きる問題が実際に起きてしまった例ということだ。運がいいのだか悪いのだか。実際には運が悪い方へ向かってしまったが。
「なるほど。魔力の存在と、なんで魔女が旅人に力を与えて異界を移動させるのかは分かった。で、俺が一人で旅できない理由とどう繋がってくるんだ?」
「結論から言うと、異界への移動には魔力を必要とするのよ。旅をしたい者に異界を移動する力を与えるって言っても、魔力を持っている人限定ってこと」
アスカは再びペンを持つと、先ほど図を描いていた紙に描き加えはじめる。
「さっきも言ったけど、魔力のない世界には魔女はいない。旅をしている者のほとんどが、魔力の概念が存在する世界の出身者で魔女から力を与えられた者であることは、ほぼ間違いないわ。例外もあるけど」
自分以外は魔力持ち。最初から他の旅人と差をつけられたように感じた奏多は少し落ち込む。
「奏多のように魔力の概念もない世界の出身者は基本的には魔女とは無縁だし、そもそもの魔力を持たない時点で異界を移動することもない」
自分の今の状況がどれだけ異常であるかを改めて教え込まれた奏多。
「えーと、まとめると、魔力を持っているものは魔女と接触しつつその恩恵と異界を移動する力を与えられる。魔力を持っていないものは魔女に接触することもなければ異界を移動することもできないってことか?」
今までの説明を整理し、奏多なりに短くまとめた。
テュフォンはうんうんと頷きながらまとめに入る。
「そういうこと。今回の場合は、魔力のない世界で魔力を持ったアスカちゃんが問題を解決したようだけど、異界へ移動しようしたところへ魔力を持たない奏多くんが巻き込まれる形になった。魔力のないものは旅ができない。帰るにせよ帰らないにせよ、旅をしないと元いた世界には行けない。したがって、魔力のある誰かの旅に同行して元の世界に帰るしかない。だから、このような事態が起きている。誘拐目的で連れ出すならまだしも、旅人の異界移動に巻き込まれるって今までにあまりない例だから、こっちとしても対処法が分からないんだ」
状況を整理したことにより、今置かれている立場を理解した奏多。が、ここである疑問が浮かんだ。
「ちょっと引っかかったことがあるんだが、アスカはテュフォンのことを知っているってことは、前にもここに来たことあるんだよな? 俺が元の世界に帰れないのは、アスカが異界の移動は基本的には一方通行だからと言った。でも、アスカは以前訪れた世界をこうやってもう一度訪れている。だったら、俺がいた世界も簡単に行けるんじゃねぇのかよ。……行けたとしても帰らないけど」
自分が帰らないことを主張しつつ、疑問を投げかける。
それに答えたのはテュフォンの方だった。
「確かに異界の移動は基本的には一方通行だよ。元いた世界には簡単には戻れない。極稀に同じ世界辿りついた報告例はあるけど、そんなのは無限分の1だ。だけど座標固定することによって以前に訪れた異界を何度も行き来することが可能になるんだ。座標固定できる異界の数は限られるけどね」
「その座標固定っていうのは何なんだ?」
「ん~とね……ざっくり言ってしまうと、もう一度その異界に戻ってくるための目印のようなものだよ」
座標固定することで運に頼らずとも、再度行きたい異界へ移動できるという訳だ。アスカが奏多のいる世界を座標固定すれば彼を帰すことは可能だったのだが、過ぎてしまったものはしょうがない。
「以上で状況整理と説明終わり!」
そう言うとテュフォンは最後に残っていたお茶菓子を食べ終え、四杯目のミルクティーを飲み干したのだった。
ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。次も説明回となります。会話多くて見づらかったらごめんなさい。
次の話も早く投稿できるように頑張ります。