第7話 「契約」
旅の同行の許可を得た奏多。魔女との契約とは――
追記:遅れましたが、新たにブクマ登録ありがとうございます。まだまだ至らぬところがございますが、長くお付き合いいただけるように頑張りたいと思います。
追記2:誤字脱字を修正しました
追記3:加筆修正しました。
「さて、奏多くんがアスカちゃんの旅の同行者になると決まったところで、改めて自己紹介を」
二人のやり取りを見終えたところで、ボクっ娘魔女は仕切りなおす。奏多は魔女の方を向いたが、奏多がついてくるという現実を受け入れられないのか、アスカの方はまだ下を俯いて固まったままだ。
魔女は椅子から立ち上がってくるりと身を翻すと、奏多とアスカから少し離れた位置に立った。
「はじめまして奏多くん。ボクはこの世界の魔女、テュフォンだ。そして――、」
パチンと、魔女――テュフォンが指を鳴らすと、鈴の音を立てつつ部屋の奥から黒猫がテュフォンの足元にやってくる。目は赤く、首には鈴付きの首輪をつけていた。 次いで、部屋の上空から空を切るように羽を動かす音が聞こえてくる。
「あっ」
家に入った時にはその存在に気付かなかったが、奏多はその音の主に見覚えがあった。それはついさっき、巨大な花の植物に襲われた時に助けてくれた白く美しいカラスだった。
テュフォンが肘を差し出すと、白いカラスはその上に着地する。2メートルもの大きな鳥を乗せて重くないのだろうかと奏多が疑問に思っていると、
「おや? 奏多くんはこの子をもう知っているのかい?」
「あぁ、さっきここに来る途中の森で巨大な花の植物に襲われそうになったところを助けてもらったんだ」
「巨大な花の植物……森……」
あっ、とテュフォンは小さく声を上げる。どうやら心当たりがあるようだ。
「ゴメン、それ多分ボクが侵入者撃退用に作った試作品だ……。ボクの知人じゃない人を追い払うためのものだよ」
「それに俺は襲われたのか……」
奏多は襲われた時のことを思い出す。
何をしたわけでもないのに巨大な花の植物は奏多を『敵』と認識して襲ってきた。侵入者撃退用と言われ、襲われた理由に納得する。
「森を見回っていたこの子が気づいてくれたんだね。ありがとう、アヌビス」
アヌビスと呼ばれた白いカラスはテュフォンに頭をすり寄せる。随分とテュフォンになついているらしい。
「アヌビスっていうのか、そいつ」
「そうだよ、ちなみにボクの足元にいる黒猫は使い魔のティナ」
ティナと呼ばれた黒猫は奏多たちの方を見ると軽く会釈した。奏多も軽く会釈を返す。
猫にカラス。なるほど、魔女の使い魔とはどこの世界も似たり寄ったりらしい。
「二人とも、ボクの家族なんだ」
「家族……親は……」
「長い間、家を空けたままだよ。でも、たまにだけど連絡は取り合っているから心配しないで」
「へぇ……若いのに大変なんだなぁ」
長い間一人でいることの苦労を想像した奏多は、テュフォンに感心した。
「えへへ。でも、この子たちがいるし、ボクは寂しくもなんともないよ」
言葉とは裏腹に、寂しそうな目をするテュフォン。彼女自身は自分がそうした目をしているのに気がついていなかった。それに気づいた奏多は、気を使ってか話題を変える。
「そういえば、気になっていたんだけどさ、そのボクっていうの……」
「ボクはボクだよ。だって、男だもん。おかしくはないでしょ?」
「…………はい?」
自分の耳を疑って聞き返す奏多。奏多が知っている一般的な知識と世界的に常識なことを総合した結果、目の前の人物を女だと認識していた。何の冗談かと目を丸くした奏多だったが、
「テュフォンは正真正銘の男よ」
肯定するアスカ。今まで二人の様子をずっと黙っていた彼女は、ニヤついた顔をしながら奏多の方を見ている。まるで、今の奏多の反応を待っていましたと言わんばかりの表情だ。
「いや、だって、あの、えっ、ホラ……」
言葉がつっかえながら戸惑う奏多は、アスカとテュフォンをある部分を見比べつつ――、
「どちらかと言えば、アスカの方が男っぽい気が」
「それは何処を見比べながら仰っているのかしら奏多さ~ん?」
アスカは両手でボキボキと指を鳴らしながら、満面の笑みを浮かべて奏多に近づく。するとアスカの背後に、般若のような恐ろしい形相の顔の幻覚が見えたのを奏多は見逃さなかった。
「アッ、スイマセン。ナンデモアリマセン」
鬼顔負けの迫力に、思わず片言になる奏多。心の中で何も見なかったと自分に言い聞かせる。
「そう、ならいいけど」
奏多を黙らせるとアスカは椅子に座りなおす。
二人の様子を目の前で見ていたテュフォンは何故か楽しそうだった。
「アハハ。まぁ、君がそう思うのも無理はないよ。この身体自体は女の人のものだからね」
女の人の見た目に、中身は男の魔女。
「あぁ~、俗にいう見た目と頭脳は必ずしも一致しているとは限らない的なアレ?」
「君が何を思い浮かべて言っているのか分からないけど、そういうことかな」
見た目と中身のズレからくる矛盾。その事実に思考回路がショートしそうな奏多であったが
、これも異世界ファンタジーのならではの世界観だと思ってありのままを受け入れることにした。
「つまり、見た目は女だが中身は男と。紛らわしいなぁ」
「期待を裏切るようで悪かったね」
「まったくだぜ。魔女っていうからにはてっきり女かと」
言葉のイメージと見た目から完全にテュフォンを女だと信じ込んでいた奏多。恋愛イベント的なものを期待していたわけではないが、少しだけ肩を落とす。
「身体は女だからね。あながち間違ってもいないよ。……これにはちょっとした訳があってね」
「訳?」
「今の奏多くんには教えられないかな~。ま、この話は次に会った時のお楽しみにとっておくということで――、」
テュフォンは自分の話を焦らしつつ、会話の流れを断ち切ると、
「ここからが本題」
真剣な表情で奏多の目をまっすぐに見つめる。今までの雰囲気とは違うからか、さっきまでのテュフォンとはまるで別人のようだ。
「君はこれからアスカの同行者として旅をする。アスカにも忠告を受けたと思うけど、旅には危険がつきものだ。行く先々で様々な困難が君たちを待ち受けているだろう。それでも、君はアスカの旅に同行するかい?」
アスカのことを呼び捨てにするテュフォン。今ならまだ引き返せるぞという意味も込めて、奏多にこれからの覚悟を問う。先ほどの軽快な感じと違って、真剣な表情で奏多を真っすぐに見つめた。
アスカからも忠告を受けていた奏多だったが、目の前の魔女の威圧に自分の覚悟が揺らぎそうになる。それほどなまでに過酷なものなのだろう。
「俺は……」
ここに来る前までの自分を振り返る奏多。
「自分が元いた世界には帰りたいとは思わない。仮に、帰るにしても俺自身が異界を巡らないと元いた世界には帰れない」
迫りくる現実から目を背けたい。自分の居場所の答えを見つけたい。この旅でその答えを見つける――、
「今の俺には旅をする以外の選択肢しかないんだ」
自分の為――己が為に旅をする決意を、魔女にぶつけた。
「アスカの旅に同行する!! そして自分の居場所を見つけるんだ!!」
真剣な眼差しがテュフォンの方へ向けられる。
「居場所……か」
少しの沈黙。そして――、
「――君の覚悟、決意。確かに受け取ったよ」
テュフォンはティナとアヌビスを部屋の隅に下がらせると、奏多たちが座っているテーブルの横に立ち、
「それでは今から、魔女との契約を執り行う!」
「契約?」
「魔女は、旅にでる者たちと契約を結ぶのよ」
魔女との契約。いったいどんなものなのかと想像する奏多に
「契約をすれば魔女の恩恵を受けられるし、異界への移動もできる。」
「おぉ、なるほど」
アスカは簡単に説明をする。納得した奏多だが、ここで気になったことがある。
「ん? ってことは、俺、アスカがいなくても一人で旅できるのか?」
「いや、奏多くんみたいに魔力のない人はできないよ」
(……?)
それはどういうことだろうか。話が矛盾している気がする。疑問に思っている奏多を余所に、
「その説明やっちゃうと話が長くなっちゃうから、契約を行った後でね」
テュフォンは契約を結ぶ準備をする。
「それじゃあ、ボクの目の前に立ってじっとしててね」
奏多の腕を掴んで自分の目の前まで来させると、テュフォンは契約の呪文を唱え始めた。
「”異界より導かれし者『奏多』。そなたに、魔女の恩恵を与える”」
奏多に向けて手をかざすと、奏多とテュフォンを取り囲むようにして床に魔法陣が展開される。魔法陣はアスカと奏多がこちらへ来た時の物とは異なる模様のものだった。異界へ来る時と同じように輝き始めたそれは、徐々に部屋全体を呑み込むようにして輝きを増す。
あまりの眩しさに目を開いていられない奏多。一瞬にして周りの景色が真っ白になり――
――しばらくしてから光が消えると魔法陣も何もなく、奏多たちが最初にこの家に来た時となんら変わりない姿のままだった。
「はい、これで完了」
「え、これで契約完了?」
「うん、そんな重苦しいものでもないしね」
「はぁ……」
あっさりとした終わりに、拍子抜けの奏多。そんな奏多に対して、
「おめでとう、これで君も、"異界の旅人"の仲間入りだ」
新たな旅人の誕生に、祝福の言葉を述べるテュフォンだった。
ここまで読んで下さっている方々、ありがとうございます。
8話、9話は旅人初心者の奏多のために説明&会話ラッシュが続きますので、旅をしている二人を見たい方は10話の投稿をお待ちください。
次も早めに投稿できるように頑張ります。