第5話 「巻き込まれから始まる物語」
第5話は第1話ラストの続きからとなります。
見知らぬ森に一人の奏多。女はいったい何者なのかーー。
追記:誤字を訂正しました。
追記2:加筆しました。
(確かあの時、突然光りに包まれたと思ったら……)
見知らぬ森で一人、気絶していたのだ。
そして現在。見知らぬ森の中、一人目を覚ました奏多のところに巨大な花の植物が現れ、襲われていたところを真っ白な美しいカラスに助けられ、命からがら逃げだしてきたのである。
そもそも、大学で見たあの化け物は?この森は何処なのか? 女は何者なのか?
「……そうだ。あの女は?」
ここまでの一連の騒動のせいで女の存在を忘れていた奏多。彼女の裾を掴んで目が覚めたらこの森にいたのだ。近くにいるに違いない。
日が暮れてしまう前に、女を探しに行こうと立ち上がった時、
「やーっと見つけた!! あんた何処ほっつき歩いてたのよ!!」
ガサガサと音を立てながら茂みの中から現れた女。どうやら、奏多のことを探して森中を歩き回っていたようだ。先ほどの冷静な話し方ではなく呼び方も「君」から「あんた」へと変わり、かなり焦っているようにも見える。
「そこらじゅう探し回ったんだからね!!」
「なっ……!!」
女の厳しめな口調に思わずカッとなってしまう奏多。
「なんなんだよ、お前!!」
「それはこっちのセリフよ!! 移動しようとしたら勝手にくっついてくるし、勝手にいなくなるし!! こっちの予定めちゃくちゃよ!!」
「移動? あの一瞬で? 何処に?」
女はどうやら奏多がついてきてしまったことによって、自分の予定を崩されたことに腹を立てている様子だった。そんなことは気にも留めず、奏多は女に問いかける。
「はぁ……。ここは魔女が住む森。そして、あんたが住んでいた世界とは別の世界にある場所よ。いわゆる異世界ってやつ」
女は奏多に対してあきれた様子で答えた。
「異なる……」
(――世界?)
この森が、この場所が、この世界が、奏多が住んでいた日本という国の、地球という惑星とは異なる世界。別の世界。異世界。
「はああぁぁ!? 異世界ぃ!!??」
「まぁ、私たちは"異界"って呼んでるけど……」
素っ頓狂な声を挙げる奏多。女は小さな声で訂正するが、今の奏多には関係がない。
「ちょっと待て!! そんなの信っじられるかよ!!」
「じゃあ、さっきあんたの目の前で起きた出来事は夢で、これもあんたの夢オチって訳?」
奏多の反論にムッとした表情をする女。ぶっきらぼうな物言いで奏多に問い詰める。
「うっ」
女の問いに言葉が詰まってしまった奏多。これまでに数々の非現実的な光景を目の当たりにしてきた。さすがに否定はしづらい。悔しいが女の言っていることを認めざるを得なかった。
「~~っ! あぁ~もう、分かったよ!! ここは異界の森ん中で、さっき大学で襲ってきた化け物もお前が魔法で倒したっていうんだろっ!!」
「物わかりが良くてよろしい」
奏多が事実を認めると、満足げにする女。
「はぁ~、まさか自分がファンタジーな出来事に巻き込まれるとか……」
散々アニメや漫画やゲームを見てきた奏多だったが、まさか自分がラノベの主人公みたいな体験をするとは夢にも思わなかった奏多。事実は小説より奇なりとは、まさにこのことだろう。
ふと、頭に思い浮かんだ疑問を女に投げ掛ける奏多。
「そもそも、お前、なんで異界なんかに……」
「まぁ、ちょっとした事情があってね。色んな異界をあちこち巡っているの」
「……へぇ」
女は少し言葉を濁すように答える。が、奏多はあまり気にしなかったようだ。そもそも事情なんてなければ異界を旅するなんてことはしない。奏多もそれを察してか、あまり深くは追及しなかった。自分が知ったところで、何も変わらないのだから。
一通りのやり取りを終えたところで、奏多はまだ女に礼を言っていないのを思い出す。
「そういえば色々あって遅くなったけど、まだお礼を言えてなかったっけな。助けてくれてありがとな。お前、名前なんて言うんだ?」
お礼を言うついでに名前を聞く奏多。これまでのやり取りの中、二人はまだお互いの名前すら知らなかったのだ。
いきなり感謝されたのが意外だったのか、キョトンとする女。――次いで、
「――アスカ」
と、満面の笑みを浮かべながら女――アスカは答えた。
「アスカ、か。いい名前だな」
何故かアスカの名前を褒める奏多。なぜだろう、自分でも疑問に思う奏多だったが、思わず言葉に出してしまった。少々照れくさくなる奏多。
「そういうあんたは?」
照れている様子の奏多には気付かなかったようで、アスカも奏多に問いかける。
「俺は日向奏多だ」
右手に拳を作り胸に押し当てながら、誇らしげに自分の名前を口にした奏多。
妙な感じだ。出会うはずのなかった二人が、知るはずのなかった二人が、ふとしたことをきっかけに巡り合ったのだから。これも化け物が奏多の目の前に現れたから――、と、ここで奏多は重大なこと気づく。
「なぁ、アスカ。俺以外の奴らは化け物の事とか覚えてないんだよな?」
「えぇ、そうよ。化け物が君らに関わった事象はきれいさっぱり。だからその前の時点の記憶からってことになるわね」
(……ってことは)
化け物に遭遇する前。奏多は大学へ向かった本来の目的を思い出す。
「ああああぁぁぁぁ!!!! レポートォ!!」
頭を抱え、絶望の底に叩き落されたような感覚を覚える奏多。大学生活を送るうえで最も憎むべき存在、単位に関わる大事なレポート。しかも、奏多は来年に就職活動を控えている。評価が落ちて内心にひびかないとも限らないのだ。
「アスカ、頼む! さっそくでわりぃんだけどさ、俺を元の世界に帰してくんないか? てか、そもそも、俺を元の世界に帰すために探し回ってたんだもんな」
頭を下げながら必死に懇願する奏多だったが、アスカは困惑した表情を浮かべていた。
「――……ゴメン、それは、無理、なの」
「……」
(――へっ?)
声には出なかったものの、心の中で疑問の声とともに首をかしげる奏多。
「あー、えっとぉ……。異界へ渡るのはぁ、座標固定《・・・・》していない限りぃ、基本的に一方通行……なのよねぇ。たまーに以前訪れた場所へたどり着くことはあるらしいけど、それも何億分の一っていう……アハハ」
乾いた笑いが出るアスカ。彼女の顔には大量の冷や汗が流れており、奏多と目を合わせないように明後日の方向を向く。
(座標固定? 一方通行?)
「つまり?」
「つまり、その、なんていうか……、奏多がいた世界は座標固定してなくて。……大変申し上げにくいのデスガ」
なぜか語尾が片言の敬語になるアスカ。
――嫌な予感がする。そう思った奏多、そして、
「奏多が、元の世界に帰れる確率は……ほぼ無いのよねぇ」
(……は)
嫌な予感はアスカの一言で確実なものとなった。
「はいぃぃぃぃ!?」
本日何度目かの大声をだす奏多。彼が大声コンテストのチャンピオンだからとかそういう訳ではない。
意図せず来てしまった異世界。そこから奏多がいた世界に帰れないという事実に焦りと驚きと困惑と、色んな感情が混ざり合った結果である。
「本ッ当に申し訳ない!! 私もこんな事初めてだし、聞いたこともないからっ」
何度も何度も頭を下げながら、奏多に対して謝罪を繰り返すアスカ。
「……元の世界に、帰れない……?」
言葉にしながら現実を受け止めようとする奏多。
(元の、世界……)
奏多は元いた世界での出来事を思い出す。
優しい母がいて、相談に乗ってくれる父がいて、くだらないことを話し合う友人たちがいて――兄がいる。
(元の世界……あそこに戻ったところで)
自分の居場所などあるのだろうか?――、
「いや、ちょうどいいや」
迷いを断ち切るかのように、両手で頬は叩いて自分に喝を入れる奏多。レポートのことなんて、もうどうだっていい。
「アスカはさぁ、色んな異界を旅しているんだよなぁ?」
「……はっ?」
出し抜けに何を言ってるんだコイツは。奏多の言動に戸惑うアスカ。自分が元の世界に帰れない宣言をしたせいで、頭がおかしくなったのではないかと心配になる。
「決めた」
大きく息を吸う奏多。そして一呼吸置くと――、
「俺、今日からお前の旅についていく!!」
堂々と、アスカの旅の同行者になる宣言をしたのである。
――迷いは、捨てた。
ここまで読んでくださっている方、ありがとうございます。前回に引き続き、会話が多くてすみません。でも、本来の物語のテンポに近い形となってきました。
次も早く投稿できるように頑張ります。




