第4話 「別れ。そして、始まり」
突如として現れた謎の女――果たして、彼女の正体は?
追記:少し修正しました。
追記2:アスカのセリフと口調を修正しました
本当に唐突だった。砂埃で周囲が見えにくかったとはいえ、先ほどまで奏多は化け物の薄気味悪い笑みを正面から見ていたはずだった。それが突然、何の気配も感じさせずに女が一人、化け物から奏多を守るようにして立っていたのである。
女の見た目は奏多と同じ二十歳前後といったところか。身長は奏多より少し低め。長い栗色の髪は赤いリボンで結んで、ポニーテールにしてある。凛とした表情に瞳の黒色が、大人な雰囲気を漂わせている。左腕には白いバンダナを巻いており、腰まである茶色くて少し薄汚れたジャケットは、少女が着るには丁度いい大きさだ。腰にはウエストポーチをしていて、ズボンは動きやすい素材のモノである。足のブーツは、まだ新しいようだが、至る所に汚れが目立った。
「この世界って魔力が無いから無駄な魔力の消費はしたくないけれど、仕方ないっか。まぁ、次に移動するときにテュフォンのところに寄らなきゃだし、その時にでも魔力補給しとくとして」
(――魔力??)
奏多は聞きなれない言葉に首をかしげる。ゲームや漫画やアニメの中で度々使用される単語であるが、それ以外で実際に誰かが口にしているのを聞いたことがない。奏多が知っている限り、中二病を患っている人か、はたまた頭が残念の人しか見たことがなかった。
「お、おま……いったい……」
「今はそんな話をしている場合じゃないのよねぇ、これが」
女は目の前の敵に集中せんと、化け物を前に態勢を低くして身構える。慌てもせず驚きもしないことから、このような事態には慣れているかのようだった。
一方、化け物の方もせっかくの楽しみを奪われた怒りからか、先ほどよりも濃いオーラを放ちながら女の方を向いていた。
――暫しの沈黙。にらみ合ったまま両者は動かない。相手の様子を窺っている。
奏多はというと、女の後ろで化け物と女とを交互に見ていた。今すぐこの場から逃げ出したいという気持ちよりも、この戦いの行く末を見届けたいという気持ちのほうが強かったからだ。
――数秒の沈黙が流れた後、先に動いたのは化け物の方だった。
図書館を破壊した時と同じように、化け物は女に向かって大きな口を開け、再び黒くて丸い高エネルギーの塊のようなものを出現させる。
「っ! あぶなっ……!?」
あれの直撃を受けたら、奏多も女もこの世に肉片ひとつ残らないだろう。女に警告しようとした奏多だったが、女はどこか余裕そうな表情を浮かべている。
女が右手を前に突き出すと同時に、黒い高エネルギーの塊が奏多たちに向かって放たれた。
(――やられる!!)
迫ってくる高エネルギーの塊を前にして、死を覚悟した奏多は反射的に目を瞑ってしまう。
――しかし、いつまで経ってもあの黒い高エネルギーはやってこない。
どうしたものかと、恐る恐る目を開けた奏多だったが、驚愕のあまり開いた口が塞がらなかった。
なんと、女が突き出した右手の先から青白い光の壁のようなものが出現しており、あの黒い高エネルギーが受け止められているではないか。
バチバチッと電撃のような音を立てながらぶつかり合っていたそれらは、黒い高エネルギーの方が力尽きていき、やがて消滅した。
まるでここが現実の世界ではないのではないかと錯覚しそうになる奏多。目の前の光景はアニメや漫画、ゲームなどで散々見てきた光景そのものだったからだ。
化け物の方は口を開けたまま、まるで燃え尽きた炎のように口から煙を吐いて佇んでいる。
女は化け物が攻撃してこないことを確認すると、突き出した右手を下ろした。同時に、奏多たちを守っていた青白い光の壁が消える。すると、今度は、両手を前に突き出す。
何が始まるんだと見守る奏多。
――次の瞬間、女の両手が一瞬だけ光ると、何処から現れたのか、右手と左手のそれぞれに大きな扇が二本握られていた。
(――!!)
扇は主に、骨、扇面、要、責の部位から構成でできている。特に、骨の部分は外側の一番太い親骨、内側の細い方を中骨と呼ばれており、一般的なものだと竹が主によく使われている。だが、女が所持している扇は、親骨と言われる部分が鍛鉄でできていた。いわゆる、鉄扇というやつだ。
バサッと女が両手を勢いよく振ると、両手に握られた鉄扇も勢いよく開き、扇面が露わになる。どうやら中骨の部分も鍛鉄でできているらしいそれは、武器として使用しているようだ。一般的な成人女性が持つような代物ではないことが素人の奏多にもわかった。
「今度はこっちの番」
そう言うと、女は両腕を後ろに引き――、
「……後悔しないでよ?」
――にやりと笑う。そして、右足を強く踏み出し、
「疾風怒濤……《かまいたち》!!」
化け物に向かって強烈な風を吹きつけるように、鉄扇を物凄い勢いで前に押し出す。
突風となって放たれたそれは、散乱していた瓦礫やガラス片を巻き込みながら勢いを増し、化け物に直撃した。
化け物が巻いていた包帯のような布のようなものがバラバラになり、硬質な黒い肌の部分が露出する。化け物の身体には無数の傷ができていき、周辺に血のような赤黒い液体が飛び散る。傷はさらに深いものになっていく。皮膚を切り裂き、肉を切り裂き、化け物は苦しげな声を挙げると人型を保てなくなり――、
猛烈な風がおさまると、化け物は成す術もないまま、ついには肉塊ブロックのような肉の塊と化した。
―― 一撃。たった一撃で、あの恐ろしく――おぞましい化け物を、女は倒した。図書館を破壊し、奏多の命をも奪おうとしたそれを、女はあっけなく倒してしまったのだ。
女から目が離せない奏多。女の方は化け物を倒すと、
「あぁ~片付いた~っと」
一仕事終えた感を醸し出している。勢いで、この後一杯やるかぁ、とでも言いだしそうだ。だが、そんなことはなく、軽い伸びをした後、両手にあった鉄扇が一瞬のうちに消える。
「さて」
奏多の方を振り返り、近くまで歩み寄る。奏多は思わず顔が強張るが、
「君、怪我してるでしょ」
なんでそんな――、奏多が言うより早く、
「とりあえずその腕、見せて」
強引に、怪我した両腕を引っ張られる。
「じっとしててね」
女は怪我をしている奏多の両腕に手のひらをかざす。よく見ると、右手の人差し指には青色の宝石が埋め込まれた指輪をしている。――すると、かざした手のひらが白く淡い光を放ち始めた。
奏多の両腕の傷が徐々に塞がっていき、刺さっていたガラス片も消えていく。全身がポカポカと暖かくなっていくのを感じると、次第に肩や背中の痛みも引いていった。
「――ふぅ、これでよし」
奏多の治療を一通り終えると、女はかざしていた手を下ろす。
「ん、これで大丈夫なはずよ。どう?」
「えっ、あ……なんともない……です……」
非現実的な出来事を次々と目の当たりにして整理が追い付いていない奏多。返事も口籠ってしまう。そんな奏多の心境も知らず、
「よかった、よかった。さて後は……」
奏多の元気そうな様子に安心した女は、崩壊してしまった図書館の方を向くと何やらブツブツと唱え始めた。
見る見るうちに、散乱していたコンクリートやガラス片が図書館の元あった部分に戻っていき、結果的に奏多がよく知る図書館となんら変わりない姿に戻る。元化け物だった肉の塊もきれいさっぱり消えていった。
女は何かを唱え終えると、今度は両手を思い切り叩いた。パンッと乾いた音が周りに響く。途端、周りの景色がぐにゃりと捻じれ、奏多は車酔いに似た感覚を覚える。やがて普段と変わらぬ景色に戻り、奏多の酔いもなくなった。
「よし! これで全部終わり!」
最後は何をしたんだろう。疑問に思った奏多に対して、
「建物の修復と君以外にこのことに関わった人たちの記憶を消したのよ」
奏多の疑問を見透かしていたかのように答える女。
女は自分がすべきことを終えると、再び奏多の方を振り返った。
「それで、君には悪いけど、さっきまでの出来事忘れることってできないかしら?」
「えっ、あっはい?」
声が裏返る奏多。先ほどからまともな返事を返せていないが、女は気にする様子もない。
「いやぁね、君に忘却魔法使いたいけど、建物の修復と君以外の他人の忘却魔法でいっぱいってな訳で。もう魔力あまり残ってないのよねぇ」
魔法、魔力。当たり前のように女はそれらの単語を口にするが、奏多はその存在を信じてこなかった。が、これまでの出来事を振り返るに、今は信じるしかないと半分諦め気味の奏多。
「あ、あぁ分かった。他の人には絶対に言わない。というより、俺以外の誰も覚えていないなら誰かに話したところで信じちゃくれないさ」
そう、奏多以外は覚えていないのだ。今までの出来事を話したところで、頭がおかしい奴、残念な奴認定をされるのがオチだろう。
「ありがとう。ほんとはルール違反なんだけど、今回は特例ってことで」
礼を言われることの程でもないのだが、女は奏多に向けて感謝の言葉を向ける。
そして、奏多の前に現れた謎の化け物、その存在を女に問いかける。
「でも、あれはいったい……」
「あれは、この世界のモノじゃないわ。そしてそれは、今後も君が知る必要のないものよ」
化け物がいた場所を見つめる女。どうしてだろうか、奏多には女がどこか遠くの、別の誰かに向けて言っているように思えた。
「さてと、元に戻したことだし行くとしますか」
「えっ、ちょっ」
答えになっていない答えを残し、女は奏多から離れた場所に立つ。
「じゃ、……さよなら」
女は寂しげな様子で奏多に別れを告げる。――もう二度と会えないかのように。
女は地面に右手をかざした。右手にはめている青い宝石の指輪が光りだす。
「ま、まってくれ!! まだ……!!」
(まだ、ちゃんとお礼を言えていない!)
奏多は思わず駆け出し、名も知らない女の服の裾を掴む。
「ふぇ!?」
予想もしていなかった奏多の行動に驚く女。と、その時だった。
女の足元に突如として謎の円形の陣が出現した。この世界のものではない文字や数式や図式が羅列しているそれは、漫画やアニメでいう魔法陣や術式に似た感じのものだった。
――そして、それは女と、女の服の裾をつかんでいる奏多の足元も範囲に含まれていた。
「な、ど、何がどうなって!?」
どうしていいか分からずに焦る奏多。すると魔法陣が徐々に白く輝き始めた。
「まずい! 君、早く私から離れ」
遅かった。次の瞬間、魔法陣はさらに輝きを増し、まばゆい光が女と奏多を包み込んだ。
――光が収まると図書館前にいたはずの女と奏多の姿はなく、展開されていた魔法陣も跡形もなく消え去っていた。
ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。
次回は第1話の最後のシーンへと戻り、その続きからとなります。
次も早く投稿できるように頑張ります。