第3話 「出会い」
前回の続き。奏多が目にしたものとは――。
追記:アラビア数字から漢数字に修正しました
峯が丘大学には様々な施設が充実している。食堂はもちろん、コンビニや図書館、さらには本屋や動物実験棟などがある。そこに通う学生たちものびのびと生活している。勉学に励む学生、レポートに追われる毎日の学生、休み時間に食堂で友人たちと楽しく談笑する学生、サークル活動に精を出す学生、バイトで忙しい学生……。それぞれが、それぞれの学生生活を送っていた。
バスを降りた奏多は、行くあてを考えた末に大学の敷地内、正門から一番遠い場所に位置するグラウンドを目指すことにした。
『大きな地震や何かあったときは大学が所有するグラウンドや体育館に集合すること』
入学式に配られた案内書に書かれていた注意事項を思い出したからだ。先ほど体験した地震の揺れから、学生や教員はグラウンドにいると考え、広い大学の敷地を走り抜ける奏多。
しばらく走ると、グラウンドのすぐ横にある図書館の横を過ぎた辺りで数十人の学生がおろおろとした様子でその場に立ち止まっていた。建物内にいた学生だろうか、何人かで一塊となり、不安げな表情をしてその場に待機している。そこでは、
「これどうすんの?」
「電車止まってんじゃね? やっべー帰れねぇじゃん!」
「今日これから遊ぶ約束あるのにぃー」
「……これでバイト休みになればいいなぁ」
心配の声や不安の声、不満げな声が挙がっていた。
すると、大学内のいたるところに取り付けてあるスピーカーからノイズ音が聞こえた。
『……学生及び教員の皆さんは速やかにグラウンドに集合してください……繰り返します……学生及び教員の皆さんは…』
教員らしき人物の声がスピーカーから聞こえる。奏多の読みは当たっていたらしい。その場に待機していた学生たちは続々とグラウンドに向けて移動を始めた。奏多も一緒にそこへ合流しようとした……その時だった。
「なんだ……ありゃあ……!」
一人の男子学生が、グラウンドの方を指差しながら驚愕している。まるで、何かこの世のものでない恐ろしいものを見てしまったかのようだ。奏多や周りの学生たちも、つられて彼が指差す方向を目で追った。
「なっ……っ!」
男子学生が何故、驚愕しているのか奏多たちは理解する。
――奏多たちが向かおうとしていたグラウンドに、いるのだ。この世のものでない恐ろしい『化け物』が――ゆっくりと奏多たちの方へ近づいてくるのが。
『きゃあああぁぁぁあああ!!!!』
辺りは騒然とし、学生たちは皆、グラウンドとは真逆の方へ走って逃げていく。人間の本能が、直感が、自分の意思が、奴から逃げろと必死に訴えてくる。
我先にと逃げ惑う学生の波に押しつぶされながらも、奏多は何故か目の前にいる化け物から目を離せず、その場に立ち尽くしていた。
化け物は人型で、血で薄汚れた包帯のような長い布のようなもので全身がグルグル巻きにされており、ドス黒いオーラを放っている。包帯のような布のようなものの隙間からは人間の皮膚のようなものが見えるが、通常の人間の皮膚の色とは違って赤褐色をしている。顔と思われる部分も、口以外はグルグル巻きにされていて表情は読み取れない。だが、顔の端から端までぱっくりと横一直線に割れている口からはダラダラと涎が流れでていた。
全身をくまなく観察していた奏多だが、化け物は止まることなく近づいてくる。その距離わずか十メートル。
すると、化け物の進行が止まる。化け物は何を思ったのか、おもむろに立ち止まって、図書館の方を見上げた。
(なんだ?)
奏多が疑問に思った次の瞬間。化け物は、顔の端から端までぱっくりと割れた口を大きく開く。突如、口の中から黒くて丸い高エネルギーの塊のようなものが出現した。
――それは、ブオンブオンと音を立てながら次第に大きくなっていく。
「おいおいおい、冗談じゃねぇぞ……。これ、なんかまずくないか!?」
化け物の思わぬ行動に動揺する奏多。だが、そうこうしている間にも口いっぱいまで大きくなった黒い高エネルギーの塊は、今にもはち切れんばかりに膨らんでいた。
「やばい、にげっ――!!」
――奏多が逃げようと化け物に背を向けた時、膨らみきった黒い高エネルギーの塊は、まるでビームを打つかのように図書館の二階部分に向かって放たれた。
激しい轟音と共に砂埃をまき散らしながら、図書館の二階部分が崩れていく。それを間近で見ていた奏多のもとに、瓦礫と化したコンクリートの塊や大量のガラス片が上空から降り注いだ。
「うわあぁぁ!! がはっっ!! がぁ……あぁ……」
両腕で頭を守りつつも、大小様々な大きさの瓦礫やガラス片が奏多に直撃する。幸いにも粉々に砕けすぎた為か、致命傷になるような大きさのものは奏多には当たらなかった。
だが、頭を守っていた両腕にはガラス片がいくつか突き刺さっており、指先からポタポタと血が滴り落ちている。肩や背中も、服を着ているため確認はできないが、打撲跡や青あざなどが大量に残ってしまった。
「いって……ぇ」
全身の苦痛に耐えながら、奏多は周囲を見渡す。
大量の瓦礫とガラス片が周囲に散乱し、砂埃が舞う中――、
「っっっ!!」
化け物は先ほどと変わらない位置から、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながら奏多の方を向いている。まるで、奏多の反応を窺う様に。
奏多は理解した。そう、化け物は見たかったのだ。自分を恐れる相手の姿を。手品師が人々の驚く姿を見たいのと同じように――目の前にいる奏多の恐れおののく姿を、自分の目に焼き付けておきたかったのだ、と。
その思考に考え付いた瞬間、奏多の背筋は凍りつく。化け物は再び、奏多に迫ってくる。
今度こそ、死を覚悟した奏多。――が、
「大丈夫? 君?」
何処からだろうか、奏多を心配する声がした。声色から察するに声の主は女のようだ。
奏多は声の主を探そうと、きょろきょろと辺りを見回す。
「あぁ~、一番嫌なパターンだ、これ。建物の修復に、事態に関わった人たちの記憶消去。まったく、手間かけさせてくれるわねぇ」
めんどくさそうにしている女の声。声がする方向に耳を澄ませる奏多。
――ふわり。
奏多の視界の端に何かが写る。
――すると、今まで誰もいなかったはずの奏多の目の前に女が一人、奏多と化け物の間に立っていた。
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