第29話 「予想外の終演」
遅くなりました29話! 次回でサーカス編は終わりとなります!
追記:誤字を修正しました
◇
カミーリャンによる酸の毒が降り注ぐ中、アスカは芭蕉扇を盾に場を凌いでいた。
次の手をどう打って出るか。
芭蕉扇越しに、ショーテントの骨組みを掴み上空から酸の毒を吐きだし続けるカミーリャンを見遣る。
ここまでで分かっていることは硬質な鉱石鱗によりダメージの通らない身体。加えて透明化。長い舌は何処までも伸びて強力な打撃を喰らわし、酸の毒であらゆるものを溶かす。
一見して無敵のように見える魔獣だが、アスカはある推測をしていた。
「……長い舌……赤い目玉」
カミーリャンの特徴的な部位を挙げる。
アスカはこれまでに二度攻撃を阻まれた。そして、どちらも鉱石鱗によって弾かれた。
だとすれば、
「――鉱石鱗に覆われていない部位」
鉱石鱗によって攻撃が弾かれるのなら、鉱石鱗に覆われていない部位を探して攻撃すればよい。そこが弱点のはずだ。
――あとはどうやって近づくか。
「カミーリャン」
アスカがどう出るか迷っていると、シュバインがカミーリャンに呼びかけ攻撃をやめさせた。
「――?」
シュバインの行動に疑心を抱くアスカ。何かの作戦かと思い、気を引き締める。
「お嬢さんは考えたことありませんか? 自分が何のために旅人になったのか」
「……はい?」
「ほとんどの旅人は自分の為に旅人になった。私もその一人。だが蓋を開けてみたらどうです? 異界の問題を解決することに専念するばかり。自分の事は二の次だ! 誰からも感謝すらされない!」
何を話しだしたかと思えば、旅人に対する不満。油断させる作戦か、同じ旅人であるアスカに自分の境遇を同情してもらいたいだけか。
油断させる作戦とも限らないのでアスカはしばし様子を窺う。
「お嬢さんが旅人になってどれくらいになるのか存じません。しかし、旅人という存在に対する扱いの酷さをお嬢さんも薄々感じているはずだ」
「……」
答えることなく黙ったまま、シュバインの話に耳を傾けるアスカ。
シュバインは愚痴を言いたい放題でベラベラと話し続ける。よほど不満が溜まっていたのだろう。それだけ彼の心に根深く残る出来事が旅人時代にあったのか。
「現に今のお嬢さんの立場だってそうだ。私を退けたところで、誰から礼を貰えるわけでもない。かと言って自分の為になるわけでもない。ただ単に旅人の義務として仕方なくやっているだけではありませんか?」
「……」
「それにどんな意味が、価値があるのです? 自分の為にならない行動に何の意味がある」
「――自分の為になるか、ならないかなんて自分で決めることよ」
話を黙って聞いていたアスカだが、言葉の先を折るようにシュバインの一方的な考えに異議を唱えた。
「あなたは最初から旅人ってものを勘違いしている。旅人の言う自分の為っていうのはね、自分の好き勝手に……自分一人だけの為って意味じゃないのよ」
「何だと?」
アスカは盾にしていた芭蕉扇を引き抜くと真正面からシュバインを見据えた。その目はいつにも増して鋭く、威圧感を与えるほど力強い目をしている。
「確かに旅人は自分勝手に旅をしているように見えなくもないわ。でも、体面はそう見えるだけであって決して自分の私利私欲のために旅をしている訳じゃないの」
「では、旅人は何のために旅をしているんです?」
「それは人それぞれ、一概には決めつけられない。でもね……決して自分一人だけの為って意味ではないってことよ」
自分一人だけの為と自分の為とでは意味が違う。はき違えてはいけない。
自分一人だけとは単なる『欲』だ。己の『欲』を満たすだけの旅では旅人を続けることはできない。
シュバインがいい例だ。彼は己のみしか考えないまま旅をして、結果『欲』が満たされぬまま消化不良で旅人としての時間を終えてしまった。
一方、同じように旅人として旅をしたガラードはどうだろうか。
彼もまた旅人としての時間を終えた者だが、シュバインとは違う。自分が旅の中で得たものを、旅人として過ごした時間の意味をしっかりと理解している。だからこそ奏多に旅人として必要な事を教えられた。
それは彼が自分一人だけの為でなく自分の為に――自分を含めた周りの為に旅をしたからだ。
「尤も、あなたと同じで、奏多もまだそのことに気付いていないけどね」
頭を掻きながらやれやれ、といった風にため息をつく。
そんなアスカのぼやきまでは聞こえなかったシュバインは、
「バカな! だったら私は何のために旅をしてきたんです!? ただ無駄な時間を過ごしたと!?」
自分の旅人として過ごした時間を否定され、激しく怒り散らす。
その目は血走っており、今にも突進してきそうな猪を思わせるほど。
「あなたが旅人として過ごした時間をどうこう言うつもりはないわ。でもあなた自身が、自分の為にならなかったと思っているなら、それは無駄な時間だったでしょうね」
旅の中で何も得られなかった。その答えが今のシュバインという形で現れていることに、虚しくも彼自身は気づいていない。
それでも自分は間違っていないと、アスカに怒りの矛先を向ける。
「ふざけおって!! ……しかしキリもいい」
シュバインはシルクハットを目深に被り、ステッキを構え直した。
「そろそろこのくだらないショーの幕を下ろしましょう」
◇
「何話してんだろ?」
観客席の後ろからしばらく様子を窺っていた奏多。
今は何やらシュバインとアスカで話し込んでいるようだが、距離が離れすぎているせいかどんな内容の会話をしているのか聞き取れない。
「とにかくさっきの危ねぇ液体……あのカメレオンもどきが邪魔だな。秘密兵器使う前にあっちどうにかしねぇと」
カミーリャンから吐き出される黄色の液体が周りの物質を溶かす様子が見えた奏多は、まずカミーリャンから攻略すべきだと考え、無い知恵を絞り出す。
常識では通用しない異界の戦い。特に魔法がない世界で育った奏多にとっては常識の範囲外だ。攻略の手立てを考えるのも難しいところである。
「ガルゥ」
そんな悩んでいる様子の彼を見かねたズィルバーンヴォルフは、その存在を主張させるかのように再度ダガーを鼻先でつついた。
「ん?」
ズィルバーンヴォルフの行動が気になった奏多は、ダガーとズィルバーンヴォルフを交互に見つめる。
「お前、さっきもコレを小突いてたよな。コレを使えってか?」
「バウッ!」
「って言われてもなぁ。これ魔武器だし、俺が魔法使えるかも実験してな……い……実験」
彼の中である考えがひらめいた。
自分の中に眠る僅かな可能性。
奏多は自然とダガーの柄に手をかける。
「――試してみる価値はあるか」
そのまま柄を掴ぎると、鞘に収まっていたダガーをゆっくりと引き抜いた。
◇
「カミーリャン!!」
シュバインが呼びかけると、カミーリャンが再び透明化し姿を消した。
アスカは全神経を集中させる。
「……」
自分の落ち着いた心臓の鼓動、浅い呼吸の音。次いでシュバインの荒い息づかい。空気を伝ってくるわずかな振動。カミーリャンが移動しているのだ。
次に攻撃を仕掛けてきた時が勝負。
「……」
振動が止まった。場所は――、
「真上!!」
見上げるとカミーリャンが透明化を解き、攻撃態勢に入っている。
アスカは狙いを定め、芭蕉扇を大きく振りかざした。
「――エア・」
ドライブと、技を放とうとしたその時、
「いっけぇぇぇえええ!!」
何処からともなく聞こえる威勢のいい声に遮られてしまった。その声に聞き覚えがある。
「奏多!?」
アスカは声が聞こえる方――自分の左後方を振り向く。そこには一番後ろの観客席を踏み台にする奏多の姿があった。
それは今まさに、譲り受けたダガーをカミーリャン目掛けて投げつけた瞬間。
ダガーはカミーリャン目掛けて一直線に飛んでいき、そのままカミーリャンの左目に見事に突き刺さった。
「どうだっ!?」
見事にヒットしたダガーに思わず歓喜の声を挙げたくなる奏多だったが、状況が状況なので後回しにし、カミーリャンの様子を窺う。
ダガーはカミーリャンの左目に突き刺さりはしたものの、異物が目に混入した程度なのだろうか。魔武器が小さすぎるせいかほんの少しの痛みで済んでいるようである。そして特に何も起こらない。
「「「……」」」
何が起こったのか理解が追い付かないままその場に居る全員が無言になる非常事態。
いち早く状況を理解したのはアスカだった。
「――奏多……あんた」
わなわなと身を震わせながらゆっくりと顔を上げる。
「何やってるのよあんた!? 馬鹿じゃないの!?」
予定外の出来事に戸惑いを隠せないアスカはシュバインの事など頭から抜け落ち、奏多を責めたてる。
「いや、その、これはえっと……」
自分が思っていたものと違っていたのか、奏多も少し戸惑っている様子。
内心パニックの彼は、どうにでもなれとそのまま勢いで開き直った。
「――魔法が発動すればワンチャンあると思っていた時期が俺にもありましたッ!!」
「ないわよ! 魔法を一回も使ったことが無いド素人初心者ができるわけないでしょ!?」
開き直る奏多に対してアスカの厳しい指摘が炸裂。
それに納得のいかない奏多は負けじと反論する。
「いやいや、アニメや漫画だと主人公補正で初っ端からすげぇ魔法使える奴も居たんだって!」
「主人公補正って何!? そんなの物語の中だけよ!! 加えて言うとあんた主人公って面じゃなくてその辺の村人だから!!」
「こんな異世界ファンタジー展開に巻き込まれるモブキャラがいるかよ!! 俺の世界のサブカルチャー学んで王道ってものを知ってから出直してこい!!」
「あんたの世界に魔力も魔法も無いくせに何言ってるのよ!」
今までの緊張感ある戦況はそこへやら、二人の話がどんどんあらぬ方向脱線し始めた。
二人の気の抜けたやり取りで、すっかり正気に戻されたシュバインはカミーリャンがまだ戦えることを確認すると二人に向き直る。
「ふんっ、子供騙しか。だがこれしきの事でカミーリャンを倒せん! 二人まとめて八つ裂きに――」
「いいわ。だったら、あんたに本物の魔法ってやつを教えてあげる……《コネクト》」
シュバインの悪役じみたセリフを遮ると、アスカは芭蕉扇をしまってダガーに向かう様にしながら手を伸ばした。
そのまま奏多のダガーに意識を集中させると、
「――《爆破》」
アスカの一言により、ダガーから漏れ出る光。それは風船が膨らむかのように徐々に大きくなっていき――やがて爆発と共に左の目玉ごと弾け飛んだ。
「あぁ、カミーリャン!!」
カミーリャンは悲痛な断末魔と共にステージ上へと落下。
アスカはその下敷きにならないように後方へ飛び退いて回避し、シュバインは左目を失ってのた打ち回るカミーリャンへと駆け寄った。
「どうやったんだ!?」
安全地帯である観客席の方から一連の出来事を見ていた奏多は唖然とし、アスカに先ほどの仕組みを問う。
「――《魔力糸》、言うなれば人形劇とかで使う糸みたいな物よ。魔力でできているから通常じゃ見えないけど」
「魔力でできた見えない糸?」
「そう、遠くにある物体を操るの。ただこれは対象に魔力が宿ってないと使えないわ。私は芭蕉扇を投げる時とかに使うけど」
シュバインとの戦闘時、奏多はその場に居なかったので見てはいないものの、アスカが投げた芭蕉扇はUターンしてアスカの手元へと戻ってきていた。それは《魔力糸》があってのことだったのだ。
「さっきのは私と魔武器である奏多のダガーとを《魔力糸》で繋いで魔力を送ったの。そこからの《爆破》」
「ふーん……アレ? それって俺が身に着けている時でも可能だったりする? そしたら俺、常にお前に命握られてる!?」
「大丈夫よ。魔武器が持ち主と一定以上離れない限り、さっきみたいなのはできないから――ほれっ」
と、アスカが《魔力糸》で手繰り寄せて回収していたダガーを奏多に放って返した。
「おっと……うわぁ、傷一つ付いてない……」
「言ったでしょ、魔鉱石の純度が高いほど壊れにくくて強い魔武器が作れるって。それは純度が最も高い魔鉱石から作られている。だからさっきみたいな荒業も使ったのよ。普通の魔武器じゃこんな真似しないわ」
奏多に仕組みを話し終えたところで、アスカは彼に頼んでおいた事を思い出した。
「ところで奏多、助けは? 他に人が見当たらないようだけど」
「呼んでない」
「はぁ!? あんた自分が何したか分かって――」
「おーっとその前に今度は俺のターン……団長さんよぉ! 俺がここにいるってことは、だ――意味理解してる?」
アスカの説教が始まる前に話の対象をシュバインへと乗り換える奏多。今度はこちらの番とでも言うかのように、自信ありげに話しかける。
「ッ!! 小僧まさか!?」
「ご明察! じゃーん、これなーんだ?」
奏多はシュバインに見せつける様に日記と紙の束を取り出し、アスカたちに見えるように高く掲げた。
奏多の手に持っているものを察したシュバインは、目を見開き驚愕の表情を浮かべる。
「私の日記と契約書!? どうやって見つけた!?」
「小さな相棒が鏡の前で吠えて知らせてくれたんだよ。いやぁ、鏡の中だから安全とはいえ、机の上に置いとくなんて間抜けもいいとこだなぁ~」
「返せ! 今すぐにだ!!」
鬼の形相で睨み付けるシュバインは、ムキになりながら観客席にいる奏多に向かって人差し指をつきつけた。
一方、余裕な態度を見せつける奏多は、ヒラヒラとわざとらしく紙の束を見せながらシュバインを煽る。
「嫌だね! ――と言いたいところだけど、俺は優しいからな。せめてこの紙だけでも団長さんに返してやるよ」
「ちょっと!? あんた何考えて――」
奏多の言葉に耳を疑うアスカ。奏多の意図することがわからないまま彼を止めようとした。
しかし、奏多はアスカに止められる前に、
「そぉれ!!」
観客席から手元にある紙の束を勢いよくぶちまけた。
「あぁ! 大事な契約書が――!!」
何枚もの紙がひらひらと上空を舞いながら、宙を漂っている。
シュバインは慌てて駆け寄ると、ステージに落ちたものから一枚一枚拾っていった。
「契約書! 私の大事な契……やく、しょ……?」
数枚拾い集めたところで、シュバインはあることに気がついた。
契約書の紙にしてはやけに枚数が多い。加えて紙の質もやけに安っぽく、書いてある文字も手書きではなく機械で打ち込んだかのように規則正しい字体。何より契約時に交わしたサインと紋章が――ない。
シュバインは恐る恐る、拾い集めた紙に書かれている内容を改めて確認する。
「……『心理学におけるカウンセリングの基本』? な、なんだこのふざけた内容の紙切れは!? 私の契約書は!?」
自分が拾い集めていたものが全く別物だと分かった途端、シュバインの真っ赤だった顔から血の気が引いていく。
拾い集めていた紙を再び地へと落とし、ボー然と立ち尽くしてしまった。
「――俺は契約書を返すなんて一言も言ってないぜ?」
立ち尽くすシュバインに言いながら、奏多は観客席から飛び降りるとアスカたちがいるステージの上へと着地した。
そのままアスカの隣へと歩み寄ると、真っ向からシュバインの顔を見据える。
「お前が集めてたのは、俺がレポート書くためにとっておいた大事な資料集だ。本物はこっち」
そう言って奏多はリュックから本物の契約書を取り出し、シュバインに向かって突きつけた。
高級品質の羊皮紙に、黒のインクで書かれた特徴的な字体の手書きの文章。そして何より、貴族の直筆サインと紋章が本物であることを示していた。
「返せって言われて、素直に返すわきゃねーだろ?」
「貴様ッ――!! 図ったな!」
「だって力のない俺が真っ向から立ち向かっても無理なのは分かってたし。こうでもしなきゃさ――」
と言いながら、奏多はシュバインの後ろに視線を送った。
そして、
「――――隙、作らねぇだろ?」
昂然とした笑みを浮かべる。それは自分たちの勝利を確信した表情。
「――!!」
奏多の意図を理解した時には遅かった。
シュバインは奏多の視線の先――自分の背後を振り向く。
「ッ!!」
そこには今にも自分に牙をたてて噛み殺そうと襲い掛かる獣――ズィルバーンヴォルフの姿があった。
距離にしてわずか三メートル。
悲鳴を上げる暇も躱す余裕もなく、シュバインは反射的に両腕で身を守る姿勢を取った。
「ぐあぁッ!」
シュバインが庇うようにして出した両腕のうち、ズィルバーンヴォルフは彼の右腕に深く牙を突き立てた。噛みつくと同時に、不健康そうなドロリとした血が辺りに飛び散る。
子どもと言えども噛みつく力は凄まじく、鋭い牙が肉と脂肪を抉り骨にまで達すると、血が牙を伝ってズィルバーンヴォルフの口を赤く染めた。脂肪を蓄えたシュバインの人肉は獣にとって噛み応え抜群だろう。
時間が経つにつれ、シュバインの右腕の袖口にジワジワと赤い模様をつくり、ステージ上に垂れる血が赤い水たまりを作っていく。
「うぐぅ……ぁ」
苦悶の表情を浮かべるシュバイン。その額には汗が滲む。
彼は右腕に噛みつくズィルバーンヴォルフを振り払おうと腕を振る。が、振り払おうとすればするほど牙が肉に喰い込み、メキメキと音を立てながら骨の軋む感覚が痛みと共に伝わってくるのが分かった。
「グゥゥゥウウウッッ!!」
唸り声から伝わってくる明確な殺意と憎悪、怒り。溜まりに溜まったものを発散するかのように、ズィルバーンヴォルフの子どもはシュバイン右腕から離れようとしない。
やがてシュバインの右腕の力が抜けていき、右手に持っていたステッキを落としてしまった。
「しまっ――!!」
慌ててステッキを拾い直そうとズィルバーンヴォルフを力づくで薙ぎ払い、空いている左手を伸ばす。
「させないわっ!」
いち早く反応したアスカが芭蕉扇を投げつけると、シュバインが拾いかけたステッキを遠くへと弾き飛ばした。
ステッキはカランという音と共にステージ上から姿を消し、次いで、力尽いて大人しくなってしまったカミーリャンも消滅。サーカスの舞台から退場することとなった。
「くっ!!」
ステッキを掴み損ねたシュバインはバランスを崩し、膝をつく。
無理に動いた所為で傷口から更に大量の血が止めどなく溢れ出た。
「さぁ、あなたの魔武器はもうないわよ。大人しく捕まって治療を受けるのと、無理に動いてこのまま出血多量で死ぬのとどっちがいい?」
シュバインの意識は朦朧としている。このままでは出血死してしまうのも時間の問題だろう。
せめてもの慈悲として治療の選択を与えるアスカだが選ぶのはシュバインだ。
「く、はぁ……まだだ」
諦めが悪い彼はフラフラになりながらも立ち上がると、右腕を抑えながらステージの端へと走った。
「私にはまだ予備の魔武器があるっ!!」
そう言い放つと、シュバインはステージ端に散乱していたショーの小道具の中から自分のステッキを取り出した。
「チッ!! こいつまだ魔武器を持って!!」
「待って奏多。あれは確か……」
予備の魔武器を取り上げようと先走ろうとする奏多をアスカが制止する。そして、シュバインが持っているステッキをじっと見つめた。
彼が今持っている魔武器はショーの中で使っていたものと同じものだ。トラブルがあった時の為にすぐに使えるようにと用意したものだろう。
しかし、アスカはショー以外でもあのステッキを見かけた覚えがある。
――――ジェラルドが小道具を整理している時に。
「――!!」
何かに気付いたアスカはシュバインに向かって叫ぶ。
「駄目よ!! それを使っては!! さっきジェラルドさんが――」
「何を今さら! 怖気づいたところでもう遅い!! カミーリャンよりも高位の魔獣を召喚し、貴様らを亡き者にしてやるッ!」
彼女の声は届かなかった。
怒りに身を任せ、シュバインは予備のステッキに魔力を込めはじめる。
「ダメッ――!!!!」
魔法を使うのを阻止しようと、アスカはシュバインの元へ駈け出した。
「「「――!!」」」
――遅かった。
激しい突風が吹き荒れ、シュバインの周りに黒い光を放つ魔法陣が出現した。
「な、なんだこれは!?」
「上位の闇魔法!!」
「闇魔法!? なんだよそれ!?」
闇魔法。言葉だけ聞いてもいいものではないことは目の前の光景からして確かなようだ。
奏多の質問に答えてあげたいのはやまやまが、そんな余裕もないアスカは手短に伝える。
「文字通り、闇の系統に属する魔法よ! 詳しい説明は省くけど、あれは一般人が簡単に習得できるような魔法ではないことだけは間違いないわ!」
アスカはシュバインになんとか歩み寄ろうとするものの、吹き荒れる突風の所為で近づくことができなかった。
「チッ――!!」
「おい、一体なにが――!?」
本来浮かび上がるはずの召喚魔法の陣が発動せず、戸惑うシュバイン。黒い魔法陣から抜け出そうと足掻くが、見えない壁のようなものに阻まれ抜け出すことが叶わない。
すると、黒い魔法陣から更に漆黒の扉が出現した。
「――!!」
漆黒の扉が現れた途端、その場に居た全員が凍りついた。
目の前に扉が現れたシュバインは膝を震わせながらその場にへたり込み、ズィルバーンヴォルフは全身の毛を逆立てながら威嚇、離れて見ている奏多も手汗が止まらずにいた。
唯一アスカのみがその存在を認識する。
「《冥界への扉》――!!」
奏多たちに聞こえない声でつぶやく。
皆、目の前の扉から目を逸らしたいが、何故か目を逸らせなかった。
重厚感のある漆黒の両開きの扉。表面には嘆き悲しむ人々が地の底から這い上がろうとするような絵が彫られている。何とも言えない絵だ。――何より特徴的なのは扉の支えとなっている左右の柱に括りつけられた骸。
「た、助けてくれッ! 誰かっ!」
目の前に現れた異様な雰囲気の扉に命の危機を感じ取ったシュバインは、見えない壁を叩き割ろうと必死になる。
シュバインはおろか、アスカや奏多、ズィルバーンヴォルフさえもどうすることもできないまま、扉はゆっくりと開かれた。
中からは人の手のようなものが無数に伸びていき、シュバインを足や腕を掴むと徐々に扉の中へと引きずり込もうとする。
「た、助け――っ」
地に縋る様に這いつくばりながら引きずり込まれまいと必死に抵抗するシュバイン。最期には抗う術もないまま、闇の中から這い出てきた手により扉の向こう側へと姿を消してしまった。
扉がゆっくりと閉まると、左右の柱に括りつけられた骸たちがシュバインの無様な最後に対して、不気味に、そして不愉快にケラケラと嘲笑った。
そのまま何事も無かったかのように黒い魔法陣へと沈んでいき、黒い魔法陣も消滅。
後には虚無感のみが残った。
「……」
異様な雰囲気の余韻が抜けぬまま、奏多はその場に立ち尽す。
収まらない動悸。手汗は止まったものの、体に染み込んだ未知なる恐怖が体を締め付ける。
動けずにいる奏多の元へアスカが歩み寄ってくると、彼の肩にそっと手を置いた。
「――団長さんは一生、あの扉から出てくることはないでしょうね」
アスカの言葉がけにより、奏多の恐怖が徐々に薄れていく。
奏多は改めて事の終わりをアスカに確認した。
「……終わった、のか? 本当に?」
「えぇ、終わったわ――最悪の形でね」
答えるアスカの表情は険しく、穏やかじゃないことに奏多は気づく。
しかし、無力な自分はこれ以上何もできないと悟ると、これ以上は何も口にしなかった。
一方で、険しい表情のアスカは誰もいなくなってしまったサーカスのステージを見渡した。
アスカの魔法による傷跡やカミーリャンの攻撃によって変形してしまったサーカスステージ。そしてステージ中央に残された予備のステッキが、シュバインがこの場に居たことを物語っていた。
「……」
アスカは口を引き結ぶと拳を固く握りしめ、己の至らなさを痛感した。
――バイエルサーカス団の団長、シュバインによる魔獣と過ごす真夜中の特別ショー。それは団長の『死』と言う最悪の形で幕を下ろしたのだった。
ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。
戦闘シーンが苦手でどういう展開に持ち込むか苦しんでいましたが、何とか終わることができました……伏線と言う名の謎を残して。
大丈夫、矛盾がないように話は考えてあります((大まかですけどハハッ
前書きにも書いた通り、次回でサーカス編は終了。その後は少し短編を挟んでまた本編という形をとりますので本編だけ楽しみたい方はしばらくお待ちください。
ん? 章タイトルが回収できてないとのお声が聞こえますね? ご安心を。それも次で回収します。
次の話も早く投稿できるように頑張ります。では、失礼いたします。




