第26話 「潜入」
追記:誤字を修正しました。
追記2:文章の表現を一部変更しました。
夜の闇がさらに深みを増してきた午後11時59分。
営業していた店はとっくに店じまいを終え、人々は皆、家族が待つ自宅へと帰っていった。夜の道に人影は無く、静けさのみがその場にある。
国一番の時計塔はそんな静寂に包まれた国全体を見下ろしながらその場に佇んでいた。
と、時計の長針と短針が重なり合って一本の針となった時、午前0時を知らせるために国中に鐘の音が響き渡る。
途端、時計塔のライトアップや国中の街灯、家の明かり、ありとあらゆる光が国から消え去る。月明かりもない為、大聖堂前広場のサーカステント周辺以外は完全な暗闇の国となった。
――そんな明かりが灯るサーカステントからそう遠くない位置にある仮設小テント一つ。ランプの明かりに照らされながら動く影がある。
「さて、明日に備えるとするか」
サーカス団団長のシュバインは一人、自分用のテントにて書類整理を終え明日(正確には今日)からのスケジュール確認をしていた。
スケジュールが書かれている手帳にはびっしりと予定が詰まっており、その中の一つに『取引完了日』と赤い丸で囲まれている日付があった。ヘルブスト月の21日。まさに今日の日付である。
「明日はこの国から撤収後、山を越えてウェザネスの街へ赴かねばならんからな。あそこまでは3日も掛かってしまう……」
「バウッ! グルルルルゥゥゥ!」
スケジュールを確認していたシュバインの邪魔をするかのように、傍らにいたフェアリュクットヴォルフ……改めズィルバーンヴォルフの子どもが唸り声をあげた。
檻に入れられたズィルバーンヴォルフの子どもは今にもシュバインの喉元に噛みつく勢いで檻を噛み砕こうとするが檻には傷一つつかない。
そんなズィルバーンヴォルフの子どもを見下すような目つきでシュバインは言った。
「ふんっ、犬っころ風情が。檻の中のお前に威嚇されたところで痛くもかゆくもないわい」
シュバインが顔を檻に近づけると、ズィルバーンヴォルフの子どもは息を荒げながら檻の隙間から前足を出してシュバインに飛びかかろうとする。が、檻に阻まれてそれは叶わなかった。
その様子を見ていたシュバインはズィルバーンヴォルフの子どもを鼻で笑う。
「明日の朝早くにローリエ様の使いの者が来るはずだ。お前はそっちで精々可愛がってもらうこったな、ふんっ」
「ガウゥ……」
自分には何もできないと悟ったのか、ズィルバーンヴォルフの子どもはシュバインの顔を睨み付け、唸ることしかしない。
「お前は他の動物とは違って特別だからな。他の奴には任せておけん……そう思って近くに置いたはいいが……とんだじゃじゃ馬だった」
シュバインはズィルバーンヴォルフの子どもが手に入った時の事を思い出す。
何百日とかけて手に入れたズィルバーンヴォルフ。他の団員たちになるべく手を触れさせないように自分の部屋で管理することを決めたシュバインだが、それから毎夜のごとく唸り、吠えるズィルバーンヴォルフの子どもに手を焼かされてきた。
「だがこれで、五月蠅い鳴き声ともおさらばして夜も静かに眠ることができる」
今までの日々を思い出し、誰もいない部屋の中一人演技をしながら涙するシュバイン。
「もう少しで大金が手に入るんだ! それまで大人しくしておけよ」
「ガルルルルゥゥ……」
「ふんっ」
最後に鼻を鳴らし、床に就くためにランプの明かりを消そうとした時だった。
「誰だ?」
テントの外に人影が現れた。人影は返事をしないままシュバインのテントの前に立っている。
シュバインは警戒しながらテントの入り口まで近づくと外にいる人物を確認した。
「――なんだジェラルドか。こんな夜更けにどうした?」
シュバインの目の前にいたのはバイエルサーカス団の団員の一人、ジェラルドだった。
彼は申し訳なさそうな顔をしながら団長であるシュバインに話しかけてくる。
「遅くにすみません団長。実は、ショーの道具の片づけをしている時にちょっとしたトラブルがありまして……少し見てはいただけないでしょうか?」
「何?」
一瞬眉を顰めると、何やら不審に思ったのかジェラルドの全身をくまなく凝視し、
「しかし、お前はさっき道具の片づけは終えたと報告したではないか?」
先ほど寝る前に報告してきた彼の様子を思い出す。
明日は早めにこの国を出るから、と団員たちに話したシュバインは各々に役割を与えてジェラルドにはショーの道具の片づけを任せていた。
自分の分の仕事を済ました団員たちが続々と報告を終え、最後にやってきたジェラルドも報告を終えた後、自分が寝泊まりする仮設テントへと戻っていったのだ。それも15分ほど前に。
それがどうして再び、と思ったシュバインだがジェラルドは、
「そうなのですが、改めて確認してみたところ重大な欠陥が見つかりまして……とにかく僕一人では判断できないので一緒に来て、具合を見てはいただけないでしょうか?」
申し訳なさそうに頭を下げながら謝ってくる。
「――まったくお前は……分かった」
シュバインは文句を言うのを我慢し、渋々受け入れた。
「申し訳ありません。では、ショーテントの方へ……」
二人は仮設テントを離れ、サーカスの道具が置いてあるショーテントへと歩いていった。
「――――行ったか」
物陰から二人がショーテントの方へ向かっていくのを確認した奏多は、シュバインが寝泊まりしている仮設テントまで近づく。テント自体が布でできているため鍵をかけられるような扉もないので自由に出入り可能だ。
入口の布をめくり、中の様子をそっと窺う。
「グルルルゥゥゥ」
「わっとっと……」
唸り声に驚いて尻もちをつきそうになる奏多だったが、なんとか踏ん張りを見せる。
見ると入口のすぐ横に檻が置かれていた。
中には威嚇交じりの唸り声をあげるズィルバーンヴォルフの子どもがいる。
「しぃー!! 静かにしろって!! 俺は怪しいもんじゃねぇよ! むしろお前を助けに来たんだ」
「グゥ……」
奏多の言葉を理解したのか、唸り声をあげていたズィルバーンヴォルフの子どもは大人しくなると、じっと奏多の方を見つめる。
静かになったズィルバーンヴォルフの子どもを確認すると、奏多は改めて団長が寝泊まりする仮設テントの中を見回す。
「部屋ん中はわりかしさっぱりとしてんのな」
勝手に物が散乱しているイメージを持っていたが意外にそうでもなく、向かって正面には衣装ダンスと鏡、左側にはデスクとその上に大量の書類、向かって右側にはベッドとその隣にはサイドテーブル、上のランプはつけっぱなしである。
入り口付近の檻を入れても最小限のモノしか置いてないのですっきりとしている。
「長期の滞在はしないようだしあまり物を置かないようにしてんのかもな。こっちにとっちゃ探す手間が少なくていいけど」
すると早速正面にあった衣装ダンスの中を漁り始める。
衣装ダンスの中には昼間着ていたテールコートの色違いが何十着も収まっていた。気分に合わせて変えているのだろう。おそらく奏多が着たら肩からずり落ちてしまうほど大きなサイズである。
「ここじゃないか。んじゃこっち」
衣装ダンスを一通り漁った奏多は、目的の物が無いと分かると今度はデスクの引き出しを片っ端から開けていく。
引き出しの中も整理整頓されており、見ただけで何が何処に置いてあるのか分かる。そんな整った引き出しの中身を荒らす奏多は、見知らぬ人からすれば完全に泥棒である。
「――慣れているから大丈夫だと思うけど……」
自分が今いる場所からは見えないもののショーテントの中にいる人物の身を案じ、引き出しを漁っていた手が止まった。
そして無事を祈るように拳を固く握り、奏多は一人呟いた。
「頼んだぞ――アスカ!!」
◇
――時を遡ること約一時間前。
アスカと奏多は物陰に身を顰めながら、シュバインが居るテントを見張っていた。
見張ること約二時間。時折、シュバインがいるテントに団員たちが出入りしている様子が見えたが、これと言って変わった様子もない。
その間、二人はほとんど話すこともなければその場から動くこともなく、行動を起こす時が来るのをじっと待っているのみだった。
眠気が襲ってきたのか、奏多が大きなあくびをするとアスカに話しかける。
「……んで、俺はどうやって忍び込むんだよ? ってか、よくよく考えてみりゃ、あいつが寝るのを待って2人で捕まえた方が効率よくないか?」
眠い目をこすりながら奏多は未だ明かりが灯るテントの方を指差す。
「それも考えたんだけどね。あいつがいつ眠るか分からないし、そもそも眠るのかどうかさえ分からないわ。そんなの待ってたら夜が明けてしまうかもしれない」
腕組みをしながら周りを警戒しているアスカは奏多が話しかけてもなお、警戒を怠らず周囲に目を光らせている。
「それに、いざと言う時ではあんな小さなテントじゃ動きづらいわ。ショーのテントの中なら広いからそれなりに動けるし、音だって周りには聞こえないはずよ」
「音?」
そう言って周囲の音に耳を傾ける奏多。
道に植えられた街路樹の木々が風に揺られている音以外は何も聞こえない。不気味なほど静かである。
「普通に考えてこんな国のど真ん中で夜まで騒いでいたら、うるさくて苦情もんでしょ? 苦情もなく長年この土地でショーが続けられるのはそういう諍いがないから。だから、騒音が外へ漏れないようにするためにショーテントには防音効果の魔法がかかっている。奏多と合流する前に確認済み」
「ってことは、仮にテント内でドンパチやろうが外へは一切音漏れしないって訳か」
「そういうこと。そうすれば近隣住民に気付かれることはないし、下手な騒ぎにならずに済むわ」
深夜の静まり返ったこの時間、住宅が密集している大聖堂広場の周りで爆発音でも立てようものなら、すぐさま野次馬が集まってくるだろう。
集まってきた人々を人質にされたり、危害を加えるようなことになったりしてはこちら側が不利になってしまいかねない。
したがって動ける広さがあり、且つ音が漏れることのないショーテントにシュバインを誘導することにしたアスカ。
しかしそれは、周囲の誰にも気づかれない訳で――、
「でも、中の様子が分からない。アスカの身に何かあった場合に俺はすぐに駆けつけらんねぇぞ?」
「奏多が来たところで状況が変わるとは思えないし別にいいわ。それに、何かあっても奏多が証拠を見つけ出して団長の悪事を暴けば、少なくとも異界の問題は解決するし」
「……」
アスカからしてみれば問題の解決が最優先なのだろう。
が、奏多は自分の身よりも周りの事を優先する彼女の言葉に少々納得がいかなかった。
何か言ってやろうかと思った奏多だが、アスカが先に話し始める。
「いい? これは異界の問題であって私たちはそれを解決するだけ。団長の後始末は自警団の人たちやこの世界の法律に任せておけばいいの。だから面倒事は最小限に、関係のない人たちは巻き込まない。大事になればなるほど後始末が面倒になるのは私たちなんだからね?」
建物の修復や関係のない人々から記憶を消すには多大な魔力を消費する。
この世界は魔力が有るので魔力が尽きる心配はないが、
「わかった。で、アスカはどうやっておびき寄せる? そのまま突撃してって『私についてきてください』なんて通じる相手でもないだろ?」
無理やりショーテントまで引っ張っていく手もあるだろうが強引にも程がある。
怪しまれずに誘導する手立てはないものかと考えていた奏多。
するとアスカが怪しげな笑みを浮かべて笑い出した。
「ふっふっふ……」
「なんだよその薄ら笑い……気持ち悪ぃな」
「失礼ね! 私の得意分野の一つを活かす時が来たってことよ!」
「得意分野ぁ~?」
そんなの聞いてないと奏多は気だるげに聞き返す。
対して自信満々のアスカは鼻高々に自慢する。
「そうよ! ただし魔力を大量に消費するから魔力のある世界限定でしか使えない上に他にも色々制約があるけど」
ちょっとどころではない気がする奏多だったがそれを口には出さない。
「でも、潜入の時なんかはこれが一番! ちょっと待ってなさい」
その場に居るように指示したアスカは奏多から見えないようにすぐ後ろの角に隠れるように移動する。
(――?)
不思議に思った奏多はアスカがいる角の方を見ていると、そこから淡い光が漏れ出すのが一瞬だけ見えた。
――次の瞬間、角からアスカでない人物が姿を現す。
「えっ、はっ?」
突然目の前に現れた人物に奏多は動揺した。
何故なら今この場に居るはずのない人物であり、アスカがいる角の方から現れたのだから。
「キザメン……ジェラルド、さん?」
「そう! 見ての通り、ジェラルドさんの姿をお借りしたわ」
奏多の目の前に現れたのは女言葉で話すジェラルドだった。
しかも姿をお借りしたと言うことは……、
「――――お前アスカか! ってことはそれ……変身魔法?」
理解が追い付いた奏多は、見た目がジェラルドのアスカを指差しながら答える。
「ご名答!!」
そう言って見せびらかすように身体を一回転させたジェラルドに扮するアスカ。
見た目もそうだが、声までジェラルドそのものである。
「もっと驚くかと思っていたけど、そうでもなさそうね」
「定番っちゃ定番だからな、変身魔法は」
「あっそう。ちなみに変身魔法は魔力持ちしか使えないから当然、奏多は無理」
「ソンナコトダロウトオモッタヨ」
片言で返す奏多は予想していた言葉が返ってきても何とも思わなくなっていた。期待するだけ無駄だと学習したのである。
奏多の虚しい心情はさておき、アスカは変身魔法の説明をする。
「他にもさっき言ったように魔力のある世界でしか使えないの。他にも動物や人間といった生き物にしか変身できない点や、変身したい対象を一度でも目にしなきゃ使えないわ。勿論、実物をね」
実物の部分を強調した。つまり、写真などを見ただけでは変身魔法は使えないのだろう。
「一度目にすれば何だって自由に変身できるから、小さな動物から大きな巨人族までお任せあれ」
「それはそうとその姿で女言葉はやめてくれ……なんかゾワゾワする」
奏多の全身に鳥肌が立つ。
いくら中身はアスカでも見た目と声はジェラルドそのものなのだ。
奏多や他の人から見れば女言葉でジェラルドが話しているようにしか見えない。
「失礼、コホン――これでいいかい、ジェントルマン?」
そう言って必要のない爽やかな笑顔を作る。
「そうそう、そんな感じのしゃべりだったなキザメン野郎」
「変身対象になりきってこその変身魔法だからね。声や仕草、癖なんかも真似しなきゃならないんだ」
完全にジェラルドを演じるアスカ。今日初めて会ったとは思えないほどの再現ぶりである。
直接会話をしたのも一回だけだが、丁寧な話し方や爽やかな笑顔まで彼そのものだ。得意分野と言うだけあってなかなかのものである。
「ジェラルドさんに接触したのはこのためだよ。ショーの間の語り口調ではキャラとして作っている場合があるからね。実際に会話して口調なんかを確かめておきたかったんだ」
「他の団員たちじゃダメだったのか?」
「たまたまジェラルドさんが近くにいたから彼を選んだっていうのもあるけど、例えばペインティング・ジョーさんなんかは、なんというか……キャラ的に疲れそうでね」
サーカスショー中の彼の言動を思い出す。
独特なしゃべりに常に高いテンション。アスカには不向きの役だろう。
「あぁ……あのキャラがまんまだったらハイテンションで終始やり過ごさなきゃいけないもんな」
「あのハイテンションを続けられる気がしないよ……」
胸を撫で下ろすアスカ。
あの役をやらずに済んだ、と内心ほっとしているようだ。
気を取り直し、アスカは最後に奏多に声をかけた。
「とにかく! ジェラルドさんの姿で団長をショーテントまでおびき寄せるから――あとは頼んだわよ、奏多!」
「おう! アスカも気をつけろよな!」
◇
「と言ったものの――……」
奏多は散乱した部屋を見る。
回想している間にもデスクの引き出しや書類、ベッドの横のサイドテーブル、果てにはベッドの下や部屋の隅々まで探したが、
「鍵も証拠も何もねぇ! どうなってやがんだ!?」
何一つ成果をあげられずにいた。
簡単には見つからないことは覚悟の上だが、部屋の家具が少ない以上、隠す場所も限られてくる。
しかし散乱した後の部屋から分かる通り、目に見える場所は調べ済みだ。
新たな可能性として考えられるのは、
「アスカの読みが外れた……? 此処には何もねぇのか? それとも俺がまだ探していない場所があんのか? くっそわかんねぇ~!!」
奏多の中に段々と焦りが募る。
遅れた分だけアスカの負担は大きくなってしまう。何としてでもそれは避けたい。
部屋に鍵と証拠が置いてあると言う前提でここに来たが、それはアスカの推測であってそもそもこの部屋に無い可能性もある。
「いや待て、落ち着け俺。元旅人なら貴重品管理はしっかりしているはずだよな……あとはアスカみたいに異次元空間にしまっている可能性が……」
アスカのウエストポーチを思い浮かべる奏多。
彼女のウエストポーチは異次元に繋がっていて質量、大きさ、形もお構いなしで制限なく物をしまっておける。旅をする時に身軽に動けるようにするためだ。
今はサーカス団団長のシュバインだが、旅人だったのなら大事な荷物は異次元空間にしまっていてもおかしくはない。そうなると異次元に繋がる入口のようなものが存在するはず――。
「こうなりゃ何から何まで徹底的に部屋ん中荒らしまくって――」
と悩みながら散乱した部屋の中をぐるぐるしていると、
「バウッ!」
「うおっ! だから静かにしろって!」
「バウッ! ガウッ! ウゥゥゥ……!!」
奏多は慌ててズィルバーンヴォルフを宥めようとするが、吠えるのをやめない。まるで奏多に何かを伝えようとしているようだ。。
「――? 鏡になんかあんのか?」
奏多が鏡の前にきた途端、ズィルバーンヴォルフの子どもが吠え始めた。何かあるのか、と試しに鏡に近づいてそこに映った自分を覗き込んでみる。
髪の根っこの方がうっすらと黒くなってきた前髪の金髪、少し伸びてきた後ろの茶髪、テュフォンからの餞別でもらった旅の服、背中のリュックはそのままに太もものベルトにはガラードから譲り受けた魔武器のダガー、そして左腕にはアスカがくれたバングル。
しばらく鏡で自分の姿を見ていなかった奏多だが、目の前の鏡には今までの自分じゃない自分がそこにいた。
特に何の変哲もない普通の鏡のようだが、ズィルバーンヴォルフの子どもは明らかに鏡に対して反応している。
「バウッ! ガルルルルゥ……」
「お前なぁ、これどう見ても普通の」
と、奏多が鏡面を触ろうとすると手が鏡の向こう側にすり抜けた。
「――鏡……うぇ!? 鏡!?」
何が起こったのか分からないまま、バランスを崩した奏多は鏡に吸い込まれるように鏡の向こう側の世界へ倒れ込む。
「痛ってぇ……何だこれ!?」
右肩を強打した奏多だが、痛みよりも驚きの方が勝った。
――散々荒らしたはずのシュバインの部屋のテントだが、荒らした後が一切ない。
奏多の目に映っているのは紛れもなく、先ほどまで忍び込んでいたシュバインの部屋そのものだ。
しかし、よく見ると家具の向きや物の配置などが鏡写しになっている。テントに入り口付近にあった檻もない。
奏多は自分がやってきた鏡の方を振り返った。
――鏡には映るはずの自分は映っていない。
だが、物が散乱している部屋とテントの入り口脇のズィルバーンヴォルフの子どもが閉じ込め荒れた檻は見える。
つまり自分が今いるのは、
「――鏡の中……か?」
思わぬ発見に茫然としてしまう。
理解が追い付かぬまま立ち上がると、デスクの上に目がいった。
「ん?」
ふと違和感を覚える奏多。
鏡の向こう側――現実世界ではデスクの上に書類が置かれていたはずだ。しかも奏多が荒らしたことにより順番通りだった書類もめちゃくちゃになっている。
対して、今いる鏡の世界のデスクの上に書類など無く、一冊の本が置かれていた。
どうやら完全な鏡写しという訳ではないらしい。
「本? にしちゃあタイトルがないし」
奏多は鏡の世界のデスクに近寄り、上にあった分厚い本を手に取る。
本の装丁はしっかりとしたものだがかなり古いもののようで、元は赤色だったものが薄く色褪せていた。
表紙や背表紙にはタイトル名は書かれていない、が後ろの隅に小さく名前が書かれていた。
『シュバイン・モジール』
つまりあの団長の物ということになる。
するとタイトルも無くやけに古いこの本は――、
「――あの団長の、日記……?」
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます…1か月近く更新を遅らせてしまい申し訳ありません! 後々クリスマスかお正月の番外編と言うか特別編と言うかどっちかやるので許してください! とりあえずサーカス編を早く終わらせるように頑張ります!
さて、本編では潜入に成功した奏多とアスカ。ちょくちょく視点が切り替わります。おそらくアスカの単独中の行動を書くのは日記以外では初ですかね。多分いつもと少し違った彼女が見られるかと思います。
次の話も早く投稿できるように頑張ります。では、失礼いたします。
追伸:新たにブクマ登録ありがとうございます!この場を借りてお礼申し上げます!




