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異界の旅人 ~己が為に彼らは旅をする~  作者: 鈴風飛鳥
第2章 「仲間」  ~そして共に歩むもの~
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第24話 「異界の問題」

 ジェラルドの話を聞き終えて話を整理する二人。そして二人がやるべきこととは?


 追記:誤字を修正しました。

 

 ジェラルドから話を聞き終えた二人は、大聖堂前広場からそう遠くない場所にあるカフェにいた。

話の内容が他の客の耳に入らぬよう、店の奥の目立たぬ席を選びつつ二人は向かい合わせで座っている。持ち合わせの少ない二人は飲み物だけ注文し、飲み物が来るのを話の整理をしながら待っていた。


 「これでほぼ確定したわね……」


 飲み物を待っていたアスカは『DR』を取り出すと何やら調べ始める。

 奏多はテーブルに両肘をついて顎を乗せ、彼女が調べ物をしているのをじっと眺めていた。

 

 「あの団長が悪いことしているってことだよな?」


 ジェラルドの話を思い出す奏多。最後まで誰が悪いとは口にしなかったものの、団長の怪しい行動とジェラルドの言い回しから誰が黒なのかは明確であった。


 「あれだけ聞いてれば奏多でも気がつくか。んで、その具体的な内容はお分かり?」

 「いや、それは分からん。俺には情報が少なすぎだな。キザメン野郎が言ったこともアスカのヒントも整理しきれてないし理解が追い付いてない」

 「まぁ、奏多は初めてだしね。こういう場面に直面するの」


 と、会話をしていた二人の元へウェイターがやってきた。彼は二人がそれぞれ注文したコーヒーと紅茶が運んでくる。二つともこの店で一番安い飲み物だ。

 奏多の前にコーヒー、アスカの前に紅茶を置くとウェイターは伝票を置いて「ごゆっくり」と言い放ちそのまま去っていってしまった。


 二人は自分の元に置かれた飲み物の位置を互いに入れ替え、口をつける。

 

 アスカは砂糖もミルクも入れていないブラックコーヒーを片手に、『DR』を操作しながら話を続けた。


 「昼間に言ったわよね? 『フェアリュクットヴォルフ』の名前を知らないって。でも違う。これを見て」


 そう言うとテーブルに『DR』を置いてホログラム機能を起動する。液晶画面から空中に向かってパネルのようなものが出現すると、大量の情報と一匹の狼の画像が浮かび上がった。


 「本当の名は『ズィルバーンヴォルフ』。巷では“白銀の狼”なんて呼ばれているわ。名前が違うから最初は『フェアリュクットヴォルフ』が『ズィルバーンヴォルフ』だなんて気がつかなかった」


 浮かび上がったホログラムの狼を指差すアスカ。そこには二人が先ほど見た『フェアリュクットヴォルフ』と同じ狼が『ズィルバーンヴォルフ』として表示されていた。


 「『フェアリュクットヴォルフ』……正確には『ズィルバーンヴォルフ』なんだけど、この世界とは別の世界『ブランエベール』って所での特有動物に認定しているの」

 「特有、動物?」


 いきなり新しい単語の出現に戸惑う奏多は、紅茶に砂糖をたっぷり入れたカップを片手に持ったまま固まってしまう。


 アスカはあれ?と首をかしげると、


 「共通概念の話はしたかしら?」

 「多分してないな」


 彼女は急いでウエストポーチから紙とペンを取り出して図を描き始めた。


 「食べ物や動物等は異界によって異なる物もあれば同じものもある。その同じものが共通概念っていうの。例えば、昼ごろにも話題に出たけどテュフォンと話していた『ニャムギョブル』は奏多のいた世界では『トカゲ』と言われていた。名称は違えど、生物としてあり方は一緒だからこれらは共通概念よ。正確には共通動物って言った方がいいかしら」


 アスカの手元の紙には共通概念と共通動物と書かれていた。端の方にトカゲの絵も描かれていたが、今はどうでもいい。


 「でも、必ずしも全てが同じとは限らない。異界のよって魔力の有無があるように、共通概念もあれば、異界特有の概念がある」

 「つまり共通概念とは逆で、その異界にしかない食べ物や動物が特有概念にあたるのか」

 「そういうこと。今回は異界特有の動物だから特有動物。身近なもので言うと言葉がそうね。奏多が住んでいた国の言葉も、その国特有の言語でしょ? そっちは特有言語って呼ばれているわ」


 先ほどの単語に加え、特有概念と特有動物、特有言語が紙に書き足される。

 

 「なるほど……確かに日本語は日本特有の言語だからな」

 「それと同じで『ズィルバーンヴォルフ』もブランエベールにしか存在しない特有動物ってこと」


 共通概念と特有概念の違いが分かったところで奏多はあることに気がついた。


 「ん? じゃあ、なんでブランエベールの特有動物である『ズィルバーンヴォルフ』がこの世界にいるんだ?」

 「今回の問題はそこにあるの」


 アスカは奏多を睨みつけながら、持っていたペンを彼の鼻先ギリギリのところにつきつけて問いかける。


 「この世界にいるはずのない存在が何故ここにいるのか……分かる?」


 鋭い視線のアスカから無言の圧力がかかる。

 ここはどうしても正解しなければならないと思った奏多は少し考え込みながら可能性を複数提示した。

 

 「……俺が思うに二つ。一つ目は化け物の時みたいに異界から迷い込んだのを団長が捕まえた。二つ目は団長がどうにかして特有動物を連れ込んできた」


 奏多の考えを聞くとアスカは鼻先につきつけていたペンを下ろす。


 「奏多にしてはいい線いってる。とりあえず奏多の言う一つ目の方は可能性として低いわ」

 「なんでだ?」


 一つ目の可能性については考えられないことではないのだが、あっさりと否定される。


 「そもそも特有動物っていうのは、一つの異界にしか存在するはずのない生き物。だから他の異界に迷い込んだ場合は見つけ次第保護して魔女へ引き渡す決まりなの。動物に限らず物や概念もね。それは異界のルール1とも関わってくるわ」

 「異界のルールって確かテュフォンに渡された紙に書いてあった……」

 

 テュフォンのいる世界から他の異界に旅立とうとした時に手渡された紙のことだ。そこには少ないながらも破ってはいけない異界のルールについて書かれていた。


 『1.異界にて、異なる概念を持ち込んではならない

  2.異界にて、異なる概念の物を作ってはならない

  ※但し、1・2に関しては共通の概念が存在する場合はこれに限らないものとする。

  3.異界を旅する者は、なるべく異界の理に関わってはならない

  ※但し、3に関してはその異界の理が書き換えられるとき及び旅人の命に関わるような場合はこれに限らないものとする。

  4.関係のない者が関わってしまった場合は、その者の記憶を消去すること』


 あまりにもアバウトな為、どこまでがセーフでどこからがアウトなのかが分からなかった奏多はとりあえず内容だけは忘れまいと脳に刻み込んだ。

 加えてテュフォンから『存在を消す』宣言までされているのだ。忘れようものなら自分の命が無いと思った方がいいと、必死に繰り返し覚えた。


 「異界にて、異なる概念を持ち込んではならないってあれか」

 「そう。異なる概念は時に世界そのものを作り変えてしまうこともあるわ。旅人のようにルールを守っていれば大丈夫だけど、物や動物はそうはいかない。物は自分で動くこともできないし、動物はそういった異界のルールなんて理解できない」

 「だから旅人やそういう事情を知ってる人が保護するって訳か。んで、魔女がいない世界では旅人自ら回収しに……っと、ここらは前に説明受けたな」


 アスカとテュフォンの長い長い説明を思い出す。異界の問題の話の中でテュフォンは言っていた。『自分がいた世界とは異なる世界の存在。それを取り除くこと』、それが旅人としての役割の一つなのだと。これが異界のルールの1に関連してくるのだ。


 「特に動物……生き物の類は扱いが難しくてね。魔女がいない世界の場合は旅人が一時保護してから魔女がいる世界まで連れて歩くか、最悪化け物の時のみたいに手が付けられない奴は殺してしまう他ないわ」


 アスカが鉄扇で切り刻んだ化け物。本来ならそれも旅人が保護して魔女の元へと送り届けるはずだった。だが、建物の破壊行動や一般人への被害拡大を危惧したアスカは被害を抑えるために即処理という決断をした。


 理性が無いっていうのも厄介なのよねぇ、と愚痴をこぼすアスカに対して苦労を知らない奏多は全く関係のない別の質問をする。


 「ちなみに魔女は特有動物を保護した後どうしてるんだ?」

 「さぁ? どうにかして元の世界に戻しているのか、あるいは殺してしまっているか、はたまた何かの実験材料にされているか……保護した魔女によって管理の仕方も違うと聞くけど実態は謎。まぁ、旅自体には関係のない話だからこういった話には皆深入りしないのよ。特に魔女が関わっている話(・・・・・・・・・・)には、ね」

 「――?」


 魔女が関わっている話に深入りしないとはどういうことだろうか。

 気になった奏多だが、


 「話を戻すわよ。仮に特有動物が迷い込んできたとして、団長がそれを知っていながら保護した特有動物を魔女に引き渡しもせず見世物にしているからルール違反ってことになるの」


 先にアスカが口を開いてしまい聞く機会を逃してしまった。奏多は魔女の話題は頭の隅に置き、本来の話題に戻る。


 「異界のルールを知らないで特有動物を保護している場合もあるだろ?」


 旅人になる前は異界のルールというものを知らなかった奏多のような例もある。

仮に団長もそうだったとしたら、何も知らないまま法律違反している可哀想なおじさんになってしまうが、


 「それは無いわ。異界の……特に魔力が有る世界に生まれたのなら異界のルールは教え込まれているはずよ。知らないなんてことはあり得ない」


 可哀想なおじさんにはならず、正真正銘の犯罪者であることが証明された瞬間である。


 加えて、とアスカがさらに突き詰める。


 「奏多にあげたヒントあったでしょ?」

 「えっと、『この世界にたった一匹しかいない』ってやつの方か? それとも『私はあの狼を見たことがあるけどこの世界には来たことが無い』の方か?」


 アスカが与えた二つのヒント。

 それから答え導けと無茶ぶりを迫られた奏多は、とうとう答えが分からなかった。元々初心者知識しかない奏多に答えを出せと言うのも難しい話なのである。これもまた経験して知識を身につけるほかない。


 「まずは前者の方。仮に団長があの狼がこの世界に生息していないのを知らなかったと仮定しても、そうやってアピールをすることはまず無いと思うわよ」

 「その心は?」


 落語家の謎かけをするように合いの手を入れるが、アスカがそんなことを分かるはずもない。真面目な答えのみが返ってくる。


 「考えてもみなさいよ。私たち人間だって、親がいるから生まれてくるでしょ。なのに、世界に一匹ってことはその出自はどこからきたのか? 突然変異や異種同士の交配で生まれたにしても、さすがに世界に一匹っていうのは誇張しすぎだと思わない?」

 「まぁ、確信がないのに『この世界にたった一匹』っていう訳にもいかねぇしなぁ。嘘だった場合、信用はガタ落ちで暴動騒ぎになりかねない」

 「逆に言えば、確信があるからこそ『この世界にたった一匹』って表現しているって捉えられるわけ――なぜなら」


 焦らすように一呼吸置くと、


 「異界から団長自ら特有動物を持ち込んだから」


 今までの答えがアスカの一言に詰まっていた。


 「もう一つ、それを裏付けるのが奏多に言った二つ目のヒント」

 「『私はあの狼を見たことある』だろ。むしろそっちを最初に教えてほしかったな」


 それでほぼ答えが出ているような気がしなくもない奏多だが、アスカの方は最後までとっておきたい話題のようだった。


 「んで、見たことあるってことはこの狼の情報を記録したのは……」

 「私じゃないわよ。ブランエベールで『ズィルバーンヴォルフ』の生態系を長年調査している旅人が記録したの。私は偶然その人に会っただけ」


 アスカがホログラムのパネルの一つをタッチすると拡大される。そこには『ズィルバーンヴォルフ』の情報に関する詳細が記されていた。

 生息域、個体数、習性、外見の特徴、etc…。情報が事細かく記載されており、文章の最後に『情報提供者:ジーク・レーベン』とあった。おそらくこの情報提供者とやらがアスカが出会った旅人なのだろう。

 

 「ブランエベールに辿りついた時にあの狼の群れに出会ってね。もう四年くらい前になると思う。ブランエベールは雪山に囲まれた小さな村、だったかな? その時に旅人にも会った。私は五日間くらい調査に付き合って連絡先を交換した後、すぐにその世界を旅立ったけど」


 もうそんなに前になるのね、と溢しながら記憶を辿って当時の出来事を思い出すアスカ。

  

 「ってことで、奏多の言う通り二つ目の可能性の方が高いってわけ」


 自信ありげの彼女だが、その話を聞く限り答えはもう明確なようなものである。


 「……じゃあヒントとかいらないじゃん!! 今までのシンキングタイムなんだったんだよ!?」

 「話の過程を説明しなきゃ何が起きているのか分からないでしょ!! どういう部分が異界のルールに反しているかっていうのも知っておかなきゃ! こういうのは中身が大事なのよ中身(・・)が!! 特に奏多は旅人初心者なんだから!!」

 「俺の為ですかそうですか! ご丁寧にどうも!!」


 半ば投げやりな言い方になる二人。

 手元にあった飲み物を飲んで一旦落ち着きを取り戻すと話を再開する。

 

 「それで――あの団長の正体なんだけど……『ハンター』の可能性が高いわね」

 「要するに、密猟者みたいなもんか?」

 「そうね。『ハンター』って言うのは異界で捕まえた特有動物や物を他の異界で高額で売りさばく奴らの事なの。他にも売り手と買い手の仲介人となる『ブローカー』なんてのもいるけど、そいつ等は大抵が元は旅人よ」

 「はぁ? 旅人だった奴がまたなんで?」

 「いるのよ、たまに。異界を移動する力を使って悪いことを企む奴らが」


 ため息をつきながら答えるアスカ。同じ旅人としてはやるせない気持ちでいるのだろう。


 「ジェラルドさんの口ぶりからして実際にやっているのは団長一人。『フェアリュクットヴォルフ』はバレない様につけた偽名って所ね。自分で捕まえた異界の動物をあぁやって大勢の前で晒すことで買い手を見つけているんだと思うの。特にVIP席にいた貴族のような人々にね。ジェラルドさんが言っていた『死んでしまった動物』っていうのも本当に死んだのか、貴族の誰かに売り払われたのか……団長が亡骸を見せないって時点で相当怪しいし、私は断然売り払われたと思うけど」


 あの短時間の会話でそこまで推測したのかとアスカを感心した奏多。自分は状況整理をするだけで頭がパンクしそうであった。


 ここまでで、特有概念の存在とどの部分が異界のルールに反しているか,団長の正体が分かった。団長の正体に関して言えばジェラルドの証言とアスカが実際に狼を見たという二つの条件が揃ったからこそ今回の事に気づけたと言ってもいい。


 こうして客観的に見てみるとジェラルドは会話の節々にヒントを与えていた。特に旅人であるアスカに向けて――彼女に団長の正体を気づいてもらえるように。


 だが、逆に言えばジェラルドは団長が異界のルールに反していることに気づいているということで、


 「んっ? じゃあ、あのキザメン野郎や他の団員たちはそれに気づきながらも見て見ぬふりしてるってことか!?」


 団長の正体と悪事を知ってなお、今の今まで黙秘していたことになる。


 「そうせざるを得ない状況なのよ、今の彼らは……副団長の話のくだりがあったでしょ?」

 「副団長ってたしか団長と仲良かったって言ってたやつだよな。その後突然辞めちまった……って、おいおいまさか……」


 今までの話の流れからして団長が怪しいのはほぼ確定である。この流れでいくと、突如辞めてしまった副団長も無関係とは考えにくい。だが、今回の件での首謀者は団長一人。


 嫌な予感がした奏多。間違っていてほしいと思ったがその予感は彼女も同じ考えのようで、


 「奏多が想像するそのまさかよ。副団長も気づいてしまった。団長のやっていることに」


 アスカも確信したように言ってのける。


 「殺されたか他の異界に飛ばされたのかは知らないけど、団長に何かしらされた……」

 「で、でも、副団長に事情があって辞めた可能性もあるだろ?」


 副団長に何かあったとあまり考えたくない奏多は他の可能性を提示する。

 ジェラルドは「副団長が突然辞めた」と言っただけである。詳細が分かっていない以上、自分たちが話している内容は想像の範囲に過ぎない。


 「その可能性もあるけどジェラルドさんがわざわざ話の話題に出した以上、なにかしらのトラブルがあったってこと言いたかったんだと思う」


 先の会話の流れで、ジェラルドが団長の正体に気づいてもらおうとしているならば関係のない世間話を混ぜ込んでいるとは考えにくい。

 となると、副団長は団長に何かされてバイエルサーカス団から姿を消したと考えるのが自然だろう。


 「団長の悪事に気づいて口出ししたら消されるってことか……くそっ! それで、だんまり決め込んでるのかよ!!」


 憤りのない怒りをぶつける様に奏多はテーブルを強く叩く。


 すると他の客は不審そうに奏多たちの方をチラリと見たが二人の神妙な面持ちから面倒事かと思い、すぐに視線を背けた。


 アスカも奏多の思いに同意しながら「でも……」と続ける。


 「その気になれば皆で一丸となって団長をどうにかすることはできるはずよ。だけどそれをしない。何故だと思う?」


 一人の力は微力でも、サーカス団全員で行動を起こせば団長を止められえたかもしれない。だが、彼らは行動を起こさなかった。


 ジェラルドは、売れない自分を団長が拾ってくれたと言っていた。他の団員もそれぞれの事情があるのかもしれない。


 「……団長に恩義を感じているから?」

 「それもあるでしょうね。でも私が言いたいのはもっと別なもの」


 そうね、とアスカが何やら考えだした。


 「……例えば人が悪いことをしている場合、奏多はどうする?」

 「いきなりだな。う~ん……どうする、か」


 あまりにざっくりとした質問に頭を悩ませる奏多。


 「……まぁ、悪いことをやっている人によるかな? 全く知らない奴の場合は全力で責めたてることもできるだろうよ。けど、家族や友人ってなると程度によって妥協するかも……」


 実際にそのようなことが起きた場合の自分の行動を予測してみる。が、あくまで予想だ。イメージをしただけでは答えには辿りつきそうにない。


 「じゃあその家族や友人が重い罪を犯していたら、周りの人に相談する?」


 またしても難しい質問。しかも今度は重い罪と具体的な内容だ。


 「そりゃ友人だったら相談するか止めに入るさ。でも家族か……」


 母や父、ついでに兄の事を思い出す。とても重大な罪を犯すとは思えない自分の家族だが、例えば交通事故で人を牽いてしまうなど不慮の事故もあるだろう。そう考えると――、


 「世間体とか気にして言い出せない……いや、むしろ家族だからこそ周りに相談するべきか――?」


 二択には絞ったものの結論は出せない。やはり実際にその立場になってみなければ分からないこともあるだろう。

 答えが出せないままでいるとアスカが、

 

 「奏多が迷ったのと同じ。ジェラルドさんはその迷いに板挟みにされているのよ」


 残り少なくなったコーヒーを再び口に含む。喉を潤すとカップを置いて先ほどテーブルの隅に退けていた紙とペンを再び取り出す。


 「人には許容範囲ってものがあるの。価値観や縄張り意識……簡単に言えば“心のものさし(・・・・・・)”っていえばイメージが湧くかしら」


 先ほど図を描いた紙を置き再びペンを持つと、そこへ何やら描き加え始めた。

 横に真っ直ぐに引かれた棒線に、短い縦線を等間隔に何本か入れていき目盛りのような図が描かれる。

 長さが違う目盛りをいくつか描き終えたアスカは、描いた目盛りのうち一番短い目盛りをペン先で突きながら示す。


 「そういうのは自分に近い人物……身内や友人には甘くなるわ。逆に見知らぬ人には厳しくなる。今回のジェラルドさんがそうだった」


 彼女がペンで突いている目盛りはジェラルドに対する“心のものさし”のイメージなのだろう。随分とまぁ短いものさしである。


 まるでジェラルドの心に秘めたものを見透かしているかのようだ。


 「最初は些細な事だったでしょうね。でも身内だからって許してしまった。そして段々エスカレートするうちに事態は収拾がつかないところまできてしまった」


 突如語り始めるアスカ。

 それは彼の思っていることが分かっているかのように、


 「周りに相談しようにも巻き込みたくない」


 言いたかった事を代弁するかのように、


 「結果、黙って全てを抱えることにした」


 彼女は答えた。


 「でもそんなの! たった一言『助けて下さい、困ってるんです!』って言えばいいだけじゃないか!」


 奏多の言う通り。たった一言、周りに助けを乞えばいい話だ。

 ジェラルドにはその一言が言えなかった。だからこのような事態が起きている。


 「その一言が言えたら彼も……彼だけじゃなく困っている人々みーんな楽になれるでしょうね。でも、楽になれない。だから苦しいのよ」

 「……。」


 奏多は何も答えられない。

 平和な世界で生きてきた彼にとって理解しがたい感情。それに対する言葉が見つからないのだ。


 「そういう風にできているの、人間っていうのは……まぁ文化の違いとかもあるから一概に同じとは言い難いけど、これだけは言える」


 アスカは一番長い目盛りの線の上にペンを置いた。その横線をなぞるようにペン先を走らせながら、話を続ける。


 「“心のものさし”は人によって違う。測り方を間違えてしまえば、どこまでもどこまでも相手の間違っている行いを許してしまうことになる。それは歯止めが利かなくなって終いには――」


 目盛りが描かれている範囲を過ぎてしまい、紙がテーブルにはみ出してしまう寸前で、


 「――止められないところまできている」


 ペンの進行が止まった。


 「これで重要なのは間違っている行いをする人を止めてくれるような人(・・・・・・・・・・)。この人が測り方を間違えると今回みたいなことが起きる」

 「間違っていることをしている本人が原因じゃなくて?」

 「人っていうのはね、奏多。何が間違っているかなんて当事者からしてみれば分からないものよ。自分の過ちは気づけない。でも、自分以外の誰かなら……それに気づける。気づいてあげられる。過ちに気づいて指摘できるの」


 アスカはこれまでに何人も過ちを犯している人を見てきた。そんな過ちを犯している人でも慕われていたり、尊敬されていたりするような人物は数多くいた。だが、過ちを止めることはできなかった。


 「団長は過ちを犯してしまった」


 過ちを犯す本人が悪いのは確かだ。しかし、


 「ジェラルドさんはそれに気づいた。でも、気づかぬふりを、見て見ぬふりをしてしまった……それが彼の――」


  気づいて(・・・・)行動を起こさない(・・・・・・・・)のもまた(・・・・)過ち(・・)なのだ(・・・)


 「そして彼らの過ちに気づいたのは第三者である私たち。サーカス団とは関係ない。でも、旅人である以上無関係でいるわけにはいかない。私たちだからこそ、気づくことができた。あとは……行動あるのみ――!!」


 彼女の強い言葉と意思。それは奏多が今までに感じたことのない熱い感情を湧き上がらせる。

 

 ――今、全ての状況を理解した二人がやるべきこと。

 

 「ってことは全てひっくるめて一言でまとめると……」


 彼女の強い意志に応える様に奏多は言い放つ。

 

 「“異界の問題発生”でいいんだよな?」


 彼の一言を聞いたアスカは満足したようにニッと笑う。


 「そういうこと!」


 ついに対面してしまった異界の問題。いずれは向き合うことになるとは思っていたが、二世界目にしてその問題と向き合う羽目になってしまった。しかも物の回収だけならまだしも、人間が絡んでくるとなると旅を始めたばかりの奏多には少々難易度が高い。


 今後待ち受ける困難に対して腹を括るように、奏多は軽く伸びをしながら気合いを入れた。


 「異界の旅、二世界目にして問題発生かぁ……旅人って大変だなぁ」


 他人事のように言う奏多だが、今は旅人である以上は異界の問題を無視するわけにはいかない。


 飲み慣れない砂糖たっぷりの紅茶を全て飲み干すと、今後の事についてアスカに尋ねる。


 「で、どうすんだ? これから」

 「ここでやるべきことは二つ。一つはあの狼を回収、保護すること。もう一つは……」


 言い切る前に自身の頼んだコーヒーを飲み干すと、カップを置きアスカも気合いの入った表情を見せた。


 「――敵の殲滅及び確保。奏多、今回はあんたにも異界の問題解決に協力してもらうわよ」


 ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。会話が多い今回、二人のやるべきことが明確になりました。無関係だけど、無関係でいるわけにはいかない旅人としての試練というか宿命というか……要は物語の主人公特有の巻き込まれ体質というやつです。


 奏多は旅人になって初めての異界の問題解決となります。この先彼は活躍できるでしょうか?


 次の投稿ですが間が空きます。今週中は難しいです。内容を忘れた方はもう一度読み直しておくといいかも…?です。話の内容の振り返りについては報告の方でもしていますんでそちらも暇があればどうぞ。


 次の話も早く投稿できるように頑張ります。

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