第21話 「サーカスショー1」
合流した奏多とアスカ。彼らの手には何やら――?
追記:誤字を訂正しました
追記2:文章を少し訂正しました。
アスカと奏多が別行動をとって一時間半後。アスカは約束通り大聖堂前広場のサーカステント前で奏多が来るのを一足早く待っていた。手には先ほどまでなかった丁寧に包装された袋を抱えている。
昼時は日が照っており空も清々しい青空だったが、今となっては日が沈んで濃い朱色が空を覆っている。カラフルな外観の家々も薄暗くなってきてしまった国の中では黒一色に染まりつつある。国の至る所にある街灯は点々と明かりがついてきており、黒一色になってきた国を無数の小さな光で照らしていた。
光と影が国の風景を彩る中、大聖堂前広場では魔法で作られた宙に浮いた球体のようなものが光を放っており、辺りを照らす。そこでは昼間は無かった赤と白のストライプ柄のサーカスのテントが、これでもかというほどの光を浴びて国の中でその存在を主張している。テントの周りには蛍光色のバルーンやら土産物の屋台やらで一層賑やかさを増していた。さらにその後ろにはテントを運んできた荷車や、小さい仮設テントのようなものも見える。
四公演あるうちの一回しか見られない動物ショーだからだろうか、大勢の人々が大聖堂広場前にごった返していた。服装も様々で私服や観光客のような人もいれば、この場には場違いと思うような貴族のドレスや礼服を着た人物もいる。
アスカが広場に集まっている一人一人をじっくり観察していると、人混みの中から奏多が遅れて現れた。その手にはアスカ同様に先ほどまでなかった丁寧に包装された小さな袋を持っていた。しかし、彼のは何故かフリルが付いたいかにも女の子らしい包装がなされている。
「待ったか?」
走ってきたのか息が切れ気味の奏多。顔も少々赤くなっている。
「いいえ、私も今来たばかりよ」
「そっか。なぁ、アスカは何してたんだ?」
別行動中、アスカが何をしていたのか気になった奏多はそれとなく聞いてみる。
今は辺りが暗くなってしまい、見えづらくなってしまった時計塔の方をアスカは指差した。
「時計塔の方へ行っておこうかと思って。この国の歴史的建造物っぽかったし、ちょっと間近でその大きさを見てみようかと。ついでに周辺で買い物もね。そう言う奏多はどうしていたのよ? あとその似合わない袋は何?」
「あぁ、え、あ……その、ん」
ん、と言うと同時にフリルのついた女の子らしい包装の袋を押し付ける様にアスカに差し出す。
「ん、って何よこれ?」
「だからその、借り返してないから……」
「……へ?」
「……は?」
「「……」」
奏多の言ったことの意味が一瞬分からずに間抜けな声が出るアスカと、借りの事をすっかり忘れている彼女に困惑する奏多。二人はしばしの間、見つめあったまま沈黙する。
そこから遅れてワンテンポ遅れてアスカは笑いがこみあげてきた。
「ぷっ、あはははは!! なぁんだ、そんなの気にしなくてよかったのに!! 意外と奏多はマメなのね!」
「笑うなよ! こういうの気にする性質なんだよ!」
笑っているアスカに対し、赤い顔がさらに赤くなる奏多。どうやら走ってきた疲れに加えて照れと恥ずかしさが入り混じっているらしく、今にも顔から湯気が出そうな勢いである。
アスカは笑いすぎて涙が出てきたのか、眼元を透明な雫が濡らす。
「うふふ、ありがとう……」
笑い泣きしてできた涙を手でこすりながら拭き取ると、笑いがおさまらないまま奏多から押し付けられた袋を受け取る。
「ねぇ、開けていい?」
「別に大したものでもないけどな」
奏多から包装された小さな袋を受け取ったアスカは、包装を剥がして袋を開ける。すると中からこれはまた小さな手のひらサイズの箱が現れた。アスカはゆっくりと箱の蓋を開ける。現れたのは、
「……髪留め用のリボン?」
箱に収まるようにまとめられた青いリボンが入っていた。
「他に思い浮かばなかったんだよ!! アスカ女っ気ねぇし、おしゃれとかのイメージないし」
「お互いの趣味を知っているほど深い仲でもないからね。じゃあさっそく……」
アスカは青いリボンを箱から取り出すと、ポニーテールのように自分の髪を縛っていた赤いリボンを解き、手慣れた手つきで青いリボンに縛り直す。
「どう? 似合う?」
髪を揺らすように頭を左右に振って違和感がないか確かめるアスカ。馬の尻尾のように揺れる髪は枝毛もなく、痛んでいる様子もない。
見た目は赤いリボンの時とさして変わらないが、強いて言えば赤色の活発なイメージから青色の知的なイメージになった、といったところだろうか。だが、奏多はそれをうまく伝えられずに自分なりの評価をする。
「……俺には分からねぇけど、赤よりはいいんじゃねぇか」
「そう――ありがとう、大事にするわ」
――瞬間、周りの喧騒が一瞬だけ遠ざかり、今この場にアスカの二人だけになったような錯覚に奏多は陥った。
彼女の「ありがとう」の一言。それは彼が生きてきた中で一番心に響いた言葉だった。そんなありきたりな言葉は今まで何十回と言われてきた。だが、今この瞬間だけは、何故か彼女のありきたりな言葉を『特別』に感じることができる。
奏多はじんわりと胸が熱くなるのを感じた。その熱を逃すまいと、胸に手を当て強く握りしめる。だが、握りしめた手の中に胸に抱いた熱と同じだけの熱を感じることは――できなかった。
奏多が不思議な行動をしていたその間に、アスカは解いた赤いリボンをしまうと、
「それじゃ、これは私からのお詫び」
今度は彼女の方が手に持っていた包装された袋を奏多に手渡す。
「お詫び?」
我に返った奏多はいきなりお詫び、と言われ首を捻る。自分が作った借り以上に何のことだか心当たりがない。とりあえず渡された袋とアスカを交互に見ていると、彼女は頭を掻きながら答える。
「いやー、その、ほら『ラパーシ』の時のアレ。奏多の為とは言えやりすぎたかなって……」
「……アレってもしかして」
奏多がボコボコにされた時の事を言っているのか、と彼はつい先日に起きた出来事を振り返った。だが奏多自身、あの時は自分も甘く見ていた部分もあり反省点があることを自覚していた。アスカに言われてからどうすればいいか迷った結果『ファルーレ』では自分なりに悪い点を直そうとしていた訳だが、まさか彼女が悪びれるなど想像もしていなかったので、
「アスカにも罪悪感とかあったのか――!!」
素直に驚いてしまった奏多。優しく接してくるアスカが逆に怖く見えてきた。
「奏多は私を冷徹な人間か何かと勘違いしていない?」
「勘違いなんかじゃなく、間違いなく氷の女王かなんかだと思ってる」
奏多の率直な意見に、アスカは奏多に見える様に右の拳をグッと力を込めて握る。
それに気付いた奏多は、あっこれはヤバそう、と彼女との距離を一歩だけ取った。
「……んでアスカさん? これは何ですか? 俺に対する嫌がらせかなんかですか?」
奏多はいつの間に包装を取ったのか、渡された袋の中身を見ている。だが、彼の目には驚きというより怒りに近いものがチラついていた。
疑問に思った奏多は袋の中から問題の物を取り出し、アスカに突き付けるようにしながらわざとらしく敬語で尋ねてみる。
「ちなみにアスカが買ってきたコレ。君の目には何に見えるんですか?」
「えっ、何って決まっているじゃない?」
アスカは小馬鹿にしたような笑みで奏多が手に持っているものを指差しながら言う。
「何処からどう見ても犬のぬいぐるみでしょ。奏多の目にはそれ以外の何かに見えるの?」
「そうだよ!? 犬のぬいぐるみだよっ!? 二十歳の男が母以外の女から初めて贈られたものがぬ・い・ぐ・る・み!! 冗談にも程があるだろ!!」
大げさなリアクション気味の奏多。ブンブンと手に持った犬のぬいぐるみを振り回すが、ダランとした手足が激しく揺さぶられて今にもちぎれそうな勢いである。
見た目は熊にも見えなくない茶色の犬のぬいぐるみ。手足に骨組みはなく二足歩行では立ちそうにない。目の部分はボタンでできていて触り心地もよく、なんとも女の子に人気そうなデザインである。中に綿がつまっているのか弾力性があり、背中にはジッパーのようなものがついていた。
奏多が持つには不釣り合いの可愛らしいぬいぐるみと彼の組み合わせは、見ているだけでそのギャップに思わずクスリときてしまうようなものがある。
それを間近で見ていたアスカは笑いを堪えつつ、あくまで冷静に奏多の対応をする。
「冗談に決まっているじゃない。半分は」
「半分って!! じゃあもう半分の冗談じゃない方はどこいったんだよ!! どっかに落としてきた!?」
「落ち着いてって。ぬいぐるみの後ろにジッパーがついているでしょ? そこ開けてみて」
「ん? あっ」
ようやくぬいぐるみのジッパーの存在に気付いた奏多は、今まで大げさなリアクション気味に振る舞っていた自分がアホらしく思いながらジッパーを下ろし、ぬいぐるみの中を漁ってみる。堅いものを掴んだ感触を得ると、中身を取り出しそれが何なのか改めて確認してみた。
「これ……バングル、か?」
奏多の手に握られていたのはCの形をした銀製の腕輪のようなもの。奏多の世界で言うところのブレスレットやバングルと呼ばれるものに近い形状をしていた。
こんなものどこで買ってきたんだ、と言いたげな奏多。
「それくらいしか思い浮かばなかったのよ。それなら荷物にならないし」
「ぬいぐるみはカンペキにお荷物だけどな! 俺はアスカがオシャレしなさそうとか邪魔にならないようにとか悩んだのに……いいけどさ」
一緒にもらった犬のぬいぐるみはリュックへしまい、バングルの方は左手首の方にはめる。大きさもピッタリで多少上下にズレるものの、何かにひっかけたり自ら外そうとしたりしなければ取れないようになっていた。
「似合うか?」
「私が言うのもなんだけどあまり似合っていないわね」
「自分で買ってきておいてそれか……ま、ありがとな」
「どういたしまして」
まるで付き合っているかのようなやり取り。勿論この一連のやり取りに恋愛感情など一切含まれていないのだが、何とも言い表せない気持ちになった奏多は走ってきた時と同じく顔を赤らめる。走ってきた時の比ではないほど顔が真っ赤になっているだが、奏多はそれを知らない。
それをアスカに悟られまいと俯くと、そのままサーカスのテントの中に行こうと促した。
「~ッ!! いつまでもここにいないで中に入ろうぜ!」
周りの様子が見えていない奏多は一人で中に入ろうとする。
「奏多!! その前にチケットチケット!!」
アスカは先行く奏多に急いで伝えるが、彼の耳には届いていない。
奏多は入場チケットの事などすっかり忘れ、アスカを置いてそそくさと先に行ってしまうのであった。
◇
何とかサーカスのテントの中に入った二人は、そのテントの内部の広さに驚いた。
外からはさほど大きくは見えないテントであったが、内部はそれをはるかに上回るほど大きく広い。現在二人がいる場所から反対側の客席までが豆粒ほどの大きさに見える。天井から下の地面までの距離も推定15メートルから20メートルといったところ。内部は円形となっており、中央には地面より一段上に建てられた特設ステージが設けられている。ステージの周りには取り囲むように観客席が設置されており、前方二列は貴族専用のVIP席なのだと先ほどチケット売り場で二人は教えられていた。
なぜ外観と内部とで広さが違うのか、答えたのはアスカの方だ。
「空間を広げる魔法をかけているのね……外から見てもそんなに広くなかったから不安だったけれど、これなら何人でも大丈夫って感じ」
大聖堂前広場は国の中では一番大きい広場だが、面積自体はそんなに広くはない。魔法を使うことによってテントの内部のみ空間を広げているのだとアスカは付け加えた。
やっぱり魔法って便利だなぁ、と思った奏多は改めてその凄さを体感する。
「しっかし広いなぁ。東京ドーム一個とはいかないまでも半分くらいはあるんじゃねぇかな……俺、東京ドーム行ったことないけど」
奏多は自分がいた世界の東京ドームを思い浮かべた。野球に興味のない奏多は東京ドームに試合を観に行ったことはないものの、彼の父がテレビの中継で観戦していたのを一緒になって観ていた。つまりテレビでしか観たことがない。
「その『とーきょうドーム』? っていうの? 何かの建物? 大きさの比較とかで使われるの?」
「あぁ。野球とかイベントで使われている建物だよ。ニュースとかで面積の基準として用いられるけど、正直アバウトすぎてどのくらいの大きさか分からねぇよってずっと思ってる。もっと身近なものに例えて欲しいよな、カップ麺いくつ分とか」
カップ麺で大きさを例えるとなるとまた難しくなってくるだろうが、そんなのお構いなしの奏多。ちなみに東京ドームの面積と言われているのは46,755㎡である。彼にはその大きさが分かりにくいようだ。
大きさと広さを実感したところで収容されている観客を見てみる二人。先ほど言われた前方二列のVIP席は埋まっており、周りの一般人用の観客席も埋まりつつあった。
「へぇ、結構客入ってんのな……」
「この国の常連客と観光客ってところかしらね。貴族なんかも来ているみたいだったけど。頻繁にここをショーを開催するって聞いていたから、てっきり飽きられて空いているのかと思っていたけどそうでもなさそう」
「なぁ、前方以外は自由席って言われたけど何処に座る?」
といっても、辺りを見渡しても空いているのは中段辺りの一人分の空き席や後方の席しか残っていない。
「見えるなら何処でも……いえ、後ろの方にしておきましょ。目立たない方がいいし」
(……?)
目立たないも何も主役はサーカスの動物であって自分たちではないのだが、と疑問に思う奏多。アスカは近くの空いていた席を見つけ、そこに二人並んで腰を下ろす。観客席は後ろに行くにつれ段々と高くなっており、前席の人の頭で見えないと言うことはなさそうだ。
しばらく何も起こらないまま、二人は他愛もない話をしながらショーが始まるのを待っていた。
観客席が埋まってきた頃を見計らってか突如周りの照明が消え、特設ステージの中央に照明が集中して当てられる。
すると、昼間に聞いた軽快な音楽が流れ始めると同時にステージ中央に影のようなものがムクムクと現れた。それは見る見るうちに人の形となっていく。
「お集まりの皆様! 今夜は我がバイエルサーカス団にお越しいただき、誠にありがとうございます! 定期的にサーカスのショーをご覧になって下さっている方以外にも、本日このサーカスのショーをご覧いただいている方々の為に改めて自己紹介させていただきます!」
マイクのようなものは一切使っていないが、空気を伝ってテント内部に響き渡るほどの声量。その声は奏多もアスカも聞いたことがある。そしてそれは人の形になりつつある影のようなものから発せられていた。
「私はバイエルサーカス団団長シュバイン・モジールと申します、以後お見知り置きを!」
自己紹介を終えると同時に、影は完全に人となる。その人物は昼間、奏多とアスカにビラを渡し、カップルと茶化した黒いシルクハットに赤い蝶ネクタイ、肩にフリジンがついている赤いテールコートを着たぽっちゃり体型の白髭を生やしたサーカスの団長だった。そして相変わらずの胡散臭い笑み。
ステージ中央に現れた団長のシュバインは右手に黒いステッキを持ち、それをクルクルと弄びながら前口上を述べる。
「さて、今夜は年に四公演あるうちの一度しか見られない、バイエルサーカス団の動物ショーでございます! 前回よりもユニークな仲間を迎え入れて新たなパフォーマンスをお見せしたいと思います!」
黒いシルクハット帽を取ると、観客席に向かって深々と一礼。
「では、お待たせしました!! バイエルサーカス団による動物ショー!! 今夜は魔法とのコラボレーションパートもございます! 心ゆくまで楽しんでいただけると幸いでございます……」
最後の前口上を終えると観客席からは盛大な拍手が送られた。奏多とアスカも自然とそれにつられ拍手を送る。
シュバインはそのままステージ端へと移動し司会進行へと役を移す。この時彼は気味の悪い顔を浮かべるも、それに気づいた者は誰もいなかった。
ここまで読んでくださっている方々ありがとうございます。長くなりそうだったので2分割です。ショー含めると1万字いきそうなのでそれは読みづらいかなと。でも、内容ザックリになるかと思われます。
別行動中の二人はそれぞれ買い物をしていたそうで……別行動中の中身は後でおまけ話にまとめます。
次の話も早く投稿できるように頑張ります。




