第20話 「これから」
魔武器屋『ガラード』に着いた奏多とアスカ。そこで奏多は店主のガラードから魔武器を譲り受けた。 その続きから。
追記:誤字を訂正しました
「……んで、あんちゃんらこれからどうするんだ?」
喝を入れたガラードは、静かになり俯いてしまった二人に今後の予定を聞いてみる。
「あぁ、そうだな……広い場所で魔法の実験やりたいんだけど、ジジイこの国で広い場所知ってっか?」
魔武器を手に入れた奏多は早速魔法の実験をしようと人に迷惑が掛からない場所がないか恐る恐るガラードに尋ねた。怒鳴られた時の威圧がまだ残っているせいか、周りに気付かれない程度に声が震え気味である。
ガラードは思い当たりそうな場所がないか顎に手を当てながら考える。
「……この国でそういうことができそうなのは大聖堂前広場だけだが、あいにくと今日はサーカス一座の貸切りだ。今の時間はショーの準備をしているから、実験するなら明日にしな」
大聖堂前広場。奏多たちがこの世界に来た時に最初に訪れた場所だ。そこでサーカスのパフォーマンスの一部を今夜の宣伝としてお披露目していたのを二人は目撃している。
「サーカス……そうだ、ガラードさん。そのサーカスについて少々お話聞かせてもらっていいですか?」
と、ここでアスカは何かを思い出したかのようにサーカスの話題に切り替えた。
「サーカスなんぞ興味ないし、観たことないから他人から聞いたことしか言えんぞ」
確かに祭りごとや娯楽とは無縁の生活を送っていそうなガラード。協力できそうにないと渋い顔をする。
「知っている範囲で結構ですので。あのバイエルサーカス団がこの国に来たのっていつ頃の事ですか?」
「大体……三年前からだな。あいつらは三か月に一度この国を訪れては、あぁやって大聖堂前広場でショーをやり始めたんだ」
「頻繁に来ているんだな。この国のお得意様とかそんな感じか?」
そのまま二人の会話を聞き流しているだけでも良かったのだが、アスカが真剣な顔をしながら聞き込んでいる以上、何かあるに違いないと思った奏多も二人の会話に奏多も加わる。
「反響はそこそこだな。見ての通り、この国は北の時計塔と広場の大聖堂くらいしか見るものがない。国の連中も娯楽に飢えていたんだろう」
「サーカスのショーの内容は毎回同じなんですか?」
「いや、聞いた話によるとこの国で年に四回行われる公演のうち一回は動物をメインとしたショーらしい。あとの三回はサーカス団員によるパフォーマンスをやっているそうだ」
「動物って、今日の目玉のフェアリュクットヴォルフみたいなやつを中心としたショーなのか?」
奏多がフェアリュクットヴォルフの名を口にした瞬間、ガラードは怪訝そうな顔をした。
「なんだ、そのフェア……なんちゃらは? 動物ショーは毎回メインの動物が変わると聞くが。まぁ、客を飽きさせない工夫か何かだろ」
ガラードの反応から何かを察したアスカ。そこを重点的に攻めていく。
「毎回メインとなった動物は、その後のショーにも出ているんですか?」
「そこまでは知らん。観に行ったことがないからな」
「そうですか……ガラードさんさっきフェアリュクットヴォルフを知らない風な感じでしたけど、聞いたことないんですか?」
「動物博士じゃあるまいし、この世界の動物を知り尽くしてなどいない。少なくとも俺は知らん。大方、新種か何かのお披露目じゃないのか?」
ガラードはこれ以上はお手上げだと言う様に首を横に振る。
「ガラードさんでも知らない……か」
行き詰ってしまったアスカ。もう少し情報が欲しいところだが、サーカスを見に行ったことが無いガラードに尋ねてもショーの内容に関する情報はこれ以上聞けなさそうだった。
そこで奏多は、ショーの内容からサーカスの団員について聞いてみることにした。
「じゃあ、サーカスの団員とか団長ってどんな奴か知っているか?」
団長、と聞いた途端ガラードの顔つきが険しくなる。
「団長? あぁ、あの白髭ビール腹のいけすかねぇ奴の事か」
「随分と毛嫌いしているようですね」
端から見ても分かるくらい一気に不機嫌になったガラード。嫌悪感を隠そうとする様子もなく、吐いて捨てるような言い方だった。
「気に食わんだけだ。特にあの胡散臭い笑みを常に顔に貼りつけているところとかな」
「あぁ、それ俺もジジイに同意だわ」
素直にガラードの意見に同意する奏多。先ほど広場でからかわれたことをまだ根に持っているようだ。
すると、周りを確認し店の中に奏多とアスカしかいないことを確認したガラードは、誰にも聞かれまいと声量を小さくし二人だけに秘密を打ち明ける様にボソボソと伝える。
「――こいつは俺の勘だがな……あの団長、絶対何かある。長年の経験がそういっていやがる」
鋭く疑う様な目つきのガラード。奏多はその目は自分に向けられたものでないと分かっていながらも、その迫力に怯みそうになってしまう。
一方、アスカはガラードの発言から何やら確信を得たのか、満足そうな表情をしていた。
「奇遇ですね。私もです」
「……行くのか、あそこに」
「実際に自分の目で見てみないことには分かりませんから」
「……そうか。気をつけろ」
「ありがとうございます」
何故ガラードは気をつけろと言ったのか分からなかった奏多。それよりも、今の会話の流れからサーカスショーを見に行くような発言をしていたアスカのほうが気になったようで、
「えっ、今夜サーカス観に行くのか?」
「だって、この後に奏多の魔法実験やるはずだったのに広場が空いていないんだもの。どうせ何もすることないなら行ってみていいんじゃない?」
本当はすぐにでも魔法を試してみたい奏多だったが魔法が失敗したらということと安全を考慮して、広く人気のない場所の方がいいのは確かだ。
「そうだな……魔武器は手に入ったし。魔法実験はまぁ、仕方ないから明日にするか……」
湧き上がる好奇心をグッと抑える奏多。
二人の今後の方針が決まったところで、ガラードは鼻を鳴らしながら手であっちに行けというように二人を追い払う仕草をする。
「ふん、話が終わったならとっとと行きやがれ。こう見えても俺は忙しいんでな」
「おう!! ありがとなジジイ!!」
ガラードにお礼を言いながら一足先に店の外へ出て行ってしまった奏多。
アスカもすぐに出ていくのかと思いきや、店に留まったまま何か言いたげにガラードの方を向く。再び静かになった店内に取り残された二人の間に奇妙な間が生まれる。
数秒の沈黙の後、意を決した彼女は口を開く。
「……ガラードさん、最後にいいですか?」
アスカの質問に黙ったままのガラード。だが、彼にはアスカが次に聞いてくること何なのか予測できていた。
「――あなたは『旅人』ですよね?」
先ほど奏多が言えなかった一言を引き継ぐかのように、アスカはガラードに問いかける。
「……なんでそう思う?」
顔色一つ変えないまま肯定も否定もせずに質問を質問で返すガラード。
「さっきのセリフ。あれじゃ自分が旅人って言っているようなものですよ。それに奏多だって気づいたみたいですし。ガラードさんの威圧でそれ以上は踏み入れさせなかったようですけど」
「嬢ちゃんは他人の領域にズカズカと入り込むんだな」
「普段は黙っていますよ。口は災いの元ですし。ただ、あんな意味深に言われては気になるじゃないですか」
分かっているくせに、と言いたげに笑いながらアスカは答える。
「ふんっ……正確には元旅人だけどな。どうも旅人をやっていると一言二言多くなっていけねぇや。色んなもん見てきちまうと尚更……昔の自分と重ねちまう」
「でも、奏多にはいい経験になりました。他人には踏み込んで良い領域と悪い領域がある……少しは理解できたと思います。特にこれからは他の旅人と話す機会が増えてきますので」
店の窓ガラスの方を向くアスカ。窓ガラスから、店の外で奏多が腕を組みながらアスカが出てくるのを今か今かと待っている様子が見える。
アスカが見ている方をガラードも同じように見ながら話を続ける。
「……初心者の世話役とは、嬢ちゃんも大変だな」
「そうでもないんですよ、これが。学んだことは活かそうとする努力はしているみたいです。子供っぽさと人を信じすぎるところはまだ抜けていませんけどね……それに比べてガラードさんは凄いです!」
尊敬の念がこもった眼差しをガラードに向けるアスカ。
「あのダガーも結構使い込まれているようでしたし、相当の腕前だったとお見受けします!!」
「……今はもう口の五月蠅いただの魔武器職人だ」
旅人の先輩を前に少々興奮気味のアスカ。
一方で褒められたことに照れているのか、ガラードは気を紛らわすためにその辺にあった魔武器を適当に掴んで手入れを始めた。なんとも不器用な男である。
そんな不器用な男に、アスカはさらに踏み込んだ質問をした。
「……旅人にこんな事聞くのはマナー違反なんですけど――なんで旅をしていたんですか?」
魔武器をしていたガラードの手がピタリと止まる。
「……こんな老いぼれでも昔は夢くらいあったのさ」
ガラードは昔を懐かしむように遠くを見つめ、目を細める。今、この場に彼の意識はなく、完全に自分の世界へと入り込んでいた。
――何十年も前。髪も黒く、弱々しい体つきだったあの頃。純粋に自分の知らない未知の世界を夢見ていた若き頃の自分。共に異界を旅し死闘を潜り抜けた親友、戦友。救えなかった仲間たち、無力を知った自分自身への怒りと後悔。そして、愛する人との出逢い。旅人を辞めて生涯を共にすると誓った日。子供ができ、幸せだった日々。その子供が大人になって旅人になると告げられた時、旅人の辛さを知っている自分は最後まで反対したが、ついには家を出て行ってしまった。今はもう生きているのか死んでいるのか分からない。子供が帰ってくるのを待っているより先に愛する人が逝ってしまった。それでも自分の子供は生きていると信じて、帰ってくる場所は常に用意していた。
数十年の思い出が走馬灯のように駆け巡るガラード。思い起こせば旅をしたい理由なんて単純だった。
「あんたらと同じ理由だよ」
勿論、旅人達が旅をするに至ったきっかけは違うかもしれない。だが、旅をする理由はいつだって皆同じだった。
「そういう嬢ちゃんは、なんで旅人になったんだ?」
お返しに、とガラードもアスカに旅をする理由を尋ねる。
そんな予感を察していたアスカは黙って店の扉の前まで行き、扉の取っ手に手をかけると、
「決まっているじゃないですか。私も他の皆さんと同じです」
店を出る直前、最後はガラードに寂しそうな笑顔を向けながら彼女は言う。
「――自分の為……ですよ?」
そのまま扉を開けると、店の外で待つ奏多の元へと行ってしまった。
――滅多に来ない客が去り、いつも通りの薄暗く静かな店に戻った魔武器屋『ガラード』。
だが、その静けさの中に誰かの切なげな声がいつまでも響いているようだった。
◇
店から出てきたアスカは不満げな顔で待っていた奏多の元へと駆け寄ると、一言詫びを入れた。
「待たせて悪かったわね」
「遅かったな。最後にジジイと何話していたんだよ」
アスカより先に店の外に出ていた奏多は彼女もすぐに出てくるものだと思っていた。が、暫くしても出てこなかったため二人きりで話し込んでいる店内に戻ろうとしたが戻らなかった――否、正確には戻れなかった。店の外の窓からチラリと中を覗いてみたが何やら店内に重々しい雰囲気が漂っており、自分が行っても邪魔なだけだと感じ取ったからである。
「奏多には勿体ないくらいの魔武器をありがとうございますって」
そんな重々しい雰囲気など無かったと言わんばかりに明るく振る舞うアスカ。その一言の為だけに彼女が数分間も店の中にいたとは思えない奏多だったが、教えてくれないことは分かっていたので嘘と見抜きつつ普段通りに接することにした。
「ジジイがくれたこれ、そんなにすげぇやつなのか。オンボロとか言っていたけど」
ガラードにもらったダガーを右手に持ったまま軽く左右に振ってみる。
「質屋の時に聞いていたと思うけど、魔鉱石の純度が高いほど壊れにくくて強い魔武器が作れるの。それは純度が一番高い魔鉱石から作られているから、売ったらかなりの価値になるわよ」
「そんなすげぇ物タダでくれたのかよ……なんか少しだけ罪悪感」
いくら中古とはいえ相当価値のある物をタダで譲り受けてしまった奏多。今さらながらお金を払えば良かったかな、と店の方を見るがもう戻ろうとは思はない。
「失くさないように大事に使うことね。それと、こまめに手入れをすること」
「そうだな、改めてジジイに感謝しなきゃだな。んで、これ何処にしまっておけばいいんだ? 俺はアスカみたいに異次元空間にしまう能力なんてないし」
アスカの何でも入るウエストポーチを羨ましそうに見つめる。自分も何でも入る異次元リュックだったらとなんでも入れるのに、と夢見る奏多だが決してそんなことにならないのは分かりきっていた。
今、奏多のリュックには財布と免許証、学生証、保険証、手帳、櫛、筆記用具、提出するはずだったレポートの束、資料が入ったクリアファイル、水筒、弁当箱が今でも入ったままだ。弁当箱の中身はテュフォンの家で寝る前にこっそり食べてしまい中身は空っぽだった。余計な持ち物は置いてきてしまっても良かったのだが、捨てる機会がないと言いながら持ち歩いたままでいる。
とりあえずダガーを装備するのに適切な場所がないかアスカに尋ねると、彼女は奏多の全身を見ながら指摘する。
「服の中はすぐに取り出せないからおススメはあまりしないけど。そうね……袖口とか、脇、胸ポケット、腰、太もも……リュックは入れてしまうと取り出す時間なんてないし、無難に腰か太ももかしらね。なんだったらダガーベルト貸すわよ?」
そう言いながら、アスカはウエストポーチから腰や太ももに巻きつけられるようなダガーベルトを差し出す。
「じゃあ一応借りておくか。でも、ダガーなんて普通に持っていて銃刀法違反とかに引っかからないかな?」
奏多はアスカから手渡されたダガーベルトを受け取ると右太ももの付け根付近、腰に近い辺りに巻きつける。ダガーベルトを落ちないようにしっかり固定したら、譲り受けたダガーをしまった。大きさもぴったりで申し分ない。
すると、奏多が言った単語が気になるのか興味津々で聞いてくるアスカ。
「何? その『じゅうとーほういはん』って?」
子供が一字一句間違いがないか確認するようにおかしなイントネーションで発音する。
奏多はその様子がおかしくなり思わず笑ってしまった。
「銃刀法違反な。俺のいた世界……正確には日本だけか。正式名称は銃砲刀剣類所持等取締法って言うらしいんだけど、簡単にいうと犯罪を前もって防ぐために決められた長さ以上の刃物や拳銃は許可を得た人以外の所持を禁止する法律……だったはず」
大学で習ったうろ覚えの知識をアスカに伝える。だいぶ割愛したがこんな内容だったはずだ。
専門分野は違うがどうせなら、と興味半分で受けた講義内容を人に教えることになるとは思いもしなかった。もっと真面目に講義を聞いておけばよかったと少し後悔する。
アスカはというと奏多の説明に感心したように頷いた。
「へぇ~そんなややこしいものがあるのね。大抵の魔力がある世界では魔武器の所持は誰でも許可されているわよ。いちいち確認なんてしないし。魔力がない世界では武器の所持が厳しいところもあったけど、バレなきゃ問題なし」
アスカは日本と今まで訪れた他の異界と比較する。異界によって文化も暮らし方も違うのだから当然、法律や規則も違ってくるだろう。
だが、話を聞く限り(魔)武器の所持等が認められているようだ。今までそんな物騒な暮らしとは無縁の生活を送ってきた奏多の頭に小さな不安がよぎる。
「軽いな異界の法律……まぁ、ダメな時はリュックに入れて見えなくしておくし、今はこれでいいだろ」
ポンッとベルトに収まったダガーを叩く。少し動くだけでカチャカチャと金属同士がぶつかりあっている音が聞こえるそれは、旅人らしくない奏多を旅人らしく引き立たせている。
「そういう法律や規則があるおかげで奏多たちは平和に暮らしてきたのよ。見えない力っていうのは凄いんだから」
「完全な平和にまではいかないけどな。たまに発砲事件とか立てこもり事件とか……殺人事件も絶えないし」
奏多が住んでいた日本は地球上の国の中では比較的治安がいいだ。かといって、治安がいい=安全とは限らない。事件や事故が無い日というのはあり得ないし、毎日見えない場所で何十人何百人という人間が亡くなっている。いくら法律があったところで個人がそれを守らなければ法律なんてものは無意味なのだ。
それを聞いたアスカは少し悲しげな表情を見せる。
「……やっぱり、何処の世界に行ってもそういうのはなくならないのよねぇ」
「アスカが今まで訪れた異界で平和な世界は無かったのか?」
「ないわよ」
「即答だな。前の世界の時もそうだったけど、なんでなくならないんだろうな……」
最後の言葉はアスカに聞いているのか、自分で自分に聞いているのか……曖昧気味に言う奏多。返事を求めていない質問にアスカが、
「――さぁね」
答えのない返事をする。もしかすると、彼女自身の中ですでにその答えは出ているのかもしれない。
奏多は聞いてみようと口を開きかけるが、そのまま口を噤んだ。アスカがこの場で答えなかったということは、
(『自分なりの答えを探せ』かな……多分)
段々と分かってきた奏多。アスカは多くを語らない。それは彼女が前に言った自分で経験して学べ、そういうことなのだろうと自己解釈をしてこの話題を終わりにした。
「そっか……ところでさ、サーカスが始まるまで時間あるだろ。これからどうするんだ? 先に宿屋かどっか泊まる場所の確保するのか?」
辺りを見回すが宿屋やホテルといった場所は見当たらない。
少し歩く必要があるかな、と思っていた奏多にアスカは意外な事を告げる。
「それなんだけど、今回は必要ないかも」
今回は必要ない――それは泊まる場所を見つける必要が無いと言う意味だ。そうなると奏多たちは雨風がしのげる場所もなく、その辺の路地裏や広場のベンチなどで朝を迎えなければいけない状況になる。
「なんでだよ? それだと野宿になっちまうぞ?」
「あぁ~……おそらくこの世界に泊まるほど滞在しないから」
(――?)
サーカスのショーを見た後、すぐにこの世界を発つという意味なのだろうか。もう少しこの世界でゆっくりしていってもいいのではないかと思う奏多だが、アスカはそのまま話を進める。
「じゃあ魔武器代も浮いたし! この国の調査は大体終わったし! ショーが始まるまでのんびり自由行動にしましょう!! そうね……」
アスカは時計塔の方を見る。ファルーレには時計塔を遮れるほど高い建物が他に存在しない為、国のどこにいても時間を確認することができた。
現在の時刻は三時を回ったところである。二人がこの国に来たのが昼時。移動時間を含めてもそんなに時間は経っていないようだ。
「一時間半後に大聖堂前広場に集合っていうのはどう?」
サーカスのショーが始まるのが五時。それに合わせて集合を三十分前に設定するアスカだが、何やら奏多は少々納得いかない顔をしていた。
「また別行動かよ!! 今回も何か試すつもりなんじゃないだろうな!?」
前回のラパーシでの出来事を思い出す奏多。西の区域付近へ一人で行くとそのまま帰ってこなかったアスカ。実は奏多を試すためで、結果的に彼が散々な目にあったのだ。またアスカが何か企んでいるのではないかと勘繰ってしまうのも無理はない。
「今回は大丈夫よ、本当に何もなし。それに連絡先のも交換したでしょ?」
「したけどさ!! なんか寂しいじゃん!! 一緒に旅してるっていう感覚ねぇの!?」
仮にも旅の仲間なのに、と切実に思う奏多だがアスカはしれっとした様子で答える。
「一緒って言っても四六時中じゃあねぇ……ほら、自分の時間も必要でしょ?」
「確かに自分の時間は必要だよ!? けど、実際に別行動とられると悲しくね!?」
奏多の必死な様子に何か裏があると感じたアスカ。
今度は彼女が奏多を疑い始める。
「――なーんか怪しいわね……それとも一緒に行動しなきゃいけない理由でもあるの?」
「うぅ……」
実際に何か思惑があった様子の奏多。図星を指されて狼狽えそうになる。
「そ、そういうアスカはなんで別行動したがるんだよ! お前もなんか裏があるんだろ!」
何とかこの場を切り抜けようとアスカの質問に答えない奏多だが、彼女の方ははっきりとした理由があるようで、
「単純に一人になる時間が欲しいだけ。前にも言ったけど、私が付きっきりって訳にはいかないのよ……奏多のおもりも疲れるし」
最後の方は聞こえないようにボソッとつぶやく。だが、地獄耳の奏多に聞こえてしまったようだ。
「おい最後なんかボソッと聞こえたぞボソッと!! アスカって意外と冷たいとこあるよなぁ!? 薄々気づいていたけどさ!!」
正直すぎるアスカの答えに涙目になりながら心が傷付く。嘘を言われるよりはマシだが、正直に答えすぎるのもどうかと思う奏多。
そんな奏多の思いを知ってか知らずか、ハイハイと宥めながらアスカは5000ユール札を取り出すと彼に差し出す。
「それじゃはい、5000ユール。チケット代の1000ユール分はきちんと残しておいてね?」
「お前はオカンか。はぁ……分かったよ。そんじゃ一時間半後、大聖堂前広場で」
渋りつつも納得した奏多は、とある目的地に向けて国の中心にある大聖堂の方へ向かって歩きはじめる。
一方、アスカも奏多に手を振ると国の北側にある時計塔の方へ向かって歩きはじめた。
全く別々の方角へ向かった二人はそれぞれの用事を済ませ一時間半後、無事に大聖堂前広場にて合流するのだった。
ここまで読んでくださっている皆様ありがとうございます。投稿遅れた分、少し長めです。
短い付き合いながらもお互いの距離感が段々分かってきた奏多とアスカ。もうちょっと砕けた関係になるといいのですが果たして……。
二人の別行動中の出来事はおまけ話にするとして本編をとっとと進めます。2章終わりか、このサーカスの話の終わりかどちらか区切りが良いところでおまけ話は載せます。
次の話も早く投稿できるように頑張ります。




