閑話1 「寝床争奪戦―ジャンケン―」
完全なおまけ話。時系列的には宿屋に着いた直後の話です。本編に入れられなかった話ですが、読まなくても本編は理解できるのでお好きなように。二人のほのぼの話を入れたかったので入れました。
追記:誤字を修正しました。
それは奏多とアスカが宿屋に着いた時の出来事。
奏多ボコられ事件が幕を閉じ、肉だるま男を港へ置き去りにした二人は市場通りの有名な宿屋へと足を運んだ。二人がやってきた宿屋は食堂の料理が美味しいと評判で、それは楽しみだと期待していたのだが……。
「なっ、部屋が一つしかない!?」
「はい……只今部屋がほぼ埋まっておりまして、使用できるのは一人部屋一室しかないのです……誠に申し訳ございません」
困惑する奏多に、宿屋の主人は申し訳なさそうに頭を下げながら謝罪した。
宿屋の主人が言うには、ここ『ラパーシ』という国では、貿易を始めてから大勢の観光客が訪れる様になり急速に宿屋やホテルが増えていったそうだ。だが、増やしたところで観光客が減ることはなく、宿屋やホテルの客室が埋まることは日常茶飯事だった。
特に食堂が有名なこの宿は部屋が空くような日がほぼ無く、今回はキャンセル分の一人部屋一室だけが奇跡的に空いていたのだと言う。
部屋が空いている分にはよかったのだが――、
「泊まりたいのは、私たちは二人だしねぇ……」
そう、アスカと奏多の二人組。一人部屋二室か、最低でも二人部屋一室ならよかったのだが一人部屋一室はお呼びでなかった。
「どうする? 他をあたる?」
「うっ……今から他を探す……でも一人部屋一室だけ……」
「最悪、外で野宿するしかないわね。奏多が」
「なんでだよ!?」
「なら他をあたるしかないわよ。それでいい?」
アスカが野宿する形で話を進めているのに納得いかない奏多。先ほど痛い目にあったにも関わらず自分を放置する宣言をしているアスカを鬼のような目で凝視する。しかし部屋が空いていない以上、他をあたるしか選択肢がなかった。
「あのぉ、お客様。大変申し上げにくいのですが。この時期、この時間から泊まる場所を探すのは困難かと……」
「えっ、何で?」
二人の会話を目の前で聞いていた宿屋の主人が話に割り込んでくる。
「毎年この時期は、隣国で祭りが行われるのですよ。三日間に亘って。隣国では宿屋やホテルのような泊まる場所が少ないので、必然的に祭り客がこの国の宿屋やホテルへ流れ込んでくるのです。今日は祭りの二日目。明日の祭り最終日に向けて前日からこの国に泊まるお客様が大勢いらっしゃいます。今この国で泊まれる場所はほとんど無いかと……。時間も夕刻でございますし」
宿屋の主人の丁寧な説明に、アスカと奏多は固まる。
泊まれる場所が無い。そうなると――、
「……困ったわね、これは本格的に野宿決定かしら」
「そ、そんなぁ~」
一日歩き回った奏多たち。特に奏多の方は、怪我は治っても疲れがピークにまで達しており、一歩も歩けないといった状態だった。
そこへ、宿屋の主人が困っている二人を見かねて提案をしてきた。
「あの、お客様がよろしければお部屋にご案内することも可能ですが、如何いたしましょうか?」
「えっ、一人部屋ってことは一人しか泊まれないんじゃ……それに、寝床も」
嬉しい申し出ではあるが、二人組でしかも男女二人で泊まる以上余裕のあるスペースが欲しいところ。それに、元々一人部屋ということもあって寝具が一つしかないことを危惧した奏多だったが、
「せっかくお客様がここを選んで御越し下さったのに、泊まる宿が無いままお帰しする訳にはいきません。それに一人部屋と言っても広いですし、幸いにも予備の寝具がございますのでそちらをお使い下さい」
宿屋の主人が救いの手を差し伸べる。
「ほ、本当にいいんですか!?」
「はい、せっかくお越しいただいたので。また、一人部屋にお二人が泊まられるという不便をかけてしまうので、料金もお一人様分で構いません」
「――!! あっ」
泊めてくれる上に料金はそのまま。これに感激したアスカと奏多は、
「「ありがとうございます!!」」
宿屋中に響くほど大声で感謝を示し、宿屋の主人に全力で頭を下げるのだった。
◇
「こちらが今日、お二人が宿泊なさる部屋となります。食堂の方は宿泊客の皆様は勿論、宿泊でないお客様も利用可能ですので、いつでもお越しください。浴室に関しましては男女別々となります。他に分からないことがございましたら、いつでも御呼び下さい。それでは、失礼いたします」
宿屋の接客係がアスカと奏多を部屋へと案内し、マニュアル通りの説明をした。
接客係は説明を終えると部屋を出て自分の仕事へと戻っていった。
部屋に案内された二人だが、奏多は一人部屋の広さに驚愕しながら自分が住んでいた家の自室と比べる。
「……これが一人部屋とかありえねぇ。俺なんて兄貴と二人でこれより狭かったぜ」
二人が案内されたのは、宿屋の三階。部屋にはベッドが一つと、小さなテーブルが備え付けられている。部屋の広さとしては十畳程のスペースがあり、ベッドの分と小さなテーブルの分を除いても十分すぎるほどだった。部屋の窓からは、街灯で照らされた市場通りが見える。
「奏多、お兄さんなんていたの?」
「……まぁな」
奏多は思い出したくもないことを思い出してしまい、適当に返事を返す。
「いいじゃない。二人分は寝られるスペースがあるわけだし」
そう言うと、アスカは自分の荷物を部屋のテーブルに置き、ジャケットを出入り口付近にあるクローゼットに掛ける。奏多も背負っていたリュックを部屋の隅へと置いた。
「とりあえず今から夕食にしましょ。その後に自由時間して、各自で入浴を済ませてこの部屋に戻ってくること。いいわね?」
「あぁ、分かった」
修学旅行のグループの班長のように今後の行動を伝えるアスカ。
奏多が頷くと、二人は部屋を出て食堂へと向かった。
◇
「ふい~たっだいまぁっと、ん? まだアスカ戻ってきてないのか」
アスカとの夕食を終え、自由時間の間に入浴を済ませてきた奏多。自由時間といっても特にやることが無かったので、すぐに自分たちが借りている部屋に戻ってきたがアスカの姿はなかった。
「ふかふかのベッド……平らな布団……」
奏多はベッドの横に敷かれた平らな布団を交互に見る。予備の寝具、と宿屋の主人は言っていた。布団はお世辞にも綺麗とは言い難かったが、泊めてもらえるだけでもありがたいことであって不満は言えない。
「前は雑魚寝だったし、今日くらいはいいだろ!!」
身体が疲れ切っていた奏多。勢いをつけてベッドの上へ寝転がろうとしたが、
「あんたの寝床はそっちじゃなくてこっちね」
タイミングよく部屋に入ってきたアスカに後ろから襟を掴まれて平らな布団へと移動させられた。
「あぁ!? なんでふかふかのベッドじゃなくて平べったい布団なんだよ!! 俺は元々ベッド派なの!! しかも俺、テュフォンのところでも雑魚寝だったよな!?」
「ここは旅人の先輩に譲るべきでしょ?」
ベッド派を主張する奏多。以前、テュフォンの家に泊めてもらった時もアスカが先に寝てしまい、ベッドで寝られなかったので今回ばかりは譲れなかった。対してアスカは今回もベッドで寝ると譲らない。
「おっし! じゃあ、ジャンケンで勝ったほうがベッドな! それなら文句ねぇだろ!!」
ここは男女平等に、とジャンケンを提案した奏多。これなら運要素が強いので自分にもチャンスがあると考えたのだが――、
「――……『ジャンケン』って何? 殴り合い?」
アスカはジャンケンを知らなかった。
元々、住んでいた世界が違う二人。知らない文化はあって当然なのだが、そんなことすっかり忘れていた奏多。ジャンケンの文化を知らないアスカに簡単にルールを説明する。
「あっ? そっからかよ……。ジャンケンっていうのはな――」
そんなに難しいルールではない為、三分ほどで説明を終えた奏多。途中、アスカが何度か頷いていたので、ある程度はルールを把握したようだ。
「――なるほど、理解したわ。グーはチョキに強くてチョキはパーに強くてパーはグーに強い」
「そういうこと。最初の掛け声は『最初はグー、ジャンケンポン』の『ポン』でグーチョキパーのどれか出すんだ。お互いが同じやつだったら『あいこでしょ』でもう一回三つのうちのどれか出す」
「それじゃ、気合い入れていくわよ」
アスカは両手で指をボキボキと鳴らす。彼女の目は、今から本当に殴り合いでも始まってしまうのではないかと思ってしまう程、気合いの入った目をしていた。
「わざわざ、指を鳴らすほど気合いを入れなくてもいいんだぞ」
「こういうのは心意気が大事なのよ」
二人はお互いに顔を合わせ、構える。そして――――、
「「最初はグー、ジャンケンポン!!」」
◇
「くっそ、結局布団かよ」
布団に横になり、不満を口にする奏多。
結局、自分から提案した勝負で負けた彼は計十回の勝負の末に一度もアスカに勝つことができなかった。
「文句言わないの。次は交代してあげるから」
「いや、情けは無用だ。いつかアスカに勝ってベッドで寝る」
いずれアスカに勝つと心に誓った奏多。
こうして二人の寝床争奪戦は幕を閉じたのであった。
ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。 二人のほのぼのとした話でした。2話ほどシリアスが続いたので気分転換にと。
第2章を投稿したいのは山々なんですが、まだ薄っすらとしか内容が決まっておりません!! 少しお待ちください!! おまけ話はもう2話ほど考えてありますので、そちらを先に投稿すると思います。おまけ話を読みつつ、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
次の話も早く投稿できるように頑張ります。