第16話 「次の異界へ」
タイトル通りです。次の異界に向けて準備をする奏多たちの話。
会話多めで急ぎ足気味ですが、どうぞ。
追記:文章を訂正しました。といっても、表現が違うだけで言いたいことは一緒です。
アスカ「一つの世界の国や町に立ち寄ってから」→「一つの世界の国や町を制覇してから」
「はい、奏多の荷物」
アスカは放り投げてあったリュックを奏多に返す。
先ほどアスカは少年と何やら話していたようだが、奏多のいるところまで声は届かなかった。二人が話を終えるとアスカは奏多の治療を施し、少年は奏多に一言「ごめんなさい」と詫びるとすぐに去ってしまった。
奏多は渡されたリュックを受け取ると、
「……ありがとう。傷の治療も含めて」
「どういたしまして。ま、こんなに死にかけになるとは思いもよらなかったけど」
「はぁ!? あの口ぶりからして全てお前の思い通りじゃねぇのかよ!?」
「確かに奏多を西の区域へ捜しに来させるように仕向けたわ。でも、一人で来ると予想していたし、この肉だるまみたいなやつが奏多を襲ったとして荷物を奪って逃げるくらいだと思っていたのよ。それだけ頭のおかしな連中だったってこと」
言いながら、アスカはウエストポーチから頑丈添そうなロープを取り出す。それを使って、気絶させた肉だるま男をロープで縛り上げ身動きできないようにした。男は縛られているのにも気づかずに気絶したままだ。
「この肉だるま、後で海に捨ててやろうかしら」
おっかないことを言うアスカ。奏多は何も聞かなかったことにして話を続ける。
「まんまとしてやられたと思ったけど、そうでもなかったのか」
「奏多の行動の半分は予想ついたけどね」
「あっそ……そういえばあのチビッ子どうすんだよ」
奏多は去ってしまった少年の今後を心配した。依頼人の男たちから金がもらえなかった以上、あの少年はどうやって生きていくのだろうと不安になったのだ。
「……残念だけど、私たちにはどうすることもできないわ。あの子には悪いけど、アレはこの世界の出来事であって異界が原因のものではないもの」
「そんな!! 見捨てるのかよ!!」
「人聞きの悪いこと言わないで。私たち旅人は慈善団体じゃないの。それに、奏多も異界のルールを読んだでしょ? どうしようもないのよ」
奏多は異界のルールを思い出す。
『3.異界を旅する者は、なるべく異界の理に関わってはならない
※但し、3に関してはその異界の理が書き換えられるとき及び旅人の命に関わるような場合はこれに限らないものとする』
あの少年を助けることで世界の理が変わってしまうことをアスカは危惧していた。例え小さな出来事でも、それが後々重大なことに繋がることだってあるのだ。記憶を消さなかった奏多の例のように。
「じゃあ、チビッ子は一生あのままなのかよ。大人の、周りの都合で、理不尽な理由でああなったのに……」
奏多が少年に向けている感情は哀れみか、同情か、その両方か。
「……それは、この世界で生まれたあの子の運命よ。それを背負わされて生きていかなきゃいけない」
「……どうにもならないのか。励ますしかできないのか――虚しいな」
励ましたところで腕が生えてくるわけでも、空腹が満たされるわけでもなく何の役にも立たないのは分かっている。だからこそ、奏多は何もできない自分が歯痒くてならなかった。
「自分の腕を差し出す、なんて言うんじゃないでしょうね」
「……いや、そんな余裕も覚悟も俺にはねぇよ」
腕を差し出したところで後悔するだけだしな、と奏多は少年の事を思いながら自分の左腕の拳を握りしめる。
「そう、自分の限界を悟るのは良いことだわ」
彼女はそういうと、それ以上この話題に触れることはなかった。そして、彼女は大きな伸びをすると、
「さぁ、そろそろ日も暮れてきたし、どこかの宿屋で部屋を借りて明日に備えましょう」
気持ちを切り替え、宿屋に泊ると言い出した。
「えっ、この世界の通貨持ってないんじゃ」
この世界に来てから換金も何もしていなかった奏多たち。どこにそんな金が――と思っていたが、
「奏多と別れた後、質屋に行って必要な分だけ売ってお金に換えてきたの。後の事を考えてないほど馬鹿じゃないわよ」
奏多の疑問はすぐに解決された。彼の知らない場所でアスカはきちんとした計画を立てていてくれたらしい。
「飯ー!! 風呂ー!!」
と大喜びの奏多はリュックを背負って市場の通りの方を目指して走っていった。まだ旅に出て一日しか経っていないのに、随分と久しぶりなような気がしてテンションが上がっているようだ。
「まったく子供なんだから……」
アスカは呆れながら、奏多が走り去っていった方向を見つめる。
「――見捨てる……か……」
頭を掻きながら独り言をこぼすアスカ。奏多が先ほど言ったことを思い出す。
当然、走り去ってしまった奏多の耳には届かない。
「そこまで鬼になれたら私も苦労はしないんだけどなぁ~」
一度関わってしまった以上、どうにかしてあげたいのは山々だったが、自分にはどうしようもないのだ――――そう、自分には。
「……ま、当ては考えてあるけどね」
◇
「あぁ~つっかれたぁ!!」
奏多は伸びをして、布団に横たわる。その横のベッドではアスカが髪をとかしながら次の異界に向けての準備をしていた。
奏多たちがいる場所は市場の通りから、そう遠くない宿屋の一室。他の客室は満室だったので仕方なく二人一緒の部屋にしてもらった。部屋を借りた奏多たちは宿屋の食堂で夕食をとり、それぞれ入浴を済ませて今は就寝の準備をしている最中だ。その際、奏多とアスカでベッドの取り合いをしたのだが、それはまた別の話。
「しっかし、一部屋しか空いてないとか……気まずっ……」
仕方なかったとは言え、女性と二人きりという状況に何とも言えない気持ちになる奏多。
テュフォンの家に泊まった時は三人だったし、何よりテュフォンの中身が男ということもあって謎の安心感があった。だが、二人で旅をするということは、何かあった時のために近くにいなければならない。勿論、寝る時も。
「私は気にしないけどね」
「いや、いくら男っぽい……んんっ、女のアスカは気にしろよ。一緒の部屋で成人男性が一緒に寝るんだぜ?」
――途中、何かを言いかけたが、訂正し、何も言わなかったことにする奏多。微塵も気にしていないアスカに対して意識しまくりの彼は、自分一人だけ気にしていることが恥ずかしかったのだ。
「そこは大丈夫。侵入者防止用の見えない結界でも張っておくから」
ラブコメの展開など無いことを知らされた奏多。当然と言えば当然なのだが。
「それより、成人男性って奏多いくつよ?」
アスカは奏多に質問する。見た目は自分と同じくらいに見えるが、奏多が子供っぽいので実際の年齢が見極められずにいた。
「今は二十歳。今年で二十一歳」
「私と同じ歳……三つぐらい下かと思ってた」
自分より年下かと予想したが、同じ歳と聞いて驚く。
「同じ歳か……アスカは旅人になってどれくらいになんの?」
奏多も同様にアスカが同じ歳であることに驚いた。それでいて、今までの旅慣れた感じから、どの位の期間旅をしているのか気になった奏多。彼女が旅をした理由を聞いた時のように純粋な気持ちで問いかける。
「……よく覚えてないけど、十一歳か十二歳の時に旅に出たから少なくとも八年以上だと思う」
少し答えるのを躊躇う素振りを見せたアスカだったが、渋々答えてくれる。
「へぇ~……はぁ!? そんなに長く旅してんの!?」
年齢を聞いた時よりも大きなリアクションを見せた奏多。彼女は人生の約半分を旅人として過ごしていることになる。
「私より長く旅をしている人なんてその辺にゴロゴロいるわよ。それに比べたら私はまだ半人前だし」
アスカよりも長く旅をして経験を積んできた猛者がいる――そう思うと、奏多は今までの彼女の戦いを振り返り、
「アスカのあの強さで半人前って、魔力も何もない俺は一体……」
落ち込んだ。元々魔力のハンデがあるとはいえ、今存在する旅人の中で奏多が最弱なことは容易に想像がつく。
と、ここでアスカの戦いを振り返っていた奏多はあることを思い出す。
「魔力で思い出した。アスカ、ウエストポーチから長剣を取り出してたよな? 入るはずのない長さの剣を。あれも魔法か?」
舌ピアスの男に奏多のリュックを返してもらおうとお願いした時。アスカがウエストポーチから長剣を取り出した時のことだ。
「ん~魔法っていうか、このポーチは色んなものを出し入れできる異次元の空間に直結しているのよ。そこにはいくらでも、どんな大きさのものも自由に入るの。そうすれば手ぶらで旅ができるし」
アスカが今までどうやって荷物の持ち運びをしていたのか、謎が解けた奏多。おそらくその空間に武器や食料、情報を記録する『DR』などしまっているのだろう。
「俺、アスカが未来から来たって言っても疑わないな……」
アスカに聞こえないようにそっとつぶやいた奏多。
「でも、化け物の時は手から直接出していたよな?」
「あれも原理は一緒。念じるだけで武器を取り出せる。あの時はポーチから取り出している時間なんてなかったし。今回は相手をビビらせることも含めて、ね。おかげで面白い間抜け面が見られたわ」
「アスカお前……意外と趣味悪いな。それに思ったんだけど、コロコロ性格変わってね?」
アスカの腹黒い部分がチラつく。彼女が奏多を観察してきたように、彼もまたアスカの事を見てきた。彼女は二重人格なのではと思うほど、戦っている時と普段の時の雰囲気に温度差が見られる。
「別に性格が変わっている訳じゃなくて、気分のスイッチの切り替えをしっかりしているのよ。普段は楽しく明るく。命の危機とか真剣なことに対しては真面目に」
「気分のスイッチの切り替え、ねぇ……」
「そういう癖を身につけておいた方がいいってこと。さぁ、明日に備えて寝るわよ」
話を切り上げて、アスカは枕元にあった照明を消そうとする。
「その前に便所に行ってくる」
「勝手にどうぞ」
まるで母と息子のようなやり取り。二人のやり取りに、誰一人としてツッコミをいれる人物はいなかった。
◇
用を済ました奏多は、アスカと自分の部屋に戻ろうと宿屋の廊下を歩いていた。
「――……ちょっ……頼み……」
「ん?」
奏多が自室の前まで来ると、扉が閉まっている部屋の中からアスカの声が聞こえてきた。
「――……そう、今……る世……データを送……から……。こ……借り……しよ。あとは今言……特徴……に渡し……断ったらそれでいいから。えぇ、よろしくお願いするわ」
断片的に聞こえるアスカの声に耳を澄ます奏多。しっかりと聞き取れたのは最後の方のみ。加えて、アスカの声しか聞こえなかったということは、部屋には彼女一人ということだ。
「――それじゃ」
「今、誰かと話してなかったか?」
アスカの話声が途切れると同時に扉を開ける奏多。本来なら聞き耳を立てられて怒る場面なのだが、彼女は気にしていなかった。
「あら、いたの? ……言ってなかったっけ? この『DR』通信機能も付いているのよ」
アスカは手に持っていた『DR』を奏多に見せる。どうやら話し相手は同じ旅人だったらしい――、
「――って、言ってねぇよ!! しかも連絡手段持ってんのかよ!!」
アスカが何かしらの連絡手段を持っていたと知り、ツッコミを入れる奏多。だが、話し相手は旅人で同じ『DR』を持っていたからこそ連絡がとれていたにすぎない。対して自分のは充電が残り少なくなってしまったスマホのみ。
「それって俺のスマホとも連絡とれる……なんて、都合よくできるわけ……」
「そのスマホがどういう物かは知らないけど、大抵の電子機器ならできるわよ」
さらりと言ってのけるアスカ。
「できるのかよ!! だったら最初から教えてくれても良かったじゃんか!!」
「わざと連絡取れないようにしなきゃ、私を捜しに来ないでしょ?」
「理不尽!!」
本日何度目かの理不尽を経験した奏多。二人の不毛なやり取りは夜遅くまで続いた。
――翌朝。
「ほれ、起きなさい!! 朝食食べたら出発するわよ!!」
奏多はアスカの声と共に起こされる。
「うーん……」
デジャビュを感じる奏多。
だが、昨日の疲れと夜遅く不毛なやり取りのせいで眠気に襲われていた彼は「……あと一時間……」と弱々しい声で懇願するのだった。
◇
「忘れ物ないわね!!」
元気よく出発しようとするアスカ。
今、二人はこの国に最初に来た時と同じ市場通りの狭い路地にいた。
「なぁ、本当に出発するのか? 異界の旅だろ? この国に寄っただけで他のところに行ってないじゃんか」
これでは異界の旅ではなく異国の旅の方が正しいのでは……と思った奏多はアスカに確認するが、
「別にそれでもいいのよ。一つの世界の国や町を制覇してから異界に移動する旅人もたまにいるし」
「だったらなんで……」
「旅人は一人だけじゃないの。色んな旅人達が、私たちが立ち寄った国や町とは違うところに行って、皆でその世界の情報を段々埋めていくのって素敵じゃない? 協力してパズルを組み立てていく……みたいな?」
「意外とロマンチストだな」
アスカの意外な一面を見た奏多。やはり女なのだと改めて認識する。
「それに、この世界だけ旅していたら奏多を元の世界に帰せないし……魔法を使う実験ができないわよ?」
「よしっ、行こう!! すぐ出発しよう!!」
即座にアスカを急かし始めた奏多。
アスカはそんな奏多に呆れながら、次なる異界へ向かうためにゲートを開いたのだった。
ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。最後急ぎ足気味で申し訳ありません。これでも大幅に削った方なんです。第1章本編、これにて完結です。ここまで長かったです。あとは本編とは別におまけ話を入れつつ第2章に向けて色々プロット考えます。
第1章だけでも完結できたのは読んでくださっている方々がいたからです。本当にありがとうございました。第2章はまだ先になると思いますが、おまけ話を読みながら気長にお待ちいただければと思います。
次の話も早く投稿できるように頑張りたいと思います。




