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異界の旅人 ~己が為に彼らは旅をする~  作者: 鈴風飛鳥
第1章 「遭遇」 ~そして物語の幕が上がる~
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第15話 「初めての異界の旅5 『息苦しい理不尽な世界』」

奏多を助けに現れたアスカ。果たして二人の運命は? そして――……

 ボロボロの奏多の前に現れたアスカ。奏多はこの状況に既視感を覚える。そう、奏多が化け物に襲われた時だ。


 (これじゃあ前と同じじゃねぇか……)


 「これじゃあ前と同じね。それはまったく成長してないってこと」


 奏多の今の心情を読み取ったかのように、口に出すアスカ。


 「あぁ~そこの怖い顔つきの兄さんら……っていうと、奏多も含まれちゃうかな……まぁ、ガラの悪い兄さんらさ、そこでボコられてるの私の連れなのよね」


 アスカは肉だるま男やその他の男に言い放つ。


 「お楽しみのとこ悪いんだけどさ、解放してあげてくれない?」

 「なぁ~に言ってんじゃ!! 小娘はさっさと引っ込んで」


 奏多を取り囲んでいた男の一人がアスカに近づくと、


 「やっぱこうなんのよ、ね!!」


 アスカは態勢を低くし、近づいてきた男の懐に入ると肩と腕を掴んでそのまま勢いよく投げ飛ばした。


 「ぎゃっ!!」


 投げ飛ばされた男は背中から地面に着地し、情けない声をあげる。

 それを見ていた他の男たちもアスカに向かっていくが、皆、攻撃を躱され、受け流されてしまう。

 アスカの方はというと、向かってきた男たちののどぼとけや金的部分など急所に向かって正確に拳を突き立て、蹴りを入れる。


 「ぐはっ!! なんだこのガキ!!」


 急所を攻撃され、動きが鈍る男たち。――と、


 「もらったぁぁぁぁああああ!!」


 アスカの背後から現れた肉だるま男は、彼女の頭を目がけてナイフを振り下ろすが、


 「あまいわね」


 アスカはすんなりと躱す。そして、肉だるま男のみぞおちに一発喰らわした。


 「ごぁ……っあ……」


 おそらく身体のちょうどど真ん中、ボキッという嫌な音と共に入った拳はゆっくりと引き抜かれる。

 肉だるま男は、白目をむいて気絶するとそのまま後ろに倒れこんでしまった。


 「ヒェッ」


 その一部始終を見ていた舌ピアスの男は、恐怖のあまり小さな悲鳴をあげた。

 アスカは男たちを倒すと、唯一元気そうな舌ピアスの男に近づき、自分のウエストポーチから、そこに入るはずのない(・・・・・・・・・・)長さの長剣を取り出す(・・・・・・・・・・)と、男の鼻先に剣を突きつける。


 「連れ(奏多)の持ち物、返してくれる?」


 笑顔で奏多のリュックを返してくれるようにお願いしたアスカ。


 「くっ、くそっ!!」


 舌ピアスの男は奏多のリュックをアスカの方へ放り投げると、他の仲間などお構いなしに一人早々と逃げ去ってしまった。アスカに急所を攻撃されて動きが鈍った他の男たちもそれに続く。


 後に残ったのは息一つ乱れていないアスカと満身創痍の奏多、気絶して倒れている肉だるま男と奏多を連れてきた少年だけになった。


 アスカはウエストポーチから取り出した長剣を、入るはずのない(・・・・・・・)長さの剣を(・・・・・)ウエストポーチに戻し(・・・・・・・・・・)ていった。


 「ふぅ……さて、これで借りは二つね。何か言うことは?」

 「……」


 化け物の時と同じような展開。それでいて何もできなかった奏多。屈辱と悔しさとで何も言えなくなり、下唇を噛む。


 「……まぁ、それは後回しにして、待ちなさい!」

 「あっ……」


 アスカはこっそり逃げようとしていた少年を呼び止め、そこへ近づく。

 

 「私の連れ、騙したのあなたよね?」

 「……あっ、あのっ、僕、」


 泣きそうな声でアスカの腕を掴み必死にしがみつく少年。だが、アスカの腕を掴んだのは少年の右腕だけで、いつまでたっても左腕が現れない。


 「――!! まっ、待ってくれ、その子は!!」


 奏多は気づいた。今まで身体に纏っていた布きれで気づかなかったが、少年には左腕が無かったのだ。


 「奏多をボコった連中の仲間……と少し事情が違うようね」


 アスカもそのことに気づいたようで、少年の目線に合わせる様に中腰になると悲しい目で見つめる。


 「でも、子供だからと言ってそれを見逃すわけにもいかないわ。現に、連れ(奏多)は殺されかけたわけだし」

 「あっ、あいつらに、騙されたんじゃないか? それに、その子左腕が」


 身体の調子が戻ってきたのか口が回るようになってきた奏多。自分が騙されたとはいえ、左腕のない少年に対して同情を隠しきれない。


 「あんた死にかけたのにまだそんなこと言うの!? それに、その左腕は切り落とした(・・・・・・)ものよ」

 「えっ……」


 アスカの言葉に驚く奏多。左腕のない少年の方を見つめる。


 「だって、なんで、自分で切り落とし……」


 信じられないといった感じに言葉が出てこない奏多だったが、アスカは言葉を引き継ぐようにして続けた。


 「自分で切り落としたんだか、誰か大人に切り落とされたんだかは知らないけどね。事故や怪我で腕を失っているならこんなに綺麗に傷口が塞がらないもの。こういう貧困層の間ではたまにあるのよ。物乞いしやすくするためにね」

 「物乞い……」

 「……」


 少年は俯き、下を向く。奏多からは見えなかったが、少年の目の前にいるアスカには彼が泣いているのが分かった。


 「普通にしてちゃ人は見てくれない。でも、自分たちの惨めな姿を晒すことでそれを哀れんだ人々が恵んでくれるって訳。要は人の善意に付け込んだのよ。特に大人よりも、子供の方が同情を得やすいから効果的なの」

 「でも!! なんでそんな事――」

 「決まってるじゃない」


 アスカは片方の手で少年の右腕を掴み、もう片方の手を少年の頭に置く。

 そして奏多の方を向くと――、



 『明日を生きる為――自分の為(・・・・)よ』



 アスカの強い眼差しが奏多に向けられた。


 自分の為。その為だけに、少年は奏多を先ほどの男たちに差し出し、奏多は殺されそうになった。


 「この子には腕が無い。利用しやすいと思ったんでしょうね。さっきの奴らに、いいカモを連れてくればそいつから奪ったうちの何割かでも貰う約束でもしてたんでしょ?」

 「……はい」


 アスカの質問に、少年は元気なく頷く。


 「とすると、奴らはおそらく麻薬密売人か常習犯ってところかな」

 「なんで分かるんだ」


 段々と怒りが込み上げてきた奏多はアスカに食って掛かるように言う。


 「この辺の人たちの服はボロボロ。でも、あいつらの服は比較的綺麗だった。この辺の人たちに薬売ったり、観光客から金を巻き上げたりして小遣いを稼いでんのよ」

 「だから、なんで分かるんだよ」

 「……あぁ、どうしてそこまで知ってるかってことね。周辺の住民に聞きだしたのよ。貿易が始まってから不審な奴らがこの国に出入りし始めたこと、そいつらが西区域周辺で薬の売買をやったり、観光客を恐喝したりしていること。貧困層が急激に増えたのもそのせいね。でも、皮肉ね……直接の原因ではなくても、奴らが間接的な原因でこうなったのに頼らなくちゃ生きていけないだなんて」

 「……」


 アスカは淡々と口にするが、奏多にとっての問題はそこではなかった。


 「……そこまで知ったなら、なんで早く戻ってこなかった」


 アスカが戻ってきてさえいれば、奏多はアスカを捜しに行った先で痛い思いも死ぬような思いもしなかったのだ。それに対して、悪びれもしないアスカに、奏多の怒りは爆発寸前だった。


 そして、アスカの次の一言で奏多の怒りがはじけ飛んだ。


 「あんたが来るのを待ってた(・・・・)のよ。そして、あんたの事をしばらく観察していた(・・・・・・・・・・)。」


 奏多が来るのを待っていた。彼女は、アスカは確かにそう言った。

 思えば、アスカはわざわざ危険な西区域に行くと言い出し、奏多がやられそうになったタイミングで出てきた。偶然にしてはできすぎていた。加えて、観察していたということは――、


 「お前……!! 俺を、試したのか!?」

 「そうよ、奏多がどういう人物か知るのも含めてね。この世界に来てからというもの奏多は旅人としての自覚が足りないと思った。だから、私がいない間にどう動き、対応できるか見ておきたかった。奏多がここに来なかったら来なかったでそのまま帰ろうかと思ったんだけど……結果はご覧のありさま。分かる?」


 知りたくもなかった事実に、怒りと悔しさと色んな感情が混ざり合って思考が停止する奏多。


 「……くそっ、どうして、こんな真似!!」


 言いたいことは山ほどあったが思考が停止しているせいで一つにまとまらず、全てを込めた一言をアスカにぶつけた。


 全てが込められた一言を受け取ったアスカは先ほどの強い眼差しとは違って、今度は悲しみと哀れみを含んだ目で奏多を見ると、


 「今のままの奏多だと、この先そう遠くないうちに確実に死ぬと思ったからよ」


 自分の思いの丈を奏多に伝えた。


 「観察してわかったわ。あんたは子供っぽい、旅人としての意識は低い、行動は軽率、喧嘩っ早い。特にさっきのアレ。人も助けも呼ばずに多勢に無勢の中に飛び込んでいったアレ。一人で対処できると思ったの? 馬鹿正直に周りの奴らが手を出さないとでも思ったわけ? 大勢出てきた時点ではまだ逃げられる算段はあったはずでしょ?」


 アスカの糾弾に、忘れていた怒りが込み上げてきた奏多。


 「んなこと……分かるわけねぇだろぉ!! こちとら何もかも初めてでやったことねぇんだぞっ!! どうして言ってくれなかったんだよ!! 教えてくれなかったんだよぉ!!」


 感情という感情の全てが混ざり合った結果、怒りながらアスカに喚き散らす。が、最後の言葉の半分は子供のように泣き叫びながらだった。


 「言ってくれなかっただの……教えてくれなかっただの……」


 この世界に来てからの奏多の行動を思い出すアスカ。自分が注意した時も、関心を示さない子供のように聞く耳を持たなかった彼の行動を思い出す。


 「それが子供っぽいっていうの! 世の中の全てが全て言ってもらえる、教えてもらえると思ったら大間違いよ!」


 アスカにしがみついていた少年がビクッと肩を震わす。突然始まった言い合い合戦にどうしていいか分からずオロオロとし始めた。

 アスカは少年から離れ、奏多に近づきながら話すのをやめない。


 「今、この時だってそう! 私たちの知らない場所で、見えない場所で、人が、大勢の人が、他人の身勝手な理由で、理不尽な理由で殺し殺されているの! その一つ一つを誰かが説明してくれるわけでもないし、誰も教えやしないの!」


 仰向けで倒れている奏多の元まで来たアスカは、彼の胸ぐらを掴むとそのまま持ち上げる。

 

 「今までは、そうだったかもしれない! 周りに教えてくれる人がいたから! 教える人がいたから! でも、今は違う! 私が付きっきりって訳にいかないの!! 今は奏多から、自分から知りにいくしかないの!! あんたがどんなに平和で安全な世界で暮らしていたのか私は知らない!! けど!! そんな子供みたいに如何こうしてもらえなかったって理由で済まされる世界じゃないの!!」


 アスカは唾が飛ぶ距離まで顔を近づけながら、奏多に諭す。

 自分が今まで辛い思いをしてきたから、苦しい思いをしてきたから、奏多にそんな思いをしてほしくなかったから。だが、実際には口には出さない。


 ――聞いたものと(・・・・・・)経験したものは違う(・・・・・・・・・)から。聞くことによって先入観を生み、誤解を招き、程度を知ってしまうから。他人の経験談は自分自身の経験ではないから。経験することで、考え、できることとできないことの判断がつき、自分を知っていくから。そうやって成長していくから。


 「奏多は今まで私が注意しても聞く耳を持たなかった。だから、こうして身をもって経験しないと自覚しないと思った」


 すべて出し切ったとでも言うかのように、アスカは掴んでいた奏多の胸ぐらを離すと、奏多はその場にへたり込んでしまった。


 「そんな理不尽な事、まかり通るのかよ……」


 アスカの思いの丈をぶつけられた奏多。彼女の本当に言いたいことをまだ理解できない彼にとって、今彼女の言っていること全てが理不尽なことにしか聞こえなかった。アスカの全てが理不尽な言い訳で、奏多の全てが理不尽な言い訳にしか聞こえない。

 

 「この先の旅で嫌というほどそんなことあるわよ。現に化け物の時やさっきのアレだって、奏多にとっては理不尽でしょ。でも、相手にとっては合理的かつ当たり前のことなの。皆、相手に合わせて生きてなんていないわ。そして、今、私が奏多に向けている言葉の一つ一つも、今の奏多にとっては理不尽なことにしか聞こえないと思う」

 「あぁ、理不尽だよ。まったくもって理不尽だ」


 アスカは否定も何もしない。自分が旅に出た初めの頃も、今、奏多が抱いている思いと同じ思いをしていたのを覚えているから。誰にも言われず、誰にも教えられなかった自分だからこそ、彼の気持ちが痛いほどよく分かった。


 「世の中理不尽じゃないことなんてない。ただ、これだけは覚えておいて」


 最後は優しく、温かな声で、奏多の事を思う様に強く言う。


 「今の奏多のままじゃ確実に死ぬ。考えを改めるとか改めないとか今はいいわ。でもね、いつまでも軽い気持ちだと痛い目を見るって。私は、そうなってほしくない」

 「もう、痛い目にあったけどな」


 ハハッと渇いた笑いが出る奏多。アスカが言っていることも今の状況では矛盾している。これから先の事を考えながら彼女は話したのであろう。それを考えると少しおかしくなってしまったのだ。


 「そうね。……そしてあなた」


 アスカは離れてしまった少年の方へ再び近寄ると、


 「生きるためにやったことをあぁだこうだ言うつもりはない。連れ(奏多)が悪かった部分もあるし、私も途中まで黙って見ていたし。だけどね、他人の命を奪ってまで明日を生きようとは思わないで。いつか後悔することになるから」


 少年を強く抱きしめながら願いを込めて言うアスカ。

 少年は戸惑いながらも、初めて触れた優しさを離さないとするかのように、自身の右腕と無くなってしまった透明な左腕でアスカを抱きしめた。




 ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。


 おそらく、誰しも人生で一度は理不尽な経験をなさったことがあると思います。大人の方なら仕事など、学生の方なら学校やバイト先などで。そんなこと一言も言われてない! と言っても、世の中そんなの当然でしょ? でまかり通ってしまうんですから世の中は怖い。

 子供のうちは無知だったけれど、知っていくものが多いとそれだけ見えないものも、見たくないものも増えます。今回、奏多にはそんな経験をしてもらいました。


 次の話が本編第1章の最後の話になると思います。そしたらまたおまけ話とかしつつ第2章に突入になる……と思います。


 次の話も早く投稿できるように頑張ります。

 

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