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異界の旅人 ~己が為に彼らは旅をする~  作者: 鈴風飛鳥
第1章 「遭遇」 ~そして物語の幕が上がる~
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第14話  「初めての異界の旅4 『善人と悪人』」

 アスカを捜しに西区域手前まできた奏多。さっそくアスカを捜しはじめるが……。

 「ここが……西側の区域か。わりかし、綺麗だな。貧困層なんていうからもっとゴミが散乱しているのかと思ってた」


 国の西へ向かったアスカを捜しに、奏多は西区域の手前までやってきた。ここに来るまでに何人かにアスカの事を尋ねたが手がかりは掴めず、手前ギリギリまで来てしまった。西に近づくにつれて歩行者が減り、人の声もなくなった今は辺りが静寂に包まれている。骨董輸入品店の男店主が、人が住む場所ではないと言っていたので、もっと廃れたイメージを持っていた奏多。だが、周りの家は市場の通りの家と比べても大差はなく、道にはゴミひとつ落ちていないうえに、異臭などの類はない。決定的な違いは、人の少なさとこの静けさと言ったところか。

 西の区域手前の建物の陰から様子を窺う。道には数人の人が出歩いているが、皆、服は汚れており、継ぎ接ぎが目立つ。市場の人々と比べてしまうと、異常なほど痩せ細っている人が多い。


 (服はボロボロ、身体はガリガリ……早くアスカ見つけてここから離れてぇ)


 一刻も早くアスカを見つけ出してこの場から遠ざかりたい奏多。とりあえず、近くにいたボロボロの衣服を纏った老人に恐る恐る声をかける。


 「な、なぁ、あんた、この辺に」


 懸命に引き攣った笑顔を作りながら話しかけた奏多だったが、老人は奏多の話を最後まで聞かずに立ち去ってしまった。


 「なんだよ、つめてぇな……」


 何も答えずに立ち去ってしまった老人にむかっ腹を立てる奏多。


 その後も痩せた子供や怪しげな娼婦、片目が無い老婆と何人かに話しかけたが、皆、老人と同じように最後まで話も聞かずに奏多の前から立ち去ってしまう。


 「あぁ~もう、どこ行ったんだよアスカ~」

 

 心が折れそうになり、弱音を吐きそうになる奏多。心細いのもあってか情けない声でアスカを呼ぶ。


 「お兄さん、誰か捜しているの?」

 「ん?」


 突然後ろから声をかけられた奏多。振り返ると、小さな男の子が奏多の顔を見上げながら立っていた。

 背は奏多より低く、小学校中学年くらいだろうか。身に纏っているのはボロボロの布きれだけで、靴も何も履いていない。顔は頬骨がくっきり見えるほど痩せており、指で弾いただけでも倒れてしまうのではないかというぐらいひ弱そうな少年だった。


 「あ、あぁ。はぐれちまった連れを捜しているんだ。チビッ子、見なかったか? 栗色の髪を赤いリボンで縛った俺と同じ歳くらいの女」


 不審に思いながらも、簡単にアスカの特徴を身振り手振りで説明する奏多。他にも特徴はあるのだろうが、お互いの事をまだよくは知らないので説明のしようがない。


 「……その人なら心辺りがあるよ。ついてきて」


 少年は手招きをすると、奏多についてくるように促した。


 「本当か!? ありがとな!!」


 今までの散々な結果が嘘のように、簡単に見つかったことに喜ぶ奏多。少年を心の中で崇め称えながら彼についていった。



 ◇


 少年の後についていってどれくらいの時間が流れたのだろうか。日が傾き始めている。

 狭い裏路地の迷路のような場所を何度も出入りしたせいで方向感覚が分からなくなってしまった奏多。なぜだろう、西の区域の奥へ奥へと誘導されているような気がしてならなかった。

 

 「なぁ、ほんとにこっちか? どんどん奥の方に進んでる気がすんだけど……」

 「……」

 「おいっ! 聞いてんのかチビッ子!!」

 

 何も答えない少年に苛立った奏多は、少年の肩を掴みながら強い口調で問い詰める様に言う。すると、奏多に肩を掴まれた瞬間に少年は立ち止まる。


 「……連れてきたよ」


 少年が発した言葉は奏多に対して言われたものではなかった。


 「ほーう、いいカモ連れてきたじゃねぇか」

 「こいつ、よくこんなみすぼらしいガキについてきたな、カッハ!!」


 いつの間にか人気のない広場のような場所に誘導されていた奏多。

 建物の陰からチンピラのような男二人組が現れる。一方は筋肉ムチムチの肉だるまのような男、一方は細長い体つきの男で、舌にはピアスをしていた。二人とも奏多より背が高く、貧民層の人々とは明らかに違う雰囲気を感じる。


 「な、なんなんだお前ら……!! おいチビッ子!! アスカはどこにいるんだよ!?」


 突如として現れた二人組の男に奏多は動揺した。二人組の男は待ち伏せをしていたような言い回しをしている。騙されたと思いつつ、少年に詰め寄る奏多だったが、


 「……アスカなんて人知るわけないじゃん。お兄さん、馬鹿じゃないの?」


 少年の暗く冷たい視線に一蹴されてしまう。


 「――!! このやろ、ったく、どいつもこいつも俺を馬鹿呼ばわりしやがって……!!」


 聞き込み調査の時にアスカに馬鹿呼ばわりされたのを思い出し、頭に来る奏多。二人組の男ことなど忘れて、いったんこの場を離れようとしたが、


 「ど~こに行くんだい? おにい~さ~ん? カッハ!!」

 「ここに来ちまった以上はなぁ~、金目のもん、身に着けてるもんぜーんぶ置いてってもらおうか~」


 二人組の男は奏多を挟み撃ちにして逃がそうとはしなかった。


 「お約束展開かよ! こういう時のセリフは……てめぇらチンピラみたいなやつにくれてやるもんなんて一つもねぇよ!!」


 お約束の展開にお約束のセリフで返した奏多。この言葉に肉だるま男はカチンときたようで、


 「言ったなこのガキ……おいっ」


 男が一声かけると、今まで他の建物の陰に隠れていた仲間らしき連中がゾロゾロと出てくる。最初に出くわした二人組の男を含め、十人の男が寄って集って奏多を取り囲んだ。

 

 「……こんなに友達いやがったのか。何? みんなで仲良く俺を囲んでカバディでも始める気?」


 大勢の男らに囲まれ、奏多は少しだけひるむ。しかし、弱みを見せまいと威勢を張りながら肉だるまの男を睨み付け、ジョークをかます。


 「そのカバディとやらが何かは知らねぇが、今から男同士の喧嘩を始めるのは確かだな」


 奏多の異界ジョークが通じないと分かったところで、男は拳を作った。先ほどから話しているこの肉だるま男がリーダー格らしい。


 「男同士の喧嘩、ねぇ……じゃあ、他の皆さんはギャラリーってことか?」

 「まぁな。――――オラァ!!」


 話が終わるや否や、なんの前振りもなしに肉だるま男が右腕を振り上げ、奏多目がけて拳を振り下ろす。


 「おっと」


 肉だるま男の右ストレートに対して、奏多は軽くヒョイと左に躱した。男の拳が空を切る音を立てながら空振りする。

 巨大な花の植物に襲われた時もそうだったが、運動神経が良いため咄嗟の回避行動に長けている奏多。


 「ちょこまかすんなよクソガキが!!」


 肉だるま男は躱されたことが意外だったらしく、唾を吐き散らしながら奏多に対してがなり立てる。


 「俺、こう見えても体育だけは小1から5評価なんだぜ?」

 「なーに言ってんだか……わかんねぇよ!!」


 余裕の表情で肉だるま男を煽る奏多。自分の運動神経の良さを、学校の評価を基準に自慢したところで男にとっては意味不明なことでしかなかった。

 そんな意味不明なことを言っている奏多に対し、肉だるま男は左ストレートで奏多に襲い掛かる。

 奏多は、右足を引いて身体を捻りながら男の拳を躱した。再度、男の拳が空を切る。


 「歯ァ食いしばりやがれやオラァ!!」


 今度は奏多の番と言わんばかりに左足を軸に、引いてあった右足を勢いよく男の左頬目がけて蹴りあげた。


 「ぐぼぉっ!!」


 奏多の右足は見事に肉だるま男に直撃した。男は思わぬ反撃に後ろによろめく。蹴られた左頬はうっすらと赤みを帯びている。


 「くぅ~!! このセリフ一度でいいから言ってみたかったんだよなぁ!! こっちの世界で実際に言ったら痛い奴にしかみられねぇから……」


 自身の反撃に手ごたえを感じた奏多は、自分が陥っている状況を忘れて一人盛り上がりを見せる。


 次の瞬間――舞い上がっていた隙を突いて、奏多を取り囲んでいたうちの一人が後ろから蹴りを喰らわした。


 「がっ!! ……はぁ、っぐあぁ」


 背負っていたリュック越しに背中に衝撃が走った奏多は、バランスを崩され前のめりに倒されてしまう。そこへ後ろで見ていた男が二人、奏多のリュックを奪い取ると両腕と両足を押さえつけ、身動きが取れないようにした。

 すると、肉だるま男と一緒にいた舌ピアスをしている細長の男が、うつ伏せで倒れている奏多の前髪部分を掴んで顔を持ち上げる。その顔は奏多がいた世界で化け物がしていた表情と同じ、今の状況が楽しくてしょうがないという薄気味悪い笑みを貼りつけていた。


 「てっ、め……きったねぇ、ぞ……」


 自分の顔を持ちあげている舌ピアスの男をきっと睨み付けながら身体を動かそうと身を捩ろうとする奏多。彼の必死の抵抗も虚しく、男は自信たっぷりな表情を浮かべると、


 「喧嘩に乱入はつきもんだろ? カッハ!! そぉら!!」


 顔を掴んでいた手を離し、うつ伏せ状態の奏多の土手っ腹を下から思い切り蹴りあげた。


 「かっ、はぁ……っ」


 呼吸をすることを忘れ、胃の中のものが全て吐き出られるのでは無いかと感じられるほどの不快感と痛みが奏多を襲った。腹部が熱くヒリヒリと痛み出す。

 奏多に休む暇は与えられず、舌ピアスの男や奏多の両手足を押さえつけている男以外の仲間も、参加し始めた。


 「ぐっ、おぁ……がぁ」


 頭、顔、首、頬、肩、肩甲骨、背中、太もも、足……。とにかく奏多の身体にある部位を片っ端から殴る蹴るを繰り返す男たち。その中には、奏多が蹴りを入れた肉だるま男も含まれていた。今この場にいる中で唯一、奏多を連れてきた少年だけが加わらずに、彼がやられるのをひたすら眺めている。


 奏多は何も抵抗できぬまま、ただのサンドバックに成り下がっていた。

 口の中が切れて鉄の味がする。頬から血が顔を伝って地面へと流れ落ちる。喉に足が直撃し、一瞬だが息ができなくなる。背中や腹部、足などは骨が折れるのではないかというくらい加減のない蹴りが続く。感じるのは苦痛、苦痛、苦痛、苦痛、苦痛――――苦痛、ただ、それだけ。


 「……そろそろだな」


 肉だるま男が言うと、奏多を痛めつけていた男たちが一斉にその場から離れる。押さえつけられていた両手足も解放された奏多だったが、意識が朦朧とし、気を失う寸前だった。


 男が後ろポケットから何かを取り出す。ジャキッという音と共に現れたそれは、刃渡り二十cmほどの小さなポケットナイフだった。持ち手の部分は肉だるま男の手にスッポリと収まっており、刃の部分は鈍い銀色を放っている。


 (――!!)


 ナイフが見えた途端、奏多の頭の中に警報が鳴り響く。だが、逃げようとする意志とは裏腹に身体が言うことを聞いてくれない。

 肉だるま男はうつ伏せの奏多の身体を起こして仰向けにした。そして、ナイフを高く掲げ、奏多の心臓の真上に固定すると――、


 「――――死ね」


 一言。


 (――――『死』あの時とは違う……?)


 奏多は化け物と対峙した時を走馬灯のように思い出す。あの時は非現実的な状況で、理解が追い付いていなかった奏多。死ぬかもしれないという状況だったが、痛みも恐怖も感じることなく、存在すら残らない程の圧倒的な力を見せつけられた。


 だが、今は違う。痛みも、恐怖も残る死。ナイフ、刺殺。


 (――――死ぬ? ――――死ぬ……死、死。)

 

 目に見える死の形。身体中の痛みが、恐怖が、じわじわと込みあげてくる。化け物の時と比べ物にならない死へ恐怖。

 ――いや、違う。比べ物にならないのではない。比べてはいけない。一度死の恐怖を身体に叩き込まれたからこそ、化け物のような非現実的なものではなくではなく生身の人間に殺される現実的な恐怖だからこそ、今、目の前の死が、恐ろしく、恐ろしい。


 「……いぁ……だ――ぁ」


 死を自覚した途端、心臓が激しく動く。それは緊張なのか焦りなのか不安なのか怒りなのか後悔なのか絶望なのか――全てか。この激しく動いている心臓が止まった時が、死。


 (死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死)


 男は躊躇なく迷いなくしっかりと狙いを定め、奏多の願いを切り裂くように心臓目がけてナイフが振り下ろす。


 (――――――あっ―――――死)


 思うが先か、









 「あんたは一体何回襲われかけて、その度に助けられれば気が済むの?」


 言うが先か。奏多にとって聞き覚えのある声。


 奏多の胸目がけて振り下ろされたナイフは、胸から数cmのところで静止した。

 肉だるま男と奏多の周りを取り囲んでいた男たちは、声の主の方に顔を向ける。奏多も視線だけ向けた。



 「ア……ス、カ」


 残り少ない力で呼びかける奏多。彼の視線の先には、いつもと変わらぬ様子で立っているアスカの姿があった。


 ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。よくある展開です。まぁ、普通は男と女が逆の立場ですけどね。


 次はアスカが現れた最後の場面の続きからとなります。


 次の話も早く投稿できるように頑張ります。

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