第11話 「初めての異界の旅1 『期待』」
次の異界へたどり着いた奏多たち。旅人になった奏多が初めて辿りついた異界は――……
追記:見やすいように修正しました
――人の声が聞こえる。それもかなりの人の声だ。大勢の人が行き来している所為か、じっと立っているだけで地面から震動が伝わってくる。風に乗って鼻から胃袋を刺激するようないい匂いが運ばれてくる。湿気が多いのか、湿った空気が肌にまとわりつく。
テュフォンがいた世界を旅立った奏多。ゲートを通りぬけた先、次に目を開けた瞬間に立っていたのは大勢の人が往来する市場の脇にある狭い路地だった。太陽は出ているようだが建物で日光が遮られており、暗くジメジメとした空間を生んでいる。路地の先には通りを行き交う人影が見られる。
前回の予期せぬ移動をした時はアスカとはぐれてしまったが、今回はちゃんと奏多の隣に立っていた。移動してきたばかりだからか、少しぼんやりとしている。
奏多は狭い路地を抜けて、市場の方へと足を運んだ。初めての異界の旅に期待で胸が高鳴る奏多。どんな人が住んでいるのか、どんな暮らしをしているのか、想像を膨らましながら路地を抜けた先は――、
……自分と同じような顔つきの人間が市場の通りを行き交う光景だった。
「うおぉぉ! ……なんか普通だな」
亜人や獣人、ドワーフやエルフなど多くの異なった種族たちがいる世界を想像していた奏多。もっとファンタジー感溢れるものを期待していた彼は、自分と同じような人間が普通に歩いているのを見た瞬間、肩透かしを食らった気分になる。
「今まで様々な世界を旅してきたけど、人間だけが住む世界なんてザラにあるわよ」
先に市場の通りに出ていた奏多の後ろから話しかけるアスカ。やっと着いた、などと言いながら軽く背伸びをする。
「異界の人たちの暮らしなんて似たり寄ったり。同じような材質の住まい、同じような材質の服、同じような食べ物、通貨の概念……。住んでいる世界が違っていても、皆、考えることは一緒ってこと。そういうのを旅人の間では『共通概念』って言うの」
「へぇ、なんだか外国に来た感じだな」
周りの建物も西洋で見られるような石造りの家が立ち並んでおり、自分たちが立っている場所は隙間なく石が敷き詰められている。テレビなどで見たのと同じような造りの景色に旅行気分になる奏多。今いる場所が異界だとはとても思えなかった。
「いや、ここは異界なんだ……俺の居場所となるべき世界かもしれないんだ……!!」
今いる場所を異界だと自分に言い聞かせる奏多。ブツブツと声に出しながら自分に暗示をかけている奏多に、アスカは突っ込んだ質問をする。
「テュフォンと契約した時も言ってたけどさ、奏多のその『居場所』ってなんなの? 特定の場所? 人? モノ? 考え方?」
「……俺にも分からねぇよ。だからその答えを探すために、こうやって旅をしようと思ったんだ」
自分の居場所にこだわる奏多。それが場所なのか、人なのか、モノなのか、考え方なのか。アスカとの旅はその答えを探す旅でもある。そんな彼に対し、
「へぇ……でも、」
少しだけ感心を示した様子のアスカは奏多の隣に立ち、
「自分が元いた場所が一番だと、私は思うなぁ……」
遠くを見つめる。それは目の前に見えている光景などではなく、もっと別の――昔を懐かしむような……そんな目をしていた。
(……?)
アスカの様子に首をひねる奏多。
思えば会ったばかりでお互いの事は何も知らない。好きなもの、今まで何をしてきたのか、どうやって生きてきたのか……何故一人で旅をしているのか。
奏多は自分の居場所を探すために旅をすることを決めた。ならば、と
「そういえばさ、アスカは何で一人で異界を旅しているんだ?」
純粋に、特に意味もなく、何も考えずに尋ねた。まるで子供のように。
「……別に。奏多には関係ないわ」
途端、彼女の目から光が消え、表情が曇ったのを奏多は見逃さなかった。よほど聞かれたくないことなのだろうか、そのまま下を俯く。これはまずい、と内心大慌ての奏多は話題を切り替えることにした。
「ともかく!! 待ちに待った異界ライフ!! 魔法使いへの第一歩だ!! さっそく魔武器を売っているところへ……」
「そんな奏多くんに残念なお知らせです。この世界に魔力はありません」
無理やりテンションをあげた奏多だったが、いつもの調子に戻ったアスカの一言で撃沈する。
「はぁあ!? なんでそんな事わかるんだよ!?」
「言ったでしょ。私たち魔力がある者、正確には魔力の『器』がある者にとって魔力は空気のようなものだって。その世界に着いた瞬間に自然と身体に取り込まれる感覚があるの。でも、この世界に着いた時、そんなの感じられなかったわ。」
「そ、そんなぁ……」
またしても魔法使いへの第一歩をお預けとなった奏多。肩を落とし、残念がる。
ファンタジー溢れる世界でもなければ、魔力のある世界でもなかった。今回はたまたまだろうが、初めての旅の異界が自分でも知っているような世界だったことに期待が打ち砕かれた奏多は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「だったら早く次の異界に移動しようぜ」
気持ちを切り替え、早々と次の異界へ行こうと提案する奏多だったが、アスカに制止される。
「その前に、この世界の調査が先よ」
「調査?」
「そう、私たち旅人はただ単に異界を移動しながら問題を解決するだけじゃない。その世界の特徴、どんな人が住み、どんな暮らしをし、どんなことが起こっているのか。他にも通貨や食べ物、魔力の有無……様々なことを調査・記録し、報告すること。それも旅人の役割よ」
「報告? テュフォンにか?」
「それもあるけど、主にこっちかな」
そう言うと、アスカはウエストポーチの中から何かを取り出した。
「なんだ? そのスマホみたいなもの」
アスカが手にしているものをまじまじと見た。見た目が薄い板きれのような電子機器のそれは、奏多がいた世界で例えるとスマホに近い形状をしている。
「異界を旅する者たちが常に持ち歩く情報記録媒体よ。通称『ディメンショナルレコード』。略して『DR』」
(語呂悪っ!)
奏多は心の中でそう思いつつも、口には出さなかった。
アスカは手に持っていた『DR』の電源を付ける。すると液晶画面から空中に向かってパネルのようなものが出現した。いわゆるホログラムというやつだ。
「すげぇ!! 超ハイテク!!」
「これに様々な異界を訪れた旅人達がリアルタイムでその異界の情報を記録、逐一報告するの」
「んー、こっちでいうネットみたいな感じ……になるのか?」
自分がいた世界で例える奏多。もっとも、自分が持っているスマホはそこまでハイテクなものではない。
アスカはホログラムに映っている大量の情報を確認すると電源を落とした。
「まぁ、調査と言っても周辺の人への聞き込みとか、実際に場所に訪れる程度よ。もうちょっと詳しく知りたいときは文献とかで調べることもあるけど」
「はーん、なるほど。ま、気楽にいこうぜ」
旅人も大変なんだな、と他人事のように思う奏多。契約を結んだばかりで旅人としての意識が低いようだった。加えて、自分が望んだ世界ではないと分かってすっかり旅行気分に浸っている。そんな奏多をアスカは鋭い目つきで睨み付けた。
「奏多、前もって忠告しておくわ。そんなお気楽な気分ではダメ。それと、厄介ごとも避けて。いいわね?」
強い口調で奏多に注意を促すが、
「わかってるって。そこらへんは世界のルールとやらに従いますよっと」
「……」
異界の旅というものに対して軽い気持ちで臨んでいる奏多に、呆れてものが言えないアスカだった。
ここまで読んでくださっている皆様、ありがとうございます。二人での異界の旅。しょっぱなからちょっとだけ不穏な雰囲気が漂っていますが果たしてどうなるのか。
お知らせ:私生活の方が忙しくなってきたので投稿が数日空いてしまうことが多くなると思いますが、ご理解いただけると助かります。
次も早く投稿できるように頑張ります。