第10話 「旅立ち」
すべての説明を終えた奏多。いよいよ旅立ちの時――
追記:文章を少し加筆修正しました。物語に影響はありませんので、先に読んでしまわれた方は読み直さなくても大丈夫です。
奏多たちが来たときは赤や青などの様々な色の星が輝く夜空だったこの世界も、今では地平線から太陽がひょっこりと顔を出している。昨日は周りの景色がはっきりとは分からなかったが、今は黄色い花を咲かせた一面の花畑が奏多の眼下に広がっていた。
(綺麗だな……)
そう思いながら奏多は一人、花畑に囲まれた魔女の家の前で二人の女性(なお、片方は中身が男)が出てくるのを待っていた。
◇
時間は少し遡り――長期休み明けの校長先生の話並みに長い説明が終わった後。奏多は、
「早く出発しようぜ!」
とアスカを急かしたが、ここでテュフォンが
「今夜はもう遅いから泊まっていくといいよ」
と、自分の家に二人を泊めること勧めた。
奏多は一刻も早く旅立ちたい気持ちでいっぱいだったが、アスカの方は長旅で疲れていたのだろう。部屋の奥へと案内された彼女は来客用のベッドを借りて、一人深い眠りについた。ベッドは自分用と来客用の二つしかないとテュフォンに言われ、床に雑魚寝を強いられた奏多だったが、慣れない環境のせいかなかなか寝つけなかった。
――数時間後。徐々に眠気が襲い始め、現実と夢の中を行ったり来たりしていた奏多のもとに、奥の部屋からスッキリとした表情のアスカが現れると、
「起きなさい! 朝食を食べたら準備をして出発よ!」
母親のように、寝ている奏多を起こす。
対して、眠気が現在進行形で襲ってきている奏多は「……寝かせてくれ……」と弱々しい声で懇願するのだった。
アスカが起きてきた数分後。同じように部屋の奥から顔を出したテュフォンは、奏多たちに簡単な朝食を作り始めた。アスカは顔を洗うために洗面所に向かい、奏多は寝ぼけながらも昨日と同じ位置の椅子に座る。
しばらくしてテュフォンが食器と共に運んできたのは、何の鳥の卵が使われているか分からない目玉焼きに、何の動物の肉が使われているか分からないソーセージ。スープとサラダは至っては普通だったが、最後に出されたのは――何かの生き物の尻尾だった。
「テュフォンさん?テュフォンさん? これなんですか? 何かの生き物の尻尾のように見えますが? しかもまだ微妙にうねっているような気がするのは幻覚ですか?」
眠気が一気に吹き飛んだ奏多。置かれていたフォークで『何かの生き物の尻尾』を刺しながら、朝食を運んできたテュフォンに敬語で質問する。
「あぁ、それ? 『ニャムギョブル』の尻尾だよ。切った後もしばらく勝手に動くんだ。それの踊り食いがまた絶品でね。コリコリとした触感は癖になるよ!」
『ニャムギョブル』という言葉に聞き覚えがない奏多だが、なぜだろう。目の前に出された尻尾には見覚えがあった。
「……ちなみに『ニャムギョブル』ってなんですかね?」
「ん~とね……四つ足で~ザラザラした鱗があって~よく洞窟の中の壁とかを這っているよ!!」
「それおもいっきり『トカゲ』じゃねーかっ!!」
連想ゲームのように答えに辿りついた奏多。名称は違うが、よく見ると確かにトカゲのしっぽそのものであることが分かる。
「へぇ~! 君の世界では『トカゲ』って呼ばれているのか! そっちでは『トカゲ』は食べないのかい?」
「少なくとも俺が住んでいた地域周辺では食べないかな……」
興味津々で聞いてくるテュフォンだが、目の前の尻尾がトカゲの物だと知った奏多は、食欲が失せる。テュフォンには悪いが、それに手を付けないことが奏多の中で確定したのと同時に、これからの旅の中でも同じような経験をするのかと思うと少し憂鬱な気分になった。
テュフォンが作ってくれた朝食を食べているうちに、数時間前と同じテンションに戻った奏多。楽しい朝食タイムを終え、後片付けを終えると再びアスカを急かし始める。
「なぁ、早く行こうぜ~」
「あーしつこい! 私は次の異界へ移動する前に色々と準備するから、いい子は外でおとなしく待ってなさい!」
しつこく迫る奏多にアスカは子供扱いするように軽くあしらい、部屋の隅に退けていたリュックと共に家の外に放り出した。
◇
楽しい朝食タイムを終えた奏多が、外に放り出されて数十分。言われた通りおとなしく待っていたが、なかなか家から出てこない二人に対してイライラを募らせていた。するとそこへ、
「やぁ、待たせて悪かったね」
家の扉を開けながら待たせたことを詫びるテュフォン。出てきたのは彼女一人のようだ。彼女は手に一枚の紙切れを持っている。
「あれ? アスカは?」
「アスカちゃんはもう少し準備に時間がかかるみたい」
扉を閉めて奏多の方へと近づくテュフォン。
待ちくたびれた奏多は「はぁ……」とため息を漏らした。
「アスカちゃんの準備が終わるまでに君に伝えるべきことを伝えておこうと思ってね。ボクだけ先に出てきたんだ」
「伝えるべきこと?」
「そう。これから君はアスカちゃんの旅の同行者として異界へ旅立つ訳だけど、最後に一つだけ。絶対に破ってはいけない異界のルールを、君に伝えなければならない」
テュフォンは持っていた一枚の紙切れを奏多に手渡す。
「なんだ? この紙切れ」
「絶対に破ってはいけない異界のルールが書いてある。よく目を通しておいてね」
奏多は手渡された紙切れに目を通す。
そこには箇条書きで、次のようなことが書かれていた。
『一.異界にて、異なる概念を持ち込んではならない
二.異界にて、異なる概念の物を作ってはならない
※但し、一・二に関しては共通の概念が存在する場合はこれに限らないものとする。
三.異界を旅する者は、なるべく異界の理に関わってはならない
※但し、三に関してはその異界の理が書き換えられるとき及び旅人の命に関わるような場合はこれに限らないものとする。
四.関係のない者が関わってしまった場合は、その者の記憶を消去すること』
「案外少ないんだな」
もっと細かくびっしりと書かれているかと思っていた奏多だったが、あっさりとした内容なだけに拍子抜けする。
「まぁ大まかなものをまとめただけだからね。他にも旅人の間で独自のルールを設けてあるようだけど、それはボクらの管轄外だ。そっちの方はアスカに任せるよ」
(異界のルールの他に旅人間でのルールもあるのか……)
めんどくさいな……と思っていた奏多に対して、テュフォンは厳しい視線を送る。
次の瞬間――、
「でも、決してルールを破ってはいけないよ。破ったら最後――君の存在を消すことになりかねないから……ね」
(――!!)
――『存在を消す』――
その言葉に息をするのも忘れるほどの恐怖を抱く奏多。遠回しな言い方ではあったが、直接的な訳し方をするなら――「いつでも君を殺せる」ということでもあった。
恐る恐る魔女の顔を見る奏多。魔女はというと……何事もなかったかのように無邪気な笑顔を奏多に向けていた。
――奏多にとって、その無邪気な笑顔がとても恐ろしく感じた。
そんな奏多の心境を知ってか知らずか、魔女は最後に彼に向かって、
「そしてこれはボクから君へ。旅の餞別」
指を鳴らすと、一瞬にして奏多が着ていたジャージが旅仕様の服へと早変わりした。
白いTシャツの上には暗めの色のフード付きジャケット。背中に背負っていたリュックはそのままに、下は七分丈くらいの長さのトレッキングパンツ、靴は運動靴と、まるで奏多がいた世界の服装に合わせてくれたように思える組み合わせだった。
「うん! よく似合っているよ! あとは旅をしながら適切な服装にしていってね」
「……動きやすかったんだけどなぁ、ジャージ」
「動きやすさは確かに大事だけど、暑さ寒さに対応してなきゃ意味ないわよ」
着替えを終えた奏多のもとに、旅の準備を終えたアスカが合流する。彼女は昨日と同じ格好のままだった。
「次はどんな異界に辿りつくか分からないんだから」
「おぉ! いよいよだな! ワクワクしてきたぁ!! 冒険に出かける漫画の主人公たちもこんな気持ちなのか!!」
未知なる冒険、自分が見たことも聞いたこともないような世界。想像を膨らませながら、期待で胸が躍る奏多。テンションが高い奏多とは逆に、
「はぁ……できれば次の世界が、奏多が元いた世界でありますように……」
「俺の冒険は即終了!? 俺たちの旅はまだまだこれからだぞ!?」
運よく奏多がいた世界に行ければ……と願うアスカ。
旅に出てすらいないのに、といきなり出鼻をくじかれた奏多は、打ち切り予定の漫画のセリフみたいなことを言いながら狼狽える。
「冗談よ。そんなに簡単にいけば苦労はしないわ」
冗談のようで冗談に聞こえないことを口走るアスカに、奏多は、この先大丈夫かな……と不安になる。そして――、
「準備は整ったかい? 二人とも?」
魔女が最後に確認をする。
「はい」
「おうよ!」
二人は返事をすると、家から数メートル離れて並んで立つ。
――いざ、旅立ちの時はきた。
アスカが右手を掲げるとゲートが開き、奏多たちが異界へ移動してきた時と同じ魔法陣が二人の足元に展開される。
「気を付けてね!」
二人の旅立ちを見守るテュフォン。
「また会おうな! テュフォン!」
――「また会おう」そう言い残すと、アスカと奏多の二人は異界へと旅立っていった。
「奏多くん……アスカの事をよろしく頼むよ」
テュフォンはつぶやくように小さな声で言ったが、すでに移動してしまった奏多には聞こえるはずもなく、一人残されたテュフォンは、二人が先ほどまで立っていた場所をしばらく見つめているのであった。
◇
アスカと奏多を見送ったテュフォンは一人、家の中へと戻っていった。
「――あの子の事をどう思う?」
誰もいなくなったはずの部屋の中。テュフォンは『誰か』に向かって声をかける。が、人影らしきものは見当たらない。
『あの奏多とかいう小僧の事か?』
部屋の何処からか、奏多を小僧と称する声が聞こえる。明らかに人間が発する声とは違うそれは、神々しく、年老いた女のような声だった。
『魔力も持たない人間に、期待などしておらんさ』
「でも、あなたは彼を助けたじゃない? それに、最終的にアスカは彼の同行を許した。今まで誰とも組んでこなかったあのアスカが」
奏多たちがいた時とは明らかに雰囲気が違うテュフォン。いつの間にか左目のハートのタトゥーが星になっている。
「私、ちょっとだけ彼に期待しているわ。彼なら彼女を……アスカを、救ってくれるんじゃないかって」
旅立っていってしまった彼らの背中を思い出す。その表情は、子供を心配する母親のように優しげで温かなものだった。
「それに、私たちが犯してしまった罪も……」
いつの間にか一人称が『私』になっているテュフォン。そう言うと、先ほどから話しかけていた声の主がいる方を見る。
「ね? ――アヌビス」
『…………』
テュフォンが心に感じ取ったものを、アヌビスも感じようと彼女の目を黙って見つめ返すのだった。
ここまで読んでくださっている方々、ありがとうございます。やっと二人が旅立ちました。果たしてこの旅の果てに何が待ち受けているんでしょうか……
次は二人の旅のターンですが、今は話を作っている段階ですので少し間が空いてしまいます。申し訳ないです。1~3日以内には必ず1話はあげられるように頑張ります。もしかしたら繋ぎとして小話的なのを入れるかもしれませんが……そこは進み具合次第です。
次の話も早く投稿できるように頑張ります。




