第9話 「旅人初心者」
説明が終わった――と思いましたか? いえいえもうちょっとだけ続くんです。次は奏多くんの質問タイムです。 もう少しだけ、彼らの会話にお付合い下さい。
追記:脱字の修正等をしました。
追記2:セリフを加筆修正しました。
テュフォンは食べ終えたお茶菓子を片づけながら、飲み終えた後のカップとティーポットを洗い始めた。アスカと奏多はそれを手伝おうとしたが、テュフォンに「お客様だから」と言われて止められた。
「長い説明、お疲れさん」
長い説明を終えたアスカに労いの言葉をかける奏多。アスカも話疲れたのか、椅子に深くもたれかかっていた。
「そりゃどうも。普通の旅人になる人ならこんなに細かい説明はいらないんだからね」
「悪いな世間知らず……いや、世界知らずで」
奏多のために一から十まで説明してくれたアスカとテュフォン。これで終わりかと思いきや、
「じゃあ、今から君の質問タイムだね。今までの説明の中で気になったこととかある?」
全ての片付けを終えたテュフォンが、再び奏多たちの前に座る。
アスカはまだ続くの……と言いたげに嫌そうな顔をしたが、旅人初心者の奏多のために仕方なく付き合うことにした。何かあった時に自分の説明不足のせいにされたらたまったもんじゃない。
「あー、旅人に与えられる恩恵と力ってどんなのなんだ?」
突然の質問タイムで何も考えてなかった奏多は、最初に頭に思い浮かんだことを質問した。
「大したものじゃないよ。恩恵は異界の言語と文字の自動翻訳さ。力の方はまぁ、ちょっとしたオプションってやつなんだけど、それは奏多君次第なところがあるし、ね」
「オプションとやらも気になるが、自動翻訳ってなんだ?」
「君がいた世界には複数の国や地域がなかったかい? そこでは自分の住んでいる国と違った文化が、言語が、文字がなかったかい?」
テュフォンの質問に対して、奏多は自分がいた世界の国々を思い浮かべる。自分が住んでいた日本という国。アメリカやイギリス、ドイツ、イタリア……。それぞれが全く異なる言葉や文化が発達していた。
「それと同じさ。異界ごとに独自の文化が発達している。だけど、コミュニケーションの基本である言語と文字が理解できなければ話にもならない」
テュフォンの言うことはもっともだった。確かに言葉が通じなければ外国へ行っても意味がない。
奏多がこれまでに観てきたアニメなどの異世界召喚物は、いきなり異世界に飛ばされても当たり前のように言葉が通じていたことが多かった。しかも、奏多が異界を移動した後もアスカやテュフォンと普通に話していた。『異界の者同士で言葉が通じる』ということが普通の事なんだと勝手に思い込んでしまっていたのだ。
「君たち旅人が旅をしやすくするため魔女の恩恵ってこと。中には恩恵だけ貰わずに異界を移動する力だけ貰って、独学で異界の言語や文字を学ぶ変わり者もいるけどね」
(独学で異界の言葉を学ぶ――)
それを聞いた奏多は頭が痛くなった。英語が苦手だった奏多にとって他の国の言葉を勉強するというのは考えられないことだったからだ。
「そんでもって、異界を移動する力の方はアスカちゃんも身に着けているその指輪」
アスカが身に着けている青い宝石がついた指輪を、テュフォンは指差す。
「この指輪が異界を移動するためのゲートを作るカギになるんだよ。盗難防止として本人しか使えない。使えはしないけど、異界を移動するだけならゲートの中に入った人は誰でも大丈夫ってこと。ちなみに、ゲートっていうのは異界同士を繋ぐ門の事だから覚えておいてね」
「ただし、魔力がないと指輪の力は発動しないし、ゲートも開けない。だから奏多には不要のものよ」
テュフォンの説明をアスカが補う。魔力を持ってない奏多が指輪を持ったところで、宝の持ち腐れということだ。
「私は何度か魔力のない世界に移動してしまったから、魔力が底を尽きそうになってここに来たの」
「えっ、魔力って無限に使えるもんじゃないのか?」
アスカの一言に驚く奏多。次から次へと質問攻めにする。
「魔力のある世界では、魔力は空気と同じような扱いになるの。いつでも取り込んで吐き出せる。そこでは魔法が使いたい放題よ。でも、魔力のない世界では自分で貯めこんでいた分の魔力しか使えない。次に魔力がある世界に移動するまでは節約しないといけないの。だから大抵の旅人は最低でもひとつは魔力のある世界を座標固定しているはずよ。魔力が底を尽きそうになった時の保険としてね」
常に魔力を維持できて、どんな時でも魔法が使えるものだと思っていたが奏多。自分が持っていた魔法や魔力のイメージと実際との違いに戸惑う。
それでいて、ここでも座標固定という言葉が出てきた。異界が移動できなくなるのを防ぐ救済措置としても座標固定は必要なようだ、と改めて座標固定の大切さを思い知った。
「奏多、一つだけ言っておくけど、あんた魔力の『器』自体がないから魔法も使えないからね」
「……やっぱり?」
奏多に一言釘を刺すアスカ。薄々感づいてはいたが、やはり魔力を持っていないと魔法が使えないことが分かると、目に見えてショックを受ける奏多。自分もアニメの主人公のように魔法が使えれば――と妄想していた彼だったが、希望が絶たれてしまった。少しでも希望を見出そうとテュフォンに可能性を提示する。
「旅をしているうちに魔力が身に着いて魔法が使えるようになる……なんてことはありませんかね?」
魔力がある世界を巡っていればいつかは自分も――と涙目になりながらも淡い期待を抱く奏多だったが、
「それはどうだろ? 魔力の器がない人間が旅人になる前例なんて無いから何とも言えないなぁ。まぁ、期待はしないことだね」
魔女のテュフォンにそう言われてしまってはどうしようもなかった。
ますます落ち込む奏多だったが、テュフォンは何かを思い出してアスカに尋ねる。
「あっ、でもさ? 魔力がない奏多くんでも魔武器なら扱えるんじゃない?」
「魔武器?」
「魔力を持った武器の事よ。魔力が宿った鉱石――"魔鉱石"などを基に魔武器職人の手によって作られるの。魔力が宿った武器には異界によって様々な名称がついているけど旅人の間では総称して"魔武器"と呼んでいるのよ」
(なんと!)
魔力のない自分でも魔法が使えるかもしれないと聞き、たちまち元気を取り戻す奏多。
「でも、魔武器は基本、魔力のある世界でしか使えないわ。魔力のない世界だと魔力がある世界で貯めこんでいた分の魔力しか使えない」
「あー、スマホの充電みたいな感じね。充電しておいた分しか使えなくて、電池がなくなるとまた充電して使えるようにするサイクルを繰り返すってことか」
「そのスマホがどんな仕組みか知らないけど、たぶんそういうことよ」
条件付きだが魔法が使えるかもしれない。希望が見えてきた奏多は、先ほどの落ち込んだ表情とは異なり明るい顔つきになる。
「アスカが化け物倒す時に使ったアレも魔武器の一つか?」
「そうよ。あの時は魔力の消費を抑えるのも兼ねて使ったけど、普段だったら直接魔法を相手にぶつけて攻撃することもあるわ」
アスカが戦っていた時のことを思い出した奏多。魔法が直接使えるアスカにとって魔武器はあまり意味の無いもののように思えるが、魔法が使えない奏多にとっては願ってもない代物だった。
「魔武器は魔力の器の大きさに関わらず使えるけど、威力は器の大きさに比例してしまうのが難点ね。そこで差が生まれてしまうと、戦いになったとき厄介だわ……」
冷静に分析をするアスカ。奏多とテュフォンのことなど忘れ、一人ブツブツと言いながら魔武器での戦術を考え始めた。
だが、魔法が使えるかもしれないと聞いて浮かれていた奏多の耳には届かなかった。
――数分後。一通り戦術を考え終えたところで自分の世界から戻ってきたアスカは、再び会話の内容に戻り、
「魔武器を通じてなら魔法が使えるし、今度機会があれば試してみましょうか」
実験はまたの機会ということで、と奏多の魔法使いへの第一歩は先へ持ち越される。
目の前の餌をお預けされた犬のように、そんなの待ちきれないと奏多は目を輝かせながら、
「だったら早く次の異界に行こうぜ!!」
漫画の熱血主人公のようなセリフと共にアスカを急かすのだった。
ここまで読んで下さっている方々、ありがとうございます。とりあえず説明は一通り終わりです。あとは物語を進めながらちょくちょく説明が入っていきます。
そして、次はいよいよ二人が旅立ちます。やっとです。
次も早く投稿できるように頑張りますので、よろしくお願いします。




