序章
追記:誤字を訂正しました。
追記2:大幅な加筆・修正をしました。(特に後半)
その日、ダージリン村では三年に一度行われる祭りに向けて着々と準備を進めていた。石造りやレンガ造りの家が立ち並ぶダージリン村は、緑豊かな自然に囲まれた小さな村で、観光客はめったに来ない場所である。
普段はのんびりとしているダージリン村だが三年ぶりの祭りとあってか、いつも昼間から呑みほうけている酔っ払いも、店に客が来なくて毎日退屈そうにしている人相の悪い男店主も、二日後の祭りに向けての準備に精を出していた。
そんな祭りの準備で賑わう村の中、人混みをかき分けながら長い栗色の髪をたなびかせて走り抜けていく少女の姿があった。
「わっとと……すみません! 通してください!」
髪は赤いリボンで一つ縛りにしており、少女が走るたびに馬の尻尾のように左右に揺れる。顔立ちは幼いが、瞳の黒色が大人めいた雰囲気を漂わせている。膝丈まである茶色くて少し薄汚れたジャケットは、少女が着るには少し大きいのか袖の部分を少し捲っていた。
肩にショルダーバッグをぶら下げており、ズボンは旅人用の動きやすい素材のモノである。足のブーツは、どんな歩き方をすればそんなにボロボロになるのかと思わせる汚れや擦り傷が目立った。
村を走り抜けていく途中、露店がずらりと並ぶ市場へ差し掛かった時、野菜を売っている店の女店主が店の手入れを中断し少女に向かって声をかけた。
「嬉しいのは分かるけど、そんなに慌てると危ないわよー」
少女は走るのをやめず、女店主の方へ上半身だけ振り返ると、「わかってまーす!」と元気よく返事をし、その場から走り去っていってしまう。
女店主は姿が見えなくなるまで、走り去っていく少女を温かく見守った。
「あんなに元気な彼女、久しぶりに見たな。最近はあいつがあまり帰ってこないからなぁ」
女店主は声の主の方へ振り向いた。声をかけたのは女店主のすぐ隣の店。主に銀装飾を扱っている店の男店主が、少女が走り去っていった方向を見ながら女店主に話しかけてきた。
「1か月は帰ってきていなかっただろう、あいつ」
女店主が同意するように首を縦に振り頷く。男店主が言う『あいつ』が誰なのか、女店主も分かっているようだ。
「あの人はあの子にとって、今や親同然だもの。きっと寂しかったのよ。ここ最近もずっと落ち込んでたしねぇ」
先ほどの少女のことをよく知る者にとって、ここ最近の彼女は元気がなかったようである。
少女の元気になった様子を見たからか、女店主はほっと胸を撫で下ろす。
「ほんと、今まであの子や仲間たちをほったらかして、なにやってたんだか……。まあ、ひとまず帰ってきてくれて安心したよ。何より、病気で寝込んでいるシオンにも、いい薬になる」
そう言うと、女店主は村から少し離れたところにある丘の上の建物に目をやった。
◇
――もうすぐ、もうすぐだ。あの人が、やっと帰ってきた。
そんな期待を胸に少女は走り続けた。
村を抜けて少ししたところに丘がある。その丘の上に二階建ての大きな建物が見えた。
建物の扉には掛札がかかっており、そこには『ギルド:ライトニングボルツ』と書かれている。
古いレンガ造りで二階建てのギルドは、かつて、村を治めていた貴族の屋敷跡である。先代頭首が亡くなると同時に屋敷にいた貴族や使用人たちは皆、散り散りになってしまった。残った屋敷は好きに使ってよいと村の人に託された。屋敷の使い道に迷っていたところ、ダージリン村出身のギルドマスターが、村を守る代わりにギルドの拠点として貸してほしいと懇願してきたのである。そして、現在はギルド『ライトニングボルツ』の拠点として使われている。
――もう少し、あと少し。
激しく動いているのと期待とで心臓が激しく鼓動する。息は呼吸が追い付いていないせいか、やや切れ気味になる。それでも前へと進む足は止まらず、確実にギルドに近づいている。
少女はギルドへと全速力で駆け抜けた。
息を切らしながら少女はギルドの目の前まで辿り着いた。
扉の前まで近づくと深く息を吸い、ゆっくりと吐きながら呼吸を整える。期待と不安が入り混じり胸が高鳴る。
取っ手を掴む手に力が入ってしまい、小刻みに震えた。
普段ならギルドの外にいても賑やかで騒がしい声が聞こえてくるはずだが、この日はやけに静かだった。しかし、そんなことに気付かない少女は何の躊躇いもなく勢いよく扉を開ける。
「ベル――ッ!」
待ち焦がれていた相手の名前を呼びながら扉を開けた――はずだった。
「……えっ」
少女は目の前の光景に絶句する。
「あ……あぁ……そんっなっ……っ――!!」
期待を裏切るかのように、扉を開けた少女の目の前に広がっていたもの。それは、
――希望とは程遠い、大量の死体と血の海という絶望的な光景であった――。
「いっ……いやっ、いやぁぁああ――!!」
少女の悲痛な叫び声がギルド内に響き渡った。
視界が霞む。呼吸困難に陥ったかのように息苦しくなる。それでも精一杯酸素を取り込もうとすると空気中に漂う血生臭さも肺に入り込み、気持ち悪さを覚える。
「はっ、うぇっ……うぅぅ、うっ――!!」
腹の底から込みあげてくるものを必死に抑えようと少女は口を押えるが、耐え切れず床に手をつくと同時にぶちまけてしまった。
血生臭さに交じって酸っぱい刺激臭も少女の周りに漂い始める。
「ごほっごほっ……っ、はあっはあっ――」
信じられない、信じたくない。そう思う少女だが、その思いとは裏腹に目の前の死体が、血の匂いが、いつもの喧騒とは違う静けさが、無情にもこれは現実だと語っている。
口の中に酸のような酸っぱさが残りながら、少女は力なく声を発した。
「アレク……村正……デヴィット……リンメイ……クロイツ……ルゥ……サーシャ」
自分の手近にいる仲間だった者を目で追いながら名前を順々に呼ぶ。
が、死体と成り果てた彼らは魂のない人形のように反応はない。
「――……ぁ」
現実を受け入れられないままの少女は何かに気がつく。
仲間の死体を視線で追った先、血が散乱する部屋の中央。
全身が黒いローブで覆われており、足元の死体を踏みにじりながら少女に背を向けて立っている人物がいた。
そこにいたのは――……。
拙い文章ではありましたが、ここまで読んでくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。
続きが早く出せるように、頑張ります!!