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ヒトカタと踊る。  作者: 鳥
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ヒトカタが微笑う。


  さて。一体どうすれば良いのやら?


 マキナを連れ帰ったものの、その先を全く考えていなかった。しかも今日は休日。騎士団に行く必要は無い。レスリーの奴が何か妙案を思いついているかも知れないな……。


「よし、出掛けるぞ」


「了解しました」


 傍らに立ち、じっと俺の命令を待っていたマキナに声を掛ける。


 すると、シェリーがたたた、と足音を響かせ駆け寄って来た。


「おとさん、マキナおねーちゃん、おでかけ?」


「そうだよシェリーたん。レスリーの家へ行くんだよ」


「シェリーは? シェリーは?」


 泣きそうな顔で自分も行きたいと訴える娘。そんな顔をされて、親として駄目だとは言えないよなぁ?そもそも5歳児を一人で留守番させる馬鹿がいる訳が無い。


「もちろん一緒だ。さぁ、支度しておいで?」


「うんっ!」


 駆け寄って来た時よりも更に足音を強めて走っていく。


 久々の休日、お父さんとお出かけ……喜びのオーラが出ているのを後ろ姿からハッキリと見えるようだ。


「か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛シ゛ェ゛リ゛ー゛た゛ん゛」


「ジェイクはシェリー様がお好きなのですか?」


「当たり前だろうが! むしろ愛してる!」


 真顔で問うてくるマキナへ拳を握りしめ叫ぶ。


 見た目は人間だが古代兵器であるマキナにとって、好きだの愛だのという感情は到底理解できないのだろう。


 そんなマキナに対し、少々からかってやろうという気持ちが湧く。


「そういうお前はどうなんだ? シェリーはお前に懐いているが」


 突如として我が家にやってきたマキナを、シェリーは玩具のような、それでいて友達のように扱っている。何かを教えれば直ぐに順応してみせ、何かをねだれば直ぐに応じる姿を見て、目を輝かせて喜ぶ。


 懐かれ、まとわりつかれるマキナも、嫌がること無くシェリーの要望に応える姿は、傍から見ていれば親子にも歳の離れた姉妹にも見えた。


 もっとも、マキナは終始真顔ではあるが。


「シェリー様はジェイクのご令嬢ですから、命令に従っているまでです」


 そっけなく言う。


 予想通りの返答に苦笑する。


「ま、そうだろうな。お前はそれで良いだろうが、シェリーがそれを聞いたらどう思うかな」


「……? 仰っている意味が解りません」


「あーまぁ、気にするな。そのうちシェリーも気付くだろうよ」


 未だにどういう意味か解らない様子でいるマキナを見て、ふと思い立つ。


「……その恰好のままだと、ちっと出歩くには不向きだな……」


「はい。この服装は急激な姿勢制御への対応が出来ません。交換、あるいは脱衣を要望します」


「待て待て脱ぐな。とは言っても、ウチには女物の服なんて……いや、あるか。あるにはあるが……」


 暫しの逡巡。


 女房が着ていた服をクローゼットに掛けたままである事をを思い出したのだがそれをマキナに着せても良いものだろうか?


 あの世で再会した時に怒られないかな……。


「……ま、今は非常事態だ。許してくれるだろう、多分」


「?」


「何でもない。よし、こっちだ」


「了解しました」


 手招きをして女房の部屋へ案内をする。


 こまめに掃除をしているから汚れてはいない。この部屋は色々と思い出がある。死んだ時そのままの状態でずっと綺麗に残してあるのだ。


「……」


 棚に立ててある家族画をそっと伏せる。


 何故かマキナには見せたくなかったのだが、自分でもどうしてそう思ったのかは良く解らない。


「えーと、どれがいいかなっと」


 クローゼットを開け、服を選ぶ。動きやすいものをマキナ姫は所望しておられる。生前に女房が着ていた姿を思い浮かべ、決めた。


「よし、これとこれを着ろ。そのヒラヒラした服よりは良いだろう」


「了解しました」


「うわっ! おいおいおい!?」


「どうされましたか?」


 目の前で脱ぎだすマキナから慌てて目を逸らす。


「急に脱ぐな! それも男の前で!」


「何故ですか?」


「そりゃお前、だって、なぁ? そういうもんだろ?」


「理解出来ません」


 それもそうだ。兵器であるマキナはそもそも服なぞ着ない。


 すっぽんぽんでも身体の表面には何も無い訳だし、恥ずかしいとかそう言った感情も持ち合わせてはいないのだ。


 しかし俺は人間で、男であり、マキナは女の姿を象っている訳で。


「あ~~~~もう! いいからさっさと着替えろ!」


「? 既に着衣を完了しております」


 俺が悶々と考えている内にさっさと着替え終わったらしい。ハッと我に返り、マキナへと目を移した所で固まった。


「……アイシャ」


 口が勝手に動いた。死んだ女房の名前が滑り出る。


 それほどまでに、似ていた。


「ジェイク、どうされましたか。私はマキナと呼ばれる事になっています」


「……あ、あぁ、そうだな。いや、悪い。何でもない」


「どうでしょう、問題はありませんか?」


「あぁ、大丈夫だ。良く似合っている」


 困った。


 まさか服を着せただけでここまで似るとは。


 お袋に見せたらどう思うだろう。


 絵画でしか母親を知らないシェリーに見せたら、どう思うだろう。


 俺は、これからマキナをどう見ることになるのだろう――


「ジェイク?」


「……んあ?」


「まだ体調が優れないのですか?」


「あ、いや。大丈夫、大丈夫だ。……その服で問題無いか?」


「はい。ですが、この服装ですと32の武装と14のシステムに支障が」


「それは何も無い平和な世の中で必要なものですかマキナくん」


「いいえ」


「ならそれで出掛けるぞ」


「了解しました」


 白のブラウスに茶のオールインワン。無駄にヒラヒラしたさっきまでの服と違い、ベーシックな衣装だ。リボンバングルはそのままだが、まあそれは構わんだろう。


「おとさん! じゅんび、できたよ!」


「おー、偉いぞシェリーたん。一人で出来たな?」


「うん! ……!」


 支度が整ったシェリーが意気込み駆け寄ってくる。


 姿見で服装の乱れなどをチェックしていたマキナを見て固まった。さぁ、どうでる。


「マキナおねーちゃん、かわいい!」


「可愛い!?」


 思わず変な声が出た。まさかそんな感想が出てくるとは全く思っていなかったからだ。


「ジェイク。可愛い、とは、どういった意味でしょうか?」


「あ? あー、素敵だね、って事なんじゃないかな多分……」


「理解しました。有難う御座います、シェリー様」


「すっごく、すっごく、かわいいよ? ね? おとさん!」


「そ、そうだねシェリーたん」


 女房が死んだのは3年前、シェリーがまだ2歳の時だ。


 絵画でどんな姿だったのかを見ているとはいえ、俺ほどには覚えてもいないし、似ているという想いも無いという事か。


「はぁ、何か疲れた……」


「ジェイク、やはりまだ休息が必要なのでは」


「大丈夫だ! 大丈夫! 何の問題も無い!」


「おとさん、どうしたのー?」


「何でもないよー? さぁ、出掛けようか。まずはレスリーのとこだぞ」


「はーい! レスリーおにーちゃんのおうち、はじめてだね!」


 そう言えば、シェリーを連れてアイツの家に行った事は無かったな。


 本や謎の実験器具、怪しい煙が充満しているような所へ、大事な娘を連れていける訳が無いからである。


「……レスリーも一緒にお出掛けしてもらおうねー」


「おとさんと、マキナおねーちゃんと、レスリーおにーちゃんと、おでかけ?」


「そうだよ」


「わあぁ……なんだか、たのしそう!」


 喜びはしゃぐシェリーを見て心が和む。あぁ、なんて可愛いんだ我が娘は。

 

「レスリー様のご自宅でお話しをされるのでは?」


「アイツの家は環境が悪すぎるんだよ」


「大変興味深く思います」


「そんな興味なぞ持たんでいい」


 謎の好奇心を見せるマキナ。人間と兵器という間柄であるから仕方ないとは言え、思考が全く読めないのでは今後の活動に支障をきたしそうだ。


「……何で今そんな興味を持ったか、教えてみろ」


「はい。レスリー様の衣服から多数の毒物反応を検知いたしておりましたので、にも関わらず周囲への被害が無い事から、現代において使用される新兵器がある可能性を考慮しておりました」


「……それで?」


「はい。レスリー様のご自宅の環境が新兵器への耐性、並びに研究施設である可能性を見出し、戦闘機としてのスペック向上に繋がるのでは、と」


「……なるほど」


 つまり、風呂にも入らず服を洗濯するのも渋るような男から発せられる臭いを、こいつは毒ガス兵器か何かだと勘違いしている訳だ。


「く、くくく、く……!」


「どうされましたか?」


「いや、何でもない。その事を伝えたらレスリーは泣いて喜ぶだろうよ」


 思わず大笑いしそうになるのを堪える。同時に、シェリーへの被害を考えねばならない事となった。


「まずアイツの家に着いたら、風呂に入れさせて着替えさせないと駄目だな」


「それでしたら、私の洗浄機能をお使いになられますか?」


「お前そんなもんまでついてんの!?」


「はい。ウォータープレッシャーを対物洗浄圧にまで下げたハイドロウォッシャー機能が備わっています。犬・猫などの小動物から象などの巨大動物まで対応可能です」


「お前、戦闘機なんだよな?」


「デウス・エクス・マキナは歩兵随伴戦闘機として開発されておりますので、戦闘長期化に因る不衛生環境化での疫病・疾病などを予防する機能なども搭載されております」


「万能兵器かよ。古代の人間ってのはすげぇなぁ」


 遥か昔の時代を想わざるを得ない。こんなのが戦闘機として開発されてるってんだから、戦争なんかが起きた時にはどんな惨事が待っているのやら。


「そういやお前の事も、もう少し詳しく聞きたいところだな」


「必要であれば開発経緯からお話しすることが可能です」


「ま、それはレスリーのとこに行ってからだな」


「了解しました」


「おとさん、おでかけ、まだ?」


「おっとっと、そうだな。そろそろ行くか!」


「うんっ!」


 俺とマキナの会話が理解できず、玄関でまだかまだかとソワソワしていたシェリーがついにしびれを切らしたようだ。


 待っていましたと言わんばかりに元気良く返事をすると、扉を開け、軒先へと駆け出していった。


 空には青が広がり、ところどころに大きな雲が浮かんでいる。


「あぁ~、良い天気だなぁ。平和ってサイコーだわ」


「おとさん、はやく! はやく!」


「あんまり急ぐと転ぶぞ~。さ、手を繋いでいこうな」


「はーい!」


 シェリーと手を繋ぎ、太陽の光が降り注ぐ道へと歩き出す。


 後ろにはマキナが真顔で、無言で、音も無くついてくる。ちょっぴり浮いているらしい。


 平和で、健康で、ちょっとおかしな古代兵器が傍らに居ること以外は良し。


 この幸せが束の間のものであることを俺は知っている。


 知っているが、今は深く何かを考えていたくは無かった。


 この古代兵器が――マキナが、死んだ女房に似ているなんて、な。


 そのマキナが、何だか微笑んでいるような気がしている事も、な。



5話です。

10話くらいで完結予定です。

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