ヒトカタと振れる。
こんなにも自分の不運を呪ったのは、これまでで一番かも知れない。
確かに他人より若干は運に恵まれないと理解はしていた。それでも俺はめげずに何とかやってきたんだ。ちょいとばかり運が悪くたって気持ち次第で乗り越えられる、ってな。
それが今回の騒動はどうしたことだ。やれ遺跡調査をしてこいだの、そこで見つけた古代兵器が懐いただの、あろうことかその古代兵器が俺の眼前でドレスを身に纏っている……。
「何なのだこれは! どうすればいいのだ!」
素直な感想を述べる。誰も俺を止める事など出来ない。
今の俺は例え一国の軍隊が押し寄せようとも、声を張り上げるだけで撃退出来る。嘘じゃない。
「とても良く似合っていますよ、マキナさん。副団長もそう思いますよね?」
「そうだねよくにあってるねまるでおひめさまみたいだぁ」
レスリーが容姿を褒めると俺に同意を求めてきた。当然、俺も心の底から賛辞を送ってやる。
「有難う御座います、ジェイク」
無機質な声質で無表情に礼を述べる姿は紛うことなき非人間。
軽くため息をつき、ABCへと向き直る。
「なぁ……いくらなんでも、これは無いんじゃないか、お前たち」
「そうっスか? 良く似合ってると思うんスけどねぇ」
「うんうん、やっぱり女の子はこうでなくちゃ」
「……良く似合ってる」
駄目だ、こいつらに聞いた俺が馬鹿だった。
しかし、改めてこうして見ると古代の戦闘兵器には到底見えない。やんごとなき身分の令嬢と言われて信じない奴は殆ど居ないだろう。
だがそれが問題だ。こんな奴を家に連れ帰ったら俺は犯罪者呼ばわりを避けられない。そもそもシェリーに何て言えばいいんだ?
「あーもう、どうすりゃいいんだよ……」
「取り敢えずは連れ帰って頂く他は無いでしょう。王宮内には彼女を保護しておける場所はありませんし」
「んなこと言ったってなぁ……。えー、本気で? 連れ帰らんと駄目か?」
「他に案があるのでしたら、お聞きしますが」
「……お前の家」
「は、彼女を住まわせる程のスペースはありませんよ」
「だよなぁ。本と訳のわからんものばかりで酷い有様だしな」
「その通りです」
ふふん、と鼻を鳴らして胸を反らせる。いや、ホメてはいないぞ?
「ABCのところはどうなんだ?」
マキナを取り囲むようにして愛でているアホどもにも駄目元で聞いてみると
「ウチは実家なんで女の子を連れ込んだりしたら叩きだされるッス!」
「僕は騎士寮なので女人禁制です」
「……一人を邪魔されたくない」
と、三者三様にゴネやがる。俺だってゴネたいんだよ!
「……わかったよ、俺の家に連れてくよ……」
結局は俺が折れる形になる訳だ。あぁ、俺は何でこんなにも不幸なんだ?
――訂正。俺は不幸なんかじゃない。それどころか誰もが羨むほどの幸せ者であるに違いない。何故なら――。
「おとさん! おかえりなさい!」
我が最愛の娘、シェリーたんがいるからだあああああああああ!!!!
「ただいまシェリーたああああああああん!」
「わわぁ! おとさん、どうしたのー!?」
調査期間中に実家へ預けていた娘を引き取りに行き、輝く笑顔で出迎えてくれたシェリーを掻い繰り、思い切り抱きしめる。
「おとさんはなぁ、おとさんはなぁ、大変だったんだよぉ」
「おとさん、おしごと、たいへんだったの? よしよし」
優しく頭を撫でてくれる我が娘の優しさに、思わず涙が溢れ出そうになる。周りの連中にこの天使の数十分の一でも俺に対する慈悲があれば……。そう思わずにはいられない。
「帰って早々に騒ぐんじゃないよ、この馬鹿」
玄関で抱き合う俺達を奥から出て来たお袋が罵倒する。いや、正確には「俺だけ」を罵倒する。シェリーに非は何一つ無い。
「お袋、シェリーを預かってくれて助かったよ」
シェリーを抱き上げ肩に乗せ、お袋に礼を言う。
今の俺はどんなに痛烈な罵詈雑言を浴びせられても神の如き振る舞いで全てを許す事が出来るのだ。それほどまでに、数日振りの娘との再会は俺の心を明るく照らし出してくれる。
「ふん、可愛い孫娘の為だよ。お前の為じゃないわい」
「シェリー、おばあちゃんに良くしてもらったかい?」
「うん! シェリーね、ばっちゃにね、たくさんあそんでもらったよ!」
「そーかそーか、それは良かったなぁ!」
シェリーの笑顔を見ていると心が洗われるようだ。
「……で、後ろにいるお姫様は何処の何方なんだい?」
「わぁ! きれーなおねーちゃんだ! おとさん、だぁれ? だぁれ?!」
「……説明すると長くなります、はい」
その長くなる内容を掻い摘み、かくかくしかじかと伝える。
「大丈夫なのかい? そんなおっかないモンを連れて歩いてさ」
「今ンとこは大人しいから平気だろ、多分。それよりも、だ」
椅子に座りシェリーを抱き抱えたマキナをチラと見やり、溜息を吐く。
どうやらこの古代兵器殿をシェリーは存外に気に入ったらしく離れようとしないのだ。今はマキナの両手を取り、手遊びを教えているようだ。
「レスリーはあんな事を言ってたが、このままじゃ本当にマキナが母親代わりになりかねん。いや、この場合は友達扱いか?」
「そこは何でもいいじゃないか、シェリーが気に入ってるんなら。危険がある訳じゃ無いってんならね」
「そうはいかないだろ、アイツは人間じゃないんだぞ?」
「おとさん、マキナおねーちゃんが、ずっといっしょにいるって! ねぇ、ほんと? ほんとなら、シェリー、うれしいなぁ……!」
「……どうするんだい?」
シェリーの心底嬉しそうな笑顔を見て、ガックリと項垂れる。そんな俺を見てお袋が問いかけてくるが……。
「どうすりゃいいんだろうねぇ、ほんとにねぇ」
ただただ唸る事しか俺は出来なかった。
夢を見た。
幼いシェリーを抱き、微笑む女が、風に髪をなびかせ、俺を見る。
誰よりも君を愛し、あらゆる悪から守ると決めた。
シェリーを抱く腕から、赤が落ちる。
胸を掻き抱き、強く結んだ口元からも、燃えるような赤が落ちていく。
それでも笑い、そして叫ぶ。
あの子を、お願いね。愛してるわ、――
「……っ!!」
ベッドから飛び起きる。
滴るほどの汗が髪に纏わりついた。
「……最近は見てなかったのにな……」
「うにゅ、むぅ……」
「おっと……よし、起きてないな。」
隣で寝息を立てるシェリーを起こさぬよう、そっとベッドを抜け出しベランダへと出る。気候の安定したこの国では珍しく冷たい風が吹く。
「ジェイク、どうされましたか。うなされていたようですが」
「うわっ、お前こんなとこに居たのか。……驚かせるんじゃない」
「申し訳ありません。睡眠を必要としないので、街の記録を録っておりました」
「そうか……いや、悪い。勝手に驚いたのは俺だ」
手摺りに寄りかかり、ふぅ、と一息吐く。
「ここ数年は見ていなかった悪い夢を見てな。風に当たりに来たんだ」
「悪夢ですか。人間の夢は現実での健康状態などにも影響を受けるとデータにはあります。体調が優れないのですか、ジェイク」
「そんな訳があるか、俺は健康には気を遣って……いや、そうか。今日は色んな事がありすぎた、頭が混乱しているのかも知れんな……」
「疲労が蓄積されている様に見受けられます。休息の必要があります」
「その休息を取って居たら悪夢を見たんだよ……」
「……申し訳ありません。そのような場合の対処法が見つかりませんでした」
「気にするな、お前は人間じゃないんだからな。そんな対処法を知っていたところで、必要としないだろう」
「はい。ですが、マスターの健康状態には――」
「いいから。お前は気にするな、俺はもう一度寝る。お前も休めるなら休め」
「……了解しました。スリープモードへ移行します」
そう言ったマキナは、ベランダの椅子へ力無く座り込む。
全く動かなくなったマキナを見て、ある事に気付いた。
「……少しだけ、アイツに似てるんだな。シェリーも懐くはずだ……」
懐かしい面影を見た。
頭をポリポリと掻き、更に気付く。
「……あ、風呂入ってねーや」
大慌てで風呂へと向かったのだった。
大変遅くなりましたが、四話です。
何とか完結へ持っていきたいので
頑張ります。