ヒトカタと揺れる。
「それで、こうして連れて帰って来たという訳だな?」
「は、その通りであります団長殿」
古代遺跡の地下で出会った古代兵器――マキナと名付けた――を王国へと連れ帰り、今は騎士団会議室に集まっている。
危うく死ぬところではあったが、こうして無事に国に戻れたのは幸いとしか言いようが無い。事の顛末をもらさず団長へ伝えると、ただでさえ面白い顔をしかめて尚更すごい顔になっている。
「大体の事情は解ったが……。危険では無いのか?」
「この通り俺には従いますし、俺の周りの奴にも危害は加えないですよ。ほら、大人しいもんでしょう」
先ほどから一言も発さず、ただ俺の後ろに立つマキナの眼前で手を振ってみせる。特に何の反応も示さず、マキナは真顔で突っ立っている。
こいつに表情の種類があるとのかは知らんが。
「ふぅむ……にわかには信じられんがまぁいい。しかし参ったな、王にどう報告したものか」
「その件につきましては、私に考えがあります」
レスリーが前へ歩み出る。ここへ戻るまでの道中にずっと二人で考えていたのだ。マキナを連れ帰ったとして、どう上の人間に説明し納得させるか。
結局何も思いつかずに戻ってきてしまったのだが、こうして前に出たということは何か良い案が浮かんだのだろう。頼もしい奴だ。
「今回こうしてマキナを連れ帰ってきた事に関しては、国内外問わずに機密事項として扱うべきかと」
「ほう、それは何故だ」
「はい。今はこうして大人しいとはいえ、古代兵器には間違いありません。そういったものが国内を出歩いていては、国民に不安が広がる事でしょう。また、現在グランス王国は隣国ドラファール帝国と緊張状態にありますので古代兵器を従える事が出来ると伝われば、危険視した帝国軍の兵が攻めてくる、または破壊工作を考えてくる可能性があります」
「なるほど。それは不味いな……」
……よくもまぁここまで口から出任せに言えるもんだと感心する。
確かにドラファールとは緊張状態が続いているが、実際は戦争が起こるようなもんじゃない。単にドラファール帝王――ミカエル・ハモンド帝とうちの国王、グランス=リチャード三世が幼馴染で、先々月からずっと『どちらの娘が可愛いか』と言うクッソ下らない理由で喧嘩をしているというだけだ。
俺のシェリーたんが一番可愛いに決まってるだろ。
「という訳で、マキナは副団長ジェイク・ランバート指揮下に置いて行動を抑制し、その間に私がマキナの詳細を調べておきますね」
「解った、オデロが言うのならそれが一番だろう。国王には私から何とか言っておく。お前たちはその古代兵器を自在に制御できるよう努めろ」
「は、了解しました!」
団長殿は悪い人物では無いが、脳みそまで筋肉で出来ているような人だ。
であるから、基本的には部下の言うことに全て一存させちまう。悪い人では無いから、だますような事はしないが……よくこんなので騎士団長を務めているものだ。俺たちは楽でいいけど。
「では解散。ジェイク、そいつを野放しにはするなよ」
「解ってますって。安心してくださいよ、団長殿」
「全く安心出来ないから言っておるのだが」
どうせ俺は信用ならんですよ、と。
「さて。それでレスリー君、マキナを俺の指揮下に置いてお前は研究をすると言ったな。どういう事なのか詳しく説明してもらおうか?」
会議から解放され、すっかり遅くなった昼飯を食うために王宮内にあるレストランで一息つきながら、レスリーが団長に言った事の詳細を聞いた。
このグランス王宮は一階部分が一般開放されており、レストランや服飾店等いくらかの施設がある。グランス王国は一般人に対してかなり寛容な事で有名であり、俺たちのような一騎士団員もその恩恵に預かっているのだ。
「その事なんですけどね、私は王立図書館で古代にマキナのような兵器が存在したのかを調べてみるつもりです。古代文献には人型の戦闘兵器がいくつかあったと記録されているのはご存知でしょう?」
「あぁ、前に何かで見た。ただ、アレはもっと兵器兵器した奴だったよな?」
「そうです。多くの人型兵器は多彩な武装を持つために多腕であったり行動速度を高めるために多脚であったりと、彼女のような完全に人に似せた姿をしたものはありませんでした。しかし、マキナはどういう訳か女性形をしているだけではなく、戦闘には不要な髪の毛まで細かく作られています。これは今までの資料には無かった全く新しい発見ですからね、大いなる興味が湧いてきたんですよ」
珍しくレスリーが興奮した口調でまくし立てる。どうやらこいつの琴線に触れる部分がマキナにはあるらしい。
「まぁ、単に戦闘兵器だってんなら髪なんて必要ねぇしなぁ……」
俺の後ろでずっと立っているマキナへ目を向ける。
言うことを聞くようになってから、こうしてずっと俺の後ろに立つコイツの考えていることはさっぱり読めんが『どうされました?』と言わんばかりに首を傾げる所を見ると、本当に兵器なのかどうか疑わしくなってくる。
「……そういやコイツに服って必要かね?」
「そうですね。流石にそのままだと連れて歩くには不便ですよね、やはり」
「おい、アルバート。お前こいつの服買ってこい。釣りはやるから」
隣のテーブルで飯をかっくらっているAに声をかける。
アルバート、ベイク、カールは頭文字を取ってABCと呼ばれる。
常に三人態勢で俺とレスリーを護衛するため、素早く点呼を取れるようにと三人が自ら志願したのだ。気の良い奴らで、俺たちもこいつらの事は心から信頼している。
「え、俺ッスか? でも俺、女の子の服なんてわかんないッスよ?」
「そうそう、Aに任せたらとんでも無い事になりますよジェイクさん」
「……Bだって大して変わらないだろ」
「そういうCも生まれてこのかた彼女無しジャン!」
「Aもでしょ」
「……B死ね」
わいのわいのとうるさいのだけが難点だ。
「ええい、うるさい。いいから行ってこい」
「ウッス、じゃあ暫く待っててくださいッス!」
「心配だから俺もついてきますね」
「……俺も」
「あぁ、マキナ。お前も行ってこい。試着しながらのほうがいいだろ」
「了解しました。A様、B様、C様へ随行します」
「マキナちゃん、そんなよそよそしくしなくていいッスよ?」
「というか、既に略称扱いなんだね」
「……様はいらない」
「了解しました。敬称を省略。ABCへ随行します」
「良い子ッスね! そんじゃ行ってくるッス!」
テーブルに残った飯を大急ぎで口に放り込むと、どたばたと走ってレストランを出ていく。なんとまぁ騒がしい事か。
「しかし、これからどうしたもんかな。マキナを俺の指揮下に置いておくって言ってもなぁ……」
「え? 副団長の家で一緒に住めばいいじゃないですか」
飲んでいたエールを噴き出してしまった。
目の前に居たレスリーの顔面に思い切りエールを被せてしまったが、突然わけのわからん事を言ったこいつへの天罰とする。
「うわ! 何するんですか、汚いですね!?」
ゴシゴシとナプキンで顔を拭くレスリー。こいつ、自分が今何を言ったか理解してんのか?
「ゲホッ、ゴホッ、ゲホンッ! お、お前なぁ……何を言い出すんだよ」
「何を、って、それしか方法が無いじゃないですか。王宮に置いておいたら誰が何をするか判りませんし、シェリーちゃんも喜びますよきっと」
「はぁ? 何でシェリーが喜ぶんだよ」
「とても副団長のお子さんとは思えないほど良い子のシェリーちゃんですが、お母さんが居なくてきっと寂しいはずですよ」
「ちょっと待て、どういう意味だ。マキナを母親代わりにしろってか?」
「そうです」
にっこりと笑って言うこいつの顔面に今すぐ蹴りを入れたい。マキナ以上に何を考えているのかさっぱり読めない。
「そもそもマキナは人間じゃないだろ。どうしろってんだよ」
「完全に母親代わりとは言いませんが、お姉さんみたいな存在も彼女にはきっと必要ですよ。まだ五歳ですしね」
「おいおい冗談じゃないぞ。というか何で俺がマキナを家に置かなきゃならんのだ」
「副団長の指揮下に置くんですから、それくらい当然では?」
「……」
開いた口がふさがらない。こいつ、単に面白がっているだけなんじゃ。
頭を抱えていると、先ほど服を買いにいった連中が戻ってきた。
「先輩、買ってきたッスよ! ついでにそのまま着てもらってきたッス!」
「良く似合ってますよ。こうやってみるとほんと、美人だよねマキナちゃん」
「……」
取り敢えず思考を切り替えようと戻ってきたマキナの姿を見ると――
「……は?」
無駄にヒラヒラとしたロングドレスに身を包んだ古代兵器さんがそこに居た。
真っ白なドレスに蝶を模した髪留め。青いリボンバングルを着け、優雅に立つ姿はまるでどこかの国の王女様。
「って、おおい! なんじゃこりゃ!?」
「何って、言われた通り服を買ってきたんッスよ!」
「僕たちじゃあ、女の子にどんな服が似合うか判らなかったんですよ。それで、店員の子にお勧めしてもらった服を買ってきました」
「……良く似合う」
「ジェイク、如何ですか。人間の服を装着するのは初めてですので評価をお願いします。……ジェイク? どうされましたか?」
テーブルに突っ伏す俺を見てけらけらと笑いだすレスリー。
怒る気も失せて、俺はただ頭を抱えるしかない。
「どうしろってんだよ、ほんとによ……」
そんな俺を不思議そうに見つめるマキナの目が、今は痛くて仕方なかった。
第三話です。
ここまで読んで下さって有難う御座います。