ヒトカタと出逢う。
今までに俺の取った行動が順調に行った試しなんて、何一つ無かった。
これからもきっとそうで、今この時でさえも、上手く行く筈は無いんだろう。
目の前に居る古代兵器の駆動音が耳障りで仕方ない。俺は今どうしたらここから逃げ出せるのか考えているんだよ。少しは静かにしてくれないか。
「敵性体の生存を確認。殲滅行動を続行します」
……ごめんな、シェリー。父ちゃんは帰れそうに無い。
事の起こりは三日前、ここ聖グランス王国の常駐騎士会議室だった。
何でも南18kmに位置する古代遺跡「レンガード遺跡」の地下から、怪しい機械音がする、という報告が相次いで入ったのだ。
レンガード遺跡は古くから国の歴史的遺産として発掘がされており、かなり深い地下部分まであるという調査結果が出ている。
現在の技術力では最深部までは到達できず、危険な物も無いということで地上に近い部分は一般に開放しており、今や屈指の観光名所になっている。
「――と言う訳で、一般人に危害が及ぶような『何か』が存在しているのであれば、我々グランス騎士団の力を持って排除せねば……おい、聞いているのか、ジェイク!」
「はいはい、ちゃんと聞いてますよ団長殿。そんでどうせまた、俺に団を率いて行ってこいって言うんでしょ?」
「全く、副団長ともあろう者がどうしてそうグータラとしているのだ。若いながら実力者だと持てはやされて、調子に乗っているんじゃあるまいな!」
「そんなこと無いですって。俺がこうして副団長の席に座って居られるのも全ては団長殿のお陰なんですから、こうやって会議にも真面目に出て話を聞いているでしょう?」
「ならばさっさと行って調査報告をていちゅ、提出せんか!」
噛んだな。
隣の席に座っている部下のレスリーにそっと囁く。こいつは部下の中でも特に俺と気が合い、懇意にしている良い奴だ。
えぇ、噛みましたね。とレスリーが答える。他の団員も笑いを堪えるのに必死なようだ。
「~~ええい、会議は終わりだ! さっさと行け!」
顔を真っ赤にした団長殿をしり目に、部下達を率いて部屋の外へと出る。
「こりゃ帰ってきたらみっちり訓練させられそうだなぁ」
「副団長が真面目に話を聞かないからじゃないですか。とばっちりですよ」
そうだそうだとまくし立てる部下達を軽くあしらい、件のレンガード遺跡へと向かうための準備をするよう指示を出し、家への帰路に着いた。
「おとさん! おかえいなさい!」
家に戻った俺を出迎えてくれるのは一人娘のシェリーたんだ。
早くに妻を流行り病で亡くし、未だ5歳だと言うのにこうして俺の帰りを一途に待っていてくれる心優しい愛娘を抱きしめ、頬を寄せ合う。
「んん~、シェリーたん~。ただいまですよ~。良い子で待ってたかな~?」
「きゃははは! おとさん、おひげじょりじょりいたいよ~!」
「ははは、ごめんごめん。よーし、それじゃあ飯にするか!」
「うん!」
夕飯の支度に取りかかると、シェリーも小さな身体で手伝ってくれる。その姿に(大きくなったなぁ……)と思うと同時に、涙が溢れ出そうになった。妻よ、娘は立派に育っているぞ!
「――それでな、父ちゃんこれから一週間くらい家を留守にしなきゃならんかも知れないんだ。だから、ばーちゃんの所で良い子にしててくれるか?」
これから聖グランス王国騎士団の副団長としての任務を全うするために、長く家を空ける事をシェリーに伝える。5歳児、しかも父しか居ない子供にこんな事を伝えるというのは、かくも残酷な事であろう。
しかしこの俺にも娘を守る、ひいては国民を守るという立派な大義の為に――
「うん、わかった! きおつけていってらっしゃい!」
……物分かりの良い娘を持って、父ちゃんは幸せ者だよ。うん。
翌日、俺の母であるばーちゃんの家へシェリーを預け、騎士団を率いてレンガード遺跡へと向かった。団長は執務の為に残り、副団長以下総員2775名。……こんな人数を連れてぞろぞろと行くような案件でも無いので、選りすぐりの者を集めることにした。
それらは全て副団長であるこの俺、ジェイク・ランバートの右腕であり優秀な頭脳と、とんでもない辛口を持つ男、オデロ・レスリーに任せてある。
「アルバート、ベイク、カール、私と副団長。まぁ、いつものメンバーですね。遺跡深部は発掘が進んでおらず狭いですし、大勢で行ってもなんですから。」
「そうだな。もし戦闘になるようだとしても、狭い所でやりあう訳にはいかねーから、直ぐに地上へ出れるようなルートとかも考えてあるんだろ?」
「そうですね。と言っても、基本的に一本道ですが。危険を感じたらすぐに退避命令を出せるようにはしておいて下さい」
眼鏡をくいと持ち上げ、日の光を反射させながらレスリーが細かに指示を出す。俺と違って頭が良いこいつには、頼りきりになる。
「報告では怪しい機械音、という事でしたので、古代機械の類だとは思います。それが兵器類では無い保証もありませんし、稀に発掘される物も使い道の判らないものが多いですからね。用心するに越した事はありません」
説明を受けながら遺跡内部へと足を進める。遺跡は地下5kmは発掘したと言うのにまだ底があるという報告がある。余りにも深いため、一度に下までは行けず、何日もかけて調査をしなければならない。よって、騎士団が内部調査を行うために一般開放は停止してある。
「最悪の事態を想定し、外にも何人か団員を配置してあります。生き埋めの覚悟は皆さん出来ていますか?」
さらりと怖い事を言ってのける。だが、事実であるのも確かだ。もし俺達の手に負えないような危険な代物が動いているとするならば、速やかに外の者へ通達し、遺跡そのものを破壊して埋める他無いからだ。
「我々が内部へ突入してから二日戻らなければ、遺跡を破壊する指示をしてあります。それまでに何事も無ければ良いですね」
「笑いながら言う台詞じゃねぇんだよなぁ……」
レスリーにはこういう所がある。危険である場所へ赴く時は、何時もこうして笑っている。前に何故か聞いてみたら「命のやり取りをするのは楽しいじゃないですか」とか言ってやがった。
まぁこいつは独身だし、失うものは無いとも言っていたが。愛するシェリーの為にも俺はこんな所で死ねん。何としても生きて帰るぞ。
「現在、地下3km付近です。この辺りから例の機械音がするという報告ですね」
「解った。いいか、気を付けるのは当たり前だ。A、B、C、無茶はするんじゃないぞ」
了解、と勢いよく返事をする部下達に背中を任せ、奥へと進む。
程なくして、松明の明りだけで照らされた地下内部に耳障りな音が響いてきた。
「……どうやら、この先から聞こえてくるようだな。気を抜くなよ、行くぞ!」
先陣を切って進むと、そこには見たことも無いものが鎮座していた。
透明なガラスか何かのような物の中に、人型の影が見える。
「……あれは何でしょうね」
「判らん。だが油断するな、中に人影が見える。人型の古代兵器は文献にも幾らかあったし、あれもその手のものかも知れん」
グオングオンとまるで獣の咆哮のような音をたててはいるが、それ以上に動き出す事は無さそうだと判断し、近寄る。松明で中を照らしてみると、思いもよらないものがあった。
「……女?」
「女性、ですか? どれどれ、私にも見せてもらえますか」
そういってレスリーが俺のそばに近寄り中を覗き込もうとした瞬間、突如として音が大きく鳴り響いた。
「しまった!? 作動させたか!」
「いけません、離れてください副団長! ABCも、早く!」
不愉快な甲高い音を鳴らす「ソレ」から一斉に退くと、剣を抜いて待ち構える。
やがて「ソレ」はゆっくりと下部から煙を噴き出し、大きく上へと開いた。
「……」
中から出て来たのは、女だった。というよりも、女の形をしたナニか、である。
身体の表面は銀色に輝き、長くたなびく髪は、今までに見たことも無い程に透き通るような青。人形のような球体状の関節が見え、今にも動き出しそうだ。
「……なんだこりゃあ」
「動かない、ですね……」
そう話した直後、「ソレ」の目が開く。
「……おぉ、動いた」
「とても嫌な予感がしますね」
にこやかな笑顔でレスリーが言う。こいつの危険察知能力はまず当たる。
ということは。
「逃げ」
ろ、と言う前に目の前の「ソレ」は素早く動き出した。
腕をこちらへ向けると肘が下向きに折れ曲がる。明らかに人間では真似を出来ない動き。腕の内部は空洞で、何が起きると思いきや。
「おわぁああああああ?!」
狭い地下で急に炎を噴き出してきた。こんな所で炎に巻かれたら、例え身体に引火せずともあっと言う間に酸素が無くなり窒息だ。
「上だ、上へ向かえ!」
何とか炎を掻い潜り指示を出す。最後尾に居たCが地下を駆け上がる。
「くそっ、いきなり攻撃してきやがった!」
「凄いですね、あんな所から炎を噴き出すなんて! 見たことありませんよあんなの!」
「うるさいうるさい! そんな悠長な事を言ってる場合か!」
――――
今までに俺の取った行動が順調に行った試しなんて、何一つ無かった。
これからもきっとそうで、今この時でさえも、上手く行く筈は無いんだろう。
目の前に居る古代兵器の駆動音が耳障りで仕方ない。俺は今どうしたらここから逃げ出せるのか考えているんだよ。少しは静かにしてくれないか。
「敵性体の生存を確認。殲滅行動を続行します」
……ごめんな、シェリー。父ちゃんは帰れそうに無い。
昔から考えていたものを形にしていこうと思い
投稿する事と致しました。
清書しながらの投稿になりますので
完結は出来ると思います。