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戸惑う僕を見て、エミュナータ様はほっそり微笑み、
こう言った、
『フフ…………貴女はまだ白バラの蕾、いずれその身を赤く染めようとも綺麗な花を咲かせるでしょう』
「?」
『期待してますよ。貴女がこの世界に何をもたらすのか』
意味深な言葉を残し、エミュナータ様は泉へと消えていった。残された僕とジークは顔を合わせ首を傾げた。
「えっと、今のどう言う意味?」
「俺に聞くな」
胸の内のモヤモヤが晴れぬまま、僕達は次の目的地へと出立した。西へひたすら西へ。かの有名な法師一行もかくや西を目指し、歩き続ける。
土の地面が徐々に砂へと変わり、あっという間に僕達は砂漠に突入した。日陰もない広大な砂漠。上空からは容赦なく直射日光が降り注いでくる。だから…………、
「熱い…………」
「分かりきったこと言うな。余計熱くなる」
体感温度で三十度を超えてる炎天下の中、僕達は歩き続けた。
喉は乾き、唇もひび割れするほど乾燥している。
一筋の汗が頬伝い、地へと落ちた。が、一瞬で蒸発し、地面には濡れた跡さえ付かなかった。このままだといずれ、身体中の水分を出し尽くして干からびたミイラになってしまう。
「ねー、ジークそのノルンの町ってまだなの?」
「この砂漠を抜けたらすぐだ」
陽炎で揺らめく、先の景色に目を向ける。全く終わりが見えない。延々と砂の地面が続いているようだ。
「うそぉ…………」
果てがないように思えるこの砂漠を抜けるのに、
一体何時間かかることか…………。
歩き疲れ、ついに僕は砂地に腰を下ろした。今日も朝飯抜きで動き続けたものだから、お腹が物凄く減り怪獣の唸り声かと思うぐらい鳴り出した。
昼はまたジークが何か捕ってくるのかな…………。
昼飯にありつけるのだから、文句は言えないが昨日のようなウサギちゃんとか勘弁してほしいな。
ジークの方へ目線を寄せると、
しゃがみ込み砂を漁ってた。熱心に砂を漁っている姿は、まるで公園の砂場で砂遊びをしている子供のようだった。
「な、なにしてるの? ジーク」
「なにって…………、お、いたいた!
これを探してたんだ。ほれ」
「これ?」
ジークが僕の手の平に、何かを乗せた。それは、二つのハサミを持ち八つの脚、そして毒針の付いた尾を持つ自然界の殺し屋。サソリだった。
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
僕は、慌ててそれを投げ捨てる。
「ああ!? 何すんだ、せっかくの昼飯が…………」
「ジークなに考えてるの!! サソリだよ!?
毒持ってるんだよ!? そんな危ないもの食べようなんて、頭逝かれてんじゃないの!?」
クレイジーにも程度があるよ。自ら進んで毒を喰らおうなんて。いくら毒を食らわば皿までと言うけど、自暴自棄になるにはまだ早いわ!
「失礼だな、俺は至って正常だ。
それに、さっきのは成体じゃない。
だから、致死性の猛毒を持っていない」
「だから、食べれるって? アホでしょ!!
あんなゲテモノ食べる奴の気が知れないよ!」
フンっと僕はそっぽを向いた。
その様子に、ジークはやれやれと肩を竦めた。
「前にも言ったが、嫌なら食わなきゃ良いだろ」
「うぐっ…………でもぉ…………」
サソリを食うのを拒む僕の隣でジークは、
新しくサソリを数匹捕まえ焼いてがっついていた。
これ見よがしにジークがサソリを頬張る。
スナック感覚にボリボリと食べて凄いよ。呆れを通り越して感心するよ。
「…………だ、誰か助けてぇ!!」
「っ!」
「っ!?」
遠くから、誰かの叫び声が聞こえた。はっきりと「助けて」と聞こえた。僕とジークは目線を合わせ、一斉に声のした方へ向かった。
声のした方へ駆けていくと、そこには巨大な黒いサソリに襲われている桃色の髪の少女がいた。腰が抜け一歩も動けない様子だ。
不味い…………あのままじゃ!
サソリの尾が少女に迫ろうとしたその時、
ジークが目にも留まらぬ速さで飛び出した。そして、サソリの尾を切り落とし少女を抱き抱え距離を置いた。
「ジーク!」
「サオトメ! この子を連れ離れてろ!!」
言われ、僕は少女の手を取り一目散に離脱。
僕達が離れたのを確認すると、ジークは剣の切っ先をサソリに向けた。
サソリのハサミがジークに襲い来る。しかし、ジークはその攻撃を刃の上を滑らすように受け流し、そのままハサミを切り落とした。逆上したサソリが毒針の尾で何度も猛烈な勢いで突いてくる。が、一発もジークには当たらなかった。
俊敏な動きでサソリの攻撃をすべて避け、ジークはサソリの身体を一刀両断した。ジークが、剣を鞘に納めると何事も無かったかのようにこちらに向かってくる。
あのデカ物を相手に傷一つ受けず、一撃のもとに倒した。そんな紛れもない事実に、僕は言葉を失った。
「どうした? 呆けた顔して」
「いや、ただびっくりしただけ。
ジークって強いんだね」
「そうでもないさ…………」
寂しげな顔をするジーク。
あんなに強いんだから、もっと誇ってもいいと思うんだけどな。
「あ、あの…………」
桃色髪の少女が声をあげる。
「おお、すっかり忘れてた。君、どこも怪我してない?」
「は、はい! 大丈夫です。えっと、助けて頂きありがとうございました!!」
ご丁寧に正座までしてお礼とお辞儀をする少女。
見た目、十歳ぐらいだろう。桃色の髪に目が行きやすいが、その両隣にある長く尖った耳もかなり特徴的だ。
ふと、ジークの方を見ると何やら少女のことを凝視していた。
やだ、この人ロリコン?
「なに、じっと見てんの変態」
「なっ!? 俺は変態じゃない!! 騎士だぞ、人に害する行為に及んだことなど一切ない!! 全く!」
僕の蔑む視線を横目に、ジークは少女に問いかけた。
「君、ルビット族か?」
「は、はい…………」
あ、あのルビット族!? 人族を見つけたら八つ裂きにするっていう恐ろしい種族!!
「まいったな。無駄な争いは避けたいんだが…………。
仕方ない、君。君の集落はこの近くにあるのか?」
「はい、…………ありますけど、」
「ねぇジーク。もしかして、
この子を集落まで送り届けるつもり?
や、止めといた方が良いんじゃない?」
僕はまだ死にたくないし、それにルビット族って人族に恨み骨髄なんでしょ? 身に覚えもないけど…………。そこにこの子を連れていったら、在らぬ誤解を招くだけだ。人族が同胞の子供を誘拐したって…………。
って、僕に至ってはこの世界の住人でもないし、そんな種族の集落にいったら完全に巻き込まれじゃん。
「サオトメ、君はこんな幼い子を先程のようにいつ魔物が襲ってくるか分からない砂漠に放っておくのか?」
「うっ…………」
それを言われちゃ敵わない。僕も困ってる子を見捨てるようなことしたくはないけど。
「…………?」
少女の方を向くと、クリッとしたドングリのような瞳を潤ませていた。
ウグッ…………、その目は反則だよ。
「分かったよ…………」
「よし、では向かうとするか」
「あ、あの! わたし『サザフラント』に行く途中だったんです」
「『サザフラント』? ルビット族の君がか?」
首を縦に振り、強く首肯する少女。
「わたし、人族の町に行ってみたくて…………それで」
「途中、デススコーピオンに襲われたと。しかし、
集落で人族に接触するなと教われていないのか?
ルビット族は人族をかなり嫌っている、どころか恨んでさえいる。だと言うのに君は…………」
人族嫌いのルビット族である彼女が、人族の町に行くなんて。それも、ただ行ってみたいだけと言う理由でだ。まず、誰もが疑うだろう。何らかの陰謀があり、手始めに彼女を送り込み混乱を引き起こす。そう言う結論に辿り着くだろう。
現に、僕自身そうだ。いつこの子が襲ってきてもいいように、身構えていた。これでも僕は空手を習ってたんだ、護身ぐらい出来る。
「おじいちゃん達からは、人族に近づくなって。
近づいたら殺されるって教えられたけど…………。
わたし、それは違うんじゃないかなって思って」
「なぜ、そう思うんだい?」
「まえにも、人族の人に助けられた事があるんです。
その人はわたしがルビット族だって知っても優しく接してくれました。だから!」
人族の人助けられ優しくされたから信用する、か。
なんとも、純粋で心優しい子だ。疑った自分が恥ずかしくなるよ。でも、この子はまだ知らないんだ。人が皆優しい人物では無いと言うことを。
「一つ言っておくが、人族全てが君を救ってくれた者のように優しい心を持っているとは限らないんだぞ」
やや強めに言い放つジーク。だが、それもまた事実。
ここでしっかり教えておかないと、この先彼女は辛い目に会うかもしれない。
少女はグッと押し黙った。
「そうかも知れません。ですが、お兄さん達のような人もいるんですよね? だったら、わたしは人族を信用します。だって、疑うよりも相手を信じる方が仲良くなれると思うから」
少女の瞳から強い意思を感じる。それをジークも感じ取ったらしく、険しい表情を作った。
「…………分かった、君をサザフラントへ送る」
「え、わたしを連れてってくれるんですか?」
「ああ、もとより君をこのまま、ここへ放置するつもりも無かったからな」
「あ、ありがとうございます!!」
彼女の熱意に打たれ、僕達は目的地を変更し砂漠のオアシス『サザフラント』へ向かう事になった。