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◇◇◇
遥が眠りに就いたのを確認し、
ジークはひっそり立ち上がりある場所に向かった。
平原を抜け、山脈地へ入る。険しい山道を歩き続けること十数分。
山に囲まれた泉が見えてきた。
泉の周りだけ、緑が生え生命の躍動を感じる。ジークは、
湖の前まで行くと膝ま付いた。すると、
泉が淡い光を放ちそこから一人の女性が姿を現した。
暗い夜でありながら、はっきりと目視できる太陽のような、黄金色の髪。そして、優しげであり強い意思の籠った藍色の瞳。それらと調和を採るように彩られた白い肌。端整なその美しい顔はまるで神々によって造り出された女神のようだった。
いや、“のよう”ではなく彼女は正真正銘“女神”なのだ。
『久し振りですね、ジーク』
「はっ、ご無沙汰しております。エミュナータ様」
女神ーーエミュナータは、ジークを慈しむように見つめる。対し、ジークは顔を伏したまま畏まっていた。
『ジーク、そんなに畏まらなくても良いのですよ?
私と貴方の仲です。気を楽にして、
私の事をエミュと呼んでください』
「いえ、貴女様は私の命の恩人。
気安く、呼び捨てになど出来ません。
貴女様は女神なのですから」
少々、寂しげな表情をするエミュナータ。
咳払いをし、ジークが本題に入る。
「エミュナータ様、折り入ってお聞かせたい事があり、
本日ここに赴きました」
「聞かせたいこととは?」
「はい、今日未明私はある人物と出会いました。
その者は、異世界より来る異世界人と申したのです。それも女子でありました。彼女自身、何故この世界に来たのか分からない様子です」
「そう、異世界から…………」
エミュナータは、異世界からと聞き何やら物思いに考え更ける。過去の記憶を手繰り寄せるように思い出す。今しがたジークから聞いた話。
過去に似たような事柄が起きた事があった。
それは今から、二千年前の太古の昔。この世界を支配しようと企む軍勢が現れ、世界は一度混沌へと堕ちかけた。当時は、現代のように強大な戦力と国力を有する国が存在せず瞬く間に諸国が落とされていった。
国々が滅び行く中、ある少女がこの世界に現れた。
長く絹のような美しい黒髪を持つ彼女は、白銀の剣を振るい魔法を駆使し侵略軍を押し返した。圧倒的な力をもってついに侵略軍の首領を倒した少女。彼女は後に英雄と囃されこう呼ばれた。
ーー戦乙女と。
彼女の存在は、時代を越え今なお語り継がれている。
その少女もまた異世界からの訪問者であった。
状況は多少違ってはいるが、似ている。あの時と。
このタイミングで異世界人、それも少女が訪れたとなると何らかの予兆と考えられる。
「ジーク、その少女をここに連れてきなさい」
「はっ」
ジークは立ち上がると、
踵を返し速やかに泉を後にした。
◇◇◇
日も昇りきらない内に、
僕は何かに揺さぶり起こされた。
揺さぶり起こした者の正体、それはジークだった。
「うにゅぅ……………………、なぁに…………ジーク?
まだ朝じゃないよぅ…………ふわぁっ…………」
「悪いサオトメ。事情が変わった。
今すぐ付いてきてくれ」
「…………にゅぅ?」
寝惚け眼のままジークの後を付いていく。暫くすると、平原から山脈地に景色が変わった。そのまま、細い山道を歩いていくと山に囲まれた泉が現れた。
周りの山には草が一本の生えておらず、岩肌が露になっていると言うのに泉の周りだけ草が生い茂っていた。
「来ましたね」
泉の中央、そこに人が立っていた…………。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ひ、人が水の上に立ってるぅぅぅぅぅぅ!?
なにあの人、え、どう言うこと? なんで? どうして!?
僕の頭の中に次々と疑問が浮かんでくる。
混乱する僕を他所にジークが泉の上の女性の紹介を始めた。
「この御方は、再生を司る女神“エミュナータ”様だ」
『初めまして、異世界からの訪問者さん』
「あ、えっと…………僕、」
女神様が微笑みながら会釈した。その微笑みに僕は、
どぎまぎして上手く言葉が出てこなかった。
ふ、ふつくしい…………。
見た目からして、人ではないと分かる。神々しさと美しさを兼ね備えた美貌、そして穢れのない純白のドレスを身に纏った佇まい。紛れもない正真正銘の女神様。
ああ、僕は今、神様の前に立たされている。まるで、
最後の審判を受ける罪人のように。
『フフ…………そう堅くならないでください。
今回、ジークに貴女をここへ連れてきて貰ったのは他でもありません。貴女から聞きたいことがあり呼んだのです』
「聞きたいこと、ですか?」
『はい、貴女はこの世界から“真言”を聞きましたか?』
真言? ってあの仏教の?
「い、いえ何も…………」
『そうですか…………なら良いのです。
わざわざ御足労をお掛けしましたね。訪問者さん』
「い、いえいえ! そんことはありません!
っと、まだ名のっていませんでしたね。
すみません…………僕は早乙女遥と申します」
『…………サオトメ?』
名乗ると、エミュナータ様は眉をしかめた。
ジークの時もそうだったけど、やはりこの世界では僕の名前はかなり珍しいみたいだ。エミュナータ様は僕の全身をくまなく見て、考え込み始めた。
『そんな、…………まさか』
「どうかしましたか?」
『い、いえ…………えっとサオトメさんもう一つ、
お聞きしても宜しいですか?』
「僕の事はハルカとお呼びくださいエミュナータ様。
どうぞ、お応えできることならば」
『では、『サオトメチトセ』と言う名に、
聞き覚えはありませんか?』
「ーーーーっ!?」
それを聞いた瞬間、
僕の波打つ鼓動が著しく高まった。
『サオトメチトセ』、エミュナータ様が言った人が同一人物なのか分からないが、僕はその名を知っている。
何故なら、僕の母『早乙女千歳』と同じ名だったからだ。
「…………僕の母と同じ名ですね。
どこで、その名をお聞きになられたのですか?」
『なるほど…………やはり。
『サオトメチトセ』と言う名は、私のかつての親友の名です。
二千年前、ある日唐突に現れ、この世界の危機を救い忽然と居なくなった英雄』
「二千年前…………。エミュナータ様、
もしかしてその人も僕と同じ…………」
『ええ、彼女も異世界人でした』
こんな偶然あるのか? 二千年前にも異世界人が来ていて、僕の母と同じ名を持つ人物だったなんて…………。容姿は分からないが、名前からして日本人なんだろうな。
でも、二千年前って僕がいた世界じゃまだ文明が発達しておらず、況してや名と言う概念も無かった頃じゃないか?
じゃあ、その『サオトメチトセ』さんて人何者?
疑問に頭を悩ませる中、エミュナータ様が僕に近づき頬を撫でた。
『貴女は、チトセによく似ている。
その絹のような美しい黒髪。利発そうな瞳。
まるで、彼女が帰ってきたそう錯覚してしまいそうです』
そう言うエミュナータ様の目には、うっすらと涙が滲んでいた。そんなに僕とチトセさんは似ているんだろうか。
『ハルカ、この先、大きな苦難や試練が貴女を待ち受けているかも知れません。ですが、めげず立ち向かいなさい。さすれば、元の世界に戻れるやもしれません』
「苦難や試練って…………」
『どのような、物かは私にも分かりません。
ですが、貴女が数奇な運命を辿るのは間違いないでしょう彼女のように』
まだ見ぬ未来に訪れると言う苦難や試練に、
僕は息を呑んだ。