代わり映えの無い、景色と
久々に故郷に訪れた。ずっと昔、それこそ十年と少し前に家から飛び出したまま帰ったことのない場所だった。そこはいつかのままで、しかし、着実に変わっていた。
#1
VR技術が発展し続けている昨今、俺が所属している小さなゲーム会社でもその波に乗ろうと新たな企画が練られている。普段は戦略RPGを主に製作している俺達がVR技術を十二分に生かせるような代物など作り上げられるわけがなく、個人的には余りにも無謀な挑戦なのでは無いかと思っているのだが、同僚たちは沸き立っている。
全く以てどんな無茶振りをされるのやら、そう思っていると上司に呼び出されて、『地元を取材して来い』と上司にカメラを投げ渡されたのだった。
今の社会にはノスタルジーさが足りないとは上司の弁で。
こんな小さなゲーム会社でまさか取材を命じられるとは思わなかった。とは言え、費用は当然会社持ちだから、ちょっとした旅行と考えればそう悪いもんじゃない。
#2
飛行機の乗り、福岡空港に到着した。東京は涼やかな気候だったはずなのに、どうも福岡はそうじゃないようだ。空港の自動ドアから出ると、まるで季節がずれたんじゃないかと思う程温い空気が体を通り抜ける。日陰から出ると、日差しがかなり強い。野球帽でも被った方がよかったかもしれないな。普段から屋内で作業する俺にとっちゃ日光は天敵だ。
そんなことを内心で愚痴りながら、地下鉄に乗って博多に到着した。今回俺が泊まるビジネスホテルのチェックインを終え、キャスターバッグを部屋に置き、さっとシャワーを浴びてから、一息ついた。
九州の地に足を踏み入れるのは、かなり久々だと思う。かれこれ、俺が高校を卒業して以来だから……多分、十年と幾年ぐらいは経ってるんじゃないか? 別に両親と絶縁関係ってわけじゃない。ただ、帰りにくいだけだ。夢を追いかけて東京に出て、何も為さないまま三十路になって、小さなゲーム会社で日々プログラミングを打ち続けてる俺の姿は、学生の頃俺が思い描いていた将来像とは異なっているものだ。
そんな姿を両親に見せたくはなかったのだ。
あぁ、学生の頃の俺に『良い大学行くために勉強しまくれ』って言えればなぁ。
そんな幾度も考えたことを頭の中でぐるぐると回しながらも、俺はナップザックに色々と詰め込んでいく。財布に地図に、それに上司から手渡された旧式のデジカメ。
説明書あったっけな。あれ、ねぇな。ったく、あのクソ上司。もやし野郎のことを考えやがれってんだ、てっぺんハゲ。
#3
博多から故郷に戻るには、一時間ほど掛かった。とは言え、乗り換えなど無く電車一本だ。
駅のホームですることもなく徒然なるままに待っていると、何とも古臭い電車が来た。電車の色合いも錆びたような赤色で、社内の椅子は無駄に固い木で出来ている。ロマンスカーのグレードを落としたみたいな感じだ。それに少しばかり小汚い。
俺はそれに乗車する。学生の頃はこんなのあったっけな? あったよな? そこまで昔の記憶じゃないはずなのに、霧を掴むかのようにそれは頼り気ない。高々二十年、去れど二十年。
電車の中で、ケツが痛いのを我慢し、道中の高低差で耳が痛むのを耐え、漸く地元に到着した。俺は電車を降りて、カメラを構えながら移動する。駅は昔見た寂れたものじゃなくて、新しく改築されていた。待合室とか、そんなものが敷設されてるのを見ると、案外人とかいるんじゃないかと思う。
駅の改札に切符を通して、外に出る。
前言撤回。
人とかいねぇじゃねぇか。時々疎らに通る車が一層街を覆う静寂を引き立てる。俺は溜息を吐いた。別に町が寂れたとかそんなことはどうでもいいけど、何だか憂鬱な気分になる。
取り敢えず、街の中心部に行ってみるかと思い、人がいない歩道を歩き、カメラを手に構える。シャッターを下ろす。どこを撮っても人がいないから、まるで映画のセットみたいだな。いや、こんな寂れた映画のセットは嫌だな。
街の中心部についた。ちょっと人はいる。まぁ、人と言ってもセンセーショナルな若者じゃなくて、おっさんとかおばさんだけだけど。後、近くに中学校とかあるから学生も疎らにいる。
お袋が言うには、この街は昔栄えていたそうだ。元々は炭鉱で人の流入が激しく、一時代を作ったそう……らしい。今ではその一時代の面影は微塵も残っていないのだが。
街の憩いの広場的な場所に行くと、老人が一人だけ座ってるだけだった。待ち合わせでもしているんだか、それともただの日向ぼっこなのか判別がつかない。俺はそんな老人が座っているのとは別のベンチに腰掛けた。
広場の中心には、何やら記念的な銅像が立っており、傍らには少し変わった形の噴水が設置されていた。その噴水で涼みながら、俺は広場を見回し、寂れた風景だと思った。何度も感じたことだが、本当に寂れてる。白いビルの壁はテナント募集の文字と共に煤けていて、蔦が壁に這っている。学生の頃、帰り際に寄ってたスーパーも随分小汚くなったもんだし、友人とよく通ってた喫茶店も潰れてシャッターが閉まってる。友人の爺ちゃんが経営していた時計屋も看板だけが当時の名残りを残し、店内は伽藍堂だ。
俺はそれをフィルムの中に閉じ込める。寂れた町並みを撮っても生産性の欠片もないような気がしてならないが、これが俺に課せられた仕事だ。
腰を上げた。老人はただ呆けたように空を見つめたままだ。本当に何をしてるんだろうか。俺には関係無いけど。
俺が次に向かった先はアーケード商店街だった。田舎にしては立派なもんだとは思うけれども、ここも過疎化の波には耐えられずにシャッター街と化していた。とは言え、俺が学生の頃から陰りはあったのだ。
まず、この商店街。なんと午後六時には閉まるのである。だから元々町民には不評であった。加え、商店街にあった大手スーパーが撤退したことから、本格的に衰退が進んだ。今ではもう、少し車を走らせた辺りにイオンモールが建ってしまった為、本格的にお役御免になってしまった節がある。
俺はその商店街を歩きながらも、シャッターとか、人がいない町並みを撮る。すると、ふと、古本屋が目に留まった。黒色を基調とした建物で、そこはシャッターが閉まっておらず、店内には電気が付いている。まだまだ潰れてはいないらしい。
懐かしいなぁ、あそこは俺が学生時代に通ってた場所じゃないか。漫画とか結構安価で売られてて、愛好してたっけな。あのクソ生意気なばあちゃんとか元気かな。
そんなことを思いながら俺はそこに立ち寄ってみた。店内はあいも変わらず古臭い本の臭いに溢れていて、望郷に囚われそうになる。失くした教科書とかここで探したな。店内を眺めて回って、ちょっとした村上春樹の本を手にとり、会計に向かった。
会計に立っているのはばあちゃん……じゃなくて、高校生ぐらいの青年だった。首元には吊り下げ名札が下げられていて、そこにはあの生意気だったばあちゃんと同じ名字の名前が印刷されていた。
「お、お客さん。珍しいなぁ」
俺が本を手に取り会計に近づくと、青年はそうやって笑った。
「そんな珍しいんですか?」
苦笑しながらそう尋ねると、彼は頷き「それはもう」と言う。
「だって、こんな寂れた商店街で古本屋っすよ? 人なんて来ませんよ。来るっていったって、常連さんぐらいしかいませんって」
「へぇ」
「お客さんは、ここいらに引っ越してきたんすか?」
「そういうわけじゃ。里帰りですよ。……あの、ここのおばあさんは?」
「おばあさん……あぁ、お祖母ちゃん。ここにはいませんね……ちょっと、認知症患っちゃって、今介護施設に」
「……なんかすみません」
「いえいえ、いいっすよ」
俺は片手に紺色のビニール袋を引っ提げながら店を出た後に、その古本屋の写真を撮った。外観は昔と変わるところは無い。少しばかり汚くなっただけだ。時間が止まっているような雰囲気をしているというのに、世代が変わり、元気だった小生意気なばあちゃんは認知症になってしまった。
「ったく、なんかこういう、俺らしくないのになぁ」
感傷的な気分がせめぎ寄ってくる。頭を掻いて、今日はこのぐらいでいいかと、駅へ戻った。