第三話―雪片―
ジリリリリ
「起きて下さいー」
俺が目を開けると雪は俺を揺すっていた。
「お、おはよう。」
誰かに起こされるという行動があまりに久々で少し恥ずかしくなった俺はそそくさと顔を洗いに向かった。
そんな俺の背中に雪の言葉が投げかけられた。
「朝ご飯出来てますからねー」
「ありがと。」
雪の作った朝食は昨日の晩の鍋の残りにご飯を入れて少し煮たおじやだった。
「美味しいですか?」
「おぅ」
なかなか美味しいおじやを食べている俺を雪は前に座って眺めているだけだった。
「あれ?雪は食べないの?」
「あんまり美味しそうに食べてくれるから見惚れちゃいました。」
「あほな事言うなっての。」
俺は茶碗に入っているのをかき込むと、立ち上がった。
「ご馳走様。」
俺は雪の頭をクシャッと撫で、身支度を整え始めた。
「じゃあ雪俺は行ってくるけど、誰が来ても開けんなよ。」
俺は靴を履き終え、見送り、と玄関まで来てくれた雪に話し掛けた。
「はーい。」
「金はこんだけあれば足りるだろ。適当にこれで飯食ってくれ。」
俺は財布からお金を取り出すと雪に渡した。
「はーい。」
「後、どっか行くかもしれないから、これ家の鍵な。」
俺はさっき引き出しから持って来た予備の鍵を渡した。
「はーい。」
「ちゃんと戸締まりしろよ。」
「はーい。」
「分かってんのかよ…」
「はーい。」
雪の気の抜けた返事に溜め息を返してから俺は家を出た。
「行って来ます。」
「行ってらっしゃーい。」
雪は玄関から半分体を出して手を振り出した。
「ばっ馬鹿!!んな事やめろっ!」
俺は慌て雪を家の中へ押し込んだ。
雪は
「えー何でー」と人差し指の先を口に加え、上目づかいで反論してきた。
(ちくしょ、可愛い顔しやがって…)
「まじであれは勘弁してくれ。」
「仕方ないですねー」
雪はまだ納得した顔ではなかったが、俺が雪の頭をクシャッと撫でると笑顔で行ってらっしゃい、と俺を送り出してくれた。
つまらない物事でも全て平等に時間は過ぎていき、気が付くともう例の公園を過ぎていた。
晩飯にカップラーメンでも食うかなとか考えながら俺は部屋まで向かい鍵を開けた。
もう寝ていると思っていたが雪は俺が帰って来たのを確認すると目を擦りながら
「おかえりー」とやって来た。
「雪、まだ起きてたのか?」
「んーご飯待ってたー」
雪は二人分用意してある夕食を指さした。
「わざわざ待たなくても良かったのに…まぁありがとな。」
「うんー用意してくるから、荷物とか置いて来てー」
雪はそう言って、あくびを一つすると台所へと向かった。
俺は
「ありがと。」と答えると荷物を置き、上着を脱ぎ、ハンガーにかけてから手を洗いに向かった。
冷え切った手にぬるめのお湯は痛かったが、徐々に気持ちよくなり、俺の手に温もりが少しずつ戻ってくるような感覚だった。
俺が夕食の前に腰を下ろした時には雪パッチリと目を覚まして待っていた。
「シチューか…」
俺はなかなか美味しそうなシチューを確認して呟いた。
「さっ食べよー食べよー」
「いただきます。」
「いただきまーす。」
雪の作ったシチューは見た目と同様になかなかの味だった。
俺が無言で真剣に食べていると、雪が俺の事を見つめているのに気付いた。
「お、美味しいですか?」
「ん…かなり美味しいぞ。雪、料理上手だな。」
「女の子ですからー」
雪は俺に褒められて鼻高々といった様子だった。
―女の子なんだから、料理上手は当たり前よ―
ある言葉が俺の脳内に響いた。
小さな言葉の欠片
普段は忘れているような言葉の欠片が他の言葉の一部と偶然一致し、再び俺の中で意味を手にした。
今まで受け取った言葉は無くなる訳じゃない。
自分の中に全て残っているのだが壊れたりしてしまい、言葉の欠片となるのだ。
言葉は欠片だけでは意味をなさない。しかし、他の言葉が偶然、欠けている部分を埋められたら、その言葉は再び意味を手にする。
今、俺の中で蘇った言葉のように…
「どうしましたー?」
雪が心配そうに俺を見つめていた。
「あっ…いや、何でもないよ。ちょっとぼーっとしちゃっただけだよ。」
「お口に合わなかったのかと思いましたよー」
雪はほっとしたように息をふーっと吐いた。
「いやいや、それはないよ。そう言えば今日何してた?」
雪は食事の手を止め、ゆっくり考え始めた。そして一言一言自分で確認するように話し始めた。
「えとーあれから掃除して、お昼ご飯と一緒の朝ご飯食べて、お散歩してから夜ご飯の買い物に行って、帰って来たら準備して…
で、お風呂作ったりして待ってたんですけど、さっきからずっとウトウトしちゃってました。」
「そっか…遅くなって悪かったな。」
俺がそう言うと雪は笑顔で
「全然大丈夫ですよー」と言ってくれた。
「なぁ雪…」
「はい?」
「これから毎日こんくらいの時間だから、先に寝てていいぞ。」
「何言ってんですかー」
「いや、今日だって朝食作るために早起きしてくれただろ?眠そうで悪いじゃん。」
「私が勝手にやってるんだからいーんです。
だいたいご飯を一人で食べても美味しくないですよー」
雪は真面目な顔をして俺に反論してきた。
「はぁ…まあ、雪がそう言うならそれでいいよ。でも眠かったら寝てていいからな。」
「だーかーらー」
最後の俺の言葉に反応したのか雪が頬を膨らませながら何か言ってこようとしたので
「はいはい、ほら飯冷めるから食べよ。」と俺が言うと、雪は渋々といったように食べる事を再開していった。
その後、風呂に入り、少し休憩してから寝ようとしたが、そこでまた問題が起きた。ベッドで眠る事を雪がまた遠慮しだしたのだ。
「いーからそこで寝ろ。」
「悪いですよー」
「悪いと思うならさっさと寝ろ。」
「そー言う事じゃなくてー」
俺がすっと布団に潜り込むとベッドの雪は溜め息を付き、諦めたように横になった。
「ばかー」
雪はいきなり俺に枕を投げつけてきた。俺は雪に背を向けたままの態勢を変えずに呟いた。
「どう考えても雪の方が馬鹿だ。」
「うー」
雪は反論できずに唸っていたが、スタスタと俺の方へやって来て、さっき枕を掴むと俺の腰を軽く蹴り、ベッドに戻った。
「おやすみ、雪。」
俺がそう呟いた言葉はそっと闇に溶け込んでいった。
「おやすみなさーい」
そう答えた雪の言葉はカーテンの隙間から照らす月明かりのように柔らかい温かさを持っていた。
俺はその温もりを感じながらゆっくりと眠り込んでいった。




