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第二話―細雪―

ジリリリリ

「うーん…」

眠い目を擦りながら俺はゆっくりと体を起こす。

「あれ…?俺何で床で寝てんだ…?」

まだぼーっとした頭が徐々に回復していき、昨日の夜の光景が思い浮かび始めた。

「あっ!」

完全に覚醒した俺はベッドに目をやった。しかし、そこには寝ているはずの少女の姿はなく、綺麗に整理されたベッドしかなかった。

「あっ起きたんですかー」

高めのほんわかとした声が俺へと投げかけられた。

俺が声のする方へ目をやると、昨日の少女が朝食を準備していた。

「おはようございます。」

「お、おはよう。」

「朝ご飯出来てますよ。一緒に食べましょーよ。」

「あっ…うん…」

俺はいつもご飯を食べる小さな折り畳み式のテーブルを引っ張り出した。少女はそこにパンが一枚ずつ乗っけられた皿とレタスが盛り付けられたサラダ、そしてホットコーヒーと砂糖を俺の前に、ホットミルクを少女自身の前に置いた。

「いただきますー」

「い…ただきます…」

俺は今更ながら完全に少女のペースに乗せられている事に気付いた。俺が戸惑ってパンに手を伸ばさないでいると、少女がパンを口の前で止め、上目遣いで尋ねてきた。

「味…ダメ…でした?」

そんな顔されたら何も言えなくなっちゃうじゃないか…

俺は質問への解答を後回しにし、今は少女が作った朝食を食べる事にした。

パンを口に運びながら少女を盗み見る。少女はパンを小動物のように少しだけ口に含み、ゆっくりと咀嚼してから飲み込んでいた。

「ふーふー」

(ちくしょう…普通の可愛い女の子にしか見えねー…)

俺はパンを皿に置いて、言葉を選びながら話しかけた。

「あ…のさ…」

「はい?」

まだミルクの熱を息で冷ましている少女がこっちを向いた。

「えと…き、君は何なの…?」

「私ですかー?んー」

少女は一口ミルクを啜った。

「答えなきゃ…ダメですか?」

「昨日の夜あんなもん見せられちゃ…こっちだって正直不安だよ…」

「えーと…私は…その…」

少女が答えにくい事だが、それでも俺に伝えようと言葉を考えているのが手に取るように分かる。そんな姿を見ていると、なかなか強く言えなくなってきた。

「あのですね…私は…その…」

「あ〜もう良いよ…その代わり俺が今から聞く質問に答えてくれ。」

「えっあっひゃい!」


(噛むな…)

「まずは正直、昨日の光景を見たから聞く。失礼かもしれないが君は危なくないか?」

「は、はいっ!」

少女はすぐさま真顔で答えた。

「あぁ〜じゃあ出て行く宛はある?

後、君といて俺は面倒な事に巻き込まれないか?」

「その事なんですが…その…私に出来る事なら何でもするんで…それに面倒は起こしません。」

その言葉を聞き、俺は半ばヤケになってしまった。

「はぁ…もういいよ、ここにいて…自分の家みたいに思っていいよ。」

正直、なぜ自分自身がこんな事を言ってしまったのか分からない。俺は一呼吸置いた時、少女はいきなり泣き始めてしまった。

「えっ!?な、な、何か悪い事言っちゃった!?ご、ごめん。」

俺の慌てぶりを見て、少女はプッと笑った。

「嬉しかったんです。」

濡れた瞳が俺の目を見る。


この時、俺とよく分からないけど可愛い少女との同棲生活が始まった。


「今日は俺用事ないから買い物行くぞ。日用品買わなきゃならないしな…大丈夫だよな?」

洗った顔をバスタオルで拭きながら、朝食の後片付けをしてくるている少女へ向かって話しかけた。

この少女は自分から朝食の後片付けをしてくれていたのだ。

「はいー楽しみにしてますー」

少女は本当に楽しみにしているのかとてもニコニコとしていた。

俺は少女がまだ皿洗いをしているのを確認して、さっさと着替え、行く準備を整えた。

俺は棚に置いてある写真立てがちゃんと立てかけてある事に気付いた。

その中からはまだ若い青年と短髪の少女が俺へと満面の笑みを向けていた。

大方、少女が倒れていたのを直したのだろう。しかし、少女は勘違いをしていた。その写真立ては倒れていたのではなく、倒していたのだ。

パタッ

俺は写真立てを寝かせると、少女の方へと声をかけた。

「よしっ行けるか?」

「はいー」

「それじゃ寒いだろ。これ着とけ。」

俺はハンガーにかかっている俺のジャンパーを少女に渡した。

「ありがと…」

俺もコートを羽織ると少女を連れ、冬の冷えた外に繰り出した。


俺達はまず最初の洋服屋に到着した。

「あんま高いのは買うなよ。」

「はーい。」

その笑顔が恐怖に感じる…


それから数時間後、俺達は遅めの昼食のパスタを食べていた。

ちなみに少女はきのこのクリームスパゲティ、俺はカルボナーラを選んでいた。

「今日はありがとうございます。」

「いや、大丈夫。」

俺はそう言いながら俺の隣の席に置いた荷物に目をやった。

結構な量を買ったのだけれども、これは半ば俺が買わせたみたいなものだった。なぜかと言うと、少女は遠慮のしすぎで、逆に俺が困るほど買わなかったからだ。

あそこまで遠慮されると、そこまで俺に金がないように見えていたのかと正直泣きたくなってしまう。

「ほーんとにありがとうございました。」

「別に大丈夫だって。あんま高いのは買うなって言ったのも、もっと高いのばっか見るかと思ったからだしな。」

昔も似たような光景があったな…

あの時は…

ゆっくりと俺の中に昔の記憶が蘇り始めた。しかし俺は全てを思い出すのを止めた。

俺は俺の中に浮かび始めた思考を無理矢理押さえ込み、少女に目をやった。

「なぁ…」

「はい?」

「名前…聞いてないよな、何て言うの?」

「んとー雪ー」

今さっき押し込めたはずの記憶が俺の中で暴れ始めた。

この少女は俺の心を壊そうとしているのだろうか。しかし、その事実に気付いていない少女には俺からどうする事もできない。

ただ打ち明ければいいのかもしれないが、やはり俺は言うことが出来なかった。

「あのー大丈夫ですか?」

気が付くと少女はじっと俺を見つめていた。

「あ、あぁ…ごめん。雪ちゃん。」

「雪でいいですよー」

「分かった。そう言えば今年寒いのに雪降らないな。」

窓の外では寒さに耐えかね、首を竦めていたりしている人や互いに温もりを求めあっているカップルなどばかりだった。

「雪は…好きですか?…」

急に雪が神妙な顔付きで俺へと話し掛けてきた。

「聞いた話なんだがな…」

俺はその質問には答えずに呟いた。


―知ってる?

雪ってね、神様の翼なの…神様が持ってた物だから真っ白で汚れてないの―

―じゃあ何で冷たいんだよ?―

―それはね…冷たいのは神様の心があったかいから。

心の温かい人は手が冷たいのは知ってる?

神様も心がとても温かいから、翼は冷たいの―

―ふ〜ん、でも雪って冬しか振らないじゃん、神様の翼は冬しかないって事なの?―

―冬って何であるか知ってる?―

―僕の質問無視かよ―

―いいから、答えてよ―

―んー…まぁ…自然の摂理だから?―

―つまらない答えね―

―はいはい、僕はつまらない男ですよ―

―ん、もうそんな事言ってないじゃない。

で、話を戻すけど、冬は誰かの温もりを求める季節なのよ。それが家族だったり、友人だったり、恋人だったり…

誰もが大切な人の温かさがほしくなる季節なの…

今、私があなたの温もりを求めて、あなたの傍に私がいるようにね―

―で、それと神様の翼との関係は?―

―神様の姿を人は見る事できないじゃない。たまに人の姿でいて、見る事も出来るけど、基本的には神様は人に自分の存在を分からせる事が出来ないの―

―それで?―

―だから、冬に…温もりがほしくなる季節に、神様は自分の冷えた翼を落とす事で、自分の存在を…自分はここにいるって事をみんなに知って貰おうとするの―


「雪って…神様の翼らしいんだ…だからそんな神様の物である雪を嫌いになる事は出来ないよ。」

雪はじーっと俺を見つめていた。

「じゃあ、そろそろ行くか。」

恥ずかしくなった俺は荷物と伝票を持つと、レジへとそそくさと進んだ。

後ろからは雪が俺に待つことを促すような言葉を何か言っていたのが聞こえたので、俺はレジの近くで立ち止まり一人呟いた。

「神様の翼…か…」


ガチャッ

俺はドアノブを回し、家に入った。

昨日と違うのは後ろにいる雪は自分の足で立っていて、なぜかもう雪に対する恐怖心がない点だろう。

「ふー着いたー」

「お邪魔します。」

「なぁ…雪…」

「はい?」

「お邪魔しますじゃなくていいよ…いちいち他人行儀だと雪も俺も疲れちまう。」

俺は靴を脱ぎながらぼそりとそう言った。この時雪がどんな顔をしているのか分からなかったが

「はいっ」と答えた雪の言い方は俺に雪が笑っているだろう事を安易に想像させた。

「雪…おかえり。」

靴を脱ぎ終え、廊下に立った俺は雪の方を振り返り、鼻を掻きながら呟いた。

雪は俺の言葉を聞いた後、喜びと照れが一緒くたになったような顔で笑顔を作って

「ただいま」と答えた。


俺はドサッと荷物をベッドの近くに下ろした。

俺は帰りに買って来た食材でそのまま夕食の準備をしようと台所へと向かった。

ちらりと雪を見ると、俺が荷物を置いた辺りに一緒に雪が持っていた荷物を置いていた。

(まぁ色々買ったんだ。確認とかあるだろうし、ほっとくか…)

俺が袋と冷蔵庫からいくつか食材を取り出していると、いつの間にか後ろに雪が立っていた。

「手伝いますー」

「別にいいよ。買った物でも見てろよ。」

俺の言葉に雪は口を尖らせながら反論した。

「大丈夫ですー手伝わせて下さい。」

「分かったよ…じゃあ、手伝ってもらっていいか?」

俺がそう言った瞬間雪の顔が見る見る満面の笑みに変わっていった。

「はぃっ」

(こんな風に隣に誰かがいる料理は久々だな…)

俺は包丁をなかなか器用に扱っている雪の横顔を盗み見た。その横顔に一瞬別の顔が浮かんで、ここにいるはずのない横顔が見えた。


「ご馳走様。」

「ごちそうさまでしたー」

俺達二人の前には具が結構残ってしまった鍋が置いてあった。

「ちょっと作り過ぎたな…」

「明日おじやにでもして食べましょーよ。」

「良い考えだ…そうしよう。」

「はいっ」

(こいつはいつもニコニコしてるな…)

俺は鍋を持ち立ち上がった。

それを見てすぐさま雪も立ち上がり、鍋へと手を伸ばしてきた。

「私が片付けますから、大丈夫です。」

「あー良いって、それより雪、昨日風呂入ってないだろ?今、入って来いよ。」

俺はコップなどを洗いながら答えた。

「でもー」

「別に覗きゃしないから、遠慮しないで入って来いってんだよ。」

「分かりましたー」

雪は渋々と言った様子で風呂場へと向かって行った。


「すいませーん」

何分たっただろうか、洗い物を終えてくつろいでいた俺は雪の声によって起こされた。

「ん…どした?」

「あのータオルが…」

「は?」

まだ頭が起きてないのか今一雪の言葉が理解出来ない。

「タオルどこですかー」

「あっ!!」

俺は慌ててバスタオルを取り出し、風呂場へと向かった。しかし、当然の事ながら、そこには裸の雪がいる訳で…

「きゃっ!!」

「わ、わりっ!!」

俺はバスタオルを雪へ軽く放り投げ、急いで戻った。

「ふぅ…」

先程の雪の姿が俺の頭に浮かんできた。俺も普通の健康な男だし当然反応してしまう物がある。しかし、それを慰める訳にもいかず、俺は他の事を考えようとしていた。

しかし、その俺の意志をさらに狂わせる事が起きた。

「ぜっーたいこっち見ないで下さいねー」

「はぁ!?」

訳も分からず俺はただ雪の言われた通り雪の方を見ずに、窓の外を眺めていた。

しかし、俺は夜に明るい室内から窓を眺めるとどうなるか考えていなかった。

「う゛っ…」

鏡のように窓は雪の姿を映し出していた。

着替えを脱衣所へと持って行かなかったのか、バスタオルを体に巻いて俺に背を向けていた。

するりと舞ったバスタオルの下からは、何も身に纏っていない真っ白で華奢な雪の背中が見えていた。

俺は堪えきれず、目線を落とした。

少し膨らんだジーンズの股間部分が目につき、俺は一つ溜め息をついた。

「もういーですよー」

何も知らない雪の声が俺の背中へと投げかけられた。

「あぁ…」

俺は苦笑いで風呂場へと向かった。

熱めのシャワーを頭から浴びると少しずつ高ぶっていた気持ちも落ち着いてきた。

「ったく…」

雪は俺を聖人君子か何かと勘違いしてるのかもしれない。俺だって女の裸などを見ればムラムラするし、"慰め"だってする。

雪はそんな男の止むを得ない状況ってやつを少し分かっていてほしい…

俺は再び溜め息をつき、風呂場を出た。

その頃には俺の意志とは無関係な物も落ち着いていた。

服を着て、濡れた頭を拭きながら脱衣場を出た俺は雪がいるベッドの方へと向かった。

今日購入したパジャマを着た雪がベッドに座って何をする訳でもなく、ぼーっとしていた。

「雪?」

「えっあっはい!?」

「いや、もう寝るか?」

「えと…何かするんですか?」

「いや、別に…じゃあ寝るか。」

俺がそう言いながらベッドの隣に布団を敷いた。俺が布団を敷き終えたのを見計らって、雪が話し掛けてきた。

「あっ今日は私が下で寝ます。」

「雪はベッドで寝て良いよ。俺が下で寝るから。」

俺はそう言い、雪に向かっておやすみ、と布団にさっさと潜り込んだ。

雪はベッドの上でぶつぶつ言っていたが、結局諦めたのか俺に

「おやすみなさい」と言ってからベッドに横になった。

先程敷いたばかりの布団の中はまだ冷たくて、少しずつ俺の体温で温まっていくのが感じられた。

「まだ…起きてますか?」

不意に雪の声が暗い部屋に浮かんだ。

「どした?」

「あっ…いや…何でもないです。おやすみなさい。」

「そうだ、言い忘れてたけど、俺明日から用事あるから家にほとんどいないぞ。」

「えっそうなんですかー?」

雪は心底驚いたような声を出した。

「悪いが、そうなんだよ。って事で明日留守番しとけよ。」

俺はベッドの雪の方を向いた。雪はいつの間にか俺の方を向いていた。真っ暗な部屋の中、窓の外の月明かりだけが俺達二人を照らしていた。

照らし出された雪の顔は口を少し尖らせているが笑顔だった。

「別に何してても良いからさ。な?」

「はーい。」

「じゃあ、おやすみ。」

俺はそう言うとゴソゴソと雪に背中を向けた。

「はい、おやすみなさい。」

正直、あのまま雪の方を向いていたら俺の中で何かが変わってしまいそうだったからだ。

そして、俺はゆっくりとそのまま眠りに付いた。


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