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第一話―初雪―

いつもの街中はクリスマスが近付き、さらに明るく、賑やかになっていた。

毎年毎年、ご苦労様だ。

「ふぅ…」

悴む手を上着のポケットへとねじ込む。

冬の空気は家へと急ぐ俺をどんどん凍えさせていった。

「もうクリスマスか…あれから…何年…」

足下ばかり見ていた俺はふと立ち止まり、辺りを見渡す。しかし、俺の目に映る光の数々は白黒のつまらない物にしか見えなかった。

俺の世界に色を灯してくれる存在はいなかった。

「俺には…関係ない事だ…」

俺は止めていた足を再び動かし始めた。

家への近道である公園を通る時、一段と冷え切った風が俺を撫でていった。むしろ切り裂いていった方が適切かもしれない。

俺はマフラーにさらに顔を埋めながら、歩くスピードを上げた。

「ん?…雪?…」

その時、俺の目の前にゆっくり、ゆっくりと白い物が舞い落ちてきた。

俺はあまり考えずに、すっと手を伸ばした。

雪が降ってもおかしくない程にまで冷えた夜空の下、俺の手の上に乗ったのは雪ではなく一枚の真っ白な羽根だった。

「羽根?」

俺は目線を夜空へと上げた。そこには俺がいるかと思った鳥の姿はなく、大きな丸い月が俺を見下ろしているだけだった。

再び強く吹いた冷気が俺の体を包み込む。

「うっ…」

俺は上を見上げるのをやめ、正面を見た。

俺の目に飛び込んできたのは鳥でもなく、人間でもない、背中に大きな真っ白い翼を持つ少女だった。

その姿は俺に天使を思わせた。

俺は全く言葉を出す事ができなかった。ただ目の前にいる少女の美しい姿に心奪われていた。

その時今までうなだれていた少女が顔をゆっくりと上げた。そしてその目線の先に俺を捉えた。

俺は今の状況を全く理解する事ができなかった。

俺の口が動いているのは分かるが、それが言葉を発しているのか、それとも呼吸をしているのかさえ分からなかった。


――白い翼を持つ少女――


その少女は何も話さずにまるでやっと歩く事ができた赤子のように不安定な足取りで、しかし地面の感触を確かめるようにしっかり一歩一歩踏み出し、俺へと近付いてきた。

「えっ!?」

動揺していた俺は二、三歩下がっていた。しかし少女は俺の手を伸ばせば触れる事ができる程に迫っていた。

少女の背中の翼が急に消え始めた。むしろ少女の背中に収まっていった。

翼全てが消えると少女は眠りにつくように緩やかに目を閉じ、そのまま俺の方へと倒れ込んできた。

「だ、大丈夫ですか?」

俺は慌てて手を伸ばし両手でしっかりと受け止めた。

俺へと倒れ込んできた少女はそんな俺の慌て具合を知らずに寝息をスースーと立てていた。

「どうすればいいんだよ…」

俺の呟きに答えてくれる人は周りに誰一人としていなかった。

「はぁ…」

俺はキョロキョロと周りを見渡すが、こんな寒い日の夜の公園には人っ子一人いなかった。

とりあえずベンチに寝かしといてあげる考えも浮かんだが、さすがにこの寒さである。置いてってもしもの事があったらと考えるとそれはできなかった。

結局、俺はその場で何とか少女を背負うと歩き始めた。幸いにこの公園から俺の家へはそんなに遠くない。


「下心はねーぞっと。」

自分自身で確認するように、俺はぼそりと呟いた。

少女を落とさないように鍵を開けてやっと俺は我が家に帰ってきた。

とりあえず少女をベッドに横にさせる。

「よいしょ…」

気持ち良さそうに眠る少女の寝顔はどこにでもいそうな可愛い少女の物にしか見えなかった。

「さて…とりあえずどうすりゃいいんだ…」

先程から何度も考えていた事を改めて言葉に出してみた。しかし、言葉に出したからと言ってすぐに答えが見つかる訳はなく、少女の規則正しい寝息によって俺の言葉は溶かされていった。

「だいたいあれは何だって言うんだよ…」

改めて少女の翼を思い出しながら俺は風呂場へ向かった。

「まさか危ない奴じゃないよな…」

シャワーを捻りながら、ふと考えてみるが、どう考えても危ない奴にしか見えない。だからと言って、もうここまで連れて来てしまってはどうしようもない。

半ば諦めた俺は深い溜め息を付いたが、その音はシャワーによってかき消された。

冷え切った体に熱いシャワーは少し痛かった。

少し考えてみたがやはり名案は浮かびはしなかった。

俺は風呂場から上がると、体を拭きながら、洗濯機に先程まで着ていた洋服をちゃんとネットに入れて突っ込んでいった。

「う゛ーさみー」

俺は着替えると、押し入れにしまっていた敷き布団と掛け布団を引っ張り出して床に寝ころんだ。

いつものようにすぐに眠気はやって来て、俺を微睡みの世界へと連れて行った。

すぐそこでは見ず知らずで会話もしていない上に、変な翼のある明らかに怪しい少女がいるって言うのに、俺の中に不安はなかった。

カーテンの端から月灯りが静かに伸びていた。


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