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8/11

7/25 04:39

 文化祭まであと五十八日。今日を入れて、日の出の回数もあと五十八回。

 泣いても笑ってもこの数だけは絶対に覆らない。チャンスは限られているのだ。

「なあ、一日に何枚くらい撮れそう?」

 物置にあった小さい脚立を踏み台にし、奏歌はフェンスの上に立つ。

「頑張って二回かなぁ」

「二回? それだけ?」

 木の枝を胸に抱えた奏歌は難しそうな顔で見下ろしてきた。

「感動した瞬間に撮らないと、ウソになっちゃうから」

 写真には本物が写る。この間そう言ってたっけ。たしかに、気持ちを込めた写真じゃないと意味ないよな。

「頑張っても二回なら、あきらめたらゼロ回?」

「うん。ゼロ回」

 つまり、曇っていたらダメ、雨なんてもってのほか。最低でも太陽が見えていないと撮れないということ。

「厳しいけど、お前がそう言うんじゃ仕方ないか」

 そう、あきらめが肝心だ。天候はもとより、撮るのに失敗したらふいになる。現像できなければアウト、ネガを傷つけたら水の泡、プリントしてみて奏歌の胸に響かなければ失格。障害は思った以上に多い。いちいち気にしていたら身が持たなくなる。

「頑張るしかないってことだな」

 すでにカメラを構えていた奏歌が、語気を強めて言った。

「違うよキアキくん。頑張るしかないんじゃなくて、頑張りたいから頑張るの」

「あ、ごめん」

 即答で謝る。空気を読めない俺じゃない。奏歌は頑張るのが好きで得意だと言っていた。全く対照的だけど、俺に俺のやり方があるように、奏歌には奏歌のやり方がある。それに、一緒に頑張るっていうのは約束なんだ。

「とか言ってる場合じゃないって。設定合ってんの?」

「えっ? そうだ! なんだっけ?」

 もう日の出寸前。空の幕はグラデーションで上がっていく。俺はさっきも確認したオートフォーカスでもう一度光源をとらえてみる。

「……やっぱりF19、1/1000」

「ありがと!」

 RD―4のつまみをいじる手つきは、木の枝のせいもあってちょっと不器用だった。ピント以外の部分はまだあまり慣れていないらしい。

「あんまり太陽見すぎるなよ。失明するぞ」

「うん。大丈夫……」

 カメラで隠れると、まるでレンズが奏歌の目みたいに見える。でも日が昇るほど、F値が浅くなるのはなぜか口のほう。

 カシュ。

 しばらく待っても、その音は一度聞こえたきりだった。

「今日は一回か」

「うん。そうみたい」

 バランスを崩さないように脚立から降りる奏歌。飛び降りるよりよっぽど安全だ。

「雲の色がもう少し出てたらもっと良かったな。あ、でも今日の朝日もステキだよ」

 景色は景色で感動できても、憧れの写真に近くなければ撮れなくなってしまうようだ。

「チャンスは減るとしても、量より質だよな。フィルムが節約できていいし」

「一日一回撮ると、三十六枚撮り二本分だね」

 はっ、と我に返ったように気づく。

「フィルムって一本いくらだっけ!?」

「お店にもよるけど、千円ちょっとだよ」

 ということは少なくとも二千円。現像液が足りなくなるかもしれないし、印画紙も必要で、そうすると……。

「限られてるのは、どうやらチャンスだけやないらしいで……」

 俺たちの朝日に早くも暗雲がたちこめてきた。地球の回転と一緒に、俺たちの首は回るんだろうか。

文化祭まで、日の出の回数はあと五十七回。


7/26 14:16


 おとといのネガで、ひとつだけある日の出の写真をプリントしてみた。

「悪くはないんだけど、全体的にぼんやりしてるんだよな」

「私もそう思う。なにがいけないのかな?」

 プリント段階でピントがずれたり、現像が不十分だったりする可能性もある。露出補正の実験もかねてまた何枚か引き伸ばしたが、どれもいまひとつだった。

「じゃあ、やっぱり撮影だね……」

 空になったすっぱCレモネードのボトルを振りながら、奏歌はため息をつく。

「要素はほかにもあるで。印画紙の紙質とか薬品の相性とか劣化とか」

「全部確かめてみるの?」

「うーん……」

 腕をくんでうなった。そうしたいのはやまやまだけど、どれから手をつけていいかわからないし、どんどん迷走していってしまうおそれもある。

「よし、まずは方向性をはっきりさせよう。奏歌、お前はこの憧れの写真のどこに一番感動する?」

 奏歌の開いた口が閉じるのを待つ。

「……トーンと、コントラスト」

 意外な答えだった。空や雲が綺麗とか街並みが素敵とか言うと思ってたけど、明暗の諧調とその対比とは。奏歌の中で写真と景色はしっかりと別物のようだ。さすがはRD―4を使いこなすだけのことはある。

「なるほど。で、どんなふうに?」

「ここからここの、ぶわぁーって明るくなってるのにこっちはぐっ、ってなってて、それでいてここからはすうっとキレイなのがステキだと思う!」

「ちょい待たんかーい」

 よくその感想からトーンとコントラストってフレーズが出てきたな。方向性は定まっても、道のりはまだまだ遠そうだ。


7/27 13:35


 フェンスの上に立って木の枝で体を支えるという、今の撮影環境はけっこう危ない。事実奏歌は一度落ちてるし、けが人の世話なんて父さんだけでたくさんだ。というわけで三脚があったらいいのにという話になった。

「三脚って、こんなに種類があるんだね」

 スナップ専門、というか電撃ショットの奏歌は、これまで店の三脚のコーナーはほとんど見てなかったらしい。長いシャッターで光量を得られるからふつう風景写真では三脚を使うのが常識なんだけど。

「見ろよ、これこんな足伸びるんだって。いつもの高さまで届くんじゃない?」

「ホントだ! すっごい高いとこまで届くね!」

「これで脚立から撮れば、表現の幅がかなり広がるな!」

 突如、奏歌の顔が凍りついた。

「でっ、でもこれ値段も高ぁい……」

「なんだよこれ!? 俺のカメラより高いじゃん!」

 しかしまあ、カメラ用品の値段が高いってのは昨日今日知ったわけじゃない。すぐにあきらめがついた。

「地に足のついてないお前には、フェンスの上がお似合いだってことやねんな……」

 奏歌は俺の皮肉を聞いてもいなかったようで、何か思いついたように声を上げる。

「あっ、あるよ! 私たちにも三脚が!」

「え? もしかしてお前の家にあるとか?」

 首と髪を横にゆらすと、奏歌は力をこめて言った。

「ううん! 私とキアキくんの、二人三脚っていう三脚だよ!」

 思い出した。こいつ、天然なんだった。


7/28 11:15


 今日は日曜なので夏期講習も補講もない。おまけに曇っててシャッターも切れなかった。二人とも不完全燃焼だったし、ほかにすることもないので、ひと眠りしたら本屋で情報収集へ出かけた。

「……ないな。モノクロフィルムの撮り方の本」

 駅前のいつものビルには本屋もあって、わりと大きい。カメラの本も撮影テクニックだけで棚ひとつぶんある。でもほとんどがカラー写真の本だ。

「キアキくん、これは?」

「それはデジカメで撮った写真をモノクロにする方法のやつだな」

「そっかぁ……」

 売れてしまっているんだろうか。ある程度予想はしていたものの、本当に一冊もないなんて。モノクロフィルムの廃れ具合と、暗室にある本の貴重さがあらためてわかった。

「モノクロで朝焼けを撮った写真集ってないのかな?」

 奏歌の背伸びに合わせて、俺も探してみる。ざっと棚ふたつぶんの写真集を見渡したけど、そんなマニアックな本は見つからなかった。

「そりゃそうだよな。朝焼けとか夕焼けとかってのは色が綺麗だから写真に撮るんであってさ。わざわざ白黒でなんか撮らへんわ」

 白黒の中に色が見える、なんて言っちゃうやつは別として。なんだか、自分たちがいかにおかしなことをやってるのか確かめに来たかのようだ。

「そういえば、お前のおじいさんはなんであの写真を撮ったんだろうな」

「えっ? キレイだったからじゃない?」

 美しい珊瑚礁の表紙を眺めながら、何をあたりまえのことをというように奏歌は首をかしげる。

「お前がそっくりおじいさんから遺伝してたらそうだろうよ。でも、写ってたあの建物はけっこう最近のみたいだろ。RD―4だって戦後のカメラだし、あの写真はカラーでも撮れたはずだと思う」

「ふうん、そうなんだ……」

 今度はサバンナの動物に夢中。さては聞いてないな。まあ、亡くなったおじいさんに話してもらえるわけでもない。考えてもしょうがないか。奏歌も使い物にならなくなったところで、情報収集もこれまでだ。

「お、800SPの本じゃん」

 カメラの機種別ガイドブックみたいなのがたくさんある。欲しいけど買えないのでちょっとだけ立ち読みさせてもらう。

「奏歌、800SPのSPって何だと思う?」

「わかった。スペシャルのSPでしょ」

「残念。スペシフィックでした」

 奏歌は唇をとがらせる。

「えー? 違うの?」

「ていうか、RD―4は何の略か知ってんの?」

「うーんと、レイザって会社だから、その四番めで……。あれ、じゃあDってなんだろ?」

「時間切れだな。RDはリアル・ドミネーション。4が四番目なのはあってる」

「なんか、あっててもあんまり嬉しくない……」

「じゃあ、LTMシリーズのLTMは? ヒントはオプッティが光学機器メーカーであること」

「エル……光? ラ、ライト・撮れ~る・マシーン?」

「日本語入っとるやん。リュクス・チューニング・マテリアルだそうだ」

「そ、そんなのわかるわけないよぉ!」


8/1 13:04


 八月に入り夏休みも本番。修次たち塾仲間とプールへ。どこかで良い景色に出会えるかもしれないと思って持ってきたカメラを更衣室のロッカーにしまっていたら勘違いされて変態扱いを受けた。だれが持って中に入るって言ったよ!


8/3 20:20


 父さんが骨折してちょうど二週間だ。いつのまにか日課となった夕食後の治療経過写真もすでに十五枚。ギブスが取れるのには一か月くらいだからあと半分というところ。


8/4 15:11


 お小遣いをもらったという奏歌がフィルムを一本使い切ってくれたので、さっそく一週間分の日の出を現像した。今回は800SPのオートフォーカスを参考にした場合のテストとなる。結果はばらつきが多く、目標であるトーンとコントラストの両立は難しかった。

「しかし、絞りこむと太陽の光が綺麗に締まって写るってのがわかったのは収穫だな」

「うん。そのおかげでちょっとつぶれちゃったのもあるけど」

空のグラデーションを出すために、どうしても暗いところは犠牲になってしまう。

「じゃあ、次は思い切ってフィルムを替えてみるか。低感度でロングシャッターを切った場合も調べてみたい」

「はーい。明日までに買っておくね」

 気晴らしついでに、奏歌は俺のプリント練習につきあうことになった。今回、現像その他は俺の役割ということで決まっている。というより、俺にできるのはそれが精いっぱいだった。奏歌はシャッターを押すだけ、あとは俺が全部やります、という具合だ。

奏歌が選んだのはこの間の虹の写真。

「私のカナタって名前ね、虹からとったんだって」

「へえ、そうなんだ」

 意外にもはっきり写っていて、虹というより光の環という感じだった。明るい背景に一部欠けてしまったのが惜しい。

「でも待てよ、歌を奏でるって字だろ、なんで虹なんだよ」

「虹が七色っていうのは、音楽のドレミファソラシドに合わせて分けられたからなの」

「ふうん。知らなかった。それでか」

 奏歌にあの写真の色が見えるのは、虹の七色をまるで歌うように自分の中で奏でることができるから、とでも言うんだろうか。それはこじつけみたいなもんだけど、小さいころからやってた華道で色彩感覚は鍛えられてるに違いない。

「にしても、ずいぶんロマンチックな親やな」

「私のお母さん、元歌手なんだ。全然売れなかったからすぐやめちゃったけど」

「まじで? すごいな。じゃあ今は継いで華道やってんの?」

「主婦と兼業でね。お父さんもお母さんも、教室のお手伝いばっかりってわけにはいかないし」

「おじさんは仕事?」

「うん。会社勤め。でもね、昔は暴走族だったみたい」

「ぼ……!」

 しかし、なんかわかる気がする。あんまり言うと失礼だが両親ともちょっと常識よりもなんていうか自由を求める人たちで、それを奏歌が引き継いでいるんじゃあるまいか。

 この前修次にからかわれたのを思い出す。「仮に結婚したらタナカカナタになるから絶対無理だな」とかいい加減なことを言っていた。どうやら問題は名前だけじゃなさそうだ。って、何考えてんだ俺。

「いや、悪い。いいよなぁ、俺なんかあきらめのアキだよ」

「あはは。そうだったね。もう変えられないんだから、あきらめないと」

 いたずらっぽく笑う奏歌。うまく切り返されたのが悔しくて、あえて話を戻した。

「とにかく、明日はISO100の低感度やで!」


8/9 05:12


「キアキくん、いっつも寝癖すごいよね」

 帰りぎわまでがまんしていたのか、奏歌に突然笑われた。早起きは苦手だから仕方ないんだよ。

「お前だっていつも制服やないか。服ないの?」

「ひぇっ……!」

 変な声から察するに図星だったらしい。気まずくなるから見た目の話題は控えよう……。


8/15 12:46


 ちょくちょく弁当を買ってすませる修次がファストフードの気分だと言うので、なんとなく俺もついていく。

「なあアキ、あの子可愛くねぇ?」

 周りをはばからず指で示す修次。だから、お前はけっきょく何次元の住人やねんとは突っ込めなかった。

「あっ、キアキくん! 塾終わったの?」

 でかい声であいさつしてくる奏歌。まずい。まずいことになった。修次になんてからかわれるか。

「ちょ……お前……これ、かなたそ……?」

「そうだけど、何なのよそのあだ名。あと指さすなって」

 奏歌が近寄ってくる。修次が一緒にいるのはなんか不思議な感じだ。

「同じ中学の修次」

「へー、じゃあの学校通ってるんだ? 家の下の」

 なんの躊躇もなく、奏歌は修次に話しかける。このへんはさすがだよ。

「あ、うん……。どうも」

 なにがうん、どうもだっての。緊張しすぎの修次が面白い。こいつ、俺と違って男兄弟だからな。

「お前、なんか買い物?」

「うん。気に入ってるノート、あんまり近所に売ってなくて」

 修次は俺と奏歌のやりとりをだまって見ている。ていうか、この場を俺に取り繕えというのか。と思ってたらやつは急に奏歌に声をかけだした。

「あ、あの……」

「え?」

「こ、こいつの何が良いんすか!?」

 なにを血迷っているんだ修次! 混乱もほどほどにしろ!

「えっと、あきらめるのが得意なところかな」

 まじめに言う奏歌に、修次は異様に納得した様子。

「で、ですよねー!」

「それどういう意味だよ!」

 本当にそれ、どういう意味だよ……。


8/16 04:55


 RD―4の設定をしながら鼻歌を歌う奏歌。文化祭で合唱の発表があるらしい。とくに夏休み中は週一度、金曜日が練習なので気合が入っている。

「それ、なんて歌?」

 脚立に座りながら尋ねると歌が止んだ。

「なんだっけ」

「名前も知らずに練習しとんのかい」

 そういやRD―4の名前すら知らなかったよな。らしいといえばらしいか。

「ルルルールールールールール、ルルルールルールールール……」

 朝の街に歌いかける。ハミングのパートだろうか。

「ルルルルールーきみーに、であえーてよーかーあったー……」

 どくんと心臓が鳴った。落ち着けって。別に俺に言ってるわけじゃないって。


8/22 14:50


「……低感度フィルムは失敗だったな」

 二本目の現像。手ブレがひどかったり、露出オーバーやアンダーが極端だったりしている。

「残念だなぁ。この日なんかすごくステキな朝焼けだったのに」

 綺麗で明るく見え、つい光量不足にしてしまったらしい。フィルム段階でトーンがつぶれてしまっているのでプリントでもフォローはきかない。

「ごめんな、俺が言いだしたせいで、この二週間無駄にしたよ」

 ひどく後悔する。チャンスは俺が作ってるわけじゃないってのに。

「ううん。そんなことないよ。いろいろ実験できたから、次どうすればいいかわかってきたし。明日また頑張ろ」

「頑張りたいから頑張る、だっけ」

「そ。よくできました」

 失敗も悔しいし、奏歌に偉そうにされるのも悔しいんだ、これが。


8/23 19:01


 ISOを400に戻すのに合わせて、印画紙も調整することにした。電器屋で各種のテストプリントを奏歌に見せ、気に入るのを選んでもらう。

「……これ!」

 しばらくかかって選び出されたのは、憧れの写真と同じでつやがあまりないタイプだった。

「本当にそれでいいんだな?」

「うん。これが一番、ふう……ってなる」

 もういちど値段を確認。やはり、店で一番高いやつだ。

「お目が高いことで」

 今回は俺がポイントを使って半額支払うことができたものの、借りはまだまだ返せない。


8/24 20:39


 ついに父さんのギブス外れる。先週は病院がお盆休みだったのだ。恒例の写真を撮るけど、この画像は紀望に嫌がらせで見せるのと奏歌を笑わせるのと以外で使い道があるのだろうか。


8/26 20:18


 近所で夏祭りがあった。ここ最近は熱帯夜じゃない日もあって朝晩だいぶすごしやすい。こんなイベントだからって、別に奏歌を誘ったりするわけじゃない。ただ花火はなかなかだったので、明日の話の種として夜景モードを活用してみた。この点デジカメは本当に便利。


8/31 12:39


 夏休みは明日まであるけど、夏期講習は今日で終わり。帰ってきた模試の結果には意外な事実が記されていた。

「賀光大付、合格率六十パーセント……?」

奏歌が進学予定の賀光大学付属高校は俺の志望校より偏差値が数ランク上だった。たしかにあいつはときどき言うことはしっかりしてるし、ちゃんと補講にも行ってる。でも天然だし、なんか釈然としないものがあった。頭がよくて美人なんて、どこの漫画の主人公だよ。

「アキ」

 腕をつついてきたのは修次だった。その指は、窓際でお別れの記念撮影をしている女子たちをさしている。

「今日で西田さんも見納めか……」

「言い方が気持ち悪いわ」

「お前は良いよな、かなたそと毎日会えるんだろ」

「ひとまず文化祭まではな」

 はたと気づいた。感動する写真が撮れたら、もううちに来ることはなくなるのか。なんかもはやあたりまえになってて想像できない。

「ていうか西田さんとかなたそって制服同じだよな」

「あー、そう?」

 実はわかってた。気持ち悪がられるから言わなかっただけだ。でも一回しか会ってないのに覚えてる修次には負ける。

「西田さん、夏休み中モデル事務所に声かけられたらしいぞ。断ったらしいけど」

「話したことないくせによくそんなこと知っとんな」

「風の噂さ。かなたそはそういうのないのか?」

 スカウトくらいされてもおかしくないと思うけど、あいつには早朝うろついて警察に補導される方が似合ってる感じがする。

「さあ。自分が写るのは好きじゃないらしいし」

 待てよ。奏歌が悪口言われたのって、もしかして西田さんなんじゃないか。確率から言えば低いものの、可能性はあるよな。

「ま、だとしても俺は西田さん派だが。あー、高校同じにならないかな」

「ならゲームはあきらめて勉強でもすることやな」

 模試の結果を見直す。俺も勉強頑張ったら、同じ高校に行く可能性あるんだよな……。


9/5 15:09


 三本目の現像。やはり使い慣れたフィルムはいい。ほぼ予想通りの仕上がりで、かなり手ごたえを感じた。

「……ただ、ぼんやり感は依然としてぬぐえへんな」

「そうだね。キレイに写ってるんだけど、ここっ! っていうのがない感じがするの」

 異様に力のこもった奏歌の声から、わずかな焦りが聞こえる。文化祭まであと二週間しかないのだ。

「なあ、ちょっと提案がある。トーンとコントラスト、どっちかに絞ることはできない?」

「トーンか、コントラスト、片方だけ強調するってこと?」

「そう。今の俺たちのレベルじゃ、この憧れの写真には追いつけないような気がするんだ」

 撮れば撮るほど、奏歌のおじいさんがいかにすごかったかを思い知らされる。同じカメラを使ってるはずなのに、いったい何が違うのか。一番大きいのは経験の差。それは奏歌もうすうす気がついていたようだ。いや、奏歌は俺よりも早く気づいたはずだ。

「……コントラスト」

 奏歌は意を決したように言った。

「いいのか? それで」

 今までの好みからして、奏歌はトーンを選ぶと思っていた。暫定候補としてはメリハリの利いた写真よりも柔らみのある写真を選ぶことが多かったからだ。

「うん。私ひとりだったらトーンにしたと思う。でも、今はキアキくんがいるから」

「え?」

「最初に、この憧れの写真みたいにステキなのを撮ろうって言ったとき、私とキアキくんの良いところを合わせればいいって言ってたでしょ。それでコントラスト。写真を見て、朝焼けがキレイだなって感動するのには、撮った人のそういう気持ちも伝わるからだと思うんだ」

 奏歌は写真を眺めながら言う。それが俺に手渡された。

「だから、トーンのことはあきらめるね」

「そうか……」

 その笑顔はすこし悲しげに見えた。きっと、どちらか選ぶのは大変だっただろうな。

「ね、キアキくん。ずっと思ってたことがあるんだ。この写真の場所、行ってみたいと思わない?」

「でも、場所わからないんだろ」

 そもそも、奏歌はこの写真に似てる場所じゃなくて、まさにこの場所を探していたのだと言っていた。そしてたどり着いたのが俺の家だったという。

「頑張ったら見つかるかもしれないよ。それで、本物と同じ場所から朝日を撮るの」

 夢みたいな話。同じような景色なんて日本中にたくさんあるんだ。そんなの無理に決まってる。だれかに話したらばかにされるに違いない。だけど、あきらめろなんて言えない。いや、言わない。

「そうだな。頑張れよ」

「うん!」

 しばらく、二人ともその話を続けようとはしなかった。文化祭が終わったら。感動する写真が撮れたら。憧れの写真を撮った場所が見つかったら。

そのとき、俺たちはまだ仲間だろうか。

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