7/23 14:21
今ほど待ち時間を長く感じたことはたぶんないと思う。
女子校の校門の前で佇んでなきゃいけないなんて、なんの罰ゲームだよ。夏休みだからだれもいないと思ってたけど、部活かなんかでしっかりいっぱいいる。カメラをバッグに入れてなかったらどう見ても不審者だよな。
「キアキくん、お待たせ」
「やっと来た!」
うわばきのまま門に駆け寄ってきた奏歌。中と外は逆だけど、さながら受刑者の身柄引き渡しのようだ。
「あのね、暗室使っていいって! ほら!」
金属の格子の上へ、赤いキーホルダーのついた鍵が差し出された。
「おお、やったな」
「じゃ、行こうよ!」
と言うわりに、奏歌はその場を動かない。
「……開けてくんないの?」
「裏門は勝手に開けると管理会社に連絡が行っちゃうの。だから乗り越えないと」
「そんな、恥ずかしいんだけど。お前じゃあるまいし」
「正門から入るのは恥ずかしいから絶対無理やで、って言ったのはだれだったかなぁ……」
言いながら、奏歌はすたすたと歩いて行こうとする。
「わかったよ! わかったからちょっと待って!」
バッグを中へ放り込もうとして中のカメラを思い出し、奏歌へ慎重に預ける。胸よりも高い銀色の枠を乗り越えると、なんだかすごい罪悪感に満たされた。
「さ、行こ行こ!」
「だから、待てってば」
バッグを持ったまま奏歌は勝手知ったる校舎に向かっていく。見失って迷いでもしたら俺がどうなるかわかってるのかよ。いや、俺も想像したくない……。
話によると暗室は二つあって、大学にあるのは本格的な暗室、許可が下りたのは高等部にある職員休憩室を改造したものらしい。高校の方まで来ると男子の姿もちらほら見かけるので、人影におびえながら廊下をこそこそしないですむようになった。
「……あれ、ここだったのかな? 駐車場のとなりって」
北校舎の端、廊下をつきあたって非常口から外に出、奏歌はドアに戻る。通り過ぎた階段の下に入り口があったらしい。
「あ、ここだここだ!」
俺もいったん出ていたので、なんとなく外から眺めた。真南は壁で、東側に窓が二つ。片方からはエアコンの室外機がつながっている。いかにも後付けって感じだ。
「駐車場のとなりだったら、さっき女子校通る必要なかったやん」
並んだ車と開けっぱなしの門に文句を言う。次来たら覚えとこう。
「キアキくん、ここ、すっごい暑い……!」
がらっと窓を開けるなり、奏歌は外の俺に助けを求めた。
「しばらく使ってないんだろ。空気入れ替えた方がいいよ。うわほんとだ、あっつ」
入った瞬間、よどんだ重たい空気が毛布のように体にまとわりついてきた。
「暑いしせまいね。急に汗かいてきちゃった」
俺も顔がべっとりしている。ほこりもすごいし、早く顔を洗いたい。でもその前に環境を整えないと。
「本当にこんなとこで現像できんのかよ」
入った部屋の右手はどう見ても階段のぶん出っぱっている。申しわけ程度のスペースに棚があり、古びた本や雑誌が置いてあった。カメラや現像、写真についての本はわかるけど、数冊ある年代物の漫画はまったく関係なさそうだ。
「担任の先生に聞いたらね、高等部の美術講師の先生がものすごくたまに使ってるみたい」
「全然使っとらんのとどう違うねん」
「大学にちゃんとしたのがあるなら、みんなそっち使うよね」
「道路渡ったら大学でしょ。そっちは借りられないの?」
「聞いてみたけど、写真サークルの自治区なんだって」
「ずるいなぁ、独り占めかよ。って、部外者の俺が言うことじゃないか」
傾いた額に飾られている山の写真を直すと、ざらっとした指触りとともにほこりが舞った。せまい部屋の大半を占めるテーブルは、いっそバケツで水を流したいくらい。奏歌はもはや喋れないらしくハンカチを口にあてて顔をゆがませている。
「ここが使えるだけでもありがたいよな」
次の部屋は暗室。ノブを回す手の汗は、暑さのせいだけじゃない。思ったよりわくわくしている。
「……暗い」
あたりまえやないかい、と自分で突っ込んでみた。浸みるように入る光をたよりに電気のスイッチを押す。
「……赤い」
点けたり消したりを繰り返しても、赤くて暗い電球しかつかなかった。明るい電球が切れてるのかと思って、はっと気づいた。
「セーフライトしかつかないようになってるんだ」
カメラのことを色々調べたとき、買うならデジカメだったし現像のことはそんなに調べなかった。たしかこの光は目に見えるけど印画紙が感光しない光で、暗室で作業するのに使う特殊な電球だ。
赤い部屋は手前よりももっとせまく、うちの風呂場よりは多少広いかというところ。壁に押しつけられた机の上や下に理科の実験器具みたいなものがあるので、よけいにせまく感じる。
「……暑い」
密閉された空間はかなり空気がこもっている。真っ赤なリモコンを見つけて冷房を試した。
「……くっさい! なんだこれ!?」
即オフにして扉をばたばたさせる。わかった。タバコのにおいだ。カラオケ屋のエアコンと同じ空気。職員休憩室って響きはいいけど、要するに先生たちのタバコ部屋かよ。
「ちょっと、お前も中見てみろよ」
目が合った奏歌はなんだかおろおろしている。
「え、えと、あの……」
「暗くて暑くて臭いけど、ここしかないんだからあきらめて我慢するしかあらへんで」
「うーんと、そうじゃなくて……あのね、お母さんが」
「なに? お母さんがどうかした?」
奏歌はすごく言いづらそうに言う。
「……お母さんが、男の子と二人きりで暗室入っちゃダメだって」
は?
「はああ!?」
別に殴りゃしないのに頭を押さえる奏歌。
「ご、ごめんね」
やめよう。やめようよそういうのは。意識するのは完全にあきらめたってのに、なんでそんなこと言われなきゃなんないんだよ。お前の母さんも何なんだよ。俺を何だと思ってるんだよ。ていうかそんなこと言われたらむしろ意識しはじめるに決まってるだろアホか。
「……本当にごめんね」
額の汗も、熱っぽい頬も、全部暑さのせいだけならいいのに。
「……いいよ、謝らなくて。親心としちゃ当然やで」
仲良い男子全員から告白されるくらいだもんな。おまけに言動は異常ときてるし、家族も心配するだろうよ。
「で、じゃあどうする? 暗室に入れるのは俺かお前、どっちかだけってことになるけど」
「うん……。困ったね、あはは」
照れ笑いなのか何なのか。さっきまでの暴走ぶりは何だったのか。
「あははじゃないっての、まったく。自分の写真なんだから自分で現像するのが筋だよな。ほら」
棚にあったよれよれのマニュアル本を奏歌に突きつける。
「……そうだね、頑張ってみる!」
空気を変えようとしてか、意気込んで俺と交代に暗室へ入る奏歌。
「はあ……」
ひとり残された俺は窓からため息をついた。
奏歌の母親に心配されてると知って、まんざらでもない自分が腹立たしい。
本と見比べてみると、基本的な機材はそろっているものの、今の暗室には消耗品が足りないらしいことがわかった。
古すぎて使い物にならないものもある。必要なものをリストアップし、買い出しから帰ってくるともう五時を過ぎていた。
「……疲れた。眠い」
「あー、涼しい!」
入るなりてきぱきと買ったものを整理しだす奏歌。早朝から起きてるっていうのに、なんて体力だ。
「これ、使うときの温度が決まってるんでしょ?」
『モノクロフィルムの現像マニュアル』のページをめくりながら窓を開ける。そのためもあってエアコンをつけっぱなしにしていたのだ。
「そうだけど、一回換気するか。においもだいぶおさまったみたいだし」
机について、二人で用具類を確認する。
「……たくさんありすぎて、なにがなんだかわからなくなってきちゃった」
無理もない。集めた道具は机いっぱいに広がっていた。気をつけないと間違えて失敗しそうだ。
「暗室に入れるのは一人だけなんだし、やっぱり俺が先にやるよ。フィルム駄目にしたらごめん」
「えぇ~? ……でもしょうがないよね。自分たちでやるからには」
「そういうこと。今日使ったフィルムは、日の出を撮ったやつとは違うんだろ?」
「ううん。フィルムを換えてから一回だけ撮ったよ」
「あ、俺が寝てたときか」
「キアキくん、日の出を撮ってても撮らなくても、同じ景色は一回しか撮れないんだよ?」
そこが写真の良さでもあり、怖いところでもある。いくら良い景色が撮れても、現像に失敗したら水の泡だ。
「わかってるから、緊張させるなよ」
「大丈夫! そのぶん、できたらきっと感動するよ」
「だといいけど」
「あ、それに失敗してもあきらめられるように頑張るから」
「失敗するとは思っとんのかい」
違うってば! と奏歌はわめかせておいて、薬品の調整にとりかかった。
「よし、やってみよう」
フィルムの現像は、暗室の中でしなければならないとは限らない。要するにフィルムが感光しなければいいわけで、ダークバッグという袋の中で行うことでもできる。
「なんか手品みたいだね」
バッグの中につっこんだ手でごそごそと探り、まずはフィルムを引き出す。もちろん、このときからフィルムを傷つけないように注意する必要がある。
「手品っていうより、種も仕掛けもある科学の技術やん」
「現像したらハトがぼんっ! みたいな」
奏歌は能天気に煙でも出しそうなジェスチャーをしている。
「たしかにハトの写真は撮ったけどさ。見てる方は気楽でいいわ」
バッグの中にはほかにリールとタンクがあって、フィルムをリールに巻き付けてからタンクに入れる。ここはきちんと間隔を保って巻かないと、あとで現像ムラの原因になるそうだ。
「もうバッグから出して平気なの?」
「タンクの中なら光は当たらないから大丈夫」
マジシャンのように手際よくは行かなかったが、なんとか密閉できたはず。ただ道具が古いのは心配をぬぐえない。
「……ヒビとか入ってなければな」
「えっ!? おどかさないでよぉ」
次は現像液をタンクに注入。さっき原液を薄めて、容器を水にさらし温度を調整しておいたものだ。この作業でフィルムの原料である銀に化学反応を起こさせ、感光した部分が目に見えるようになるという。濃度も温度も時間も、やはり結果に影響が出る。液が漏れ出てはこないのでどうやらうまくいってるらしい。
「キッチンタイマーの電池、買ってきといてよかったね」
タンクを数十秒おきにひっくり返してかくはんする間、時間は奏歌に計ってもらうことにした。ひとりでいろいろやろうとするのは間違いのもとだから、無理はあきらめた方がいい。
「……金、いつか返すから」
「え? いいよいいよ」
「いや、よくない」
「いいのに。キアキくんは給料前借りしてるんでしょ」
「稼いで返すって」
「いいってば」
天地を返すタンクみたいな応酬。今回、必要なものはほとんど奏歌が立て替えている。朝食代を借りたのも忘れないようにしないと。
「お嬢様から借りっぱなしなんてあきまへんで」
「だからお嬢様じゃないよ。言っとくけど、全部私の貯金だからね」
いや、どう考えてもお嬢様だ。気づかなかった俺に見る目がなかったんだ。
すべてが一本の線につながったのは、さっき駅まで行く途中。俺が豪邸を横目で見ていると、奏歌が「ここ私の家だよ」とか言いだした。
「……考えてみりゃ、普通のご家庭にRD―4なんかあるわけないんだよな」
奏歌によると、母方は生け花の本家で、花村というのは父親の名字らしい。母親の方は照見といい、流派である熱月流を伝承しているそうだ。
「じゃ、お前も生け花やってんの?」
「ずっとやってたけど、今はあんまり」
「なんで? 花の写真撮ってたし、綺麗なものは好きなんだろ」
まさか、俺みたいに飽きたわけじゃあるまい。
「花は好きだよ。キレイだから。でもね、うちの熱月流ってすっごく作法にうるさいの。型も全部決まってるし。小さいころはわからなかったけど、気づいてからは面白くなくなってきちゃって」
和服の奏歌が、畳で花をちょん切っているところを想像する。……悪くない。黙ってればまさしく華があるし、ぱっと見は似合っている。でも、中身が天然の暴走女と知っている身からすると、型にはまった作品づくりに嫌気がさすのもうなずけた。
「決められたことを決められたとおりにやるなら、別に自分がやらなくても、ってことか」
これは俺が書道に飽きた理由で、少し共感できる。本当の書道がそんなんじゃないってことくらいは知ってるつもりだ。
「うーん、そうなのかなぁ……」
奏歌は首をかしげた。たぶん、自分でどう思ってるかに気づいてないんだろう。本当に直感型なやつだ。
「ね、キアキくんだったらどうしたらいいと思う?」
「え? 俺?」
そんなこと言われても、俺の家はなんの本家でもないし。
「ま、俺だったらあきらめると思うで」
奏歌らしからず予想していたのか、ちょっと嫌な顔をされた。
「私、頑張るほうが好きなんだけどなぁ」
道路沿いの生垣が終わり、立派な門に行き着く。でかでかと「熱月流」、それに照見、花村の名がかかっていた。
「だからね、うちは代々、昔のものにこだわる人が多くて、機械みたいな新しいものがあんまり好きじゃないの」
「ああ、前言ってた、パソコンとか携帯とか? そんなに新しい技術じゃないんじゃ」
「そうなんだけど、携帯で困ったとき、おばあちゃんがほら見たことかって」
「なるほどねぇ。わからんではない」
家庭の事情はいろいろだけど、古風な人っているもんだな。
「あ……。ごめんね、変な話しちゃって」
朝もそうだったけど、家族のことはちょっと気にかかっているようだ。
「別にいいよ。でも、おじいさんはカメラ好きだったんだろ。お前はそれを受け継いでるんだから、カメラが好きなのはしょうがないよ」
「……そうだね。得意じゃないけど、あきらめてみる」
すこし笑顔が戻った奏歌は、今はカメラより写真の方が好きだけどね、とつけ足した。そういやそうだったけど、一言よけいだっての。
「キアキくん、時間になったよ」
「え? お、おう」
眠いのでぼんやりしているとすぐ時間がたってしまう。一人だったら確実に寝てたな。
「次は停止液だよ!」
「……俺、やっぱこれダメだわ」
「なんで? いいにおいなのに」
やけに興奮ぎみの奏歌が、希釈した液の容器を近づけてくる。
「やめろ! 鼻がつんとしてくるから」
停止液といっても用途は中和だけなので、中身はただの酢酸だ。要するに臭い。
「すっぱいにおいかいでたら、なんかのど渇いてきちゃった」
テーブルのすっぱCレモネードを飲みだす奏歌。
「条件反射やな。よだれでもたれてきたんか」
息を止めるのも限度があるので、引き出しにあった洗濯バサミで鼻をつまむ。奏歌にとってはジュースかもしれないけど、むかし吐いたことがある俺の反射は胃液だよ。
「……はい、時間だよ」
停止浴は現像より時間が短い。助かる。
「最後は定着液か」
現像液ほど長くはないが同じ要領で定着液をかくはんしていく。ちょっと腕が疲れるんだよな、この作業。
「じゃあ、水洗いだね」
タンクの中を真水に替え、表面を洗い流す。もうこの時点で、タンクの中ではすべての工程が終わっているのだ。
「できてるかな?」
奏歌は期待をこめてのぞきこんでくる。でも俺は不安の方が勝っていた。
「さあ、どうだろ」
おそるおそるタンクからリールを取り出す。なんかのはずみで傷をつけないようにしないと。
「……わあ、すごい! すごいよキアキくん!」
巻き付けられたフィルムには、精巧に描かれた模様みたいに絵がついていた。
ゆっくりと、少しずつ引き伸ばして取り外す。
「すごい……。本当だ」
いくつもの四角に区切られた部屋の中に、光と闇が入れ替わった世界が広がっている。小さくて上下も逆で、何の像なのかもよくわからないけど、フィルムを伸ばしていくたび、どんどん新しい景色が生まれていく。これが本当は過去のもので、あの時、あの時間、あの場所にあった光景だなんて信じられなかった。でも。
「間違いなく、本物なんだ……」
透きとおったフィルムの向こう側で視線を交わす奏歌の眼。この眼にも映ったほんの何百、何千分の一秒が、銀の粒子になって、今ここに存在しているんだ。
「これは、すごいことだよ……。なあ奏歌、これってすごいことなんじゃないか……!?」
「うん……」
ほかに何も言うことはないとばかりに、奏歌はただうなずいただけだった。
時間が止まる。まるでフィルムの中に入りこんだかのよう。
俺の世界が何もかも逆転してしまうみたいに、ただただ感動した。
「最終下校時刻まで、あと五分になりました。まだ校舎内に残っている生徒は、窓を閉め、電気を消して速やかに下校してください。繰り返します。最終下校時刻まで……」
突然流れだしたアナウンスで現実に引き戻され、かなりびっくりした。
「あっ、六時半に出なきゃいけないの忘れてた! キアキくん、急いで片づけないと!」
「ちょ、ちょっと待って、じゃあこれ全部干さないと」
回らない頭でさっきの洗濯バサミをひもに取りつけ、薬品の容器をできるだけ整理してから慌てて部屋を飛び出す。
「じゃ、キアキくん、また明日ね!」
外はまだだいぶ明るくて蒸し暑い。もう中等部を通りたくないのでここで解散になった。
家に帰って夕食まで寝て、本日のバイトである風呂掃除や皿洗いその他を片づける。父さんの世話は一日交替制になったらしい。その間じゅう、ずっとフィルムの像が脳裏にはりついていた。
「お兄ちゃん、どうでしたか今日のデートは」
リビングでぼうっとしていたら、紀望が部屋から出てきた。もういつものお笑い番組の時間か。
「……デートなんて、そんな甘っちょろいもんやなかったで」
紀望に今日あった主な出来事、とくに奏歌の変態さ加減について語ると、思い出したようにテーブルの800SPを奪い取られた。
「写真見せてよ。塾のあと現像したんでしょ?」
「ああ、一枚だけ電器屋で現像したのがある」
「本当? 見せて見せて!」
「しかたないな」
妙に重い腰を上げ、部屋から持ってきて写真を渡す。
「ほら」
「わぁー……! え、なにこれ」
てっきり奏歌が写った写真かと思ったらしいけど、残念だったな。
「なにって、父さんのギブスに決まっとるやろ」
「なぜギブスなんですか」
「一応、敬意を表してだよ。まだ買ってもらったようなもんだし、最初の一枚ぐらいは」
紀望の冷ややかな沈黙。ちょうどテレビから観客の笑い声が聞こえてきた。
「あたし、かなちゃんの写真が見たかったのに」
「人の写真は撮るのも撮られるのも苦手なんだってさ」
だから勝手に愛称で呼ぶのやめろよ。一度も会ってないやつらに限ってこれだ。
「あいつが撮った写真なら、明日持ってきてやるよ」
「お兄ちゃんとのツーショットは?」
「そ、そんな可能性ないわ! もう寝るからな俺」
紀望のリアクションも確認せずリビングを去る。早足で部屋に戻りながら思った。
奏歌が撮った写真と、奏歌を撮った写真。俺はどっちが欲しいんだろう?