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9/23 15:03

 まっ暗だ。まだ日は明るい。目を閉じていても光を感じる。でも、気持ちはまっ暗。

 ふて寝して気がついたらもうこんな時間だ。うす目でカーテンをにらんで、またまぶたを結ぶ。何もしたくないし、何も考えたくない。

 奏歌に悪いことをしてしまった。朝はショックだったけど、今なら冷静になれる。憧れの場所があんなので、一番悲しんでるのは奏歌のほうに決まってる。あきらめようって言ったのも、たぶん俺を励まそうとしたんだろう。なのに俺は、自分のことばかり考えていて……。

 どうする? 謝るか? 明日、もう奏歌は来ない。学校は違う。携帯なんてない。次に会うのはいつになる?

 ふと、嫌な考えが頭をよぎる。二度と会わないんなら、どうだっていいじゃないか。どうせ俺にはついていけないんだから。

 今日は秋分。もう秋だ。暑かった夏が終わるのと同時に、たぶん俺の熱も冷めていく。受験だってある。写真なんか撮ってる場合じゃない。今までと同じように飽きて、あきらめてしまえばいい。

 サッカーのときを思い出す。始めたころは、みんな将来の夢はサッカー選手だって言っていた。もちろん、俺もそうだった。だけどみんな、いつのまにかそれを口にしなくなった。自分には無理だ。それがわかってしまったんだ。

 書道のときも。それまでとは違ったけど、紀望が教室に通ってたから俺も習うことにした。サッカーの代わりになるものが見つかればいい、くらいの気持ちで。妹ができるんだから俺もできるだろうと思っていた。字を書くことは嫌いじゃない。でも、先生のやり方が嫌いだった。やめるなら早い方がいいと思った。

 それから、その他いろいろにはまっては飽き、はまっては飽きを繰り返した。言い訳しながら無駄な時間を過ごした。このまま適当に受験して、適当に進学すればいいと思っていた。

 でも、出会ってしまった。カメラと、写真と、あの不思議な女の子に。全部が今までとは違った。暗かった部屋に光が差した。白黒だった世界に、色がついた。行けなかったところに行けた。見えなかったものが、見えるようになった。

 あきらめるなんてできない。

 だって俺は、やっと本物に出会えたんだから!

「うっ……」

 体を起こしてカーテンを開ける。眩しい。日の向きは反対だけど、今まで眠っていたせいだ。いつもの木が見える。枝が折れてしまった、あの撮影用の木。あれを使うことは、もう……。

「……そうだ」

 思いついた。素晴らしいことを。二人の体を三脚にしよう、と奏歌がひらめいたときみたいに。そっちがだめなら、別の方向がある。

「いま何時だっけ!?」

 飛び起きる。三時七分。今ならまだ間に合う。

 もう一度、頑張ってみよう。

あいつに、伝えたいことがあるんだ!


いざ門の前に立ってみると、すごく怖気づいた。勇気をふりしぼって、並んだチャイムの片方を押す。

「……いないのかな」

 二回目をためらった。いや、奏歌は早朝から何度もうちに来てくれたじゃないか。これくらいの借りは返さないと。

 しかし、数回押してもだれも出なかった。生け花教室を尋ねようかと思い、目に入った掲示板を読む。

熱月流お彼岸生け花展覧会。九月二十三日。もしかして、みんなこれでいないのか?

「もう四十五分だ……」

 時間はない。奏歌がいそうなところはどこだろう。わからない。なんせ相手は徘徊のプロだ。くそっ、本当にこんなとき携帯があればな。このアナログ一家の天然暴走女め。

 思いつく場所は、一つしかない。


鍵が開いていた。賀光大付属高校の裏門から、元職員休憩室に侵入。やはりここに奏歌はいる。自転車で来た息を切らせて暗室の扉をノックする。

「奏歌、いるんだろ!?」

 返事はない。でも確実にいるはずだ。

「出てこいよ。その……今朝はごめん。お前が気を遣ってくれてるって、気づかなくてさ……」

 カチャ、と少しだけ扉が開く。が、奏歌は出てこない。

「謝るのは私のほうだよ。ごめんね、キアキくん……」

 かすかに聞こえる、小さな声。暗室に二人で入らないっていう奏歌の母親との古風な約束がなければ入るんだけど。

「私も、頭が真っ白になっちゃって……。でも、あきらめようって言えば、なんだかうまくいく気がしてたの。いつもずっと、大事な時に、キアキくんがそう言ってたから……。でも私、キアキくんがあんなふうに思ってたなんて、全然わかってなかった」

「そりゃそうだ。伝えなかったんだから。だれにも……自分自身にだって、本当のことを隠してた」

「本当に、ごめんなさい……。私、いつもこうなんだ。自分がやりたいって思ったことに、つい夢中になって、ほかの人につらい思いさせてるってわからないの。あとから気がついて、後悔して、謝ってばかりで……」

「違うよ!」

 いきおい声が大きくなった。ドアの奥が静まる。

「俺はつらいなんて思ってないって。俺は、お前のおかげでカメラに興味が持てた。写真のことも少しはわかるようになったし、なにより、色が見えたんだ。お前は俺が行けないような先を走って行ける、本物のすごいやつだって、ずっと思ってた。憧れだよ。お前に会えてよかった!」

 息を大きく吸って、はく。

「お前はそんな暗いところにいるようなやつじゃない。だから、連れていきたいところがあるんだよ、今すぐ!」

「行くって……今から?」

 場所を聞かれると困る。着くまで秘密にしておきたい。それで、変な言い回しになった。

「そうだ。行こう、感光しにさ!」

 ドアが開き、奏歌が姿を見せた。

 目が赤く見えるのは、きっとセーフライトのせいだろう。


  9/23 17:12


 電車を降りて改札から出ると、すぐに奏歌は走り出した。間に合わないからというよりは、いてもたってもいられないという感じで。

「キアキくん、階段のぼり終わるまで、絶対ふりむいちゃだめだよ!」

「なんだ。気づいてたのか」

 返事もせず、奏歌は先に段を飛ばして行った。結局、カメラがなくてもこうなるんだな、こいつ。

「はっ、はっ……!」

 息を弾ませる。俺の手には800SP。苦労して買った、俺の、俺だけのカメラ。

 どんな景色が撮れるだろう。オートフォーカスは露出をどう計算するかな。

 いや、やっぱりここは、マニュアルで撮ってみるか。あの憧れの写真みたいな、感動する写真を撮ろうって約束して、二人頑張ってきたみたいに。朝焼けの設定はそのまま使えるかもしれない。試してみよう。だめだ、興奮が止まらない。

 なんだ、頑張れば、けっこういいことあるじゃないか。

 あきらめるなんてできない。あきらめるもんか。飽きたりなんてするわけがない。

 飽きっぽいのアキって、あきらめのアキって、だれが言った?

 よく見ろよ。どっからどう見たってさ。

 希晶のキは、希望のキなんだよ!

「はあっ、はあ」

 背中から暖かい光がふりそそぐ。

 階段に伸びる影を追いかける。

 その先の奏歌が見えた。

「はー、はあ……」

 のぼりきって、並んで息を整える。

「じゃあ、せーのでいくよ」

「ああ、わかった」

 息をそろえ、声を合わせる。

「せーの……!」

 息が止まる。

 すごい。なんていうか、こう……。なんていうか……。

「ステキな夕焼けだね……。う~わぁ~っ! って感じ」

 ああ、そう、それ。そんな感じ。

夕焼けが、すごくて……。

「……」

 俺が黙っているので、奏歌がふしぎがった。

「キアキくん、撮らないの?」

 ようやく息を出すことができて、返事ができた。

「……あきらめた」

「えっ? どうして!?」

「階段のぼりながら、どんなふうに撮ろうかって考えてたんだ。絞りをいくつにして、シャッタースピードは、感度はって……。でも、この夕日を見たら、なんかどうでもよくなってきたっていうか。今の俺には、この美しさを写真にすることなんてできなくて、どうしようもないっていうか……」

「それで、あきらめるの?」

 心配そうな奏歌。

「ああ。今はな。今はただ、こうして眺めてたいんだ……」

「うん。なら、それがいいね」

「だからこれ、お前にやるよ」

「えっ!? ええっ!?」

 800SPのストラップを、奏歌の首にかけた。

「だめだよキアキくん! これはキアキくんが給料前借りして買った……!」

「ちゃんと返済したよ。もう借り物じゃない。お前には借りがたくさんあるし」

「で、でも、あれは私も」

「いいんだって。それに、お前は写真を続けるべきだよ。もらうのが嫌なら貸しにする。俺が写真に興味もつようになったみたいに、お前もそれ使ってカメラに詳しくなったらいいと思う。RD―4の代わりとはいかないけど、カメラが必要だろ?」

「それは、そうだけど……」

「嫌なこと言われたり、伝わらないものがあったり、わかってもらえなかったりしても、お前にはそうやって、走り出すのをやめないでほしいんだ。そのうちまたレンズ交換するか、自分のカメラ買ったら返してくれよ」

「うん、わかった……」

 胸に抱いた800SPを見つめる奏歌。

「……口、開いとるで」

「ふわっ!?」

 両手で口を押さえ、奏歌は先に段に座った俺にならう。

「俺たちさ、ずっと、憧れの写真みたいな写真を撮ろうとしてただろ」

「うん」

「だけど、本当はさ、俺たちは俺たちの写真を撮らなきゃいけないんだよ。だれかの後を追いかけるんじゃなくて」

「私たちの写真?」

「そう、俺たちの……。俺たちだけの写真を」

「……じゃあ、撮ってみようか」

 奏歌が夕日に構えたのは、てっきり800SPだと思っていた。

「お前それ、携帯やないか!」

「そうなの。昨日あのあと買ってもらったんだ」

 ここで天然かよ。まあ、最近の携帯は画質もいいみたいだし。せっかく貸したのに使ってもらえないのは残念だけど、奏歌なら仕方ない、あきらめよう。

「ていうか、じゃあ西田さんとは仲直りしたんだ?」

「え!? な、なんで!? うん、昨日合唱のあとだけど、私、だれっていつ言ったっけ!?」

 いつになくうろたえる奏歌。面白いから黙っていよう。

「いいから、さっさと撮らないと。もう日が暮れる」

「あ、そっか」

 日が落ちる。ずっと日の出を見ていたから、変な感じだ。時間が逆転しているかのよう。

 カシーッ。

 機械的なシャッター音だった。RD―4とは全然違う。

「ほら、見て!」

 のぞきこむと、一瞬時が止まった。

「こ、これ、自撮りやないかい!」

「うん。そうだよ。これが、私たちの、私たちだけの写真」

 待ってくれよ。夕日に二人ならんで携帯で自撮りなんて、そんなの美男美女のやることだろ。さすが自分で美女だと思ってるやつは違うよな。だいたい俺たちの写真ってそういう意味じゃないって。ていうか写ってる俺、なんだよこれ。

「うわ、ひっどいなぁ……。俺の顔」

「そんなことないよ! キアキくんはけっこう……カッコイイよ!」

 驚いた俺の顔はやっぱりおかしかったのか、奏歌は笑う。

 今までやってきたことは、無駄じゃなかった。

 飽きたこともあきらめたことも、色あせて、真っ白や真っ黒になってしまった憧れも。

 この世界が天然色で、色が見えるっていうのは、素敵なことだ。

 だからいつか、撮りたい。

 その笑顔を。

                                      (完)


























投稿用シリーズ第4弾。


 正直、構想から執筆後までずっと、自分でもよくこんな話書いてるなと思い続けてます。

というのも『メモリアフォリス』以前に数作書いているのですが、

その中でだいたい自分の個人的な主張を言い終えてしまっていました。

(おかげでそれらの作品は自己満足的色合いが非常に濃く客観性に欠けています。まあ今もですが)


 前作と今作ではそういう、書きたい衝動としての主張がさほどありませんでしたので、

何か書こうという気になるまでまず苦労しました。


 で、なぜカメラなのかという話ですが、これはある夢を見たことがきっかけでした。

……べつに幽霊とかプラズマ的な話じゃないです。ネタに飢えていただけですね。


 夢の内容はだいたい忘れてしまいましたが、おおまかに言うと

「すさんだ人が純粋な人と接して癒されていく」みたいな感じでした。

わりといい夢だったなと思ったので、これを土台に何か作れないかなぁと考え、

色々と題材を仮定してみて、いちばんちょうどいい分量に話が広がったのがカメラだったのです。


 そこから逆算してテーマを設定し、出てきた最重要キーワードが「本物」というワードで、

それから「希望」、対比として「あきらめ(失望)」なども見えてきました。

(補足・『メモリアフォリス』を書いていたので、「記録」などのテーマを省きやすくなりました)


 中でも「憧れ」というのは執筆中に重要性が高くなってきた要素です。

ところでこのことは曖昧にしておこうと思うのですが、

少なくとも僕はカメラのマニアではないです。

それで、カメラへのこの「憧れ」が作品に取り入れられることになりました。

結果、「本物」うんぬんより実はキモになってしまっているかもしれません。


まとめてみますと、今回思ったのは、だれしも何に対してもなんらかの主張や意見があって、

それに基づいて作品を書くと、不思議と無意識な部分でつじつまが合ったりする、ということです。

物語って面白いですね。


 そういうわけで今回は作品内でだいぶ要素を消化できており、

あとがきでまで書くことがあまりないなと思いつつ、一年もたってしまいました。

秋分の日までには書いておかないとという思いに焦らされる一年間だったように思います。


 ■■■


 内容に関してずっと思っているのは希晶のかっこよさについてです。

自分的には今までの主人公ではいちばんいいやつだと思ってます。


 特に思うのは、彼が「あきらめる」のはけして怠慢だからとか自己中心的だからなのではなく、

本当はその逆じゃないかと思うからです。


 本来希望にあふれていたはずの彼は、

不運や他人の都合でいろんなことに失望させられていたわけですが、

それでもだれかのせいにしたりせず、また過度に自分を責めたりせず、歪まない強さを持っています。

落胆したときも数時間で立ち直りましたし、見事なものです。


 希晶はときに苛立たせられながらも奏歌を公平に評価し、終盤では憧れだとまで言って誉めました。

奏歌も希晶を「カッコイイ」と言っていますが、僕もそう言いたいです。


 奏歌に関しては、これからの人生頑張ってほしいと伝えたいですね(笑)。

彼女はきっとこれから気づくことになると思いますが、

希晶のような人に巡り合えたこと、今回さまざまな困難を乗り越えたことは大きな糧になるはずです。

自分の素質に負けず、むしろ磨いていって「キレイ」で「ステキ」な大人を目指していただきたい。


 ■■■


 『メモリアフォリス』同様、この物語も「視点」の物語といえます。

実はもっと以前に書いた作品も「視点」の話なのですが、

さきに述べたとおりそろそろもう「視点」はいいか……。という感じですので、

この作品までを視点三部作とでもし、次は別のテーマを書きたいという所存です。


 このあたりで備忘録を主とするあとがきを終えますが、

仮に見てくださっている方がいた場合のために書き残しておきます。


 作品の中に表れていますし、僕が格好つけて言うようなことでもないのですが、

頑張ってひた走っている人ほど、ときどき振り返ってみてほしいと思います。


 通りすぎた景色はきっと、頑張ってきてよかったと思えるような、

ステキな夕焼けとして輝いているでしょうから。



(22/2/1追記 小説情報を編集しました。あらすじに書いてたのをここに移動↓)


(15/12/21削除 この部分にあらすじがありました)

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

第7回京都アニメーション大賞 小説部門に応募予定です。

これから執筆するので内容が変わることもあり、やがて削除しますが、

連載形式に憧れたのでこれでお願いします。

(15/12/14追記)

締め切り直前で言うのも何ですが、発表スケジュールを考えて

今回は先に別の賞へ送ろうかと思ってます。

一応来週までに完結でアップしようとするつもり。

(15/12/21追記)

今日締め切りなんですがやっぱり当初のに出そうと思ってます。

もし見てる人いたら何か書き込んでもらえれば23:59まで上げときます。

ていうか完成してないからそれどころじゃない。

(16/5/18追記)

再掲載。消えたのは誤字だけだった。

(16/9/16追記)

やっとあとがきを書きました。

(17/3/3追記)

公募に送るためまた削除。何回これを繰り返すのか。

(18/5/25追記)

再掲載。今後応募するとしたら改変するのかも。

(22/2/1追記)

京アニ大賞ファンのために歴史を記録しとくと、第7回の選考は一次のみ。だったはず。

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