7/20 04:43
まぶしい。
あと、暑い。
カーテンのすきまから、すじになった光が目にさしこんでくる。
「うぁ……」
うめき声みたいなあくびだ。
腕をのばしてカーテンを閉めようとしたけど、眠気に負けてあきらめた。
ふいに、日ざしが消える。
と思ったら、また明るくなった。
まぶたを閉じているあいだ、それが何度もつづいた。
「あつ……」
明滅するとよけいに暑さを感じて、べっとりとした汗が意識にのぼってくる。
がさがさ、と木の枝が揺れる音。
ちょっと不安になって目が覚めてきた。もしかして、庭にだれかいるんじゃ?
「ん……?」
出窓から目を細める。庭先の木の上、茂る葉の中に、なにか違和感。
人影だ。
「ど、どっどどど……!」
泥棒、とうまく口が回らなくなっているうちに、逆光の顔と目が合った。
「きゃあああ!」
自分の金切り声かと錯覚したけど、なんだ相手の叫びかと寝ぼけていたら――
「――あああああ!?」
叫びながら地面に落ちていったのが見えた。
「えっ」
一瞬、なにが起こったのかよくわからなかった。
気がついたら俺は出窓から裸足のまま飛び出して、落ちた人に駆け寄っていた。
「お、おーい!」
近づいてみて、少しぎょっとした。
横たわっているのは女の子。それも、学校の制服だ。
「いったぁ……」
大丈夫かと声をかけようとすると、彼女はがばっと跳ね起きた。
「カメラは!?」
すぐに自分が胸で抱えているものに気づき、のぞきこんで各所を確かめる。
不似合いなくらい古臭い、昭和って感じのカメラだ。
「ふう、よかったぁ……ひゃああ!?」
一息ついた直後、ようやく俺が目に入ったらしい。
「うちになんか用? ……ですか?」
怪しいは怪しいけど、泥棒ってわけじゃなさそうだ。
「ご、ごめんなさいっ!」
座ったまま謝ったので、女の子は土下座みたいな恰好になった。
「勝手に入ってごめんなさい! 私、あの木の上で朝焼けが撮りたくて……」
立ち上がって彼女が指をさす方向に、俺の視線は動かなかった。
か、かわいい。
正直、かなりときめいた。
「え、えっと、ここから見える朝日が一番キレイでステキだったから!」
橙色に照らされて、金の延べ棒みたいに輝く頬。
「でも、低いところからだとちゃんと画面に入らなくて、それで……!」
訴えるような大きな瞳に、蒸し暑さも裸足の冷たさも忘れそうになる。
「だから、本当にごめんなさい!」
息をのんだ。なんかもう、あんまり美しすぎて、こんな人間いるんだって感じ。
「あ、ああ……」
それだけ吐き出して俺が何も言えないでいると、また言い訳がつづきだした。
「隣も見たけど、全然登れそうな木がなくて、それに、ここの表札見たらタナカって書いてあって、私カナタって名前で、反対から読むとタナカだから、ちょっと親近感があって……」
そうか、なるほどそれで……。
「いや、ええ?」
思わず聞き返す。今なんか、意味わからないこと言ってなかった?
「あの、こんな写真が撮りたいと思ってるの!」
まだ聞きたがってると思われたのか、彼女はおいてあったスクールバッグから一枚の写真を取り出し、俺に手渡してきた。
「こんな写真って……」
白黒の写真だった。
A4くらいの紙に写し出された、日の出の写真。
話の流れでなんとなくそう見えるってだけで、言われなければ夕焼けにだって見える。
「どう?」
困惑しながら、彼女の肌の色と写真の白黒を見くらべた。
どうとか言われても、知らんがな。
ていうか、勝手に人の家入ってきてこいつ、いつの間にかなんか態度でかくなってない? 見たところ中学生っぽいけど、俺だって中三なんだから少なくとも年上じゃないだろ。くそっ、なめるなよ、ちょっとかわいいからって……いや、ちょっとどころか尋常じゃないくらいかわいいとか思ってしまうけど、それはそれ、これはこれだ。
「いい写真だな」
威勢よく言ったつもりが、緊張して若干震え声になったかもしれない。
「ほんと!?」
ぱっと笑顔が咲いた。引きつけられるのに、引き下がりたくなる。
「ね、見える!?」
せまってきた彼女に、本当に後ずさりした。
「キミにも、この写真の色が見える!?」
「いや、白黒やないかい」
思わず即答してしまった。彼女は口を開けてぽかんとしている。変に方言っぽくなったせいで驚いているとすればこれは俺の癖だから仕方ないんだけど、わざわざ説明することでもない。
「違うよ、そういうことじゃなくて」
あきれた感じで言われた。それくらいわかってるって。
「良いとは思うけど、芸術的なことはよくわからないんだよね。ピンと来ないっていうか」
「えっ? うそ、ピントずれてる?」
写真を見直す彼女に、「お前がな」と言いそうになった。
「とにかく、白黒は白黒だよ」
「そっかぁ……」
なんだかがっかりされたらしい。でも勝手に期待するほうが悪いよな。
「それじゃ、おじゃましました」
写真と首から下げていたカメラをケースにしまうと、彼女はフェンスに足をかけだした。
「そっから帰んなくていい、危ないから! ちゃんと出口から出ろ」
「えっ? そ、そう?」
なんで意外そうにしてるんだよ。
俺が示した方向へ小走りしながら、彼女は去りぎわに手を振った。
「バイバイ」
姿が見えなくなると、影の長い、見慣れた庭が残った。無意識に振っていた手に気づいて、顔の前まで持ってくる。
「……眠い」
目が覚めるような美少女って言葉があるけど、あれは嘘だな。眠いものは眠い。
足を洗って部屋のカーテンを閉めなおし、ベッドに倒れこむ。
なんだったんだ、あいつ。
白黒の写真に色なんかないっての。
天然っていうか電波っていうか、常識なさすぎだろ。
さしこんだ陽は、さっきとは別のところにかかっている。
目を閉じてしまえばもう眩しくはない。
けど、あのカメラと、あの写真と、朝焼けをたたえたあの瞳が、まぶたに焼きついていた。