結婚する前に報告はしよう!
光との子を身篭って三ヶ月。体調最悪な悪阻という症状は激しく、二時間はトイレに篭りっきりなんて珍しくなく、光は相変わらず華やかな舞台に立って笑顔を振り撒く。そしてある日、私はある事に気付き、光がオフの日にその疑問を投げ掛けた。
「光さ、おじさんやおばさんに私の事話した?」
「穂波は相変わらずおかしくて可愛いっていつも話してる」
うっわめっちゃどうでもいい惚気話を両親にして抵抗感はないんだろうか?ないんだろうな。そして、おかしいってどういう意味だ。
「そうじゃなくて、私と結婚した事とか、子供が出来た事とかさ」
「あー。話してねぇな」
「ちょっ…!もしかしたらアンタ婚約者とか居るんじゃないの!?」
「居たけど、穂波居るし、別れる気ねぇし。ベタに『別れる気がないなら出ていけ』って言われても穂波と子供養うだけの貯蓄と財力があるから平気だし」
キングサイズのベッドに寝転がりながら、テレビ番組の雑誌を見ている光は、自分が主演するドラマのページを見ながら、油性マジックで、相手役の女優の顔にちょび髭を書いていた。
「ちょっ…!私まだ見てないのに!」
「ト○マス載ってねぇぞ」
「都合の良い時ばっか言うのやめて!!」
全く。なぜどうして光はこういう事に関しては無関心なのだろうか。そういえば、結婚する時もびっくりするぐらい強引だったし。何か言う暇さえなかったし。
「じゃあ、今電話する。はあ」
あからさますぎる溜息を大きく吐き出すと、光は携帯を耳に当てた。数回のコールの後、携帯から漏れる声で父親だと判断する。
「…え?あ、今日は穂波の奴が俺の相手役の女に嫉妬して、雑誌に載ってた写真にちょび髭書いてて可愛かった」
ちょび髭書いたの光じゃん!嫉妬してねぇし!捏造しまくり!!だが、光の親父さんはそれを信じたのか豪快に笑っている。いつも通りなら「相変わらず光は穂波ちゃんが可愛いんだな」と言ってのけるだろう。
「それと、俺穂波と結婚して子供出来たから」
数秒間の沈黙の後、おじさんの「光あああああ!!!!!」という怒声が携帯から聞き取れた。丸聞こえである。
「で、どういう事なんだ。光」
それから一時間経った頃に、光の両親が帰ってきた。
「どうもこうもまんまの意味」
「いやそうじゃなくて、どうして相談もなくいきなり結婚だなんて…」
「結婚したかったから」
欲望のままに我を貫き通す光の言っている事は、子供が我が儘を言っているように聞こえた。光は良い大人なのに、中身は子供のままだった。結婚してわかったが、光はとにかく独占欲が半端なく強い。
私が部屋の外を一歩でも出たら怒る。ト○マスを殴り書きして、それを燃やすのだ!!なんて冷酷非道なんだ!許すまじ!この恨み晴らすまじ!!
「お前には婚約者が居るんだぞ!」
「親父はっ!」
おじさんの怒鳴り声に重なるように光の声が重なった。重い空気なのにも関わらず、おばさんは、私のお腹を撫で繰り回す。まだぺったんこなんですが。
「初孫の顔が見たくないのか!?」
「ぐっ…!」
「はーい!私は見たいでーす!」
全く空気を読まないおばさんはわざわざ挙手して言った。「女の子かしら、男の子かしら」と嬉しそうにおじさんに話し出すおばさんを止める者は居ない。
「どっちだ」
「は?」
「孫は、男と女どっちだ!?」
「やだ、あなた!妊娠三か月じゃ、性別はわからないわよ!」
上品に笑うおばさんは、相も変わらず私のぺったんこのお腹を撫で繰り回す。
「名前は決まっているのか!?」
「まだ」
「母さん!名前辞典はどこへ仕舞った!」
「あなたったら、浮かれすぎよ!名前辞典なら、光が生まれてすぐにゴミに出しましたよ」
「あぁ!大変だ!女の子の名前は決まってるが、男の子の名前は全然決まってないぞ!母さん!」
「今時風に、超人でもいいわね」
やめれ。虐められる!それは間違いなく虐めの対象にされる。
「しょうがない。ここはト」
「却下」
まだ「ト」しか言ってないんですけど。光の冷たい視線を受け流しつつ、口を噤んだ。
「おー。双子なら将斗と恵樹とかでもいいな」
「二人合わせてショートケーキね!」
「止めようよ」
隣に座る光の服の裾をツンツンと引っ張って、おじさんおばさんのヒートアップする「初孫の名前議論」を止めるようにと声を掛けた。
「面倒くさい」
「そこで面倒くさがるのは間違っていると私は思うぞ」
「穂波のト○マス愛も間違ってると俺は思うぞ」
私の愛をどさぐさに紛れて否定された事は流してやるわけがなく、力いっぱい光の足を踏ん付けてやる。
「んで、話は戻るけど、婚約者がどうしたって?」
「…あぁ。先方がお前に会いたいと言ってきてるが、もう入籍も済ませてあるんだろ?」
「もちろんバッチリ」
「お前はそういう所は抜け目がない。芸能界は?」
「来年で引退。事務所にも納得してもらっている」
もうそこまで話が進んでいるのか。まぁ、芸能界の方はもう未練はないのだろう。そもそもあるのかさえ不明だ。
「穂波ちゃんは、光でいいのか?他に好きな相手は居なかったのか?」
「それは、ト」
「穂波」
だからまだ「ト」しか言ってないってば。光のきつい視線を流しておじさんの目をしっかりと見る。
「今は、お腹に居る子と、光を愛おしく思っています。だから、多分。この結婚は間違ってないんじゃないかなって思います」
言葉を選びながら素直な気持ちを口に出すと、光に頭を寄せられて米神にキスをされた。
「そうか。それならいいが。先方には私から言っておこう」
「納得してくれんのか?」
「親の方は納得するだろうが、娘さんの方はかなり乗り気だったからな。納得はせんだろ」
「わかった。じゃあ、俺も行く」
そう言いながら、私の太腿を撫で回すのは辞めてもらいたい。ついでにおばさんも私のお腹を撫で繰り回すのをそろそろ辞めてほしい。
「穂波。すぐに片付けてくるから待ってろよ」
「うん。わかった。でも、最悪の場合はどうするの?」
「その女が悪い奴じゃないなら、知り合いの俳優でも紹介する」
「そ、そう」
いいのかな。それ。大スキャンダルを巻き起こさなければいいけど…。
次の日の朝になると、光は前髪を後ろに撫で付けて、スーツをビシッと着こなして部屋の中で立っていた。
「光もちゃんとした格好をすれば、ちゃんとした大人に見えるんだね」
「穂波。スーツ姿の俺は格好いいか?エロいか?」
「エロいかどうかはどうでもいいけど、格好いいよ」
「そうか。じゃあ、行ってくるから行ってらっしゃいのキスな」
一方的に濃厚なキスを受けた私は息をゼーハーと乱しているというのに光はご満悦気味な笑顔で家を出て行った。