俳優様は本日ご機嫌麗しく!
『水内さんは、先日結婚されたんですよね』
『えぇ。今は幸せいっぱいな毎日を過ごしていますよ』
結婚報道があったというのに、その人気は衰える事はなく、仕事は秒刻みに予定が組まれているらしい。
『その相手は、一度報道されたモデルの方ですか?』
『いえ一般人ですよ。隣の家の子で、俺が一生懸命口説いて、苦労して落とした女です』
嘘付け。ほぼ無理矢理に私の貞操奪った挙げ句に、婚姻届を軽く脅して書かせた癖に!!
『水内さんが苦労したという事は相当な美人さんなんですね』
いいえ。ブスですが。なんですか、この女子アナは。私に対して随分と喧嘩腰ではないか。自分が美人だからという嫌味だろうか。そうなのか、そうなんだろ!
『いえ。美人ではないんですけど、俺にとっては世界一可愛い妻ですよ』
リモコンでテレビを消した。光は、ブス専とかじゃない。その証拠に、光は私以外の女にはまるで興味がない。
女は皆、同じ。自分に色目を使って、しまいにゃ理不尽に「最低」と殴るから。
まぁ、他にも理由はあるらしいけど、聞いちゃいけない気がして聞けない。
まぁ、そんな事よりもどうやってここから脱出しようか。
光の野郎、仕事に行く前に何重もの南京錠を外から掛けて行きやがったため、私は今現在光の部屋に監禁されている。しかも、寝ている間に部屋の中ならどこでも行ける長さの鎖が付いた足枷まで付けられていた。これは、あれか?今流行りのヤンデレ………。
流行って欲しくない。
「助けてください!」
某純愛映画の名ゼリフを部屋のドア目掛けて言ってみるが、虚しさと恥ずかしさが残った。
「あーくんはね、きーちくって言うんだ本当はね だから私を監禁して行くんだよ 迷惑だね あーくん」
さっち○んの替え歌を歌いながら、光の部屋にあったコピー機からごっそりとコピー用紙を取り、光の机の引き出しから安っぽいシャープペンを取り出して、馬鹿でかいテレビのまん前に、俯せで寝転がって、コピー用紙に愛するト○マスを描く。要は暇。
暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇ひま暇暇暇暇暇ヒマ!!!!!
光の野郎!私を監禁してどうするつもりだ!奴の嫌がらせで私が喜ぶ、ト○マスをいっぱい描いて部屋に飾ってやった。きゃあ!ト○マス格好良い!見取れちゃうわぁ!!途端に虚しさが込み上げてきた。
テレビを付けて、昼ドラを見ながら寝転ぶと、睡魔が襲ってきて瞼をなんの抵抗もなしに降ろした。
だいたい、昔から光という人間はろくでもなかった。
成績優秀だから、小さな時から国立の中でもトップクラスに入る学校に通ってて、見た目だって物凄く良いからモデルにスカウトされて、しばらく経ったら今度は、俳優にならないかっていうオファーまで来ちゃったりして。
私なんか、お母さんとお父さんが拾ってくれなかったらずっと孤児院に居たかもしれない。
大好きな二人に迷惑掛けたくないから、勉強凄く頑張って、中学高校もそれなりに良い学校を卒業して、それなりに給料が良い工場に就職出来て、でも光と結婚してから、寿退社という名でクビになったけど、それなりに充実した毎日を送っていた。こんな事になるはずじゃなかった。
次に目が覚めた時、ふかふかのベッドの上に居た。起き上がって、目だけで光を探していると、私の渾身の力作、ト○マスのイラストが纏めてゴミ箱に入っていた。
「トオォオオ○スウゥウウ!!!!?」
急いで我が愛しのト○マスを救出に行かねば!と、ベッドを出ようとしたら、首根っこを掴まれてベッドにUターンした。
「穂波。部屋の中をゴミだらけにすんな」
「ト○マスはゴミじゃない!マイダーリン!!」
「穂波は、俺を怒らせたいみたいだな」
両手にガチャンと手錠を掛けられたその時、天の助けとばかりに電話の内線が鳴った。
「……なんだ」
いつまで経っても鳴り止まない電話に渋々出る光は邪魔されたのがかなり頭にきているらしい。
「………は?」
久しぶりに聞いた光のマヌケな声に、手錠を外そうともがいていた手を止め、光の声に耳を傾ける。
「………わかった。今すぐ行く。待っているように言え」
話が終わったのか、受話器を元の場所に戻した光は、クローゼットを開くと女物の服を引っ張り出して、ベッドに手錠で繋がれている私にそれを投げ付けられた。
「急いでそれに着替えろ」
「は?」
手錠も外され自由の身になった私は訳もわからずに、その衣服を着る。
白いレースが遠慮がちにあしらえた白いワンピースに、黒いカーディガンを羽織るとスリッパを履いて、光に連れられ一階のリビングに行く。するとそこには、お父さんとお母さんが黒い皮張りで高級感溢れるソファに二人で神妙な顔付きで座っていた。
「突然押しかけてすまないね」
「いえ、」
「唐突で申し訳ないが、娘を返してほしい」
「……………は?」
私を返してほしいというお父さんに、たっぷり間を置いて、マヌケな声を出す光。まぁ、私にとっては物凄く有り難い話ではあるが、突然過ぎる。いや、突然過ぎるのは私達の方か。なんの連絡もなしに籍を入れて、心配しない親なんか居ないに決まっている。
「穂波は、血こそ繋がってはいないが、私達にとって、掛け替えのないたった一人の娘なんだ」
「嫌です。俺だって穂波が大切なんです」
「光君、君は芸能人だ。芸能人だからこそ、穂波ではなく、別の、そうそれこそもっと綺麗な、」
「穂波じゃなきゃ意味がありません。俺が妻として求めたのは、佐藤穂波。世界にただ一人だけです」
力強くお父さんを睨む光に、お父さんの言葉がどんどん弱くなる。それでも「しかし…」と言葉を紡ぐお父さんに、お母さんは「しっかりなさい」と鬼のような目で睨んでいた。昔からお母さんに弱かったからなぁ。
「それにな、急にそんな事されたら、」
されたらなんだ。何かあるのか。実は私にはト○マスという婚約者が居て、そいつと結婚しなくちゃいけないとか、そんな光この野郎と別れられるチャンス!?
「寂しいじゃないか……!!」
お父さーん!!!!
まさかのダークホース来たコレ!何、寂しいからって!?どんだけこの人娘愛しちゃってんの!!?
………………あながち満更でもないな。ちょっと嬉しい。エヘヘ…
「いやいや!アンタそれ言う為に来たんじゃないでしょ!!しっかりしてよ、もう!」
バシンッと一発お父さんの背中を力強く叩くお母さん。お母さん、お父さんあまりの痛さに涙目になってるんだけど。
「光君が息子だと思うと凄く嬉しいとは思うんだよ。でもな、なんで穂波なんだ?穂波は親の俺から見ても、綺麗じゃないし、可愛くないし、頭は非常に悪い。まぁ、娘としてはこれ以上ないまでに可愛いが」
「小さな頃から、穂波が好きだったんです。穂波だけを見てきました。ていうか、穂波以外の女の区別がつきません」
わかるだろ。区別つくだろ。
「それぐらい女に感心がないんです。穂波以外は」
異常だ。いや、元から光は変だった。
私に悪い意味で絡んで来る女子と男子は不登校になるまで罵倒し再起不能にするし、私のト○マスグッズ全て処分して、代わりに光グッズが置かれてあった事があったが、我が手で全て処分し、ゴミステーションにまとめて置かれてあったト○マスを救出したけど。とにかく、光は変だ。私が相沢遊馬という男優が好きだと言うと、光は「じゃあちょっくらアイツ蹴落としてくる」と言った一ヶ月後、本当に蹴落として来やがった。
「それに、もう子供もだって居ます」
んだと?
「父親が俺で、母親が穂波です」
なんだと!?思わずお腹を摩りつつ、両親の顔を見ると目を爛々と輝かせていた。
「とうとう孫が産まれるのね、あなた!」
「あぁ!女の子かな、男の子かな?」
めっちゃ嬉しそう。
「ちゃんと幸せにするんだよ、光くん」
「浮気したら離婚してもらいますからね!」
あんなに反対してたのに、孫が産まれるとみんなこうなっちゃうのか?
「もちろんです」
え?光が両親に見えないように、小さくガッツポーズしていたのが見えてしまった。
お母さんとお父さんが帰って、部屋に戻ると、私は光に詰め寄った。ら、軽くキスされた。
「こ、ここここここ子供って!?」
「俺、シてる最中一回も避妊してねぇよ。だから今穂波の腹の中に居る。多分」
光はベッドに座ると私を膝の上に跨がせ、膝立ちさせる。胸と腹の中間辺りに顔を埋めつつ抱き寄せられた。
「俺似の子供なら可愛いだろうな」
「私に似ちゃダメなわけ?」
「お前に似たら確実にマニアックな趣味が根付く」
「マニアックって何!?」
「ト○マスとかト○マスとかト○マスとかト○マスとかト○マスとかト○マスとかト○マスとかト○マスとかト○マスとかト○マスとか」
ト○マスしかないじゃん。仕方ないじゃないか。ト○マス大好きなんだもん。ムカつく光のサラサラの髪を触りながら、もし子供が出来たら、という事を考える。光の言う通り。きっと光似の子が生まれたら可愛いだろう。私似の子が生まれても、光はきっと可愛がる。
「光は女の子と男の子、どっち欲しい?」
「どっちも。穂波との子なら愛せる」
その言葉にときめきつつ、なんだか幸せを感じながら、本当に子供が出来ていればいいな。と思った。
そして数日後、病院にて妊娠が発覚した。