小人の話
「そんなわけないでしょう。トカゲは死んだの。生き返るわけない」
「いや、俺も本当かどうかは知らないさ。ただ、気になる話だろう。調べてみたらどうだ、"探偵"」
私は彼らから"探偵"と呼ばれている。トカゲが死んだあの事件があってから。今では私の本名を覚えている奴の方が少ないんじゃないだろうか。
「調べる必要すらないね。ありえない話だもの。トカゲが生き返って、それで、死体を集める?どういうことよ」
「死体じゃない。屍、肉。つまりあれだ。体は必要ない」
「余計わけわかんない。それじゃあなたが調べればいいじゃない、"警官"」
私は会話を切り上げる。そろそろ学校も近い。こんなところ同級生に見られたらたまったものじゃない。私は普通の田舎の女子高生でいたいのだ。
私に会話を続ける意思がないと分かるとネズミは「ちぇ」と小さく呟き、藪の中へ消えていった。しかし、トカゲか。今となっては懐かしい名前だった。
授業中もぼんやりと昔のことを思い出していた。トカゲは通称"学者"。不老不死の研究をしていたらしい。確かに少しマッドサイエンティストな趣きのあるやつだった。そこからこんな噂が流れたんだろうな。屍肉とか。馬鹿な話だ。彼の研究室を覗いたことがあったが、そこにあった材料は全然違うものだったはずだ。そもそももう十年も昔のことなのに。
「どうかしたの、さくらちゃん」
「あ、いや、なんでもない」
こんなこと考えてるなんてとても言えない。私は普通の学生でいたい。
隣の友達は、あぁその問題わけわかんないよね、さくらちゃんでも解けないことあるんだね、なんて一人納得してくれたらしい。
半分ほど開けた教室の窓から吹く金木犀の香りが、教室のカーテンを膨らませていた。
私は、この話を小人に話そうか考えていた。ありえない話だけれど、街に漂う、あの木の臭いが私の不安を煽っているのだ。それに、そう、トカゲは不老不死の研究をしていた。もしかして、という気持ちが今更になって湧いていた。
小人は隣接した小学校のブランコの奥に住んでいる。小さい頃はこっそり会いにいったりもしたが、今となってはほとんど会わない。小人自身は気の良いおじさんなんだけれどさ、そんなとこに向かっているのが見られたら確実に怪しまれるじゃん。
しかし今回はそうも言っていられない。小人はトカゲと仲が良かったし何か知っているかもしれない。それに小人の作ったカボチャのクッキーも久々に食べたい。
放課後になると、昼間はあんなに晴れていた空に雲がかかり、その天井を夕焼けが真っ赤に濡らしていた。部活に消える人たちの流れが落ち着くのを待って、私はこっそりと小学校へ向かう。ブランコは、昼休みこそ低学年の子供たちに大人気だが、放課後はしんと静まりかえる。錆びの浮いた青い支柱がどことなくノスタルジックだ。ブランコの奥の藪を抜けると小人の小さな小屋がある。
「ねぇ、わたし、"探偵"だけど。久しぶりね。開けてくれない?」
私は小声で呼びかける。しかし小屋はうんともすんとも言わない。
周りの目を気にして、私は少し焦っていた。
「ねぇ」
こたえはない。
「開けるよ」
そういって小さな扉を開けると、ふいに猛烈な金木犀の香り。
私は一瞬固まった。冷や汗が流れる。嫌な感じがする。
「ちょっと、どうしたの」 続けて発した言葉は覗き込んだ部屋の状況に遮られた。
部屋の中央で小人が倒れていた。その体は、お腹の部分がスプーンで掬った様に欠けている。
間違いなく、死んでいるようだった。