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【短編集】白紙の地図  作者: 吾妻巧
1時間SS
6/19

[水玉模様]Lainy Day

 雨は嫌いだ。

 特に今日は今までで一番嫌いだ。

 雨が降るとわたしは色んなことで困ってしまう。

 まず、通勤に使っている自転車が使えない。駅まで自転車で行けば五分もかからないのに、歩いていくとなるとその三倍はかかってしまう。これだけでまず憂鬱。

 次に髪を整えること。わたしの髪は非常に強い癖っ毛で、更に寝相も悪いのか朝起きると毎回と言っていいほどに箒か鳥の巣かと思うぐらいに頭は爆発している。それも晴れの日である程度乾燥しているようならすぐにヘアスプレーやブラシを入れて直せるのだけど、雨の日で湿気が多いとなるとそれは適当に仕舞い込んだイヤホンのコードを解き直すのと同じかそれ以上に時間がかかる。

 まずもって、その二つがわたしを朝から憂鬱にさせる。

 そう考えながら、ぱしゃり、とわたしは水たまりへ足を踏み入れた。

 それでも、雨は雨で何も嫌いなことばかりじゃない。いいところだってある。

 晴れの日に、夏の日に、冬の日に、とそこでしか出来ないコーディネートがある様に、雨に日にしかできないコーディネートだってある、とわたしは思っている。

 それが、数少ないわたしの雨の日の楽しみ方。

 朝に雨音を聞いただけで憂鬱になってしまう、わたしの気の紛らわし方。

 今日もわたしは出来る限りの雨の日コーディネートをしてきている。

 最初に紹介したいのは一番目立つ雨合羽。

 雨合羽、と言っても体全体を覆うものじゃない。肩からまるでストールの様に掛けるタイプのもので、肩口から腰辺りまでを濡らさないように守ってくれる。

 見た目も決して悪くない。本物のストールに負けず劣らず……と言ってしまうと少し誇張しすぎだけど、わたしは雨合羽です、と主張するような安っぽいビニールではなくて少し上等な水色のナイロンに可愛い紫陽花の柄がプリントされているのは本物のストールかそれ以上にわたしは気に入っている。雨粒に濡れた状態だと、まるで紫陽花に朝露が滴っているようにも見えて、とても綺麗なのだ。

 次に外せないのがレインシューズ。決して長靴じゃないところが重要。これも雨の日ぐらいじゃないと履かないものだ。水を扱うような仕事の人は違うんだろうけど、わたしは普通のOLだし、少なくとも雨の日でないと履く機会はない。だから、そこそこ力は入れている。

 ぱしゃ、とわたしは再び水たまりへ足を踏み入れた。水飛沫が辺りに散って、雨と混じって分からなくなる。それでも、わたしの足は全然濡れた気配がない。

 わたしのレインシューズは濃いブラウンに、ハイカットのシューズより少し長く脛を少し隠すぐらいまでの長さがある。見た目はまるでちょっとしたブーツみたいなものだ。濃いブラウンなのも川っぽさを演出している。もしかすると、本当にレインシューズに思われてなくて「あの子なんでこんな日にあんな革のショートブーツ履いて来てるんだろう」と思われてるかもしれない、とわたしは時々想像して少し小気味がいい。

 でも、そんな風に雨の日コーディネートを決めているわたしだけど、今日は機嫌が少しだけ悪い。本当なら、この二つにもう一つ加わっているはずだったのだ。

 わたしは「はぁ」とため息を吐いて上を見た。

 ばらばら、と雨が傘を打つ。そう、この傘だ。

 雨の日に傘は欠かせない。わたしが全身を守る普通の雨合羽を選ばなかったのも、使いたい傘があったからだ。でも、今日の傘はそれとは違っている。

 見上げれば、透明のビニールの向こうに、ずっしりとした雨雲が佇んでいる。

 再びわたしは「はぁ」とため息を吐く。

 別にその雨雲はどうでもいい。その透明のビニールが、わたしは嫌だった。

 はっきり言ってしまうと、お気に入りの傘は、先日からお出かけしている。というのも、気に入って長く使いすぎたせいか、骨の部分にガタがきてしまい、上手く開かない状態になってしまったのだ。それでも長く使いたいからとわたしは一も二もなく修理に出したわけである。

 別に無くなったわけでも、再起不能に壊れたわけでもないけど、いつものお気に入りの組み合わせから一つが欠けている、というのはどこかスッキリしない気分だ。

 ぱしゃり、ぱしゃり、と水たまりへわざと足を踏み入れて歩く。そのくらいでしか、気を紛らわせない。

 早く会社に行こう。そんな気分でわたしは歩くしかできなかった。

 そうしていると、ばらばら、と傘を叩いていた雨音が、いつしか弱くなり、完全にその音を途絶えさせた。

「――雨、上がった?」

 ふと、ぼんやりとわたしは誰にともなくひとりごちて、空を見上げた。

 さっきまで空を覆っていたどんよりとした鉛色の雲は散り散りになっていた。そして、あっという間に、雲の隙間から綺麗な青々とした晴れ空が覗かせてくる。

 もう会社はすぐ目の前だが、憂鬱な雨が終わったことに、わたしはどこかホッとする。

 傘の付け根に手を伸ばす。この、お気に入りじゃない傘を、ようやく仕舞い込める。

「……あ」

 わたしの目は、傘へ釘づけになった。

 透明なビニールの奥には青々とした空が映っている。

 傘の表面にはいくつもの大きな雨粒が残っていた。

 透明な雨粒のフィルターを通して、青々とした空を見れば、それはまるで――

「……あはは、いい仕事するじゃん」

 わたしはこの百円のビニール傘を少しほめたくなった。うん、悪くない。

 雨粒と、青空。その組み合わせで、空色の水玉模様。私のお気に入りの傘と同じ模様。

 前言撤回、雨も悪くないね。

1時間SS:お題『水玉模様』

執筆:2012年

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