[りんご]午後7時
放って置けばばらばらになってしまいそうな寒さに、わたしはポケットへ両手を入れた。
「……うー」
だからといって、別段すぐに手が温まるわけではない。むしろ、芯まで冷え切っているせいか、ポケットの中が逆に冷たくなっていくような感覚すら覚えてくる。それでも、結局のところそれ以外の選択肢はないので、わたしはポケットに手を入れたままじっと固まってしまう。
十一月も間近に迫って、季節は一気に冬に近づいてしまった。制服の衣替えが丁度いいタイミングだったとは言え、気持ちがまだついて来ていないのだ。秋はどこに行ったのか、と異議申し立てをしたい気分だ。
空を見上げれば、既に一面は黒に塗りつぶされている。日が短くなっているのを実感させられる。しかしまぁ、時間も時間だし、と納得。携帯のモニターを見れば、時間は『19:03』と表示されていた。
「あー、七時すぎちゃったじゃん……」
わたしは誰にともなくぼやく。コンビニの誘蛾灯がばちり、と返事をする。
「……もぅ、七時には来るって言ってたくせに」
道路に目線を添わせて、暗闇に隠れている学校を見やる。まだぽつりぽつりと教室の灯りが暗闇に浮かんでいたが、それもややあって消えていく。
遠くからは話し声が聞こえる。
女の子たちの声だった。それは待ち望んでいるものじゃない。
その事実に、わたしは再び大きな溜息を吐いた。白い靄が作られて、すう、とすぐに消えた。
いっそそんな風にわたしもここから消えてしまおうか、なんて考える。でも、それを出来ないのは、結局、わたしが待つしかないと分かっているからだ。
違う。待つしかない、じゃなくて、待っていたい、か。
なんて自問自答の自己完結。
くそー、わたしにここまで考えさせるなんて、罪な奴だ。だから、早く来てよ、もう。寒いんだって。
手持無沙汰に、ポケットの中で弄んでいた携帯を取り出す。
新着メール、なし。不在着信も、なし。時刻は『19:20』。
「……あと十分してこなかったらかえる」
そう呟いて、わたしは携帯の画面を逆の手の指で弾いた。このやろう、本当ならこうはいかないんだからな。と、想いを込めて。
そうしていると、タッタッタ、と軽快な足音が静かな道路に響いてきた。
顔を携帯から離し、そちらへ目を向ける。
来た。遅い。寒い。何してたの。部活だって知ってるけど、遅くなるなら一言連絡ぐらいしてよ。と目で訴える。
「――わりぃ、ちょっと先輩に掴まってさ」
それを感じているのか、感じてないのか、いつもの調子の返事。うー、ばか。どっちでもいいから、もうちょっと気の利いた言葉ぐらい言ってよ。
「あー、寒かっただろ? 俺、走ってきたからさ、ちょっと暑いぐらいなんだけど……中に入ろうぜ。外、寒いしさ」
なんで外で待ってたか、とか聞かないの? でも聞かれたら聞かれたでちょっと恥ずかしいから答えたくないけどさ。
そそくさと店内に入るのをわたしは追いかける。中に入ると、外とは違う暖かい空気が体を包んだ。ほんの少しだけ心が落ち着いてくる。
「えーっと、あ、すんません。肉まん……じゃなくて、あんまんひとつ下さい」
え、と思わずわたしは心の中で全力ツッコミ。中に入ったのはあんまんが食べたかったからなの!?
と思ったら、
「はい。待たせちゃったお詫び」
と、あんまんを手渡された。温かい――むしろ熱いとすら感じるそれにわたしはちょっと慌てる。むぅ、ずるいなぁ。食べ物で釣るなんて。貰うけど。
「……うー、今回だけだからね」
わたしの言葉に、へへ、と少し照れ臭そうに鼻で返事。もう、そんな顔されたら何も言えないじゃない。
ガー、と自動ドアを抜けて、再びコンビニの外へ。刺すような冷たい空気が戻ってくる。
「くぅーっ、寒いなぁ。……あ、ほら、冷めないうちに食えよ」
「……分かってるわよ」
包みを開ける。甘く温かな空気が鼻を刺激する。
「――――美味しい……」
なんだか、悔しい。この程度で気分が良くなってる自分があまりにも単純で。だから、誤魔化すためにわたしは一生懸命あんまんを頬張ることにした。
「そんな焦って食わなくてもさー」
誰のせいよ。
「…………あー、ちょっともっかい中に入ってくるわ」
そう言って、わたしを残し再びコンビニの中へとんぼ返り。ややあって、ビニール袋を手に戻ってくる。
「……何買ったの?」
ちゃんと聞いてあげる、わたし、えらい。
「お前の見てたら俺も食いたくなったから、あんまんをもう一個。んで、これ」
「……りんごジュース? なんで?」
少し照れ臭そうな顔で返事された。そんなんじゃ分からない、とわたしも顔で返事する。
「なんか、お前のここ見てたら」
と、わたしの頬をつん、と指で突かれた。
「りんごに見えたんだよ」
そう言って、恥ずかしそうにあんまんに齧りついた。わたしも、何だか恥ずかしくなって、顔を背けて、あんまんを頬張る。
くそー、寒くなくなってきたよっ!
突発的一人1時間SS
執筆:2012年