少年Aと死告天使の影
こちらではお久しぶりです。
今回は少しだけ、本筋に関するお話となっております。
グロ表現はありませんが、ちょい残酷描写は入りますのでご注意ください。
「ばっっっかじゃないの」
そう、吐き捨てた。
逢魔ヶ丘の廃倉庫。その改造された一室で今、『A』と涼は向き合っている。
間に自作のコンピュータを挟んで……。
「本ッ当もう、信じらんない!これもあれもそれもいらないでしょ!?効率悪すぎ!回路美しくない!信号遅くってイライラする!!ホント何なのこれ!?旧世界の遺物より酷いよ!」
「そこまで、言うほど……?」
「言うほど酷い」
きっぱりと言い捨てる。
様々な経緯の末に衰退の道をたどる都市も多い中、今なお世界の最先端技術を有し、あるいは配し続ける本土サイドに属す『A』から見れば、これはもはや、型落ちどころか時代遅れもいいところだ。
そして、そんな代物を使っているヶ丘の連中に、時代の最先端技術の粋を集めて宥めてすかして興味を引いて、やっとこさ無事に“蘇った”Aがイライラするのは、ある意味当然と言えたかもしれない。
もっとも、
「“のんびり”も“とろっとろ”も、時と場合によるだろ!?」
と涼に向かって怒鳴るのは、八つ当たりととられても反論出来るものでは無かったが。
「あっ、でもさ、エントラルミストの“異星人”さんも、こういう『手作り』のコンピュータ、お気に入りだったよね!」
これ以上は堪らないとでも思ったのか、涼にしては珍しく、話題を唐突に話題を変える。
本土の国際空港都市エントラルミストにいるのは、外宇宙から来た通称“宇宙人さん”の一群。
その中でもひと際目立つのは、巨大な頭脳を有する“人”物。
先だって全世界を巻き込んだ『救世主具現化計画』に端を発する一連の騒動より入植を開始した“宇宙人”は数多くいるが、現在エントラルミストに滞在する“宇宙人”さんの中でも“頭脳派”は彼しかいなかった。
そう、入植先に合わせ体組織を変化させた仲間たちと異なり、現在もなお、かつての姿のまま社会生活を送る“宇宙人”さんは。
普段は地球の構成物質や重力との兼ね合いの為、専用の液体ポッドに浸かっているが、その巨大な頭脳でもって、本土防衛網の管理者としてほとんど常といって良いほど、あの広大な『電脳空間』とリンクし続けている。
「あっちはただの趣味!お前らのは生活の為だろう!?もうちょっと本気で考えろよ!!……これだからこの都市は!このままだと、いつまでたっても落ちぶれたままだぞ!」
分かっているのか!?と怒鳴るA。
その暴言ともとれる発言に、さすがに涼が反論しようとしたその時、コンコン、と軽く扉を叩く音が聞こえた。
「お前らちょっとうるさ過ぎだぞ。……特にA」
「イチ」
「Aの大声のせいでな、さっきから夜子がすっごく怒ってる」
「あ、うん……ごめん」
「なに、大事なお前が怒られてんのに自分は立ち入り厳禁されてっから、それで気になってるだけだって」
多少の機械は操れても専門的なメカについてはさすがに分からない夜子に、無用のトラブルを避ける為、立ち入り禁止の命を出したのは涼。
だが、壁のそう厚くないこの『家』で大声を出していれば、さすがに心配にもなろうというものだ。
「今は宣言守って大人しくしてっけど、そのうち乱入するぞ」
「……あのうるさい女……。いいよ?来たけりゃ来れば?」
いらいらした様子を隠そうともせず、さっきからずっと喧嘩腰のAに、イチが溜息を吐いた。
「お前、いつまで“そうして”るつもりなんだよ」
と、イチは言う。
「……別に、したくてしてる訳じゃない。……何事も、とろいお前ら人間が悪いんだ」
と、答えたのはA。
ただ、少しは自分が悪いと“考えて”いるのか、その声は少しだけ小さいものになっていたが。
「……しょうがないだろ。人のやることなすこと、その全てにイライラしてしまうんだから」
Aは、ロボット―――それも人型のアンドロイドだ。
かつて、この星―――地球を守るために造られた。惑う星の最初の1つ星よりも早くに。
だが彼は、どうしても許せなかった。――――――許せなく、なってしまった。
眠る前に見て“感じてしまった”人間の傲慢さ。
現在人に対して抱く“感情”は、かつての『人』が引き起こし、目覚めさせてしまったた事なのだと彼は言う。
でも、と涼は声をかけた。
「君が目覚めたのは、それでも“人”と関わり合いたかったからじゃないの?」
と。
「一人は嫌だと思ったから、大きな意思に包まれたまま、安穏をただ揺蕩うだけで何も成しえないのは、嫌だと思ったからでしょう?」
Aは不機嫌に黙り込む。
長い時を経て、同じ機械の“生き物”に出会った。
彼らの生き様が、言葉が、ずっと守ってくれていた母親の腕を抜け出し、外へ出て、自分の意志と足で“生きて”行こうと“思わせた”のは確かだったから。
それは、他人に言われた通りに、指示されたままに動くだけだった自分が『生まれて初めて』自分独りで決めた事だったから。
そこへ―――
「イチ、涼、いるかい!?大変だよっ!!」
飛び込んで来たのは逢魔ヶ丘遊撃隊、その陸戦隊に所属する『白蛇のクロシャ』
『白』の名に反して黒緑色の髪に黒色人種特有の色濃い肌の彼女のただならぬ様子に、一同は顔を見合わせ部屋を飛び出した。
「一体何なのよ、今日は!!」
「一緒の考えってのが気に入らないけど、まったくもって同感だね!」
「気に食わないのはこっちも同じよ!」
「まあまあ」
「急ぐぞ!」
行くのは全員。家にいて、さっきから涼と(一応)Aを心配していた夜子も一緒だ。
「何があった?」
クロシャが先導する現場まで走りながら、イチが手短に問う。
「“外”から海中経由で地下階層を経て侵入してきた連中がいて、それに銀花が対応中!」
「外ぉ!?しかも潜水艇で来てんのかよ!」
「ちょっと涼!?何やってんの!!」
「あー、ごめん!メンテ中だった!」
「言っとくけど、僕ら何もしてないからね!」
「どういう意味だァ?A!」
「偶然って事!!」
確かに、この都市への侵入は容易では無い。それが海中であろうと空中であろうとも。
銀花に涼は勿論の事、『龍』に『虎』が、外都市からの侵入に備え見張り続けているからだ。
とはいえ、遥かな遠洋を超え、まさか潜水艇でこちらまで来るほどの気概のある連中がいたとは思わなかった、というのが本当のところ。
さらに、かつて都市として栄え、機能していた時代の残存物である都市全体のセキュリティシステムは、主に地下の基幹部分を保護する部分がほぼ無傷で残っており、また『龍』もいる事から、そのネットワークに端末を繋げていれば大体の状況は分かった筈だった。
だが運の悪い事に、その普段繋げている筈の涼のパソコンはメンテナンス中で、しかもその作業はAとのやりとりで中々思う様に進んではおらず、“敵”が容易に侵入出来てしまう、という状況を作り出してしまった様だった。
「おいA、分かってんだろうな」
「はいはい、自分が悪うございました、っと。……まったく、何でこんな事……」
「ごめんね……って、僕今日何回謝ればいいんだろ」
「嫌なら止めれば」
「ちょっと、そういう言い方……!!」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、先!」
「ああもう、こっち!複数人分の体温らしき温度感知!」
場所は変わり――――――旧食糧工場地区の崩れかけた倉庫跡。
「ふうん……諦める気は、無さそうね」
「……」
白衣の研究者を取り囲む様に、体格の良い男たちがじり、と前に出た。
震える研究者が両手で抱えているのは、バインダーと何らかの用紙。
銀花は、じっと目を眇めた。
「これから取りに行くのか、もう既に取った後なのか……どの道、逃がす訳にはいかない様ね」
見えないだけで、何かのメモリも持っているのかもしれない。
都合の悪い情報が、勝手に流布されるのは困るのだ。
それこそ、あの『戦争』の様になる。
「動かないでね。そしたら、痛くも苦しくもしないから」
すっ、と銀花は胸元に手をやる。
ぶち、という音と共にペンダントのチャームが外された。
次いでそのチャームを高く掲げ、そのまま勢い良く地面へと叩きつける!
ぱあん!
ペンダントチャームは薄いガラスが割れるような音を立てて弾け、中に入っていた少量の水がうねる様にその体積を増して行く。
ほんの僅かな間に、銀花の周囲には複数の水の塊が出来上がり、その手には透明な大鎌が握られていた。
さらには水の大鎌を構えた銀花の背に、水がまるで翼の様に広がっている。
「死告げの天使……」
「そうだよ。それじゃ、逝こうか」
そう言って、銀花はきゅっ、と鎌の柄を握り締めた。
イチたちが駆け付けた時、その周囲には研究者とゴロツキもどきが倒れ伏していた。
「……」
研究者のそばにしゃがみ込んだイチが無言で首を振り、それから手早くクロシャに処分の指示を出す。
彼女はくるりと向きを変え、この場から走り去った。
彼女一人ではこの現場はどうにもならない。
陸戦の他のメンバーを呼びに行ったのだ。
そして残った一行の目の前には、警戒を解かないままの銀花が立っていた。
その、理由は。
「……シャドウか」
目の前に居たのは、銀花に良く似た性別不詳の人物。
腰まである長い銀髪を三つ編みにし、黒い長服を着た銀花と違い、その人物は、銀花と同じ腰までの銀の髪を首筋で1つに結んでいるだけ。
服装も、簡素な白いシャツに白のパンツといういで立ちだった。
ただ、その白には今、真っ赤な何かが派手に飛び散ったような模様が付けられていたが。
『シャドウ』
それは、銀花や涼たちのクローン体の総称である。
正確には、無数にいる実験体の、そのまた無数に存在した“スペア”として造られたクローンの内、実用に足ると判断され教育や訓練を施され、また、正式採用モデルには到底実施出来ない様な無茶な実験の被験者として設定された、特殊な代替え品である。
今目の前にいるのは、その風貌からして銀花のコピーであろう。
それを理解したAは、不機嫌そうに顔を歪めた。
「……シャドウにしろクローンにしろ本体にしろ、どれも全部同じ個体なのに……態々優劣をつけるなんて、変なの」
当時の研究所では、成功例とそれ以外は明確に区別されていた。
銀花は訓練と実験を受け続けていたが逃げ出し、その代用品として選抜されたのが、恐らくは今目の前に立つ者だったのだ。
「根幹の構成は同じなのに、どちらかが“ニンゲン”で、どちらが“モノ”だなんて……人間はやっぱり理解に苦しむ生き物だね。……そういうとこ、ホント、気に入らない」
嫌悪の表情を隠しもせず吐き捨てたAに、イチが顔も見ないで真っ直ぐ前を向いたまま続ける。
「誤解すんなよA、俺たちは自力でニンゲンとしての生活を手に入れた。そうじゃなかったら、俺たちは今でもあの白い牢獄の中、モノとして扱われ続けていた筈さ」
「この血だまりと2人の様子からして、経緯はともかく手を下したのは向こうだろうね。……銀花、どうするつもりだろう……」
不安そうな涼の視線の先、睨みあう同一個体の筈の2人。
だが、怒っている様に睨み付けている銀花に対し、相手はまるで感情をどこかに置き忘れたかのような、無表情のまま。
「いっとくけど、あたし最初は手加減するつもりだったのよ。……やったのはこいつ」
銀花が、相手から目をそらさぬままに言い放った。
「抵抗しなければ怪我は最小で済んだし、ちゃんとイチや涼を待つつもりもあったの。……けど、そいつは一切の容赦も躊躇もしなかった。相手の言い分を聞く事すらもね」
聞けば、倒れていた連中のほとんどは“相手”がやったとの事。
言われてみれば、銀花が汚れ1つ付いていないのに対し、向こうは服だけでなく、その手や足もとまでも汚れている。
「敵に対して思う事無く半自動的に処理をする。……そうやって“しつけられ”て来たんでしょうね」
「……ふうん。……“まだ”そんな事やってたんだ」
銀花の怒りに満ちたその言葉に、Aが苛立った様に呟く。
「ニンゲンは、おかしい。……感情がある、生きている筈の生き物にも、動くだけの、ただ命令をこなすだけの機械と同じ事を求めるなんて。ましてや相手は自分たちと同じ種、科、目。なのに、それでも自分以外は何かの道具扱い。考える頭があるのに、経験から推測できる事なのに、ロボットにだってそれくらいは出来るのに……人にそれが出来ないのは、絶対に、おかしいよ」
それは、封印処分になった数千年前の当時からの、Aの怒りの一端だった。
不意にそこへ、誰かの呼ぶ声が響いた。
「銀青ー?どこ行ったー?」
目の前の相手―――銀花のシャドウに関係のあるらしい―――恐らくは保護者であろう成人男性の低い声。
その声が聞こえた途端、一見少年とも少女ともつかないそのシャドウは、くるりと踵を返して立ち去った。
ちらりと見えた保護者らしき人物のその姿に、イチが「異星人か」と呟く。
「……あれは、長生き出来ないよ。体組織が未成熟で、臓器も不完全な生き物だ」
僅かな間に何がしかの調査を終了していたらしいAが、ぽつりとそう零した。
「……だろうね」
「銀花……」
苦々しげに肯定する銀花に、涼が気遣う様に寄り添う。
実験の成功例は、当時銀花只一人。
無理やり目覚めさせられ、“銀花”の代用で無茶な実験を受けさせられ続け、恐らくは臓器のいくつかも無くなり、代わりに別の物を入れられたであろう彼(あるいは彼女)に、先は無い。
だが……。
「……でも、さっきの声。今誰かと一緒に居られて、それで穏やかに暮らせるのなら……それはそれで幸せかもね」
彼らが去った方向を見つめ、そう言った銀花に、もう怒りは無かった。
水の鎌を解き放ち、空に返した銀花の髪を、ただ風が揺らすだけ――――――
「それはそうとさ、ここの工場、ちょっとボロ過ぎやしない?修理よりいっそ全部まるっと新品にしちゃった方が、コスト掛からないよね?事故も故障もなくなるし。……何でずるずる使い続けてんの?ばかなの?」
陸戦隊が来るまでの少しの時間、待つ、という訳では無かったが、改めて周囲を見渡してげんなりしたらしいAがしゃべり始めたので、自然とそうなってしまった。
「……ああもう!さっきからバカバカってねえ!今まで黙ってたけど、アンタ口悪すぎよ!」
表立っては関われない夜子が、この場が安全になったからか、今までの鬱憤を晴らすかのようにAに食って掛る。
「しゃーねーだろ、金がねーんだよ」
その様子を横目で見ながら後頭部に手を当て、髪を軽く掻きながらイチがぼやいた。
「そこは稼ごうよ。外に出て働くっていう手段だってあるでしょ?本土とか、森林都市とかでさあ」
眉根を寄せる表情で、まるで仕事をしていないのが悪い、といった風に諭すA。
だが、彼らが外都市で仕事を探すにしても、色々と問題があるのだ。
「したらまず人がいなくなるだろ、そうなれば都市としての機能と体をなさなくなる」
ちなみに、少しでも稼ごうと少数精鋭でそれやった結果、本土の方で“救世主具現化計画”と“異星人襲来に伴う戦争”に巻き込まれた経緯があったりする。
「だから、無闇やたらに『外』に出るのも考えものなのよねー。でも、おかげで海上都市の現状に気づいてもらえて、今援助してもらってる部分もあるし……」
「こればっかりは今すぐどうこう出来ないし、騙し騙しやるよりしょうが無い感じかな・・・・・・ははは」
銀花と顔を見合わせた涼が、乾いた笑いを漏らした。
「まああれだ、建設的なご意見どうもありがとう金に困らない人」
「自分人じゃないんで」
「……そういう意味じゃねえっつの」
イチのイヤミは、ワザと見当違いの返答を返されて終わった。
何かまた増えた。
以下設定メモから。
(宇宙人の姿は基本人型。その他差異は千差万別。エントラルミストにいるのは、巨大な赤子状のナニカ。現役宇宙人時代はこれでも参謀役だった)
(ちなみに銀青の保護者は移住してきた異星人。ここに来る前、異星人と地球との本土決戦の直後本土で拾った。現在は傭兵兼運び屋)
(シャドウは正式採用モデルのスペアだが、魔改造の結果、本体よりも出来がいいと証明されれば繰り上げ正式採用、本体との逆転下剋上もあり。研究者にとっては、出来が良ければどちらでも)