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隊長のお仕事

 青い空に、白い雲。

「今日も良い天気だ」

 青年は上機嫌に呟いた。


 坂の上の教会、そのすぐ側にある円形劇場。

 ここは、入り組んだ路地と雑然とした街中に比べ、あまりに何もない。

 それでも人がよく訪れるのは、それが、この廃墟都市で一番空に近い場所だからなんだろう。

 空を感じたくて、ここへやって来る。


 ガラじゃねえよな、と青年はひとりごちた。

 それくらい、ここの住人は「外」に飢えている。

 自分もきっと、その一人。

 だからここが毎回集合場所になるんだろう。


 誰が決めたわけでもなく、円形劇場は逢魔ヶ丘遊撃隊の集合場所になっていた。

 金の青年が客席に腰掛けて待っていると、黒の少年と緑の羽根の少年がやって来た。

「イチ」

「ごめんね、待った?」

 遊撃隊の愛玩コンビだ。頭脳担当ともいう。

「悪くねえ気分だから気にすんな。それより、この間の調査どうなったよ」

 身を起こし聞く体勢を作る。それだけで周りの空気が引き締まった気がした。


「良いニュースから。この前植えた花の種、無事根付いたみたいだよ」

 緑の羽根少年カナリアが嬉しそうに言った。

「早く増えて製油できるようになると良いね」

「ああ。とりあえず第一歩だな。となると、良い土をもっと輸入して、花の種も増やさねえと」

「このまま上手くいって、野菜とかも育てられるようになると良いね」

 将来を語る声は、どこまでも明るい。

「涼の方は?」

「こっちはバッドニュース。廃墟工場の奥の、稼働していた食品加工工場あるでしょ?」

「また動かなくなったのか?」

「…その通りだよ」

 はあ、と全員が溜息をついた。

「稼働させる為の電力は問題無いんだがな」

「地下の第6の方は、確認出来る限りは異常ないよ」

「第4、第5を抜けないと行けないっていうのがね」

 3人は顔を見合わせた。


 元海上都市の地下最下層である第6階層は、それそのものが、都市が出来た当初からこの小さな世界を支えてきた動力源だ。

 ただし、現在そこに行く事は大変な困難である。

 何故なら、第4階層には危険な実験体が未だに何百という単位で保管されているし、第5に至っては、謎の扉一つあるだけでガランとした空間が広がっているものの、改造された人間といえど、正気ではいられなくなる様な何かがあるらしい。かく言うイチも3時間持たなかったクチだ。

この扉は上層が吹き飛んだ後、突然現れたらしい。詳しい話を誰も知らず、知っているのに話そうとしないのは、神父と神主と和尚の3人だ。

 現在は見張りも兼ねて、「龍」が第4と第5の境界通路にいる。通常は眠っているのだが。


 そういう訳で、第6階層に直接行かなくても監視できるシステムを作ったのが涼だった。

「電力に問題無いとすると配管の方か?」

「陸戦部隊の方で確認に行ってもらってる。多分そうだと思うよ。……銀花の能力も良し悪しだねえ」

「あの時はすごかったよねえ、外と中からどっかーん、ってさ」

 カナリアが大袈裟に身振りで表わす。

「ただでさえぼろかった工場地区の半分があれのせいでほぼ壊滅、もう半分は腐食が一気に進行した」

 イチが溜息をついた。銀花が聞けば怒ること必至の会話内容である。ついでに色々降って来かねない。錐の様な雨とか。

「銀花その辺に来てねえだろうな?」

 思わず確認したイチだった。


 もともとこの階層は、上層を支える為の生産工場群と倉庫群だった。

 それがいつしか、行き場の無い人々の受け皿になってしまった。

 このアクシデントさえなければ、今でもそれなりに生活の不自由は無かった筈だったのだが。

「まあ、全部が予測済みってわけにもいかねえさ。部品はどうにかなりそうか?」

「状況次第だから何とも。もしかしたら時間が掛かるかもしれない」

 最終手段は他都市からの輸入だ。


 ここが廃墟都市となってから、「虎」と「龍」に他都市に案内してもらった。

 中でも、学術森林都市は受け入れに積極的な方だろう。ほとんど援助という形で物資を融通してくれる。

 本土の一部の研究者も協力的だ。こちらは情報を他に漏らさないよう、闇流通と言ったものに近い。

 どちらもこちらから支払うのは情報だ。ある意味で自分たちの。

 かつて、世間から隔絶された理想的な研究都市を謳っていた頃には、その名に相応しく様々な研究がおこなわれていた。その理想は何時の頃からか、私欲に走り、非人道的なものになってしまったが。

 そんな研究海上都市の昔の罪業を、少しずつ他都市に売り渡しているのだ。

 当時この都市にいた研究者達は、物理的にも名誉的な意味でも死亡したと言って良いだろう。


「ダメだったら他都市(ほか)を当たるしかないな。生産を止めるわけにはいかないから、他に使えそうな工場施設(とこ)も探しとけ」

「「了解」」

話がまとまった時。

「イチー、ちょっとこの子達どうにかして頂戴!」

 教会広場の入口の階段から、辟易したような極楽鳥と、賑やかな子供達の声が聞こえてきた。

「……ここは託児所じゃねえんだよ、毎日毎日飽きもせず」

 イチは苦い顔だ。

 その代り、涼とカナリアの全開笑顔で子供達は迎えられた。

「いらっしゃい、みんな」

「今日は何して遊ぶー?」

「だからここは託児所じゃねえって!くそ!」

「諦めなさい、ああ、疲れた」

「ふざけんな、てめえも混ざれ極楽鳥」

「ええーっ」

「きゃあー」

「かわいくないー」

「なんですってー!」

 子供達の無邪気な突っ込みに極楽鳥がヒステリックに反論して、それが始まりの合図。

 なんだかんだで、結局そこにいた全員で遊ぶ事になってしまった。


 この場所は街の子供たちにも人気のスポットだ。

 ただ、だだっ広いだけの広場に劇場。教会に行けばまあ、神父からおやつを貰えたりするかもしれないが。

 それでもここに来るのは、ここが空に一番近くて、なにより一緒に遊んでくれるイチがいるからだ。


 遊撃隊と言いながら、その仕事内容は多岐にわたる。現在、この廃墟都市を一番把握しているのは間違いなく彼らだろう。

 その隊長のイチは、実はここで生活している人々の誰より一番最後にこの街にやって来た。

 それでも、イチは皆に認められ、信頼され、好意を寄せられている。

 それに、最近はイチの後にこの街にやって来た者もいる。

 …つまり、子供が増えたのだ。

 先ほどの、生産が間に合っていないというのは、子供が増えたからと言うのもある。

 さほど大きくも無い街で、無計画に人口が増えるのは問題だが、その辺はあの神父と神主と和尚の3人の黒幕が考えてくれるだろうとイチは考えている。



 夕方まできっちり子供たちと遊んだ。

 満足げな彼らを送り出した後、さすがに疲れを感じて劇場の客席に腰を下ろす。


「イチ!」

「……今度はなんだよ」

 些かうんざりした声が出てしまったのは仕方ないと思う。

「イチ、酒場の方で喧嘩だって」

「一々俺に振るな!自分たちで何とかしろよ!」

 妙に素早く近づいてきた黒い肌の少女に、イラついた声を返す。

「でもさーイチ、銀花が止めに入ったんだよ」

「まて、それ止めてねえ。くそ、俺達も行くぞミズキ」

「わかった!」


 逢魔ヶ丘の名にふさわしい、かつての第3階層だった頃の猥雑で混沌とした面影が、夜の闇と共に再び現れようとしていた。

「ったく、おちおち休憩も取れねえのかよ」

 ぼやいたイチの目は、それでもこれから起こりうる喧噪の予感に、ギラリとした光を放っていた。


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