8話
7話のまどかの過去。彼はどう思っていたのでしょうか。というお話。
彼女のさらさらした髪の感触はとても心地よく、いつまでも撫でていたかった。
むしろ抱きしめて押し倒さなかった俺を誰か褒めてくれ。
少しでも彼女に触れていないと、怒りでどうにかなってしまいそうだったから。
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いつものように弁当を渡す時、さりげなく彼女の作った弁当が食べたいと伝えてみた。
押しに弱い彼女のことだから、いずれは了承してくれると思っていたのだが、なかなかうんと言ってくれない。
それどころかだんだん顔色が悪くなり涙目になる始末。そんな彼女も可愛いが、問題はそこではないと思い直した。
なぜだめなんだ?君にそんな顔をさせる原因は何?
踏み込むことができないただの同僚という立場が恨めしい。なんとか彼女から聞き出せないだろうか。
しかし具体的な解決案を思いつかないまま数日が過ぎてしまった。
無理矢理聞くのは本意ではないし、どうしたものかと行き詰っていたところに、同期飲みの話が回ってきた。
神は俺に味方している。確信したね。
彼女の酒の強さは知らないが、少しでも酔ってガードを緩めてくれれば…
と思っていたが、これほどまでとは。
まさかビール一杯で撃沈なんて、さすがの俺も予想もしていなかったぞ。頬を赤く染めてニコニコしている彼女を見ながら、今までの酒の席でも他の男にこんな姿を見せていたのかと軽く嫉妬する。もっと早く気付いていれば…。俺の阿呆。
その時ちょうど彼女の隣に座っていた同僚が席を立った。そこへチャンス!とばかりに素早く陣取り、偶然端に座っていた彼女を壁に囲った。彼女にとって嫌な話かもしれないので、なるべく周りに聞こえないようにした方がいいだろうからな。決して酔った彼女を独り占めしたかったとかじゃない。
はじめは普段の弁当の感想などを聞き(彼女の「美味しい」の言葉についにやけそうになってしまった)、彼女の作ったお菓子のあれが好きだ、今度はこんなのが食べたい、という当り障りのない話題で、酒の力を借りつつ彼女をだんだん饒舌にさせていく。普段は見られない陽気な彼女に動揺しながら、これも彼女との今後のためだと、漸く本題をぶつけた。
そこで彼女から語られた悲しい思い出話に、俺は拳を握りしめるしかなかった。
なぜそんな馬鹿男に彼女が傷つけられなければならない。
なぜそんな無神経男に今でも苦しめられなければならない。
過去に戻れるなら、今すぐ彼女を抱きしめてやりたい。俺が守ってやりたかった。
俺なら絶対傷つけない。誰よりも大切にする。だからいつかでいい。君の全てを俺にくれ。
そう思いながら恐る恐る彼女に触れると、一瞬驚かせてしまったが、静かに泣き始めた彼女。この涙さえも愛おしく、しばらく髪を撫で続けた。
今は無理かもしれないが、いつか彼女の手作り弁当が見られる日を楽しみにしよう。そしてそこに俺がいるといい。
なんて完全に二人の世界だったはずなのに、彼女と仲の良い同僚が割り込んできたことで、あっという間に追い出された。
泣かせたのは俺じゃねえ!
それから男はこっちを見るな!!減る!!
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気を取り直して。
今日の話を踏まえ、彼女とより親密になるために俺は考えた。
やはり弁当交換は外せないと。
なので、彼女にはトラウマを克服してもらうしかない。弁当を否定されたことが原因ならば、それを塗り替える記憶にすればいい。
こう考えた俺は、彼女にデートを申し込むことにした。
やっと二人でお出かけです。相田君がんばれ。
それにしても相田君がどんどん重たい人になっていくのには、正直予想外と言うしかありません。