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一期一会  作者: 雪奈
第4章 春の風薫る
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5.大丈夫

それからまた数日が過ぎた。

秀人の様子も特に変わらず。だが、時々傷が増えているのが見える。

心配するなと言われた手前、特に突っ込むことが出来ず、見守るばかりである。


香緒里自身も朝や放課後は部活に勤しみ、夜は授業の予習や復習に忙しく、毎日があっという間に過ぎてしまっている。







「1、2、3、4、5、6、7、8、9、セイッ!!」

「気合いが足らん!もっと声を出せーー!」

「押忍!!」


今日も小田の褐が飛ぶ。

香緒里はいつも以上に気合いを入れてミットを叩く。

入りたての頃に比べて随分身体が慣れ、勘も戻ってきた。体力も少しずつ付いてきているのが分かる。

じっとしていると色々考えてしまうことも、身体を動かしていると無心になれ、考えなくて済む。


「お疲れ様~」


練習が終わり、ペットボトルのスポーツ飲料を飲んでいる香緒里の隣に奈津と亮が腰を下ろす。

今日は日曜のため1日の練習であったため、さすがに疲れた。


「亮、全然息上がってないよね。」

「あぁ、まだまだいける。」

「春休み中もランニングとかしてたもんねぇ。」

「へぇ、さすがー」


感心する香緒里に奈津は滴る汗をタオルで拭いながら聞く。


「最近、悠はクラスでどう?」

「悠……?まぁ、相変わらずって言ったら相変わらずかな。」

「そうなの??……なんか、昨日会ったときにちょっと元気ないように見えたから、どうしたのかなって。クラスか部活で何かあったのかなぁって思って。」


さすが幼馴染み、よく見ている。


「んーー……男バスで最近色々あるみたい。」


悠自身が言ってないことを、香緒里の口から言っていいものなのか迷い、曖昧に濁してしまった。

それでもある程度奈津には予測がついたようで表情が少し曇った。


「そっか……大丈夫かなぁ。意外と弱音吐かないからなぁ悠は……」

「大丈夫だろ、あいつなら。落ち込んだり、凹んだりしても、単純だからちょっとしたきっかけでふっ切れる。」


亮はそう言い切る。弟の性格を良く理解した兄が言うのだからそうなのだろう。


「そう、だよね。亮が言うならきっとそうよね。」


少し安心した表情になった奈津はそういえば、と香緒里を見た。


「香緒里の彼氏の、新谷君もバスケ部よね??大丈夫?」

「た、多分……??秀人ならいざとなったらなんとかすると思ってるけど……」


二人の会話に、ちょうど前を通りかかった同じ一年の篠原洋一が立ち止まる。


「吉崎さんって、彼氏いるんだ?」

「え?あぁ、うん。中学からの同級生なんだけど………。」


篠原は仮入部の際に初心者にも関わらず、筋のいい蹴りを放った、あの短髪の男子である。元々運動神経はいいようで、この数週間で既にめきめきと実力を伸ばしている期待の新人だ。

同級生なので話すことはあったが、急に声を掛けられ、香緒里は少し戸惑った。


「そうなんだ、それはちょっと残念。」

「残念……??」

「あ、気にしないで。ごめんね急に。それじゃあお疲れ様ー。」


爽やかに手を振り帰って行く篠原を見て、香緒里はきょとんとした表情をする。


「篠原君、なんだったんだろ??」


その香緒里を見て二人は顔を見合わせた。

香緒里ってもしかして鈍感……??と。


その実ずばり鈍感である。他の人が誰を好きか、というのは人並みにはわかる。だが、自分への好意に関しては鈍い。雪音達はみんな勘づいていた秀人や真の気持ちにも全く気付かなかったのがいい例だ。

今も、意味深な篠原の発言の裏の意図を読み取れず、変な人ね、と呟いている。


「これは、新谷大変だわ…….。」

「無自覚だからな。」

「え?何??何の話??」


不思議そうな顔をする香緒里に二人は、なんでもない、と声をハモらせた。








なんかこう、モヤモヤする………と、部活が終わり寮に向かって歩きながら沙世は心の中で呟く。


香緒里同様、沙世も美愛の話を聞いて色々思うことがあり、悶々としている。

特に自分に何が出来るわけではないからこそ、気になるし心配にもなる。

加えて、


「なんで思い出すかなー2年前のこと……。」


自分が香緒里達に嫌がらせもとい、いじめをしていたことをどうしても思い出してしまい、それがモヤモヤの一部ともなっている。


ふぅ、と溜息をついていると、ちょうど部活を終えて帰っている真を発見した。


「しーんーー!」

「うおっ、沙世か。お疲れ。」


後ろから飛びつくと声で分かった真は振り向きつつ言う。


「あぁ、話してた例の彼女??」

「そうそう。」


真の隣に並んでいた背の高い男子が沙世を見た。180cm以上あるであろうその人を沙世は見上げ、ニコッと笑う。


「谷中沙世でーす。野球部の同級生?」

「うん、前野健です。」

「何組?私C組。」

「B組。」

「おーじゃあ女テニの子も何人かいるなぁ。」



よろしくーなんて言いながら一通り挨拶を済ませた後、前野は『 邪魔しちゃ悪いから』と先に帰って行った。


「でっかいねー。何食べたらあんなにおっきくなるんだろ………牛乳……?」


スタスタと歩いて行った後ろ姿を眺めて沙世が関心したように言うと、真は吹き出してケラケラと笑った。


そういえば前に、同学年で長身でバッティングがうまいやつがいる、と言っていたなとふと思い出した。それがきっと前野だ。


何が面白かったのかしばらく笑う真に、沙世はむぅと頬を膨らませ不満そうな顔をしてみせる。

悪い悪い、と言いながらその頭をポンと軽く叩いた後、そういえば、と続ける。


「なんかあったのか??」

「え、なんで??」

「いや、なんかここ最近ちょっと考え事してるような気がしたから。違ったか?」

「いや、うぅん、合ってるけど………よく分かったね?」

「んーまぁ、付き合い長いからな。沙世のことは何となく分かる。」


その真の言葉に沙世は表情を一変させ、えへへと頬を緩ませる。

こういう時、幼馴染って最高!!て思う。沙世自身も真の考えてること大体わかるし、長い期間一緒にいるから、幼馴染ならでは、である。

なんて心の中でふふふと考える。


「沙世はコロコロ顔が変わって見てて飽きないよなー。で、どうしたんだよ?」

「あー、んーとね。」


真になら話してもいいだろうか。きっと雪音や翔太も気付いているだろうし。

そう思って、沙世は秀人やバスケ部の話をした。


「それでさ、悠もなんか最近元気ない感じでね。なんだか色々心配になっちゃって………。」

「なるほどなー。しかし、いじめか………。」


少し遠い目をし、乾いた笑いをする。


「やっぱり思い出す??」

「そりゃーな。馬鹿なことしてたよな、ってやっぱり時々思い出す。」

「だよねぇ………。」


今でこそ、仲が良く信頼のおける友人達ではあるが、過去に精神的にも身体的にも傷付けてしまったという事実は消えない。

秀人はもちろん、4人共『 もう気にしてないからいいよ。』と言ってくれてはいるが、罪悪感は消えない。だからと言って、4人から離れる、なんてことももう出来ないくらいには、大事な存在になってしまっている。


いじめが何も生まないことがわかっているからこの状況が辛く、友人がその渦中にいるのに何も出来ないのがもどかしい。だからモヤモヤしている。

きっと沙世もそう思っているから気が沈んでいるのだろうと気付いた真は歩きながらその手を取った。


「まぁ、秀人ならきっと大丈夫だろ。だって秀人だぞ?」

「そりゃ、私だってそう思うけど………。」

「てか、考えたら俺らかなり無謀なことしてたよな??空手黒帯の香緒里に、あの秀人。」

「確かに!!めちゃくちゃ強いなとは思ってたけど、そんなに強いとは思ってなかったわ………命知らずだった……。」


眉を顰めたすぐその後に、ふふふっと沙世はおかしそうに笑う。


「俺らに助けることは多分出来ないけどさ、でも傍で笑って楽しくさせてやることは出来るだろ?それでいいんじゃねぇか?」

「そう、だね。そうだよね!ありがとう真!ちょっとスッキリした。」

「ならよかった。」

「はースッキリしたらお腹空いてきたなー今日のお夕飯はなんだろうなぁ。」

「沙世はお腹空いてばっかだな。」

「だ、だって、ほら!部活後だし!!」

「昔から割りとそうだろ??」

「えーー!」


真はまた笑い、つられて沙世も笑い出す。

幾分軽くなった心で、ちょっと幸せな気分になり、沙世は繋いだ手を前後に揺らす。


早く解決して、みんなが揃って笑えたらいいな。

そう思いながら。

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