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ラプンツェルにさよなら  作者: みどり風香
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ラプンツェルはさよならを言った

 エルクのお仕置きで、せっかく仲よくなった(と思われる)外の人間にすら、エミリオはこれ以上ない恐怖を覚えた。その恐怖は外の人間に対してではない。人間と関わった罰として、またあの牢獄に閉じ込められることへの恐怖なのだ。

 あんなことをされても、エミリオはエルクに恩を感じていたし、あのおかしな人間にも恐怖や嫌悪を抱いているわけではない。欲張りな感情だが、エミリオはエルクをとるかあの人間をとるかと迫られたらどちらもと選択する。


 エルクの部屋の方から、口論が聞こえてきた。怒声はあの人間のものだろう。対するエルクはずいぶんと落ち着いていた。エミリオは不安になって、ドアのすきまから二人の言い争いを見守っていた。

「なんであいつはあんなに外の人間に怯えてんだ」

「僕が教えましたから。怖い人種だと」

「わかんねえだろが。お前、一度でも外に出たことあんのか?」

「ありますよ。僕にとっては恐怖の象徴でしかありませんでしたから、こうして引きこもっているわけです」

「お前がいつの時代の生まれだかは知らん。けどな、少なくともこの屋敷の中にいる子供の兄弟はそんな奴じゃねえんだよ」

「そうですか。まだ生きていたのですか。強い人間ですね」

「その兄弟があいつに会いたがってるんだよ。一日だけでいいからあいつを貸せ」

「お断りします。そもそも、これは彼らの選んだ道なのですから。僕はあの時負った怪我を治すことと引き換えにあの子を引き取りました。なのに今更会いたがるなんてご都合主義もいいとこです」

「一日だけだっつの! それ以上は強制しない。あいつの好きにさせりゃあいい」

「だめです」

「お前……あいつを自分の人形にして楽しいか?」

「楽しいですよ。親として、育てるべきところは育てました」

「ふざけるな!! あいつはお前の人形なんかじゃないんだよ! 俺たちと同じ人間だ! お前のゆがんだ教育であいつの将来を捻じ曲げるな!」

「……ずいぶんこき下ろしてくれましたね。侮辱ととりましょうか。今、ここであなたの息の根を止めておいたほうがよさそうです」

 エミリオは、はっと息をのんだ。エルクが魔女の一族であることは知っている。その魔女は、人間よりも高度な古代魔術を習得している。エルクも例外ではない。そのエルクが、物騒なことを言い出した。

 止めなければ。そう体が感じて、頭で何をすべきか判断するより、体が直感だけで動いた。


「待って!!」


 ドアをけ破る勢いで開け、二人の間に割って入る。

「エミリオ……?」

「なんで、なんでなかよくなれないの? 外の人間は怖いものって言ってたけど、この人は全然違うよ。怖くないよ。エルクだって、そりゃ怒れば怖いしお仕置きは泣きたくなるくらい怖かったけど、悪い人じゃないよ。どっちも悪くない! なのになんで二人とも怒るの? 仲よくできないの?」

 エミリオは二人を交互に見ながら主張する。

「僕、その兄弟に会ってくる」

 その発言に驚愕したのは、エルクだった。

「だめです! 危険すぎます」

「うん、だからさ。エルクも一緒に行こうよ」

「……え?」

「もう、何十年もここから出てないんでしょ? これだけ月日が経てば、怖い人間もきっと減ってる。もし怖い人に会っても、エルクは強いから僕を守れる。だから、いいでしょう?」

 エミリオの優しい説得になお、エルクは躊躇していた。いくら高等な古代魔術をつかえても、それが万能なわけではない。これだけの月日が経った今、古代の力が現代に通用するかもはなはだ不安だ。

「大丈夫だよ、エルク。この人は怖い人じゃない。僕もいるよ。だから、外に行こう?」

「エミリオ、あなたは……僕を、置いてけぼりにしないでくれるのですか?」

「え、なんで? エルクと一緒がいいのに、エルクに留守番はさせたくないよ。それとも、僕といっしょは嫌?」

「そんなわけありません!」

 エルクは強く否定する。

「一緒なら、へいきです。外に、出ましょう」

 数十年間、屋敷に引っ込んでいた魔女は、外出を決意する。


 結局、エルクは一人になるのが怖かった。だからエミリオに外の人間が恐ろしいと吹聴した。そうすれば外に出たくもならなくなるだろうと考えて。当然、外の人間がそんなに恐ろしいものではないのは分かっていた。たびたび外に出ていて、自分の目で見ていたのだから、否定の仕様がない。

 エミリオを大切に育てたのは本当だ。ただ一か所だけ、育て方に間違いがあった。

 彼は、エミリオが自分から離れることのないように、エミリオの牙を抜いた。そうして無力化したエミリオは、エルクに依存せざるをえなくなる。籠の中の鳥を育てた。


「ねえねえ、僕を拾ってくれた兄弟って、どんな人?」

 道中、エミリオはその男に聞いた。

「何回目だ、その質問」

 そう口では呆れながらも、彼は答えてくれる。

「いいやつだよ。兄のほうはお調子者でアホだけど、弟はその分しっかりしてるな、うん」

「確かに。あの時も、弟のほうは随分としっかりしていました」

 エルクは彼の意見に強く首肯した。

「それって、僕がまだ生まれて間もないころでしょ」

「ええ。三つ子の魂百までとは言いますが、その通りになるとは。実際に会って確かめたいですね」

「……あ」

 ふと、エミリオが抜けた声をだす。

「どうした?」

「まだ、名前、聞いてなかった」

「あー……」

 その人間は、思い出した。名前がなくても何ら問題がなかったから、自分から名乗ることがなかった。

「僕は、エミリオ。君は?」

「昴だ。藤枝昴?」

「ふじえだ?」

「名前は昴」

「昴、っていうんだ」

「お前は、エミリオね。……じゃリオンって呼ぶぜ」

「リオン?」

「人間ってのはな、ダチとは愛称で呼ぶもんだ」

「ダチってなに」

「あー、友達って意味。それもわからないくらいの世間知らず坊ちゃんなのかお前……」

 昴はがっくりと肩を落とした。

「あ、なんかバカにされた?」

「してないしてない」

 道は、もうすぐエミリオを拾った兄弟のもとへとたどり着く。

 エミリオは、エルクと、ずっと手をつないでいた。

連載ようやっと終わりました。長かった~……

ここまでお付き合いください、本当にありがとうございました!

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