ラプンツェルは完成した
ぎい、と重苦しい音を立てて、分厚い扉が開いた。太陽を浴びることとも時計の時間を告げる音ともしばらく離れていたエミリオは、どれくらい時間がたったか、今が昼なのか夜なのかもわかっていない。
「反省しましたか?」
答える気力もなかった。ただ、かすかにぼんやりとうなずくだけだ。エルクは無気力状態のエミリオを支え、魔女の監獄から屋敷へと戻る。エミリオの状態を一通り確認して、笑んだ。
エミリオは、もう外へ出るという発想をしなくなる。そんな確信があった。
「さて、まる二日、飲まず食わずでしたから、何か食べてください。あまり胃に重くないものを作りましたから」
「……うん」
エミリオに、思考能力は欠けている。というより、屋敷の外へ出てはいけないという戒律に疑問を抱かなくなった。もしも外への羨望を覚えたら、またあの監獄へ監禁されることが分かっているからだ。
エルクに差し出されたスープを、エミリオは気だるげに口に運ぶ。食事の楽しさがない。食べなければ死ぬから、最低限食べるだけだ。
異国の旅人が、自分の兄弟の存在を教えてくれたことも、もうエミリオの心には残っていない。覚えてはいても、興味を示さなければそれは忘れているのと同じだ。
「あれ、もういいんですか」
「いらない。おなかすいてない」
「そうですか。明日は、もう少し食べましょう。体が持ちませんから」
エルクはあまり無理強いせずあっさりと引いてエミリオの部屋から出て行った。
エミリオは、興味を持たない。ただの人形に、ラプンツェルに成り果てた。エルクの思い通りの人間になった。
「お、いたいた」
顔を確認せずともわかる、外の声。窓のふちに足をかけ、またこの部屋に入り込んだ外の人。この人と会ったがために、監獄に入れられた。
その事実も知らず、彼は不用心にエミリオに触れてくる。エミリオは、頬に触れる手を無意識に払った。
「やだ」
「あ?」
この子供の行動に、小さな疑惑が生じた。外の人間に恐怖を抱きはしていたが、こんな拒絶をしたことがない。
最後に自分と会ってから、確実にこの子供に何かあった。
「おい、お前。なんかあったのか? ……あれ?」
力なくではあるが、自分と距離を置かんとしている。人の話は最後まで聞けと教育されていないのか。
「おーい、一人にしないでくれよう」
答えがない。部屋から出ようとさえしている気がする。無理矢理は避けたかったが、相手に人の言葉が理解されない以上やむを得ない。
「逃げるなこら!」
「ひえ!?」
強く子供の腕をつかむ。明らかに、初めて会った時と同じくらいの態度に退化していた。何かあった。確実に何かされている。
それを聞くのは、この小さい子供には無理そうだ。
「なあ、お前の保護者ってのはどこにいる? 教えてくれればひどいことはしない」
「……もうすでにひどいことしてるのに?」
「あーよかった、言葉通じた。それよりいいからそこにつれてけ」
なるべく優しい声で頼んでみた。仲間から、よくドス聞きすぎて怖いと言われるため、優しい声色を作るのに苦労した。
この子供は、頼みを飲んでくれるだろうか。たぶん恐怖に屈したなら脅迫すれば従ってくれるだろう。あるいは恐怖が強すぎて何もできないことがあるかもしれない。
「連れてく。だから腕、痛い」
「……あー、悪い」
この少年は、どうやら自分の頼みを聞き入れてくれるようだ。
望みは、まだ絶たれていないようだった。
もうそろそろ最終回近いです。次で終わりになる予定です。