監禁
自分が、もしかしたらエルクとは別の人に拾われた孤児で、拾った人が探している者だという可能性をあの旅人につきつけられ、エミリオはここ数日穏やかじゃなかった。このことを受け入れるということは、要するに今までの価値観がすべてひっくり返るようなもので、今まで手塩にかけて育ててくれたエルクの献身を裏切るおそれも出てくるからだ。
一番の解決方法は、エルクに直接聞いて真実を確かめることなのだが、いつも一歩前に出ることができないでいる。おかげで数日も時間を費やした。エルクに心配かけてしまったと思う。
思い切って聞けはしないか。向こうから切り出してくれれば少しは決心もつくと思うのだが、それを相手に望むのは勝手かもしれない。
「エミリオ、ちょっといいですか」
「うん。どうしたの?」
エルクは昼食をとって少したったあと、ふいにエミリオの部屋を訪ねてきた。いつもの穏やかな表情がない。真面目な面持ちで、じっとエミリオを見つめている。
「……どうかした?」
「エミリオ。あなた、最近外の者と接触しているんじゃありませんか?」
隠し事を急につきつけられ、エミリオは固まった。
「どうなのですか」
「え、その、いきなりなんで」
「気になりまして」
エミリオの考える時間は十秒ほどしか稼げなかった。
エルクには、外の人間とは一切の接触を禁じられていた。それがたとえ理不尽であったとしても約束は約束。破ったエミリオに責任があるわけで、後ろめたいのは当然。
何より怖いのは、この約束を破ったらどうなるかという罰則を知らないことだった。何をされるかわからない恐怖というのは、武器や拷問器具をちらつかされるに足るほどの恐怖だろう。
「で、どうなのですか。僕は答えにくい質問をしてるわけじゃないでしょう」
黙っていても、この重い空気がそのぶん長く続くだけだ。ならば、白状してきちんと誠意を見せれば、エルクも見逃してくれるだろうか。
「その、ね……」
「はい」
「偶然、本当に偶然なんだよ。二回くらい、……会ってた」
「二度?」
「うん。どっちも偶然」
「そうですか」
エルクはそれっきり何も言わない。怒っているのだろうか、あきれているのだろうか。何を考えているんだろう。心中を読み取れないからエルクがどんな感情を抱いているにせよ怖い。
僕は、何をされるの?
エルクの溜息で、余計に恐怖が増した。
「わかりました。偶然で、あなたの落ち度はそれほどない。僕の結界が弱くなっていたことも考慮のうちに入れないといけませんしね。……でも」
許しは得られただろうが、そのうえでの罰は受けなければならないのだ。
「約束を破ったのは事実ですから、ちゃんとお仕置きしなきゃですね」
ほっとできない。エルクの目が、狂人のように光っている。具体的に何をされるかわからないが、おそらく恐怖から逃れることはできない類だろう。
ぐっと手をつかまれ、どこかへ連れて行かれる。今まで気にも留めていなかった下へと続く階段を、延々と降りていく。この下には何があるんだろう。抵抗もできない。恐怖にすくんで伸ばされた手から逃れる防衛本能が麻痺していたのだ。
いったいどこまでこの階段は続くのか。エルクの持っている明りだけを頼りに周囲をそれとなく探ってみたが、何もない。窓もない。ただ煉瓦が不気味に連なっている。
ようやく止まった。エルクは強引にエミリオを「そこ」に押し込んだ。それが牢獄だと分かったのは、完全に閉じ込められた後だった。
「エルク!? なんなのこれっ」
「お仕置きです。二度と外の人間と会わないよう、あなたにちゃんと仕込まねばならない教育とも言えます。そこで頭を冷やしなさい」
「ていうか、ここ、なに?」
「ここはかつて、火刑が決まっていた魔女たちを閉じ込めておくための監獄でした。ここは暗くて静かで、あまりに何もないところだからか、火あぶりにされる前に発狂して死んでいった魔女も少なくないという逸話もあります。まあ、あなたなら大丈夫でしょう」
「大丈夫じゃないよ! 出して!」
「あなたが反省したころに、出してあげますよ」
鍵をかける音がする。エルクの足音が遠のく。ここには、エミリオ以外誰もいない。
魔女が発狂したらしいその場所に、自分はいる。自分もその魔女のようになってしまいそうでいやだ。
早くエルクが来てくれればいい。それだけを祈って、エミリオは監獄の中で身をちぢこめていた。
ああ、ついに来ちゃった、監禁ネタ……。本当はかなり前から思いついていたのですが、ここまでたどり着くのが長かったです。