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ラプンツェルにさよなら  作者: みどり風香
3/8

外の人

 長身の男が、ベッドに土足で立っている。艶のある黒髪に、すこしつり上がった目、装束は本で読んだことのある異国のもの。その左手には、武器が握られている。

「あ?」

 彼と、目が合った。その時、自分はどんな顔をしていたのだろう。少なくとも、彼に対して友好的な表情はしていない。武器を持っている者に、どうして笑顔をふりまける?

「なあ」

 話しかけてきた。ベッドからすとんと降り、こちらに手を伸ばしてくる。エミリオは部屋のドア側に彼がいるのを恨んだ。後ろを振り向くと、あけっぱなしの窓があるだけだ。覚悟を決め、エミリオは窓枠に足をかける。三階のここから飛び降りれば、庭へと逃げられる。エミリオの頭には、逃げることしかなかった。

「お、おい! こらちょいっと待てや!!」

 右肩に圧迫感を覚える。横目で後ろを確認すると、肩を彼に掴まれている。

 ――まずい。つかまる。

 彼の手をふりほどこうとしたが、駄目だった。彼の力は強く、エミリオの貧弱な力では抵抗できようもなかった。

「……っく、この!」

 ぐっと後ろへ引き込まれ、床に背中を打ち付けた。一瞬の息苦しさに、咳き込んだ。

 押し倒された。目を開けると、目と鼻の先に、あの長身の男がいる。

「ったく、何してんだ。死ぬ気かおい」

 身を起こそうとしても、なぜか下半身だけは床に縫い付けられたように動かない。――馬乗りにされていた。エミリオは身をよじるなり両腕をあばれさせるなりしてみたが、何の意味もない抵抗に終わってしまった。

 あとは、目の前の男の機嫌をうかがいながら、自分に被害が及ぶのを最小限にとどめるべく、がたがたとみっともなく震えているしかない。

「おい、どうした?」

 男はエミリオの状態に違和感を覚え、つとめて優しくエミリオの肩を揺する。肩から手に伝わる微かな震えは、完全に怯えていることを示してくれた。そこで気づいたのだ、少年が自分に対して恐怖を抱いていると。

「えーと、チビ。俺はお前に何もしねえよ。ほら」

 馬乗りをやめ、彼はエミリオに手を差しのべる。両腕で頭をガードしながら震えていたエミリオは、両腕の隙間から男を垣間見る。彼の両手には、あの武器は握られていなかった。自分は解放されている。

 外の人間は、みんな武器を持っていて、戦いに明け暮れていると本で読んだりエルクに聞いていた。この人間は、そうじゃないのだろうか。

「立てるか?」

 大きくてたくましい手が、自分に差しのべられている。何の根拠もないけれど、その手が自分を引っつかんで何かしらの酷いことをしようとしているわけではないと、エミリオは感じた。それでも、未知の人間に自分から手を伸ばすというのは相当恐怖心をあおるもので、何度手を引っ込めたか忘れてしまった。そんな優柔不断な人間に、男は辛抱強く手を差しのべたまま、待ってくれている。

 やっと、指先が、彼の手のひらに触れた。男はゆっくり、やさしく、エミリオの手を包み込む。そして、ぐっと引っぱってエミリオを立ち上がらせた。

「うわっ、軽いなお前。ちゃんと食ってんのか?」

 それはあなたの力が単純に強いだけです。自分はきっと平均的な体重を保持しています。そう言いたかったが未だ残る恐怖のせいでまともにしゃべれもしなかった。

 男は言葉一つ発さないエミリオを不思議に思って、顔を覗き込む。

「なあ、ひょっとして、言葉が分からないのか? それとも、しゃべれないのか?」

 エミリオはぶんぶんと首を横に振る。ただ緊張して、怯えているせいで、声を出そうとすると、喉が震えて思い通りにいかないのだ。

「じゃあ、俺が何を言ってるか、分かるか?」

 ゆっくり、言葉をしっかりと発音しながら、聞いてくる。エミリオを覗き込んだその目は心配そうに揺らいでいる。エミリオは、少しだけ警戒を解いた。今度は、ぎこちなくなりつつも頷いた。

「しゃべれるか?」

 また、頷いてみせる。

「そか、よかった」

 男は安堵して微笑んだ。エミリオは、それを上目遣いでうかがう。

 外から来た人間なのに、こうして笑うのは、どうしてだろう。

「どうして」

 やっと、声が出た。満足に一文を創り出すことはできなかったけれど。相手に意志をきちんと伝えられるような言葉ではなかったけれど。

「うん?」

「どうして、笑うの?」

 エミリオを見下ろす彼は、きょとんとしていた。

「今は、どうして、そんなかおをしてるの?」

「へえ? なぜって、言われたってよ……」

「外の人は、みんな、そんな顔をするの?」

「外?」

「お屋敷の外」

 エミリオは屋敷の門を指さした。

「んー……なあ、質問に質問で返すのは悪いんだが、お前、この屋敷から出たことないのか?」

「ないよ。生まれてからずっとここで暮らしてる」

「なるほどなあ……」

 男は頭をがしがしと掻き、ため息をついた。

「あ、質問には答えるぜ。お前の言う外がどういうもんか知らねえが、人間てのは笑いもすりゃ困りもすんのさ。そういうもんだ。覚えとけ」

「うん。覚えとく。……でも、外の人は、みんな卑劣で残酷だって聞いたから」

「どんな偏見だよ……。誰に聞いたんだ」

「エルクっていう、育て親。あと、書斎の本」

「わかった。そこの嬢ちゃん、ひとつ教えてやる。百聞は一見にしかずって言ってな、実際に見ると真実が分かるんだよ」

「僕、男なんだけど」

 エミリオは不服そうに唇を尖らせる。

「え、まじ?」

 男は目を見開いてエミリオに顔を近づけた。まじまじと見つめられては、エミリオも心穏やかではいられない。耐えられなくなって、俯いた。

「男、ねえ。男装した女の子かと思ったよ。悪いな」

 ぺしぺしと、頬を叩かれる。頭を撫でられ、ぺたぺたと胸板を触られる。

「あんまり触られても、困る」

「おお、悪いな」

「本当に悪いと思ってるの?」

「思ってる思ってる。……しっかし、なんでここに来たんだろ? ま、いいや。じゃ、お邪魔しましたっと」

 男は窓枠に足をかけ、エミリオが止めるのも聞かずに飛び降りた。

 慌てて窓から外を見下ろすが、飛び降りた本人は大したことなさそうに、屋敷の門をくぐり抜け、外へと戻っていった。

「……なんだったんだろう」

 エミリオは、突然来た訪問者に少し辟易しながら、呟いた。

突如現れた謎の男。外を知らないエミリオにとっては、恐怖以外の何者でもないわけです。エルクに怖い生きものだって教え込まれましたから。

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